ロープと猫缶③
「まぁ、細かい事は気にするな。辛気くさい顔した兄ちゃん。」
「し、初対面で辛気くさい顔とか言うなよ、、。」
「臭いもんは臭い。」
「臭いのかよ?!」
猫に臭いと言われ、慌てて自分の匂いを嗅ぐ。
臭いかどうかはわからなかったが、考えてみれば、ここ数日、風呂に入ってなかったし、着替えてもない。
自分では気づけなくても、臭いのかもしれないと思うと、それで外に出てきてしまったことが、急に恥ずかしくなった。
「ふ~ん。なんだ、大丈夫そうだな。」
どぎまぎしている俺を見て、猫は妙に落ち着き払ってそう言った。
「何がだよ?」
「何でもねぇよ。それより、頼まれてくれるよな?」
「何を?!」
「だから、さっきも言ったろ?腹が減ってるんだよ。」
「は?」
「お前、これから、ほ~むせんた~に行くんだろ?」
「そうだけど、、。」
「お前、俺に猫缶買ってこい。」
「は?!」
「高っけぇヤツな!3個でいいよ。」
「まてまてまて!何で俺がお前に猫缶買ってこなきゃならないんだよ!」
「いいじゃねえか。」
「よくないだろ!」
何かと思えば、たかりである。
こんな訳の解らない猫に、何で俺が猫缶を買わねばならないのか?
しかも、高いやつ。
拒否ル俺に、猫は眼を爛々と光らせ、笑った。
「だって、お前、死ぬつもりなんだろ?」
「え、、、。」
いきなりだった。
猫はいきなり、核心をついてきた。
サーっと血の気が引き、この嘘のような白昼夢から、俺は現実に引き戻された。
目の前にいる何の変哲も無さそうな(喋ってるけど)猫に、奥底に抱え隠していたものを見透かされた。
猫を怖いと思うと同時に、誰にも言えなかった、知られたくなかった事が外の世界に露見して、叫びたくなった。
でも、言葉は何一つ、口から出なかった。
「だから!辛気くさい顔すんなよ!」
固まった俺に、猫がまた声をかけた。
俺は目の前で話しているのが、猫であることすらどうでもよくなり、見ているのか見ていないのかわからないまま、顔を向けた。
「何だよ?別にそんな顔する事でもねぇだろうが?」
「そんな顔する事でもないのか?」
「ん~、人間の事はよくわからんが、俺らにとっては、あんま珍しいことでもないからな。」
「………。」
「命あるもの、必ず最期が来る。」
「まぁな。」
「俺らみたいのは、常に生きるか死ぬかみたいなところで生きているからな。人間より、そいつが身近なのかも知れねぇな。」
「ふ~ん。」
「死ぬ時は死ぬ。後、生きるのを諦めた奴も死ぬ。お前は後者だな。」
「だったらなんだよ!!」
「何でもねぇよ。人間の事はわからねぇが、俺らは別にそれが悪いとも思わねぇし。自分で決めた事なんだろ?」
自分で決めた事。
そう言われて、はっとするものがあった。
俺は自分で決めたのか?
上手くいかなくて、ただ、嫌になった。
こんなになった世の中が悪くて、俺は悪くないのに、全部終わってしまった。
だから終わろうと思った。
俺は、ちゃんと自分で決めたのか?
「猫的感覚で話しちまって悪かったかも知れんが、俺らはそいつが自分で決めた事を尊重する。特に大人の雄同士はそうだ。それが負け戦だろうが、過酷な放浪だろうが、死ぬことだろうが同じだ。そいつが自分の硬い意思で選んだものに、とやかく言ったりはしねぇ。だからお前の決めた事に、俺はとやかく言ったりはしねぇって事だ。」
猫は、さも当たり前のようにそう言った。
喉元に、たくさんの言葉が押し寄せた。
この猫に、吐き出してしまいたい言葉が溢れた。
でも、俺は言えなかった。
「そうかよ。ならよかった。」
強がる子供のように、俺はつっけんどんに言い放つと、ふいっと顔を背けた。
だから、猫がどんな顔をしていたのか知らない。
「そいでだ。俺に猫缶買ってこい。」
「だから、何でそうなるんだよ、、。」




