ロープと猫缶⑦
俺は今、物凄く理不尽な気分で、猫を眺めている。
その猫はと言うと、恍惚とした表情で、俺が買ってきた猫缶を食っている。
もっちゃもっちゃと、ゆっくり味わいながら、食ってる。
あんなに腹を空かせていたから、ガツガツ食うのかと思ったら、意外と上品だった。
言葉遣いは荒いのに、変な猫だ。
「う~む♪やはりゴールドは格が違うな。悪魔的な旨さだ。」
器を綺麗に舐めとり、手と舌で口の回りを拭うと、猫は満足げにそう言った。
悪魔的な旨さって何だよ?
俺には今、お前が小さな悪魔に見えるよ。
猫の足元には、青い花柄の小さな子供用の茶碗があった。
脅されて買ってきた茶碗だ。
「で?次はどれを食うんだ?」
俺は半ば諦めたように、言った。
しかし猫は、黙って寝転んで寛ぎだした。
どこまでもマイペースな奴だな。
「お~い、猫~。」
「うるせーなー、余韻を楽しませろよー!」
本当にわがままだ。
理不尽だな~と思いつつ、俺は黙って猫を観察していた。
納得はいかないが、何故だか嫌でもなかった。
伸びきったまま、目を閉じていて、たまに鼻や口元がひょこひょこ動く。
腹の皮が、規則正しく膨らんでは萎んだ。
ふと、触ってみようかと思った。
誘惑に負けて手を伸ばしたが、猫はすぐに目を開けて、ぎろりと睨んできた。
「な、何だよ?」
「お前、俺をさわろうとしなかったか?」
「してねぇよ。」
「ふ~ん。」
納得したのかしないのか、猫はそう言うと体を起こし、綺麗に座って、姿勢を正した。
「もう、帰っていいぞ?」
「え?後の猫缶はどうするんだ?食べないのか?」
「1度に全部、食ったりしねぇよ。何事も、足りないくらいでちょうどいいんだよ。」
「なんだよそれ?」
「いいか?今、全部食うこともできる。」
「うん。」
「だが、食ってしまえば、それで終わりだ。この後、3つ食ったのと同じ位の喜びがいつ来るか解らない。」
「うん。」
「だが、1つずつ食べれば、3回楽しめるし、猫缶1つ分の幸せなら、3つ食ったときの幸せより、今後巡り合う可能性が高い。」
「うん?」
「3つ食っちまった幸せを覚えていたら、次に1つ分の幸せが来ても、物足りなくなるだろ?」
「そうかな?」
「多分、そうなる。」
「ふ~ん。」
「だから今日はもういらねぇ。」
猫の考えていることは、わかるようで解らず、しっくりこない感じがした。
でも、猫がいいと言うなら、それで良いのだろう。
「じゃあ、帰るよ。」
「残りの猫缶はとりあえず持ってけよ。」
「は?俺が持って帰ってどうするんだよ?」
帰ろうと立ち上がった俺に、猫は猫缶を持って帰れと言った。
「さっきも言っただろうが、猫が猫缶、どうやって開けるんだよ?」
「いや、でも、、、、。」
「また明日、お前が持ってこい。そんで俺に食わせろ。」
俺は黙って、猫を見つめた。
猫も、黙って俺を見上げていた。
「明日、またお前が俺に食わせるんだ。」
猫はそう、繰り返した。
とても静かな声だった。
「別に良いだろ?明日、1缶、明後日、もう1缶。それで終わり。簡単だろ?」
素知らぬ感じで猫はそう言った。
俺は猫缶を袋に戻すか悩んでいた。
ぎゅっと握ったビニールは、それなりの重さがあり、カサカサと小さな音を立てていた。
「お前が、その袋に入っているものを、今日、使うってんならそれでいい。でも、猫缶は持って帰れ。お前の買ったもんなんだから。」
袋に残っているものの事を指摘され、俺はかっと顔が熱くなった。
置いてある猫缶を掴むと、俺は何も言わず、振り返らず、足早に草むらを後にした。
ただ、ただ、無心で家に帰った。
部屋に入り、鍵を閉めた俺は、言い様のない気持ちで溢れていて、その場に踞った。
足元には猫缶が転がり、すがるように掴んでいるビニール袋には、ロープが入っていた。




