寝坊癖
ここ一週間、恵さんに会えていない。
恵さんはフリーターで、週休二日だ。
一週間も会えないなんておかしい。
もしかして、何かあったのかも。部屋の中で倒れてるとか。
学校が終わり、帰り道。
「あれ?」
寂れた公園のベンチ。そこに座る恵さんがいた。
「恵さん?」
「あ、楓ちゃん。おかえりー」
頬は赤くなり、手には缶ビール。
「最近、見かけないので心配してました」
「楓ちゃんは良い子だねー」
恵さんは私の頭を撫でた。
「仕事クビになっちゃて……」
「クビって……」
「楓ちゃんから見たらかっこいいお姉さんに見えるかもだけど、実はだらしなくてね。寝坊何回かしたらクビになっちゃた」
あはは、と笑う恵さん。
ちなみに、かっこいいとは思っていない。むしろ、少しだらしないかもと気づいていた。
「大丈夫なんですか?」
「んー? たぶん?」
「……次の仕事は探してますか?」
「全然。てか、寝坊癖治さないと決まっても、すぐクビになっちゃうよ。あれ? 私って結構ピンチかも。このままだとホームレスかな」
恵さんは笑っているが、笑い事じゃないと思う。
それに、ホームレスになったら恵さんが隣から出て行くという事だ。それは嫌だ。
「恵さん」
「ん?」
「寝坊癖治しましょう」
「無理だよぉ」
「無理じゃないです。私も協力しますから」
「楓ちゃん」
恵さんの目から涙が一筋流れた。
え? 泣いて……!
動揺していると、恵さんが私を思いっきり抱きしめた。
「楓ちゃんは良い子だね! 私、頑張るよ!」
「め、恵さん」
顔が熱くなる。
身体の色々な部分が当たる。後、お酒臭かった。
***
次の日。
普段より早く起きた私はジャージに着替えて、外に出た。
青空に、澄んだ空気が美味しい。
恵さんの部屋のインターフォンを押す。
「……」
応答がない。
何度も押すが応答なし。
「はぁ」
私は鍵を取り出す。
恵さんから寝坊癖を治すために預かっていた合鍵だ。
合鍵を渡すなんて、信用し過ぎじゃないか。けど、嬉しくもある。
鍵を回す。
「ん?」
少し違和感があった。
扉を開けようとすると、開かなかった。
どうやら、扉は最初から開いていて、私が閉めたようだ。
「はぁ」
私は鍵を開け、中に入る。
「恵さん。起きてますか?」
声を掛けるけど、応答なし。
部屋の布団で恵さんは寝ていた。しかも、黒色の下着姿で。
「っ」
慌てて、手で目を隠した。それでも、指の隙間から恵さんの下着姿を盗み見る。
エ、エッチだ……。
「あれ? 楓ちゃん?」
「め、恵さん」
恵さんは身体を起こし、目を擦った。
「おはよう……どうして、私の部屋に?」
「寝坊癖を治すために……」
「あ、そうだったね……」
恵さんは頭を掻いた。
「明日からじゃ、ダメ? ほら、明日から本気出すから……」
上目遣いでそう言う恵さん。
さらに、前屈みのせいで谷間がくっきりと見える。
可愛いし、目のやり場に困る……!
「ダ、ダメです……」
心を鬼にしないと。
ここで甘やかしたら、楓さんの寝坊癖は治らない。
「わかったよ……」
恵さんは布団から起き上がり、ジャージに着替えた。
顔を洗い、髪を一つにまとめていた。
「お待たせ。行こっか」
「は、はい」
ポニーテールの恵さん。レアだ。
部屋を出る。
「じゃあ、行きましょう」
「ゆっくりでお願いね」
「はい」
恵さんの寝坊癖を治す方法。
毎朝同じ時間に起きて、適度な運動をすること。
ちなみに、起こすのは私の役目であり、運動も一緒にする。
私はゆっくりと走り始めた。
運動は苦手だ。足の速さと持久力はクラスで一番遅いだろう。
それでも、恵さんと一緒だから楽しく感じられる。
走り始めて一分後。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ランニングはウォーキングになっていた。
「……」
なんか声掛けた方良いかな。
これから頑張れば体力付きますよとか……。
「ダメ。ギップアップ」
「め、恵さん……」
恵さんはコンクリートの地面に座り込んでしまった。
「私にはランニングは早過ぎたよ。まずはウォーキングじゃないと……」
「そうですね」
「今日はもう終わり。少し休んだら帰ろっか」
「え……」
「最初から頑張り過ぎてもいけないからね。早起きして、運動できただけで十分に頑張ってるよ私」
「……」
恵さんの言うことも一理ある。
うん、今日は終わりにして帰ろう。
「楓ちゃん。頑張った私に何かすることがあるんじゃない?」
「えーと……飲み物を奢るとか?」
「違うよ。てか、高校生に飲み物をたかる大人ってクズだよ」
「じゃあ……」
「答えは頭を撫でることです」
「え……」
私が恵さんの頭を撫でる。
なにその素敵なこと。
「ほら、撫でて」
「……」
恐る恐る恵さんの頭に手を伸ばした。
指先が触れ、身体が反応する。
それでも、私は恵さんの頭に手を置いた。ゆっくりと頭を撫でる。
「おっ、楓ちゃん上手だね。もしかして、頭を撫でるプロ? 訳して撫でプロ」
「何ですか、それ」
可笑しくなり、つい笑ってしまう。
恵さんも笑った。
それから、私達は家に帰る。
「恵さん」
「ん?」
「良かったらその……」
頭を撫でた。
そこで今日は満足しても良いんじゃ無いか。
臆病な私が顔を出す。
それでも、ちょっと勇気を出して、言葉にした。
「一緒に朝ごはん食べませんか? 私が作りますから」
迷惑かな? 踏み込み過ぎたかな……。
ネガティブな考えが浮かぶ。
「良いの? 楓ちゃんの手作り料理食べたい!」
恵さんが瞳を輝かせて言った。
しかも、口の端から涎が垂れてる。
「ふふ」
恵さんの言葉が、存在が私の不安を消し飛ばした。
「じゃあ、美味しいもの作りますね」
「うん、お願い!」