episode97 未知なるステージへ
第三の魔力と思われるものがデータ上に現れてから、セイバーズの皆さんに数日に分けて重力波魔法を発動してもらい、データを蓄積していった。
そして、実験が終わってから数日後、データを精査していき、第三の魔力と思われるものが第三の魔力と断定された。
奇しくも前世でヒッグス粒子が見つかった時と同じような流れになった。
そしてそのデータのお陰で穴のあった数式も綺麗に埋まり、完成させることができた。
しかし……しかしだ。
俺はまた研究室の床でヤ◯チャしてた。
「今度はこれをどうやって安定させりゃいいんだよ……」
第三の魔力は重力波魔法をセイバーズの面々が気絶寸前になるまで発動させて初めて観測できた。
が、その割に検出数がかなり少ないのだ。
崩壊して見えなくなったのか……それともそれ以外か。
恐らく、白魔力の数値が実験前より減っていたから、以前話をした、多次元へと飛んでいった可能性がある。
だから、この第三の魔力をコントロール下におけば、重力を操り、カラビ・ヤウ空間の非コンパクト化も可能ってことだ。
そうすれば夢のあれが建造できる。
できるが――
「例のあれを建造するのは何年後になるのかね……」
俺は床に転がりながら、誰にも聞かれぬ言葉を呟いた。
◆
レオンが自身の研究室で転がっていたその頃。
アイリスも自身の研究室でレオンが完成させた数式と実験データの映っているタブレットを見つめていた。
「失礼しまーす。あれ? 姉様、また睨んでるんだ、それ」
見つめていると、研究室に入ってきたクラリスにそれを指摘される。
しかし、アイリス自身は見つめているつもりだったが、側から見れば、睨んでいるように見えるのかと、少し落ち込んだ。
一先ずそれを傍に置いてクラリスに訪問の理由をアイリスは訊ねる。
「何? クラリス。こんなところにあなたが訪ねてくるなんて珍しいじゃない?」
「確かにね。でも、ちょっと思うところがあってさ」
そう言いながら、クラリスはアイリスの横に移動して椅子に腰掛けた。
そして置かれたタブレットに目線を落とす。
「私はこんな数式を完全に理解できるほどの数学力は持ってないけど、魔法に関しては多少はわかるのよ。感覚的にだけど」
「それはよく知っているわ。けど、この重力理論やM理論に関しては数学の世界じゃないとわからないのよ」
アイリスはレオンと同じくらいの数字力を持っている。
だからこそ、この数式の凄さを誰よりも理解していた。
「そうかな? 今回はイメージ発動ができなければこの数式は完成できなかったよね? だから私考えたんだ」
しかし、クラリスは別の方向からのアプローチを考えて居るようだった。
クラリスは手に持っていたノートをアイリスに手渡した。
「私は馬鹿だから。実際に自分でやって見ないとわからないのよね」
宇宙飛行士でありパイロットでもあるクラリスがいう台詞ではない。
が、それをスルーしてアイリスはノートに目を通していく。
論文というには口語に満ちているが、興味深い記述がそこにあった。
「魔力そのものに障壁があるかも?」
文そのまま、一字一句変わらずノートに書かれてあったそれを読み上げるアイリスにコクリと首を縦に振って肯定するクラリス。そして、その後、自身の考えを口にした。
「レオンが言っていたでしょ? カラート様が死後、エクセルと同化したから他の人も魔法を使えるようになったんじゃないかって」
「ええ。カラート様がフォンノイマンエントロピーの数式を使って自身の情報をエクセルに書き込んだって話だったわ」
それがどうしたのか? とアイリスは首を傾げる。
「エクセルとの融合……それがはっきりとした人としての意思を維持してのものなのかどうかはわからないけれど、そんな高度なことができる魔法なんて想像できない。けれど、それができるかもしれない魔力は見つかった」
「第三の魔力のことね」
クラリスはアイリスの言葉に頷き肯定した。
