表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はそこにあるものを、見なかったことにしたはずだった  作者: 海堂 岬
神様から加護を授かった少女の物語
4/34

第4話 お呼ばれは隠れ蓑に

「母は刺繍が趣味なの。残念ながら、その才能は私には受け継がれなかったわ」

 やんごとなき御方は、私を、立場上の御母上、血筋としては祖母である公爵夫人の刺繍仲間に、指名なさった。


 やんごとなき御方のお言葉通り、公爵夫人は刺繍の名手として有名だ。ご年齢による目の衰えには逆らえず、最近の作品は、お若い頃ほどの緻密さはない。だが、経験に裏打ちされた素晴らしい色使いや、作品から伺い知れる針の運びは、本当に素晴らしい。


「若くはない母が、一緒に刺繍をしたいと言ってくれるのですけれど。私では、そのお願いを叶えてあげられないもの。お友達のあなたが、母の願いを叶えてくださったら嬉しいわ」

 尊敬する方と、ご一緒に刺繍ができるという期待に、私は耳が疎かになっていたのだろう。いつの間にお友達になったのかという疑問は、帰ってから気付いた。


 公爵夫人は、年の離れた刺繍仲間の私に、高位貴族の作法を、ご厚意で教えて下さった。本来は御令息であるやんごとなき御方を、理想の御令嬢に育て上げられた方のご指導は、素晴らしかった。両親と兄に、見違えたと褒められたほどだ。


 世間では理想の御令嬢と名高い御方は、公爵家では騎士達と、乗馬と剣や弓や槍を稽古していた。


 喉仏を凝視する私に、やんごとなき御方は、私を巻き込めば、稽古時間が増えると閃かれたそうだ。やんごとなき御方は、公爵夫人と私と一緒に刺繍を刺しているはずの時間に、騎士団と一緒に汗を流した。


 稽古の後は、公爵夫人と私が刺繍をしているお部屋にいらっしゃった。刺繍でなく、稽古の後のお昼寝をなさるためだ。長椅子に身を横たえて、少々だらしなく、寛ぐご様子に、私も最初は驚いた。そういえば、兄もこうだったと思い出し、少し懐かしくなったりもした。


「困った子ね」

 公爵夫人は、苦笑なさるだけだった。


「私達の選択が、正しかったのか、わからないのです」

 その言葉に、公爵夫人の苦悩を感じた。


 公爵夫妻は、やんごとなき御方を、生き延びさせるために、本人の意思とは関係なく令嬢として養育なさった。


 お屋敷の外、学園では、やんごとなき御方は、ドレスに身を包み、扇で口元を隠しながら、常に穏やかに微笑んでおられる。お屋敷では、ご令息として、活発に過ごされている。

「学園でも、お屋敷でも、こうしてお元気に過ごしておられます」

 間違っていないと思いますと、最後まで言わなかった私の言葉に、公爵夫人は微笑まれた。


 秘密の共有は、人と人との距離を近づける。私はいつの間にか、やんごとなき御方の友人になり、親友になった。学園で、高貴な御令嬢として、振る舞うのが面倒だという愚痴に、私は笑った。


 公爵家で、私がなすべきことも、少しずつ変化した。最初は、公爵夫人にご一緒させていただき、刺繍を刺し、親友の昼寝に付き合うだけだった。


「父と友人との話に、小娘の私が同席してもね。あなたも同席してくださると嬉しいわ」

 穏やかな口調とは正反対の、必死の形相で断らないでくれと訴える親友の頼みだ。断ることなどできなかった。公爵様とご友人が、政治や経済に関してお話し合いをなさる席に、親友だけでなく、私も同席させられるようになった。


 耳学問ではあるが、貧乏伯爵家の令嬢が、決して知ることのできないことを、学ばせていただいた。内容は決して口外できないことだった。透けて見える公爵様のお考えに、私は、背筋が寒くなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