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私はそこにあるものを、見なかったことにしたはずだった  作者: 海堂 岬
神様から加護を授かった少女の物語
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第11話 隣国の噂

 行き遅れの伯爵家の娘、刺繍の教師に隣国の情勢などわからない。引退なさった後も、ご健勝であらせられた頃の先代公爵様のように、政の話に、私を同席させてくれる人はいない。


 隣国の内戦は終わったのだ。隣国で戦う家族と恋人の無事を祈りながら、刺繍を刺す必要も無くなった。嫁いでいく彼女たちを、私は見送った。


 吟遊詩人達は歌った。隣国の国王陛下は、武勇に優れ、見目麗しく、公平な政を行い、国民に慕われているという、物語のような美辞麗句が、あちこちから聞こえてきた。


 本人の胸の内はどうなのだろうか。清濁併せ呑むような器用さを、身につけただろうか。


 未だ、お妃様を迎えることなく、お一人らしいことも気になった。親友は、理想の御令嬢と名高かった。御自身を基準に、お妃を選ぶのは無謀だと、言ってやりたいが、私の声など届くわけがない。


 墓地で私は祈りを捧げた。先代公爵御夫妻の魂の再会を、早世した親友の両親の再会を祈った。隣国で奮闘している親友を、どうか天から見守ってくださいと祈った。貧乏貴族の行き遅れの私は、静かに刺繍を刺すことしか出来ない。


 贈る手段のない贈り物を、私は一人、刺繍した。隣国が、かつての王家の紋章を復活させた今、隠す必要はない。完成したところで、受け取って欲しい人には渡せない贈り物を、私は無心に刺した。


 届かない隣国からの噂に耳をそばだてながら刺繍をしていると、王城で主催される晩餐会の噂が届いた。隣国の貴人がいらっしゃるらしい。かつてこの国に留学していたことがある方だと聞いて、私は期待した。


 身分の差はあったが、親友と仲良くさせていただいていた私のことを、知っているかもしれない。親友の消息を教えてもらえるかもしれない。私は、救国軍を率いた若い将軍、隣国の国王が、親友だと思っているが、その確証すらないのだ。


 親友が、元気なのか、ちゃんとご飯を食べているのかも心配だった。幼子を育てる親のような自分の感情に、私は思わず笑ってしまった。亡くなられた先代公爵御夫妻の、あの子をよろしくという言葉は、私の心にしっかりと刻み込まれているらしい。


 先代公爵様との思い出を支えに、恐る恐る公爵様にお伺いのお手紙を送ったら、快く、公爵様の知人として参加させていただけることになった。父母が大変世話になったからと、ドレスや靴、装身具まで全て用意してくださるとのお話に私は恐縮した。折角の機会だから、私は自分のドレスに、自らの手で刺繍を刺した。


 それとわからないように、隣国の紋章の一部の意匠を拝借した刺繍だ。誰にも気づかれたくはなかったが、誰かに気づいてほしかった。着飾った姿を見せつけたい、理想の御令嬢と名高かった私の親友は、国境の向こうにいるはずだ。


 さすがは公爵家御用達の職人達の超絶技巧と言うべきか。飾り立てたられた私は、我ながら、美しいと思えた。無論、大変な美人だった親友には及ばない。でも、少し皮肉屋の親友に、悪くないねという言葉をもらえそうなくらいには、素敵な仕上がりだった。


 私は、恐れ多くも公爵様にエスコートしていただいて晩餐会の会場に足を踏み入れた。


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