「魔力に術者の想いを載せることで、魔法に変換される。それは要するにカラート様に繋がっているってことよね? ある意味高次元に上がったカラート様に。じゃあ――」
そして、クラリスの口から飛び出した言葉はアイリスが思ってもみていなかったことだった。
「カラート様はエクセル全体に魔法をかけたって見方ができない? 皆の願いを聞き入れられる魔法を。だったらそれを実行できる魔力は?」
「……もしかして第三の魔力で? あれ? じゃあ、クラリスの言い分だと――」
「ええ」
クラリスは手のひらに魔力を集める。
その光は白く、普段使用する白魔力だった。
「この魔力にカラート様の魔法が既にかかっているのなら、この白魔力からも第三の魔力が検出できるかもしれないわ」
まさに灯台下暗し。
直感的な感性を持つクラリスだからこその意見だった。
「そうね……そうかも。もしそうなら月から持ち帰ったミスリルのことも説明できる」
「月からの? なんかあったっけ?」
クラリスはそこまで考えが至っていなかったのか、アイリスに聞き返した。
「ユリアが月からのミスリルに魔力を通した時に、性質が固定されたじゃない? もしかすると、その固定の為に第三の魔力が使われたのかも。だったら第三の魔力の色は?」
「……はっ!? 金色!?」
月のミスリルにエクセルの魔力を通した際に放って色である金色が第三の魔力かもしれない。
そう判断した二人だったが、まずは白魔力にも第三の魔力が纏われているかもしれないということを確かめるべく実験場へと二人同時に駆け出した。
◆
色々な視点から数式にアプローチしていったが、一向に状況は変わらなかった。
示すだけ示して使えないとか、カラート様も意地悪なものを残したもんだな。
なんて思っていたのが数時間前の俺だった。
「白魔力や黒魔力に超極薄の魔力の膜があったなんてなぁ」
俺は手元にあるレポートを読み、感想を口にした。
そしてこれを提出してきたのはアイリスとクラリスだった。
どうも、ここ数日、実験場で観測を続けた結果だそうだった。
「ユリアの実験映像に映っている金色の魔力が、第三の魔力なんじゃないかと思うの。それに関してはもう一回ユリアと同じことをしないといけないけど、ほぼ確実だと思うわ」
「そしてこの魔力は重力と情報を司っている魔力である可能性がかなり高くなってきました」
アイリスとクラリス曰く、白魔力は電磁気力と強い核力の二つを司り、黒魔力は電磁気力の他、弱い核力を司る。
しかし、黒魔力は反物質だから人体等に入ると自身の弱い核力を用いて身体の組織を反物質に変質させていく動きをするのだろうとアイリスはレポートに纏めていた。
そして、第三の魔力……金魔力と仮で付けられた魔力は重力を司っていて、この魔力を大量に使用してカラート様は自身の情報をカラビ・ヤウ空間、あるいはプランクブレーンのバルク空間内に保存していて、それを維持する為に大量の金魔力を使用しているのだろうとも書かれていた。
「これなら、階層性問題もある程度説明できるんじゃないですか?」
「そうだな……」
階層性問題。
電磁気力を1とすると、強い核力は100万、弱い核力は0.0001になる。
が、重力はというと――
0.000000000000000000000000001だ。
そう、重力だけ異常に弱いのである。
重力を振り切り、宇宙に出るのが困難なところを目の当たりにしていたら重力が弱いなんて想像できないだろうが、考えてもみてほしい。
人間の力でだって地面を蹴ったら、多少は重力に逆らえるのだ。
それだけ重力は弱いってことなのだが、なぜこんなに弱いの? っていう疑問に前世の物理学者達はぶち当たっていて、色々な仮説を唱えていた。
この星ならではの解決法かもしれないが、その糸口がアイリス達から示された。
この一歩は非常にでかい。
「いけるかもしれない。ちょっとこれで組んでみるよ」
もらったレポートを片手に、俺はホワイトボードに向き合った。
今までと比べて軽々とペンが走る。
いけそうな予感がしてきた!!
