episode98 量子コンピューター
理論完成から数週間後。
月からクリス達が帰ってきた。
「……またとんでもないものを作ったそうじゃねぇか?」
「えっ?」
リハビリも終わり、俺の元にレポートを持ってきたクリスにそんなことを言われるが、身に覚えがない。
なんか作ったっけ?
「アルファード・ゼーゲブレヒト理論だよ!! なんだよ! 永久機関ができるかもって!!」
「ああ……」
あれを作ったって言っていいのだろうか?
元々はM理論だから、作ったという感覚がない。
けどまぁ、いっか。
完成させたのは事実だし。
「って言っても理論だけだ。これからその理論を元に実験を繰り返していくところだよ」
「でもそれをするにはかなり高性能なコンピューターがいるんだろ? どうすんだよ?」
「そっか、お前には言ってなかったっけ」
ということで俺は量子コンピューターを作ることをクリスに伝えた。
「……量子コンピュータ? 素粒子を使うのか?」
「そう思っちゃうだろうけど違う」
しかし、クリスはそのコンピューターがどういったものなのか想像できていなかった。
――
――
――
てなわけで、「量子コンピューターの説明するよー」と告知したら、大量の技術者が集まった。
そしてなぜか宇宙飛行士達も全員、参加している。
知識欲すごいね、君達。
「さて、まず量子コンピューターの説明をする前に、今のマギリング・コンピューターはどうやって動いているのか簡単におさらいしよう」
俺は後ろにあるスクリーンにコンピューターの概略図を表示させる。
「コンピューターは0と1の信号を使って計算処理を行っている。これは皆知っていると思う」
そういうと、皆一様に首を縦に振った。
「まぁ、要はオフとオンのスイッチ……ビットっていうのを使って計算を実行しているわけだ。幾何学魔法文字を使ってな」
幾何学魔法文字とは俺がこの世界で最初に開発した魔法付与装置で刻まれる二次元バーコードみたいな魔法文字のことだ。
「そしてそのビットを大量に繋げてやんややんやしてやって高度な計算を実行していってるわけだな。このビットを大量に繋げたものをモジュール、それをまた繋げたものを集積回路って呼んでいるのも、皆だったら知っていることだろう」
また、全員が首を縦に振る。
ちなみにこの集積回路、幾何学魔法文字で再現しているのだが、正直、今の文字の線の細さは細すぎて、魔力を流さないとわからないくらいだ。
しかも魔力を流した時の煌めきがCDの裏みたいで結構綺麗なんだよね。
例えるなら……というかまんま前世のCPUの形相を成している。
「さて、現在我々が使用しているスーパーコンピューターの計算能力は一秒間に何十京回も計算が可能な能力を持っている」
前世日本のスーパーコンピューター「富嶽」は1秒間に44京2010兆回の計算能力を持っていた。
今世で開発したものは魔法の力もあってか、本社にあるスパコンは富嶽の2倍程の計算能力を持つものを作ることができたし、宇宙船に乗せているものは富嶽相当の性能のものだ。
これだけでもすごい。
すごいのだが、これを圧倒するものが量子コンピューターなのだ。
「量子コンピューターは我々が知恵を絞って作り上げたスーパーコンピューターを遥かに凌駕する。スーパーコンピューターでは何年もかかる計算を一瞬で解く程の性能を持っているんだ」
「「「「「……えっ?」」」」」
会場にいた皆の声が重なった。
間の取り方すらも一緒だったぞ。
「量子コンピューターは現在のマギリング・コンピューターを「古典」コンピューターとまで言わせる程の性能なんだ」
「はい」
「どうぞ、アイリーン」
手を上げたのは宇宙飛行士のアイリーンだった。
そういえばミールやISSやフリーダムのコンピュータシステムのことかなり勉強してたな。
「量子コンピューターと言う名前から察するに素粒子を使ったコンピューターなのでしょうか?」
「それは勘違いだよ。今のコンピューターでも魔力を流して使っているんだから、既に素粒子は使っている」
