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ながれるつきひのなかで  作者: セミ
1/1

手をのばせば、蜘蛛の糸

ただの人間の少年が、地獄脱出を試みます。

なぜ自分は地獄にいるのか??

そして地獄の頂には何が待っているのか?


少年ツキヒと可愛い鬼達のわくわく地獄巡り。


流れるつきひの中で


むかしむかし、

そのまた遠い昔、

地球とよばれる星に空から光り輝く星々が降ってきました。

それは、「鬼」と呼ばれ、力が強く、頑丈で、ツメやキバなど、個性的で素晴らしいものを沢山持っていました。


一方、地球にいる「ヒト」という生き物は、ツメもキバもウロコも力も無く、脆く、

寿命も短い貧相で、とても弱く、ヒレツでした。で


鬼とヒトは争いましたが、ヒトは敗れて自分たちの大切な星の中心を明け渡しました。


そして、地球深くに潜った鬼たちは、不思議な力を持った

「太陽」と呼ばれるものからから放たれる、光の柱を中心に国を作りました。


太陽は光や活力だけでなく、鬼たちに「太陽の恩恵」と呼ばれる不思議な力を授けます。


鬼の国々はどんどん栄え、総じて、「ジゴク」と、呼ばれるようになったのです。


■1■

「――――懐かしいだろ。これがよくオフクロからオレが聞かされてたおとぎ話だよ。」

「うちはちょっと違ったけど、懐かしいなぁ。」


渦高く積み上げられたゴミの山が広がる場所で、親しそうに世間話をする二人の人影があった。

 しかしその姿は人影と言うには、かけ離れており、一人は紫色のツルリとした鱗に覆われ、大きな角と鉤爪を持ち、もう一人はテラテラと光る粘膜で覆われた体に、大きな目が一つポツンとあった。その肩から腕は関節など無く、腕の先にはギッシリと歯が並んだ口が付いていた。

 そう、彼らこそが先程のおとぎ話に出てきた、鬼である。


「おかしいな、子供はおとぎ話を聞かされれば退屈で暴れ出すって決まってると思ってたんだが。」

 紫の鬼が巨大な鉤爪にぶら下げていた何かを揺さぶる。

 今度は一つ目の鬼が、

「ふざけないで起きなよ!もしかして、寝てるのかな?」

と、目をギョロつかせ、歯をガチガチと鳴らした。

 鬼に無造作に揺さぶられる布の塊は、小さな人影であった。

「で、アロくんはこんな子供と何をしているの?」

一つ目の鬼がアロと呼ばれる紫色の鬼に問いかけた。

「いやあ、オレが家の周りのゴミを片付けて捨てようとしてたら、コイツがぶつかって来たんだよ。そのまま倒れちまってピクリとも動かない。オマエどうにかしてくれよアウブ。」

アウブと呼ばれる一つ目の鬼が、恐ろしい口をガバッと開けた。

 鬼の、テラテラ光る無数の足が裂け、中からギラつく歯が見える。笑っているようである。

「フフフ!イタズラしてるんでしょ君!!ここらじゃ見ない鬼だけど、どこの子?」

 一つ目の鬼が、ギラつく歯の並んだ手で、小さな人影を抱き上げた。

 そのころ、件の人影は体を痛みと恐怖にと震わせ、思考を巡らせていた。

痛い、殺される、何とかしてこの場を脱せねば。その緊張感と生存本能だけが今の小さな人影の全身を駆け巡っていた。

 この人影、先程まで気絶していたのであった。

「おい、なんかコイツの身体変わってんな、毛皮だと思ったら装飾品らしい。」

 紫の鬼が人影が纏う、深藍色のフードが着いた外套を引っ張る。

「服ってやつじゃない?神官様達が着てるやつ……あ、これ顔も作りものみたいだ。」

 一つ目の鬼が、ヒトカゲの顔に嵌められたツルリとした骨で出来た仮面をガツガツと叩いた。

「体もなんか柔らかい。」

「見て、この手!!鉤爪一つもありゃしない!」

「なぁ。もしかしてさ。」

「うん。」

「コイツ、ヒトってやつじゃ」

 その瞬間であった、それまでぐったりとしていた人影は突然、身を跳ね返らせ、左腕を大きく突きだし、自分を掴んでいた一つ目の鬼に押し当てた。

 バチンと音がして、一つ目の鬼が驚き人影を手放す。

「オイ!なんだお前!」

叫んで巨大な腕を伸ばして来た紫の鬼に、人影はまた左腕を振りかざした。

 炎が勢いよく揺らめく。

 炎に驚き、人影を掴み損ねた紫鬼は大きくよろめく。その足元には麻袋が転がっていた。

 人影はそれを脇目も降らず引ったくり、勢いよく走り出した。

「オレの家のゴミなんざ持って行ってどうするんだ!」

「ちょっと!いきなり何?!感じ悪いよ君!」

鬼達が喚く。

その頃にはもう人影はゴミの山に紛れて鬼達の目には届かくなっていた。

「まったく、最近のガキはよく分からんな。」

「ねぇ、あの子、ぼくに何したんだろ、チクッとしたよ。びっくりしちゃった。」

「俺には炎チラつかせてたけど、どういう意味だったんだ?変わったヤツだったな。」

「体も変わってた……。柔らかかったし、弱そうだった。もしかして、ヒト…だったりするのかな。」

「はは!まさか!このジゴク以前に、この世にヒトなんか一匹も居ないだろ!大昔に絶滅したんだから!」

「だよね!」

先程の喧騒とは打って変わって、鬼たちはまた談笑し始めた。

逃げ出した、ちっぽけな人影の事はまるで気に病んで居ないようである。

「鬼共が馬鹿にしやがって。」

 ゴミに紛れて姿をくらませただけで、大きな声で笑う鬼達の声がまだ聞こえる所に座り込んでいた人影が呟く。

「痛って…。あ―――、血が出てる。馬鹿みたいな力で掴みやがって。でも、使えそうなの沢山あるな…バッテリーもいくつか入ってる。やった。」

引ったくった麻袋をガチャガチャかき混ぜながら、人影はその場をそっと離れる。。


「護身用アーム、スタンガン機能の出力90万Vでチクッとした…?ウロコの鬼の方も、炎に驚いてただけみたいだったし…バケモノ共め。もし次鬼に接触した場合どう対処すれば―――」

