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私はそこにあるものを、見なかったことにしたはずだった  作者: 海堂 岬
令嬢として育てられた青年の物語
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第9話 消息

 戦友の一人が、私が育った国に、婚約者を迎えに行った。あの子の消息を聞いてきて欲しいといえなくて、鬱屈した気持ちを抱えたまま、私は仕事で気を紛らわせていた。


 戦友が連れてきた婚約者は、令嬢だった頃の私を知る人だった。あの子のことも、知っていた。

「刺繍を教えることで、身を立てていらっしゃいますわ。御結婚はしておられません。加護を持っておられますし、刺繍の腕前も素晴らしく、立ち居振る舞いも美しく、可愛らしい御方です。見合い話など、いくらでもありそうですのに」

首を傾げる戦友の婚約者の言葉に、私の胸は高鳴った。


 彼らが去った後、兄と呼んでいた実の伯父に手紙を書いた。あの子の消息を教えて欲しい。出来ることならば、あの子を私の妻に迎えたい。身分の違いがあるのはわかっているが、何とかならないだろうかと相談した。


 兄からは、凄まじい剣幕の手紙を受け取った。実際に手紙を受け取った使者も不審に思うほど、兄は怒っていたらしい。


 あの子は、兄にも気に入られていた。兄の怒りが怖くなかったとは言わない。だが、私はなによりも、あの子がまだ独り身でいてくれていることが、兄が、不甲斐ない私に怒りを覚えるくらい、あの子を大切に思ってくれていることが嬉しかった。


 渡すことの出来なかったあの日から、肌身離さず持っていた婚約指輪を持って、私は育った国に戻ることにした。私の事情を知った戦友達は呆れ、戦友の新妻達からは侮蔑の視線を浴びせかけられたが、気にならなかった。


 まだ安定したわけではない国を離れることに、不安がなかったわけではない。だが、あの子が待ってくれていたことに、有頂天になっていた私は、使節団の一員に紛れ込むと、宣言した。


 国境を越え、育った国に入ったとき、ようやく冷静になった。兄からの手紙には、あの子が独り身であるとは書いてあったが、私を待っているとは書いてなかった。『根回しはしてやる。他は知らん。謝罪して承諾をもらうのはお前の責任だ』という文面に、私はすっかり自信を無くした。待っていてくれたというのは、私の自惚れで、承諾してもらえないかもしれないと、頭を抱えた。


 使節団に紛れ込みはしたが、目的地は私が育った国だ。国王陛下は、私の顔をご存知だ。


「自ら外交問題を引き起こそうとしていることに、今更気づいたか」

気のおけない戦友は、辛辣な言葉で、私に現実を突きつけてきた。私は恥を忍んで、親書を送った。国王陛下からは、励ましの言葉を頂いた。


「社交辞令だ。あるいは、約束もせずに御令嬢を散々待たせた不甲斐ない男が、ようやく甲斐性を見せようというのを、生温かく見守ってくださる、心の広い御方に、感謝しろ」

「わかっている」

わかってはいたが、戦友の辛辣な言葉に、私は少々落ち込んだ。


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