謎の2人組
暗い夜空に真ん丸な月が浮かんでいる。
静かな住宅街のとある家。その屋根の上には女性と青年が立っている。女性は棒付きの飴をカラコロと舐めていて、パーカーにジーンズとラフな服装。青年は佩刀していて、スーツにネクタイと真面目な服装だ。屋根の上に並んでたっているのはなんとも似つかわしくない2人である。
女性は人がいない町を見渡すと、スマートフォンで"中間"という人物に電話をかけた。
「もしもし中間さん、犯人はもう逃走済みっぽいよ。」
通話相手である中間に向かってそう言うと、返事が返ってきた。
「わかりました。こちらはこのまま捜索を続けます。お2人は捜査に進展があるまで待機でお願いします。」
「はいはーい。私たちは待機だってさ。」
青年はコクリと頷いた。
通話を切ると彼女はポケットの中を探った。しかし、ポケットから出てくるのはお菓子の袋やレシートだけだった。手当たり次第探すも目当てのモノは見つからず、女性は開き直って笑った。
「アハハーー。人鏡忘れてきちゃった。」
青年は「やはりか」という反応をして、聞こえるようにわざと大きなため息をついた。
「笑い事じゃありませんよ。『私が持っていくからいいよ。』というあなたの言葉を信じた自分がバカでした。人鏡はここから安全に現実世界に帰る唯一の手段。それを忘れてしまうなんて…。これからどうするんですか?」
「まあ、この家のやつでいいんじゃない?」
女性はまったく悩む素振りを見せずに屋根から2階のベランダに降りると、窓をコンコンと叩いた。その発言を聴いた青年は大声で反応した。
「な!? 一般市民に見られたらどうするつもりですか!」
「大丈夫だって。」
女性は青年の制止を気にすることなく窓に触れた。すると彼女の手がズブズブと窓の中に入っていった。それから数秒のうちに彼女の身体は完全に吸い込まれた。
「はあ…なんて人だ。」
青年は呆れながらも女性の後を追うように窓の中に入った。
誰も気づかない…ある瞬間…
窓に女性の手が映ると、手を初めとして彼女の身体全体が窓から姿を現した。女性は辺りを見渡すと目をゴシゴシと擦った。
「あー、そっか。まだ3時...現実は真っ昼間だもんね。感覚おかしくなりそうだよ。」
世界はさっきまでとは大きく異なっていた。広い青空には輝く太陽が昇り、サンサンと世界を照らしている。
「何言ってるんです。もう3年は働いてるでしょ。」
続いて青年も同じように現れた。彼の言う一般市民に悟られないように小声で話し、周囲を確認しながら低い姿勢を保っている。
「もう大丈夫だって。」
女性の言葉で気を許した青年は立ち上がった。そのとき2人が利用した窓のある部屋のカーテンが少し開き、ゴトンという物音が立った。
青年はすぐさま振り返り、刀に手をかけた。女性はなだめるように彼の肩をポンポンと叩き、そっとカーテンの隙間を覗き込んだ。
部屋の中では少年がパソコンゲームをしながら、別の画面でゲームの配信を観ていた。窓際にはティッシュの箱がある。どうやらゲームでイラついて物を投げたらしい。
「私たちは命をかけて平和のために戦っているのに。キミは昼間からゲームとは…幸せ者だね。」
「羨ましいんですか? ですが、裏から人々のことを守るのが自分たちの仕事。それにあなたの償いのはずだ。」
青年は持っていた刀を手鏡の中に収納しながら、文句を言った女性の使命を説いた。
「まあね。」
彼女は少し顔を曇らせながらも笑ってあしらった。
2人は気づかれないように、音を立てることなくベランダから飛び降りた。少年はそれに気づかず、手元にあるジュースをゴクゴクと飲み干した。
「うー。お腹空いたーー。」
閑静な住宅街に女性のお腹の音が響き渡った。