ブツブツと怒りと焦りを呟くこの痣と生傷まみれの少年、名はツキヒと言った。

この鬼の世界であるジゴクで唯一、ヒトとして生きる者である。



■2■

 生まれながらに武器を持たないヒトのツキヒは、この世界で生き残る為に精一杯であった。

衣服も拾ったものや、鬼から掠めとった物を自分が着れるように仕立て直したものであったし、生活に必要な道具は全て拾うか作るしか無かった。

もちろん食べ物だって、自分で手に入れなければならない。

 鬼にヒトだとバレたら直ぐに殺されるかもしれない。あちらは殺そうと思えばツキヒ事など難なく殺せてしまうのだ。悪気もなく、好奇心で痛めつけられてしまうのだ。

そのためにツキヒは少しでも鬼に扮するため、身体を布で覆い、フードで頭を隠し、額に角の生えた骸骨で出来た仮面を被っていた。

ツキヒの身を守る物は、鬼に殺された母親が託してくれた「アーム」と呼ばれる機械じかけの手甲のような武器と、拾った小さなピッケルやナイフだけであった。

 唯一のまともな抵抗手段である、形見の武器だって、エネルギー不足でもうまともに使えない。先程の逃走劇で使われた程度出力でも、あと何回使えるのかも分からなかった。


「ただいま。」

古びたマンホールのような円盤型の蓋を外し、中の空洞に滑り込む。

 真っ暗な空間の中、ツキヒは荷物を下ろし、外套を脱いで仮面を外す。

 拾い物のライターでロウソクに火をつけると、そこにはゴチャゴチャとして手狭だが、位心地の良さそうな部屋と、なまっ白い顔色の大人びた少年が照らし出された。

 ここが唯一、今の彼が家と呼べる場所だ。

流木で組み立てられた棚に、これまでの「戦利品」がところ狭しと並べられ、干された草やスパイスが詰まった瓶、保存の聞く食材が収められている。

柔らかな布や綿、草を集めて作ったベットや、机として扱われているひっくり返して磨きあげられたドラム缶。木彫りの食器に、ブリキ缶で作られたマグカップに飲みかけのお茶が入っている。

 外から泉の水を引いた風呂場もあるし、穴の外には、土と瓦礫で作られた釜戸だってある。

 居場所があるというのは心地が良いものだ。


 

 部屋の中央にあるブリキの机の上に、柔らかな布で包まれたスマホのような端末がぽつんとあった。

 ツキヒは端末に駆け寄り、麻袋から四角い小さなデバイスを取りだすと、端末の穴にコードでつなげた。

 真っ暗な端末の画面にパッと起動中の文字が浮かぶ。

 それを見た少年の顔には安堵の色が浮かんだ。

『ッッア〜~~〜〜!!!良かったぁツキヒ〜~~〜〜生きてる〜~~〜〜心配したよォ!ボクのバッテリーが切れてから、んっと、五十二時間十五分四十六秒経過したよ!一人で頑張ってボクのバッテリーパック集めてくれてたんだねェ。』

 突然、スマホのような端末の画面にシンプルな顔が現れ、ペラペラと喋りだした。

「良かったキューブ…!このバッテリー使えるみたいで良かったよ。

結構集められたから暫くは大丈夫。ゴメンな。」

 ツキヒがキューブと呼ばれた端末をそっと手に取る。

『マ゛ッ!ツキ…ツキヒ!!キミ、おデコ!!!血ガ!!額、止血…検索中…!傷深い???』

「仮面を叩かれて、ちょっと皮が剥けだけだから平気だよ。」

そうやってツキヒが微笑むと、画面の表情はクルクルと変わってゆく。

『モォ、あんまり無茶しないでよ…あ、ありあわせ救急箱が、そこの棚にあるから…ホラ…外の鬼たちと違ってキミはさ、その、ニンゲンなんだから。もし鬼に襲われて一回でも重傷を負ったら……』

 ツキヒに必死に語り掛けるのは、ピンク色のボディに濃いめの水色に光る液晶を持つ機械。液晶の中に浮かび上がる白いドットで描かれたシンプルな顔はよく動き、その画面の縁には可愛らしいハート型のボタンが着いている。