「そう言われれば……確かに」
「じゃあ、量子コンピューターは普通のコンピューターと何が違うのか。それは量子の性質を利用したコンピューターってところだ」
「量子の性質?」
俺は次の画像をスクリーンに映す。
今度は素粒子の性質……特に量子コンピューターで利用している性質を書いた図が映し出される。
まず表示されたのは上半分が赤、下半分が青の球体だ。
「まずは重ね合わせ。これは素粒子の不思議な性質の一つで、粒子の動きをしたり、波の動きをしたりすることから、素粒子は粒子と波の両方の性質が観測するまでの間は状態が重なり合っているというものだ」
「ええ、それは以前マスターよりご教授頂いて理解しています。ですがそれをどうコンピューターに?」
「今は粒子と波っていう状態を例に出したけど、素粒子はエクセルのように自転している。これをスピン角運動量って言うんだけど、このスピン方向も観測しない限り、重ね合わせの状態になるんだ。じゃあ、例として上方向と下方向のスピン角運動量を観測するとしたとしよう。上下、コンピューターでこの動きと似たものを見たことないか?」
「……0と1」
「その通り」
すげぇなアイリーン、普通聞かれてもわからんって。
「古典コンピューターは0と1を利用する。例えば2ビットの入力と計算ができたとして入力できるのは00、01、10、11の4パターン。計算するときでもこの4パターンのうち一つずつを使って計算するわけだ。入力だって4回必要になる」
「そうですね」
「じゃあ、これを量子に置き換えるとスピンの上下……0と1の状態の重ね合わせがされている状況だ。これを量子ビットと言うんだけど、重ね合わさっているってことはそれぞれの量子ビットには0も1も両方同時に入力と計算ができるってことになる。つまり?」
「一瞬で計算ができるっ!?」
アイリーンの声を聞いてまた会場の皆がざわついた。
口々にすごい! とか、画期的だ! とか言っているが、中には顎に手を添えて考えている者もいた。
そして、それは声を上げたアイリーン自身もそうだった。
「ちょっと待ってください。それって要するに入力も出力も同時に表現できるってことですよね?」
「ああ」
「確か、重ね合わせって観測したら、今回の場合でしたらスピン方向が確定するってことですよね。しかも確立が50%で」
「そうだよ」
「……では、正しい解が出力されない可能性が非常に高いのでは?」
「うん」
「うんって……」
アイリーンの言う通り、何も工夫せずにいれば、コンピューター以下のおもちゃだ。
そして、それを解決する為のものが次に挙げるもう一つの素粒子の不思議な性質――
量子もつれ……エンタングルメントである。
「アイリーンの言う通り、何もしなければ確立50%で解がランダムに表示される使い物にならないコンピューターができてしまう。しかし、量子もつれを利用すればある程度解決できる」
スクリーンの画像を変える。
「量子エンタングルメントはペアの素粒子があったとして、重ね合わせ状態になっている片方の素粒子を観測して状態が確定したら、別の素粒子の状態も確定するっていう不思議な現象だ。ようは片方が上向きのスピンだったらもう片方は下向きのスピンだというのが確定する」
「な、なぜそんなことに?」
「さぁ?」
「さぁって……」
落胆されても困る。
俺だってそこまで知らないよ。
何せ前世でもわかっていなかったんだから。
「この量子エンタングルメントを使って古典コンピューターでも利用している回路……論理ゲートを作る。ANDゲートやORゲートとかね。これを量子ゲートって言うんだ」
ゲートというのは入力されたビットを変換していくもので、このゲートを複数組み合わせて作るのが論理回路と呼ばれている。
そしてその論理回路を何個も繋げて一つにしたものが先に挙げた集積回路という、コンピューターチップだ。
そしてその集積回路を更に複雑に絡ませたのがCPUと呼ばれる演算処理装置である。