◆
アイリスのレポートを元に、数式を書き起こしていく。
それによってわかったことは、アイリスとクラリスが調べてわかった極薄の魔力膜は術者の思念波を受け取り、本体である魔力に術者の願いに沿った情報を伝える。
それ以外の相互作用は全て弾くという性質を持っていることがわかった。
しかもこれ、エリクサーを生成する際に魔力に纏わせる膜と似ていた。
本当に灯台下暗しである。
この膜こそがカラート様の最後に残した魔法であり、死後、カラート様以外が魔法を使えた理由だ。
この膜にある任意の思念波……それはエクセルに棲む全ての生命体の思念波に反応するようになっていた。
恐らく、カラート様が生きていた時、魔法を使えたのはこの膜が一切なくて、カラート様だけが扱えていたのだろう。
その理由まではわからないが、今際の際にカラート様はこう思ったのではないか。
「皆がこの力を使えるようにしたい」と。
いろんな知識知恵を皆に伝えていったカラート様ならありえない話ではないだろう。
ましてや自身を思念体にまでして魔法サーバーになろうなんてのも思わないだろう。
まさに神に相応わしい人間だ。
「この魔力膜……ゼーゲブレヒトフィールドと名付けるか」
「「えっ!?」」
「……なんで驚くの?」
君らが見つけてきたんでしょうが。
「い、いいんですか?」
「いいも何もお前らが見つけたんだろ? だったらこれでいいじゃないか」
「ほ、ほんとに?」
「うん」
「「や、やったー!!」」
俺がそういうと二人は抱き合ってぴょんぴょんと跳ねて喜びを分かち合っていた。
俺はもう一度、ホワイトボードに向き合う。
二人のお陰でM理論の完成と魔力や魔法に関しての知識が深まった。
この重力理論は強いて言えば――
「アルファード・ゼーゲブレヒト理論……とでも名付けるか」
「「えっ!?」」
「……なんかさっきもやったぞ。このやりとり」
デジャヴを感じながら二人の方を見る。
「い、いいんですか?」
「ああ、お前らがこの膜を見つけてくれなかったら、この数式を完成させられなかったからな」
「ほ、ほんとに?」
「うん。ってさっきもやらなかった!? このやりとり!!」
全くと言っていいほど同じことを繰り返した俺は、一先ず重力理論のことは隅に置き、別の話題に切り替えた。
「とにかく、これで魔法重力理論であるアルファード・ゼーゲブレヒト理論は完成した。お陰で、カラビ・ヤウ空間やプランクブレーンを非コンパクト化させることも理論上、可能になったわけだ」
「素粒子の重力子と一緒に金魔力もプランクブレーンに飛んでいってるってことだから、非コンパクト化させたら……」
「魔法エネルギーに困らない、永久機関が完成するわね」
「それってすごくない!?」
クラリスやアイリスの言う通り、プランクブレーンからエネルギーを取り出すことができれば燃料切れを心配しなくて済む。
しかし、これには問題があった。
「でも、これはまだ実用化させられない」
「えっ? なんで?」
クラリスが疑問を浮かべる中、アイリスはその答えがわかったようだった。
「コンピューターの処理能力……ですね」
「そうだ」
現在俺達が有しているスーパーコンピューターの処理能力は魔法のおかげなのかなんなのかはわからんが、前世のそれを大きく上回っている。
しかし、もしこの魔法重力理論を利用した機関を開発した場合、非コンパクト化させたプランクブレーンやカラビ・ヤウ空間の維持。
そして流れ込んでくる金魔力の量の制御。
そしてそれを成そうと思ったら、炉内部にはゼーゲブレヒトフィールドを展開させないといけないだろう。
ただの魔力障壁だったら、金魔力はまた別のブレーンに飛んでいってしまうだろうからな。
ってなわけで――
「現状のコンピューターでは足りない。まぁ、各地にあるスーパーコンピューターを全て繋げばなんとか動かせるだろうけど……」
「全ての処理をそれに回すとか現実的じゃないでしょ?」
「他の計算がストップするからね。じゃあ、作るしかない」
「えぇ……」
クラリスがまたぁ? と言いたげな表情を浮かべる。
しかし、アイリスは別で困惑したような表情を浮かべていた。
「で、でも、以前レオンさん言ったことありますよね? コンピュータはここが限界だって。あとは大きくしていくしかないって」
「ああ、その通りだ。でもあるだろ? 新しく使えるものがさ」
俺は一枚の写真を二人に見せる。
そこにあったのはフォンノイマンエントロピーの式が書かれたオベリスクの壁面だった。
「量子物理学を駆使して俺達はさらに計算能力の高いコンピュータを開発する」
フォンノイマンエントロピーは前世の地球でも注目されていた式だ。
そして、注目されていた分野は――
「量子コンピューター……俺達はそれを作り上げる」
前世、俺の記憶ではまだ実用化されていなかったコンピューター。
それを俺達は作る!!