 彼は、ツキヒが一人で生きていくことになった時、ゴミの山で拾い、唯一無二の親友になった手のひらサイズの相棒で、名前はキューブと言った。

元々名前は無いようだったので、彼の背面に書いてあった文字、CUB-Eをそのまま読んで「キューブ」とツキヒは呼んでいた。

彼は自らを電子辞書と名乗るAIで、見た目はスマホであったが、ツキヒとってその辺は何でも良かった。

 一人で黙々と考え込むツキヒと対照的に、キューブはべらぼうに明るいので、ツキヒの孤独はいつも彼の前では霞んでしまうのだ。


『ネェ!聞いてるの!』

「分かってるさ…。気を抜けば大怪我どころか、すぐ命を落としちゃうようなところに居るって。」。

『それにボクは…賢くて有能な電子辞書だけど、ツキヒくんを守る牙も爪も手足もないんだよ…』

 先程の明るさとうって変わり、キューブは悲しげに液晶を光らせていた。

「僕はニンゲンだ。力だけで馬鹿なあいつらと違う。」

 ツキヒは額を水で清めながら、努めて明るく言った。

「絶対にジゴクから抜け出してみせるさ。それに僕には、ヒトの文明と科学が詰まった最高傑作、「電子辞書キューブ」くんが付いてるんだろ??」

『あったり前じゃ〜~~〜〜ん!!!任せてよォキューブはモノシリだからねぇ!ここはボクに手があったらツキヒとハイタッチしてるところだよォ』

 ツキヒはキューブの液晶に軽く指でタッチしながら、自分の荷物を机の上に引っ張りあげた。

「んじゃ、飯にするからさ、この果物なんだか調べてくれない?初めて見るけど食べられるかな。」

 布張りの鞄の中から、沢山の棘のような房が表面に付いた果実…と言うには禍々しい物を取り出した。

『よしキタ!!!最も一致する画像データを検索しています。う―――ん、これが一番近いかな…!センザンコウ。古代に生息した哺乳類で――――――』

「なんかかなり違うけどまぁ食べれるっぽいかな…」

 ツキヒは豪快に果物を輪切りにし、その皮が付いた側面に添わせナイフでスルスルと皮をむく。

 爽やかであるが甘くとろける香りが広がって、絶対に太古の哺乳類でないことを確信する。

 木のお椀に剥き終わった果肉を盛り付け、常備しているナッツや豆を煎ったものと一緒に食べ始めた。

『どう?オイシ?』

 ニコニコとキューブが見守る中、ツキヒは使い込まれた手帳を取り出し、「センザンコウフルーツ。棘の鱗のようなもので覆われているが、柔らかく、とても甘くて美味しい。」

と、スケッチと共に書き記していた。



■3■

「じゃあ、ハシゴを作りに行こうか。」

 キューブが充電を終え、ツキヒが仮眠取った後、荷物を整理し始めたツキヒがキューブに言った。

『…ズイブンと沢山ものを入れるねぇ。何持ってくの?』

 ツキヒの体の幅よりは小さな亜麻色のカバンには、ギッチリと隙間なく色んなものが詰められてゆく。

「不必要なものなんて一つも入れてないよ。まず、携帯用のランタン、アルコール、包帯、薬草各種、それにお前の予備のバッテリーに、俺のバッテリーの干し魚、虫除けのハッカ油、火打ち石――――――」

 次から次へと取り出される、便利グッズに呆れたような感心したような顔を浮かべるキューブ。まぁ、備えあれば憂いなし、なんて言葉もあるし。用意が良いのは良い事だ。

「で、これはリラックス用の入れたてカモミールティが入った水筒。」

 流石に重いだけでは無いだろうか。

 何か言いたそうなキューブは掴まれると、ツキヒのベルトにカラビナで繋がれた小さなポーチにしまわれるのであった。


 ハシゴとは、いつかジゴクから抜け出す為の唯一の希望である。

 ジゴクの端、岩肌が永遠と上へ伸びていく断崖を登り続ければ、いつかきっと地上へ出れるはずだ。

 ツキヒがこつこつと岩肌にU字に曲げた針金や鉄材を打ち込み、布材やツタ、木材などをで作ったハシゴをかけて、かけて、どんどんと上に登れる距離を伸ばしている。……が、一向に先は見えなかった。