「量子コンピューターでは入力された量子ビットを量子ゲート……入力されたビットを反転させるNOTゲートの量子ビット版であるX反転ゲートや入力された量子ビットを最初の重ね合わせ状態に戻すアダマールゲート、そしてエンタングルメントを利用してターゲットの量子ビットだけを反転させるCNOTゲート……これらを駆使して量子ビット版の集積回路を作っていく。そうすれば――」
続いての画像は量子コンピューターと古典コンピューターの計算回数の違いを示したもの。
そこに書かれているのは――
「古典コンピューターでは2ビットでは4回、3ビットでは8回と2のn乗をしていかなければならない。例えば10ビットの場合全てを表すには1024回も計算しなければならないが、量子ビットは違う。1量子ビットは0と1の両方を表しているのだから、3量子ビットでの計算回数は3回、10量子ビットなら10回で済む」
「つまり、量子ビットを増やせば増やすほど、指数関数的に処理能力が上がっていくってことですね」
「その通り」
まぁ、色々話せばまた更にややこしくなる。
例えば前世ではこの量子コンピューターができていたが、特定の計算にのみ特化したものしかできていなかったりしていた。
しかも、量子ビット自体が壊れやすいからエラーも多く、間違った解を出すこともある。
こういった一つの計算にはバリバリ能力を発揮するが、エラーに耐性がない量子コンピューターを非古典コンピューターと言う。
もう一つは非万能量子コンピューター。
量子の状態を任意に変えて様々な量子計算を行うことができる量子コンピューターだが、何十、何百と量子ビットが増えるとノイズも多くなり、その分エラーも多くなるが、さっきの非古典コンピューターと同じでエラーに耐性がない。
だから間違った答えを出す可能性がある。
ここまでが前世で開発されていた量子コンピューターだ。
古典コンピューターですら魔法で再現できた。
そう、この世界には魔法がある。
俺達が開発するのは量子コンピューターの最終進化系……その名も万能量子コンピューター。
エラー耐性もあり、量子の状態も完全にコントロールできる量子コンピューターである。
「壊れやすい量子ビットは新たに発見されたゼーゲブレヒト場で守り、量子ゲートは幾何学魔法文字で作る。まずは技術蓄積の為に非古典コンピューターから作っていこう!!」
「「「「「おー!!」」」」」
俺の掛け声に拳を突き上げて答えてくれたのは技術部の人間と後は数名の宇宙飛行士だけだった。
まぁ、その宇宙飛行士達も元は技術部出身者ばかりなんだけど。
そんな中、パトリシアが手を上げた。
「マスター。質問」
「おっ、パトリシアがこういう技術的なものに対して質問って珍しいな。なんだ?」
「まぁ、話の半分以上理解できなかったんですけどね?」
「理解できなかったんだな」
じゃあ、なんで手ぇ上げたんだ。
「これ、作って何するんです?」
「えっ?」
「いや、計算能力が高いから今のスパコンより時短ができるっていうのはわかったんです。でも、マスターっていつも宇宙開発や探査のことを最優先しているじゃないですか」
「そうだな」
何せ俺の生きる目的だもの。
「アルファード・ゼーゲブレヒト理論で永久機関ができるから、それの制御に量子コンピュータが必要ってのは理解できたんですけど、そもそも永久機関って必要ですか? 正直、今のままでも十分宇宙探査はできると思うんですけど?」
「なるほどな。……あれ? 言ってなかったっけ?」
言ったような言ってないような?
クリスくらいには伝えたっけ?
まぁ、いいか。
「この量子コンピューターを使って全く新しい概念のエンジンを動かすんだよ」
「全く新しい概念のエンジン? それって永久機関のことですか?」
「そう、正確には跳躍エンジンってやつだな。所謂ワープができるエンジン。それを作ろうと思ってる」
「へぇ、ワープですか……」
パトリシアがそう呟いて数秒の間が開いてから――
「「「「「えぇ!?」」」」」
驚愕の声が会場に響いた。




