1.出会い
-旧帝国領 ニグロス-
「ここみたいですね……」
私は目の前にある崩れかけた軍事施設を見ながら呟いた。
ここは帝国の首都から車で1時間ほど離れた場所にある。
施設は10年前にエナの攻撃を受け、建物は一部倒壊し廃墟と化していた。
窓ガラスはほとんど割れており、施設の敷地にはところどころ隕石が落ちたかのような巨大なクレーターが複数あることから、この地での戦闘がいかに苛烈であったかが伺える。
「よし」
私は手に持っていた地図をしまい、施設の中へと入る。
足を踏み入れると地面の埃が宙に舞った。長い間誰も立ち入った形跡がないことがわかる。
私は瓦礫を避けながら階段を探す。
それから程なくして、地下へと続く階段を見つけた。
階段を降りると、そこには金属製の重厚なドアがあった。
この部屋の中に目的のものがあるはずだ。
私は胸ポケットから携帯デバイスを取り出し、帝国軍機密事項というタイトルのフォルダを開く。
「パスコードは201741…ってなんで15桁もあるんですか…」
内心面倒になりつつもパスコードを入力していく。
「ふぅ…入力完了」
最後にEnterキーを押すと微かに床が振動し始め、扉がゆっくりと開く。
「よし」
扉が完全に開くのを待たずに潜るようにして部屋へと入る。
中は薄暗く、カビ臭い匂いが立ち込めていた。
私は持ってきた懐中電灯をつけて辺りを確認する。
部屋には軍の木箱や銃などが乱雑に置かれており、棚の中には本のようなものも見えた。
さらに奥へ進むと、大きな机の上に布が敷かれてあり、そこには微かに光を帯びている勲章のようなものが置かれていた。
「あった……」
軍のデータベースにあった通り、恐らくこれは帝国が初めて製造したオリジナルのディライトコア。
私がそれを手に取ろうとした時、背後から気配を感じた。
「動くな」
振り返るとそこには男が立っていた。
顔にはガスマスクを付けているが、声色から男だということは分かる。
「見たところ軍人の様だな。ここで何をしている?それにどうしてエナが放出する粒子を吸っても無事でいるんだ?」
男は銃口を私に向けながら質問を投げかけた。
一方の私は両手を上げてゆっくりと後ずさる。
「ここは帝国軍の研究施設ですよ。一般人が無断で立ち入ったら」
「一般人ではない…筈だ」
「…」
いまいち要領を得ない発言とは対照的に銃を構える姿に隙はなく、訓練された兵士のような風格を醸し出しているのはなぜなのか。
この人はもしかして…。
「あの、貴方は」
私が訊ねようとした矢先、突然轟音と共に天井が崩れ始めた。
「!?」
崩れた天井の一部がこちらに向かって落ちてくるのを見て、咄嵯の判断で横へ飛ぶ。
しかし男は立ち尽くしたまま、天井を見上げていた。
「危ない!!」
手を伸ばすが届くはずもない。
「くっ!」
なりふり構ってられない。
左胸に付けた勲章を右手で握り締め、心の中で念じる。
(お願い…間に合って!)
直後轟音と共に、男の頭上に迫っていた瓦礫が木っ端微塵となった。
(地上から地下へのピンポイント砲撃。初めてやったけど何とか間に合ったみたい)
咄嗟の判断だったが、尻餅をついた男の姿を確認してホッと胸をなでおろす。
もう使われていない施設とはいえ、軍事施設なのだから、それなりの耐震構造を備えていたはず…。天井が崩落した原因が不明な以上、エナの存在を警戒するに越したことはないだろう。
このまま地下にいては生き埋めになるだけ。
そう考えた私は棒立ちしている男の腕を掴むと、もう片方の手で当初の目的だったオリジナルのディライトコアを拾い上げ、急ぎ足で地上へと出た。
一息つき辺りを見回すと、崩落の原因が瞬時に明らかとなる。
「エナ…形状からするとS型。非常に厄介です」
S型はエナの中でも強い部類に入る。
特徴としては体の大きさと硬い外皮。
ヘビを思わせるような長いフォルムは見るものを恐怖させ、圧倒的な質量で立ちはだかるものを容赦なく潰して回る。
「あのまま地下にいたら間違いなく死んでましたね。それより怪我はありませんか?」
「なんとかな。それよりあいつは一体」
「あれはS型のエナ。見るのは初めてですか?」
「ああ、見たことがあるような無いような…」
「あいつは強敵です。正直私一人では厳しいかもしれません」
「あんたは何者だ?」
「私はレティシア。レティシア・グレイスです。帝国軍少佐で、第11戦車隊の隊長をやっています。よろしくお願いします」
「……俺はジオだ。記憶が曖昧なんだが、とりあえずよろしく頼む」
「色々と聞きたいことがありますけど、そうも言っていられないみたいですね」
「どういうことだ?」
「あいつに気づかれました」
「どうするつもりだ?逃げるか」
「私がS型を引き付けます。そのあいだに貴方は逃げてください」
「おいおい、仮にも俺は男だぜ。お前を見捨てて逃げるなんて」
ジオも戦うつもりのようだが、エナに拳銃一丁で挑むなんて自殺行為に等しい。
初めて会ったはずなのにいつの間にか、この人を助けたいという気持ちが湧きはじめていた。
(なんなの、この感情は。今までこんな気持ちになったことなんてなかったのに)
そのことを不思議に感じつつ、男に言葉を切り出す。
「貴方がいると足手まとい。邪魔です」
もちろん本心ではない。
しかし、今はこの男を安全な場所へ逃がさなければならない。そう考えた。
「なっ!?」
文句を言おうとするジオを左手で制し、勲章を右手で握り締め叫ぶ。
「来てください…ハイドラ!」
私の声に応じるように一台の戦車が猛スピードで私の下に駆けつける。
火花を散らしてスライドしながら減速し、その戦車は私の傍でピタリと停止する。
停止してもなおエンジン音を轟かせ、敵を威嚇しているのか、主の攻撃命令を待ちわびているのか。
これが私の愛機、第5世代 機甲型ディライトコア【ハイドラ】。
「これは…戦車なのか?」
「ジオ。貴方に任務を与えます」
「任務?」
「これを西にある帝国軍の司令部まで届けてください」
私は持っていたをオリジナルのディライトコアをジオに渡した。
「徒歩でかよ。ここで死んだ方がマシだな」
「……駄目です。貴方が死ぬなんて、そんなのは絶対に嫌」
自分でもどうしてそんなことを言ったのか分らない。だけどこれが私の本心。
ハイドラに飛び乗るとハッチを開けて中へ入る。
私の覚悟が伝わったのか、ジオも決心したような表情だった。
これで思い起こすことなく戦える。
大きい図体を揺らしてこちらを品定めしている様子のS型エナを見据え、気合いを入れる。
「さあ、始めましょうか!」