足元がはるか下に見え、見下ろせばクラっと血の気が下がるくらいにはかなり高く登れるようになっているのだが、どのくらいの高さまで登ったのか分からない。

几帳面なツキヒにしては高さを数字で把握していなかった。途方もない数字は逆にモチベーションを下げるからだ。

こういうものは一つの事しか考えないで打ち込んだ方が良い。

ただ、ただ地上に出るという夢のために。

そして願わくば、毎日を安心して暮らせる、人間らしい生活を手に入れるために。



■4■

 随分、長い間作業をしていたようだ。

手持ちの道具も底を尽きたので下に降りねばならない。

できるだけ下を見ないように作業をしていたツキヒは、振り返り、自分が張り付いている岩壁からジゴクを一望した。

遠くに、もう見なれてしまった輝く糸のような光の筋。

だだっ広い、暗いだけの地下の空洞であるはずのこの場所に生物が生息できるのは、鬼共が太陽と崇める物から放たれる、あの光の筋のおかげである。

太陽の近くは、鬼の生活圏ど真ん中なので、ツキヒは近づいた事が無いので実際には見たことがないが、服など着ない鬼にも文明のようなものが存在していると思われる。

光の筋に近づくにつれ、明るく、暖かく、植物も豊かに茂って、鬼が住む住居の様なものも沢山あるようだった。

きっとツキヒ達が住んでいる所よりもずっと住みやすいのだろう。

光の筋の先にはずうっと上に延び、真っ暗な、地下空洞の天井に当たる部分に吸い込まれるように消えていた。

天井には穴が空いており、光の筋はそこを通っているように見える。

「ここから出るとなったら、最終的にはあの光が通っている穴を、俺達も通らないと行けないんだろうな。」

考えないようにしていたが、恐らくあの光はとんでもなく高温だろう。

あの一本の光の柱だけで、このジゴクを照らし、植物を育てているのだから。

『でも、近くに行ってみれば他の穴があるかもしれないよ。』

キューブの無邪気な明るい声が、もう後も先もない現実を際立たせた。


それがどんなに薄い希望でも、縋りつかなければ可能性はゼロである。

とにかく作業を進めなければ、話はそれから…と、ゆっくりハシゴから降りようとした時である。


ドン。


 自分達が頼りない紐と木でぶら下がっている岩肌が揺れた。


 こんな事は初めてだ。

 恐怖と緊張にツキヒが身体を強ばらせたその時。


 岩肌が盛り上がった。

盛り上がったところから亀裂が走り―――ー、爆ぜた。爆ぜたように見えた。


 ツキヒはハシゴごと空中に弾き出されたのである。

「―――っは?」

 ここから落ちたらさすがに助からない。

 いや、落ちる前に飛び散る岩に潰されて死ぬかも。

 しかし、空中に放り出されたのはツキヒ達と岩だけではなかった。

「ヒャハ―――――――――!!!抜けた!!ゼ!!!」

「ボス!まだ底じゃないっぽいっス。」

「だからまだ貫通するの早いって言ったじゃないですかあ!」

鬼である。しかも大群。

「まぁ、仕方ねぇ!このまま着地だお前らァ!!」

 そう叫んだボスと呼ばれる鬼の体にツキヒの体が引っかかる。

「ヒッ」

 小さな悲鳴をあげ、ツキヒは緑色の鬼の大群と一緒にジゴクの底まで落ちていったのだった。


 「ボス!なんか引っかかってますよ!肩!!肩!!」

 「なんだコイツ、変わった鬼だな!」

 またこのパターンかよ。

 着地の衝撃で少し気の遠くなっていたツキヒは、自分が生きていることが信じられなかった。

 手探りでキューブも確認する。

 ちゃんと居る。壊れてもなさそうである。

 彼は彼で気を使って、黙って様子を伺っているようだった。

 ほっとする暇は無い、目の前のピンチをどう対処べきか考えねば。 

 ツキヒは冷や汗をダクダクかきながや、押し黙る。

 だいたい奇抜でまちまちな見た目をしている鬼だが、この鬼の群れは、総じて緑色で刺々しい体をしていた。

 十匹くらいの群れで大きいのから小さいの、少し赤色が混じったもの、花が咲いたもの……と多少の個性はあるが、揃った見た目をしたものを見るのは初めである。

 その姿は、キューブに内蔵された図鑑で学んだ、サボテンと呼ばれるものに酷似していた。


「お前、なんで、あんなとこにいたんだ坊主。」

 リーダー格だろう。ボスと呼ばれた、がっしりとした体型のサボテンの鬼が、棘のついた手でツキヒを鷲づかんだ。

 ツキヒはまた、くぐもった悲鳴をあげたが、一応ボス鬼は、棘が刺さらないようにしてくれているようだ。

 ボス鬼の目前でゆさゆさと揺さぶられ、鬼の群れの視線を一身に受けている。

 「ちょうど良かったですねボス。太陽都市の鬼が捕まって。人質はとりあえず確保出来たということで。」

 先程食べたフルーツに似た形の鬼が、ボスに淡々と話しかけた。

「そうだなぁ。コイツは気弱な鬼みてぇだし、こっちも、やりやすくて助かるわ。な!オマエ!まぁいっちょ使われてくれや。」

 ツキヒを強く揺さぶり、カカッと豪快に笑った。

「命は取らんさ。安心しな坊主。……まぁ、相手の出方にはよるがな。」

「ッシャ!ボス!!行きましょう!」

「太陽を独り占めしているスカした太陽都市をぶっ潰しましょう!」

「目指すは都市の要!太陽神殿!」


 士気が高まり、おおおお!と怒声が上がる。

 団結力があるのは良いことかも知れないが、人質とは価値がある人と物を交換するものでは無いのか。

 ツキヒは勿論、鬼に知り合いは居ないし、ヒトである。

 人質としての役割をまるで果たせ無い。太陽神殿とやらの鬼共が殺されそうな自分を助けてくれるはずがないし、ヒトだとバレたらすぐにサボテンの鬼の方にだって殺されるだろう。


 ……今ここでヒトだと言ってもきっと殺されるだろうし。棘のある腕でガッチリ小脇に抱えられているツキヒには逃げる術など無かった。




■5■

 サボテン鬼達は回転する花弁を持つ巨大な花の乗り物や、草でできた牛のような乗り物に乗り、ドンドンと明るい方へ進んでゆく。

 すざまじいスピードだ。

 ゴウゴウと顔と耳元を吹き付ける風に顔を背けながらも、初めて見る「鬼の都市」に驚いていた。

 勝手に鬼は、木や岩を組み立てたものとか、穴とか掘って住んでいるのかな、くらいの

考えだった。そもそもそんなに興味もなかった。

 鬼の住居は、硬そうな白い岩を、大きなナイフで均等に切り分けているかのような作りだった。

 美しく配列した建物が、周りの光をキラキラと反射して、街全体が白く光り輝いている。

 所々に豊かな緑が生い茂り、白と緑の見事なコントラストを生み出していた。

 どんな技術で作られているのだろう。ツキヒは恐怖のでいっぱいなはずの心に、好奇心が湧いてくるのを感じた。

 鬼にこんな技術があるなんて思いもしなかった。

 視界の端に様々な姿形をした鬼たちが通り過ぎてゆく。皆、都市を猛スピードで駆け抜ける集団に驚きと好奇のまなざしを向けている様だった。

「おい坊主。」

ボス鬼が喋りかけて来た。

 こちらに敵意がないということを示す為に、仮面をつけた顔を恐る恐る向ける。


「俺たち植物鬼(マンドラゴラはな、太陽の光と綺麗な水があれば生きていけんだよ。他には何も望まねぇ。」

 マンドラゴラ?鬼の種類だろうか。

「俺たちだって争いは好きじゃねぇ。でも何回も太陽神殿の神官長に交渉を申し込んだが聞き入れて貰えねぇ。太陽王様にも俺たちの声が通ってるかどうかも怪しいもんだ。だからな、奇襲をかけて総攻撃って案の次に穏やかな策を取らせてもらったってわけさ。」

 ボス鬼は黒いガラスで覆われた顔をこちらに向けた。少し笑っているように見える。

「そろそろ太陽神殿だ。悪ぃがもうちょっと付き合ってもらうぜ。」

  


■6■

 太陽神殿と呼ばれる場所は、先程通り抜けた活気ある都市と違い、人気無く、シンと静まり返っていた。

 太陽が近くなったせいか、何処もかしこも白い光で満ち溢れている。

 ツキヒは生まれて初めてこんなに眩しい所に来たので、目を慣らす為、何度も瞬かせ、当たりを見回した。

 神殿は大きな白い岩を、何か大きな力で切り取ったかのように、どこを見ても平面で、真四角の石が、規則的に積み上げられた柱が幾つも立ち並び、そのてっぺんには不思議な模様が浮かんでいる。

 その先には、同じく白く輝く神殿と呼ぶに相応しいであろう石造りの建物が神々しく佇んで居た。

 その重苦しい美しさと、乾いた無機質さにツキヒは息を飲んだ。


 「オイ居るんだろ!!太陽王とその取り巻きさんよォ!!!」

「出てこい!」

「取り引きに応じろ!」

 静まり返る冷たい石造りにボス鬼達の声が反響する。


「―――神聖な神殿へ何の用だ?不敬者共。」


 声がした。まるで大気そのものから語りかけられたかのように、何処から聞こえてくるのか分からない声だった。

「太陽神殿の神官が怪しい術を使うというのは本当のようだな。どんな太陽の恩恵なんだ?その力も独り占めした太陽から授かったんだろ?姿を見せろよお飾り神官め。」

 ボス鬼の挑発にも声は動じていないようだった。

「太陽王様は今お休みである……。これ以上騒ぎを起こせば、こちらも容赦はせん。」


「ほお?今現在太陽王なんてホントに居るのか?姿を見た鬼はほとんどいないそうじゃねぇか。」


「―――お前らは、緑の島の聖花隊だろう?こんな事をしていいと思っているのか?」

「はっ!知ってんなら話は早い!!こっちには人質が居るんだ。見えねぇのか?こいつの首がネジ切れる前に言うことを聞いてもらおう。」


 先程から何度も聞く太陽王というのは太陽都市、もしくはジゴク全体でのボス鬼というのは何となく理解した。

 しかし、緑の島?聖花隊?太陽都市と呼ばれているこのジゴク以外にもまだ鬼が居るところがあるのか?太陽の恩恵というのも、ただの光や熱の事では無さそうだ。

ツキヒの頭は疑問だらけだったが、鬼共の抗争のど真ん中で命を落としそうだということはよく理解できた。


 ボス鬼がグッとツキヒの頭に手のひらを置いたその時、とても近くで声が聞こえた。

 「太陽王はお休みになられてると言ったはずだ。話ならこの神官長、トリデアノンが承る。」

 いつの間にかそこには神秘的な金の刺繍か施された白いローブを纏うたくさんの鬼が並んでいた。

 どの鬼も同じようなデザインのローブで、目元しか見えていないが、姿形が様々だと分かる。

神官長トリデアノンと名乗る鬼はツキヒの腰までほどの大きさしかないが、正方形の石が煌めく大きな杖を持っており、神秘的な恐ろしさと威圧を感じさせていた。。

「神官じゃなく王を出せ。」

ボス鬼がひるまずに言い放つ。

「何度も言わせるな私が対応すると言っている。」

トリデアノンが悠々と言ってのける。

 ボス鬼が、やれやれといった感じで大袈裟に肩を竦めたと思うと、ツキヒを後ろに控えている仲間の鬼に投げ渡した。


「いっだ!!!!」

 ツキヒも流石に我慢できなかった。

受け止めたサボテンの鬼の細かな棘がツキヒの体の側面に惜しみなく突き刺さったのである。

『ツキヒくん!!』

 キューブも我慢出来ずに驚きと心配の悲鳴を上げる。

 今まで沈黙を守っていた人質から悲鳴が二人分も上がったので、受け止めたサボテンの鬼はちゃんと小さくごめん、と謝った。


ツキヒが投げ渡された直後、ボスはトリデアノンに飛び掛っていた。

腕の棘をむき出し、手に持った火花を散らして回転する花弁はまるでチェーンソーのようである。

ボスはチュインと音を立てる花弁をトリデアノン首元にスライドさせた瞬間。


べコン

 

 トリデアノンから3メートル程離れた所に、ボスは倒れていた。胸の辺りに四角い凹みがある。

 トリデアノンがやったのだろう、鼻で笑ったのか、ふん。と声を漏らした。


「ボ、ボス!!!!」

「ボスを運べ!!」

「チッ!体制を立て直すぞ!撤退!!!」

「はい姐さん!!」


 緑の鬼たちは倒れたボスを抱え上げ、ツキヒをそっと床に置き、回る花弁乗り物に跨って風のように走り去った。

 一瞬の出来事であった。


 神官達が取り囲む輪の中に、ポツンと佇むツキヒは置き去りにされ、唖然とした。

しかし、サボテン鬼達はツキヒの事を太陽都市の住民だと思っていたので敢えて置いていったのだろう。

 こうなれば、テロに巻き込まれた被害者の鬼、という事で穏便にここから去ることが出来そうだ。


「あの、自分は」

「その腰に隠しているものを出せ。」

ツキヒが言葉を発し切らない内に、凛とした声が遮った。

 すると、トリデアノンの後ろから、体の長い鬼がツツツと床を滑るように進み出てきた。声からすると女のようだ。

 鬼にも雌雄があるのだろうか。

 頭や腕、体はヒトに近い造形のようだが、長い布地の下には蛇のような体が収まっているようだ。

 手にはうねった木の杖を持っており、杖の先には鳥籠のような小さな檻がぶら下がっている。中には何か入っているようだがよく見えない。

「何が見えたか、モヨ。」

 そう蛇女に尋ねながら奥から他の鬼よりずば抜けて大きな体躯を持つ鬼が進み出てきた。

 前に足を踏み出す度に、床が震える。

 ゴツゴツと盛り上がった岩山のような体をトリデアノンとモヨの隣に並べた。

「私の熱を感知する目によって、あの者からでは無い、声の主が、生き物ではないことを告げています。恐らく、キカイ、かと。」


「なんと!」

「キカイ!」

「恐ろしや……」

 後ろの神官達に動揺が広がる。

「キカイは残虐で…危険です。皆下がりなさい。モヨ、シイ、傍に。」

 ツキヒの目の前にはトリデアノンと、二人の鬼が立ち塞がっていた。

他の神官達は遠くから様子を伺っているようだった。

 ツキヒは勇気を振り絞り声を上げた。

「自分は危害を加えるつもりはありませんし、そんな力もありません。どうか立ち去らせて下さい。」

「ならん!」

 シイと呼ばれた岩の鬼が見た目通りの険しい声を震わせる。

「今までどれほどの鬼がキカイに無惨に殺されたか……無力な鬼の体に奇声して、我々を殺す罠なのかもしれん。」

 鬼に虐殺されたのはヒトじゃないのか?キカイなんて単語は初めて聞く。

「キカイ、持っているでしょう?それとも貴方自身は生き物だけど、キカイに操られているの?」

 キカイ、とは、恐らく、キューブの事で間違いないだろう。

 ツキヒはこれを聞いているキューブが、自分を犠牲にしてツキヒを逃がそうとするのでは無いかと思い、生きた心地がしなかった。

 どうか、キューブ、俺が何とかするから、そのまま静かにやり過ごしてくれ――――――。


『下がれ下がれ~~~~鬼共~~~~~!これ以上近づくと、ダイバクハツさせちゃうんだから~~~~!!!!』


キューブの可愛らしい声が辺りに響く。今回ばかりはその声がとても憎らしかった。


 ざっと、鬼たちが後ろに下がる。

案外、キューブのハッタリは結構効いているようだ。

『このまま、ジリジリ後退して逃げ切ろうツキヒくん!』

 キューブが小声で励ましてくる。

 さっきはどうなるかと思ったが、何だか逃げ切れる気がしてきた。

目をそらさないように、ゆっくりとでも、大股で後退してゆく。

「我々では危険だ。太陽王にお越し願おう。」

 トリアノンの号令を聞いて、モヨが持っている杖を揺すりだした。

鳥籠がガラガラと音を立てる。

「太陽王さま!」

「お越しください!」

「ジゴク最強の鬼!鬼の王!」

 順調だと思ったのに、今度はなんなんだ。背を向けて全速力で走ろうと、体をねじったその先には。何かが立っていた。

 音も無くツキヒ後ろに立っていたそれは、真っ赤な目でジッ……とツキヒを見つめていた。


「太陽王さま、そのキカイを滅ぼし下さい。」

 トリデアノンが冷たく言い放ち、また蛇女の鳥籠の杖がガラガラと鳴らされた。


 太陽王と呼ばれた鬼は、とても小柄で、小さな顔を豊かに包む金色の毛。その隙間から除く巨大な目や小さな口、しなやかな体は、小さな女の子のそれである。

 しかし、細い腕の先はフワフワの毛に包まれているが、そこにはむき出しの真っ赤な爪があった。

 爪と言うには丸みがあまりにも皆無で研ぎ澄まされた刃物のようである。

 怯んだツキヒが後ろに後ずさると、太陽王は、無気力でうつろな瞳をこちらに向けたまま、バラバラっと腕を広げた。

 腰に巻き付けていたようで分からなかったが、刃物が着いた腕は二本ではなかった。六本。ギラつく六本の腕と、尖った針のような足。

 その少女は正に蜘蛛そのものだった。


赤い刃物が真っ直ぐこちらに振り下ろされる。

 ツキヒ咄嗟に床に身を投げ出し避けたが、太陽王もゆらゆらとツキヒの後を着いてくる。

 身軽な太陽王は、ツキヒが全速力で走っても、一飛びで追いついてくる。

 奴の刃物が当たった床や柱はえぐり斬られていた。

 こんなの当たったらひとたまりもない。……のだか、なんだか太陽王から、「当てよう」という気が感じられなかった。

 先程の讃えられ具合から見てもこの鬼が強いのは確かだと思われる。

 が、しかし、やる気がないと言うか、嫌々従っているように見えた。

 この鬼はここでは一番偉いんじゃないのか?ツキヒが疑問に思った時。

「お戯れはそこまでになさって下さい。早く、そのキカイの抹殺を!」

 蛇女のモヨが大声を上げ、また鳥籠を揺すった。

 ガラガラと音が鳴ると、太陽王の動きが、ピタ。と、止まり。

 鋭い一撃がツキヒ脳天に振り下ろされた。

 反射で身を引いたから良かったものの、今のは死んでたな。

 でも今の反応で、何となく掴めた気がする。

 と、冷静に考えるツキヒ顔からは真っ二つに切り裂かれた骨の仮面がカツンと音を立てて落ちた。

 周りから悲鳴が上がる。

「ヒトだ!!」

 トリデアノンが叫んだ。

 「その、顔、何故、人が此処に?」

 お高く纏った神官長は取り乱しているようだった。

 目の前の太陽王も目を丸くし、こちらを見ている。

「ヒトよ、何が目的だ?」

「醜いヒト!滅びたのでは?」

「あれがヒトなのか・・・?」

 神官たちがまた、ざわめきだした。

この場は今、かなり混乱している。今しか好機は無いだろう。

「俺達はただ、地上に出たいだけなんだよ。」

 ツキヒは吐き捨てるように言った。もう話すことは何も無い。

 成功しても逃げ切れるかどうか分からないが、やらないよりマシだと、ツキヒはカバンに手をツッコミながら蛇女の方へ駆け出した。

「なんのつもりだ!!」

蛇女がシュ―――ーと音を立て、腰から短刀を抜いた。

 ツキヒが神官達の前に躍り出た瞬間、キューブからけたたましいサイレン音響き渡る。

 キューブが鬼たちの気を引くために音量最大で鳴らしたのだ。 

 鬼達は未知の音に意識を全て持っていかれた。

 ツキヒも心臓が跳ねたが、キューブの完璧なタイミングに脱帽しつつ、狙い通りに蛇女に小瓶の中身を引っ掛けた。

「ギィャァァァァアアァアア!」

 蛇女から凄まじい悲鳴が上がる。

 ツキヒは蛇女の杖から鳥籠をひったくった。

「貴様何をした!」

「待て!!」

トリデアノンも岩男も、遠くから見ていた他の神官たちも駆け寄ってのすごい剣幕である。 

 岩男の振り回した、巨大な岩の腕がツキヒの肩を掠めたが、ツキヒは一直線に太陽王の所へ走った。

「やめろ!!!」

トリデアノンが悲痛な叫びを上げる。

「蛇のお姉さんが、見た目通り蛇で助かったよ。蛇って匂いがキツいもの苦手だったよな。」

『蛇じゃなくても、顔にハッカ油かけられたら皆痛いし嫌でしょ…。』

 そんなツキヒとキューブの元に、太陽王が凄い剣幕で駆け寄ってきた。

 一か八か。最大の賭けである。ツキヒはグッと拳を握りしめ、鳥籠を太陽王の方へ突き出した。

「これ多分、人質、なんだろ…?」

■7■

その刹那、パクンと、巨大な何かに食われるように視界が闇に覆われた。

 咄嗟にキューブがライトを付ける。

 目の前には大事そうに鳥籠を抱えた太陽王が居た。

 周りを見渡すと、巨大な四角形で覆われているようだった。

サボテン鬼のボスを一瞬で倒したような、四角形。恐らくトリデアノンが使う不思議な術のようなものだろう。

 

 得体の知れない鬼の王と得体の知れない空間に閉じ込められている。

 「それ使って脅されてたんだろ、取り返してやったからさ。俺の事は見逃してくれないかな……。」

 ツキヒは恐る恐る話しかけた。

 この静かな鬼の王の、戦闘でのやる気のなさと、王と崇めておきながら未知の敵相手に前線て戦わせるという扱いに、「王」というのはお飾りで、体よく操られているだけだという推測を立てていたが、当たっていたようだった。

 実際に力を持っているのは神官長のトリデアノンで間違いないだろう。

 こんな四角に閉じ込められる、ってところは全くの予想外でいつ殺されるか分からないけれど。

 鬼の少女は黙ったまま、鳥籠を壊し、中から何か取りだした。

「鞄…?」

 沈黙が恐ろしくなったツキヒがおっかなびっくり少女に問いかけると、極小さく頷く素振りを見せ、鞄を開けた。

 星の形をしたポシェットの中には、木でできた古びた櫛や、丸い鉱石、錆びたコインなど、ガラクタ―――もとい、宝物のようなものがしまわれていた。

 少女はその中からドーム状の玩具のようなものを取り出すと、光るキューブを爪で指さし、小さく首を振る。

「キューブ…。ライト消せっての事みたいだ。」

 自信はなかったがそんな気がした。

 了解、とキューブが光るのをやめ、本当に真っ暗になった。

 真の暗闇に不安を感じていると、隣からジジッと燃えるような音がして、パッと光が灯った。

 真っ暗な壁に光の点と点が映し出される。光の天たちはゆっくりとドームを中心に回り始めた。

 少女が取り出したのは夜空をもした、簡易的なプラネタリウムであった。ツキヒはキューブのデータで「星」というものは知っていたが、ずっと地下で暮す鬼とって、星は無縁のはずであった。

 唐突な星空にあっけに取られていると、ツキヒの外套の裾がくいと引っ張られる。

 驚いて目を向けると、星の光に照らされて輝く瞳がこちらを見上げていた。先程まで虚ろな目で爪を振り回していた鬼はもう居なかった。

「本物の、これ、見るの夢なの。」

 とてもとても小さな声で少女は話し出す。

「私はドロセラ。」

 小さいが、強い意志を感じる声色であった。

「一緒にここから出ない?私が絶対守るから。」

 大きな瞳に見据えられ、ツキヒは息を飲んだ。

 鬼と協力するだなんて考えたこともなかったのだ。

 野蛮で卑劣な鬼なんて。そう思っていたはずだったが、彼女の星が見たいという願いに嘘なんて無いと思った。本当であって欲しいなとも思った。

 この子も鮮烈な憧れをずっと一人で抱いていたのだろう。

 「人間」に憧れて仕方がない自分と同じように。


「俺はツキヒ。で、」

『ボクはキューブ!』

「これから宜しく頼むよ。」

 ツキヒは強ばる顔をできる限り和らげ、自分の裾を掴む異形の手に軽く触れた。

 少女ドロセラは、大きく頷き、ちょっと口角をあげた。


「質問に答えろ、ヒトよ。どうしてこお前はここにいる?答えなければお前らのいる「箱」ごと潰す。」

 トリデアノンの声だった。

「それはホントこっちが聞きたいよ。」

 どこに返答していいか分からず上の方に向かって、投げやりに叫ぶ。

 太陽王と和解した今、次はあの神官共を打破しなければ命は無いだろう。

 ドロセラが不意にツキヒの腰に抱きついてきた。鬼とはいえまだ子供のようだったし、恐ろしいのだろう。 

 共闘を誓った矢先、仲良く全滅なんてゴメンだと、思考を巡らせるツキヒをドロセラがヒョイと肩に担いだ。

「え?」

 キチンとポシェットを肩にかけて満足気なドロセラが上から三番目の腰から生えた腕を突き出した。

 鋭いと思った爪は、まだフワフワの毛にその全貌を隠していたらしく、爪というより最早、剣であった。


シパッ


 一気に視界が明るくなる。

 ドロセラが箱を真っ二つに切り裂き、ツキヒを抱えて箱から脱出したのである。

 「この箱は分厚い金属板並の強度を持っているんだがね。太陽王、やはりあなたは地上を目指すのですね。」

 トリアノンはため息をつき、杖を振るう。

 何も無い空間に四角作り、ドロセラを潰そうそうと降りかかり、蛇女のモヨを介抱していたシイも岩の拳で殴りかかってきた。

 ドロセラはその華奢な体でツキヒを抱えたまま、華麗に全てかわして見せた。

 実に軽やかに、足音無く着地し、真っ赤な剣を振るう。

 トリデアノンの四角は全て切り刻まれ、シイの岩の拳は切り落とされた。

 シイは悲鳴をあげ、その巨体を雪崩の様に崩し、蹲った。

「ヒトの子。お前は何を望むんだ?」

 トリアノンが問いかけてくる。

「地上に出て、人に会うんだ。」

 ドロセラに担がれたままのツキヒが答える。

「地上にはヒトなんか居やしない。後悔するぞ。」

「……人が居ないなら何で鬼は地下に閉じこもっているんだ?可笑しいだろ。」

「知らない方が幸せな場合もあるんだぞヒトの子。」

「万が一、鬼が人間を滅ぼしたとしても地表を選ばなかったのはなんでだ???」

「黙れ。」

 今まで押えていたツキヒの激情は溢れ、止まらなかった。

「なんせ、俺が生きてるんだ。地上には絶対に何がある。賢くて高度な文明を持った人がそんな簡単に滅びるわけ無いしね。」

 ツキヒはグッとトリデアノンを睨みつけた。


 「少年。その思いの丈は伝わった。だけど私にも太陽を死守せねばならないという使命があるのだよ。済まないが行かせることは出来ない。」

 トリデアノンがどんな術を使っているのか、科学なのか魔法なのか全く検討がつかないが、ものすごい出力の物をこちらに向けているということだけは、本能的に理解出来た。


 あちらも本気のようだ。

 だがこちらも本気だ。その太陽を守るという使命を、逆手に取らせてもらうの事にしよう。


 ドロセラの肩から、モゾモゾ降りたツキヒは、カバンから金属の筒を取り出した。


「俺たちを行かせなければ、これを神殿に向かって投げる。あの光の筋の真下に太陽があるんだろ?」

 金属の筒を見せ付けつつ、不敵に笑う。

『え!それ使っちゃうの?カワイソ―――ウ!!』

 キューブがすかさず合いの手を入れる。


「なんだそれは。モヨ、見えるか。」

 トリデアノンも平静を装っているが、戸惑っているようだ。

 フラフラと起き上がった蛇女が、ローブを少しめくり、金属を凝視する。

「分かりません。金属体の中に温かな液体が満ちている事しか……。」

「何としてでも、阻止せねば…。」

 崩れ落ちていた岩の鬼が、苦しそうに立ち上がった。


 ここまで必死だと可哀想である。

ツキヒの持つ金属の筒を未知の兵器だと思い込んだ鬼たちは、右往左往していた。


 そろそろ潮時か。

「それ――――――っ!」

 わざとらしく声を上げ、ツキヒが金属を鬼方達の方に放り投げた。

「ドロセラ!逃げるぞ!」

どうにか未知なる攻撃を防ごうと躍起になっている鬼達を脇目にそう叫ぶと、ドロセラはまだツキヒを担ぎあげた。

 ツキヒが何か物を言う前に、ドロセラは二番目の腕から細い銀色の糸を吐き出し、遥か彼方上空だと思っていた、ジゴクの天井に張り付けたようだった。

 本当に蜘蛛みたいだな、なんて思った瞬間、ツキヒの体は中に浮き、あっという間に天井付近まで上り詰めてしまった。


 細い銀の糸の先に、蜘蛛の鬼ドロセラとヒトの少年ツキヒ。と、電子辞書キューブ。 

 全員で太陽都市を見下ろした。

 夢のまた夢だと思っていた、地上へ道のりが、一気に現実的になった。

少し、今までと見え方が変わり、美しいとさえ思えるジゴクから抜け出す新たな覚悟を決めて、ツキヒはドロセラに言ったのだった。

「……ごめん、荷造りしに戻っていい?」


■8■

 一方、太陽神殿では、神官長と二人の神官が、困り果てていた。

 あのヒトなる者が残していったこれは、なんなんだ?今だ爆発もしなければ、中身も溢れてこない。

「私めが確認致します。皆さんさがって!」

 モヨが長い尾っぽで二人を制し、金属の筒を手に取り……蓋を回した。

「……どうだ?」

 恐る恐ると言った様子で巨体のシイがモヨに尋ねる。

「…カモミールティのいい香りがします。」

 モヨが悔しげに金属の筒、もとい、水筒を床に置いた。

 蓋が転がり、カランカランと寂しげな音がする。

「ハハッ…いっぱい食わされたな。我々は必死すぎたようだ。」

 トリデアノンが力なく笑いながら床に座り込んだ。

「どうします?追いますか?」

 シイがおずおずと問いかける。

「いや、いい。太陽に危害が無いのなら放っておいて良い。まぁ、本当に地上に出たいなら、また此処に来るだろう。前王も目を覚ましそうな事だし私達は仕事に戻ろう。その前にしっかり休息をとるんだぞ。」

 トリデアノンはスッキリしたような軽い口調で言った。

「はい。」

「ありがたきお言葉。」

 シイもモヨも戦闘で重傷を負ったように見えたが、もうそろそろ回復する頃合いだった。

 鬼というものはハチャメチャに頑丈なのである。

 シイは傷だらけになった神殿の床の修繕のことを考え、眉間に皺を寄せ、モヨはモヨで、自分の顔に刺激物を引っ掛けた少年に、次会ったらどんな仕返しをしてやろうかしらと考えていた。

 王が居なくなった神殿で神官たちはまた、いつもと変わらず、忙しそうに駆け回るのであった。




挿絵をつけたい。

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