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episode92 混浴とデートとキス

 


 ロムルツィア神聖国国際空港から自動車で約一時間。


 聖都からも程近いオシニアに、俺達は辿り着いた。


 操縦をしてくれたパイロットのご家族達と別れ、俺はゼーゲブレヒト姉妹に連れられて、二人がいつも泊まっているというホテルにやってきた。


 やってきたのだが――



「……ここが二人がいつも泊まってるホテル?」


「ええ。そうです」


「綺麗な建物でしょ? それにここの温泉は最高なのよ!」



 目の前にはそれはそれは立派な建物が聳え立っていた。


 とっても高そうなホテルだ。


 それこそ、この高級ホテルが建ち並ぶオシニアの中でも上位にくるくらいのものだろう。


 ……いいの? 俺がここに泊まって。



「なんか……気後れしそう」


「なんでよ?」


「大丈夫? 俺追い出されたりしない?」



 品がないとかで。



「それはないと思いますよ」


「……そう?」


「むしろ逆よ。ま、百聞は一見にしかずってね。入ってみたらわかるわ」



 アイリスもクラリスもすたすたとホテルに物怖じせず入って行く。


 エントランスも超ゴージャスで、俺はほぇ〜と呆けながら二人の後を着いていく。


 ……あれ? 俺ってば今超絶かっこ悪くない?


 こういうのって男がエスコートするもんじゃない? 偏見かな?


 ……まぁ、パーティーとかでアイリスやクラリスにエスコートされている俺が言うのは今更か。


 そんなことを思っていたら、なんか周りに人が増え始めた。


 なんだ?



「レオン・アルファード様、ようこそホテルエルグランドへ。スタッフ一同、心から歓迎させていただきます」



 ……なんか、支配人っぽい人出てきた。



「私達が泊まることをお伝えしたら、ぜひレオンさんに挨拶したいって仰いまして」


「まさかここまで全力歓迎するなんて思わなかったけどね」



 アイリスとクラリスからそう言われたけど、俺は呆けてしまって返答出来なかった。


 が、このまま黙ってはいられないと思って口を開いた。



「ほ、本日からお世話になります」


「どうぞ心ゆくまでお寛ぎください。我々も、かの大天才をお招きできて光栄です」


「お褒めに預かり光栄です」



 最初、ちょっと詰まったけど、なんとか返答できた。



「でも……流石にこれは大袈裟過ぎませんか?」


「何を仰いますか!? 「天空の覇者」をお招きするのですから当然です!!」


「おい、ちょっと待て」



 突然なんか言われたから、咄嗟に敬語が抜けてしまった。


 今なんて言った?


 俺はさっき敬語が抜けたことを誤魔化す為、咳払いをして話しを聞いてみる。



「その……天空の覇者ってなんですか?」


「貴方様の二つ名です。世界で最初に空を飛び、世界で最初に宇宙へ送る船を作り、人を送り込んだ。覇者と形容して申し分ないと思われますが?」


「……そうですね」



 そうやって聞くと俺ってとんでもない奴だな。


 思ってもいないところで自身の評価を改めて聞いて、少し恥ずかしくなったが、気を取り直して旅行を楽しむことにしよう。










 ◆










 部屋に案内され、荷物を置いたら早速温泉に入りにいった。


 通された部屋はそれはそれは豪華で、流石トップクラスのホテルだなって思ったが、豪華なのは当たり前だった。



 ……ロイヤルスイートだったんだから。



 でもってアイリスとクラリスの二人は隣のスイートの部屋を取っていた。


 ……もう、何も驚くまい。



 俺は脱衣所で衣類を脱ぎ、風呂場へ入る。


 ……うむ、内湯は日本とは違う趣で、壁に備えられた獅子の口から湯が湯船に注がれている。


 ガラス張りではない為、外を窺える状況ではないが、俺は露天風呂にしか興味がないから問題ない。


 体を洗って、露天風呂に向かう前に湯浴み着を着ける。


 日本は裸で入るのが普通だが、海外の公衆浴場では湯浴み着や水着を着けるのが普通だと聞いたことがある。


 だから、「この世界もこうなんだな」って思うだけに留めた。


 露天風呂に繋がるドアを開ける。


 少し長い通路を通り抜けると、庭園を思わせる浴場が見えてきた。



「おぉ……」



 空も開けていて、庭園の緑と空の青のコントラストがとても美しい。


 これなら入っていて退屈はしなさそうだ。


 足を少し浸けて、熱さを確認する。


 うん、熱過ぎず(ぬる)過ぎず、俺にとって丁度いい温度だった。


 掛け湯をして早速入ってみる。



「……はぁ〜」



 最初は我慢したが、できずに声が漏れてしまった。


 湯に浸かるということそのものが久しぶりだったのと、湯の温度が丁度良すぎて……ようは気持ち良すぎた。


 空を見上げながらゆったり浸かる。


 非常に贅沢な時間だ。



「お隣り、いいですか?」


「ええ。どうぞ」



 声をかけられてそれに応える。


 確か俺が来た時には誰もいなかったはずだ。


 別に隣でなくてもいいのに、なんて一瞬よぎったが、そんなことどうでもよくなるくらい驚いて、声の主の方を向いた。



 何せその声は――



「では、お邪魔しますね」


「リラックスできてるようでよかったわ」



 ――アイリスとクラリスだったからだ。


 二人は湯浴み着に身を包み、俺を見下ろしている。



「な、ななな、なんで?」


「なんでって……公衆浴場だし?」



 クラリスからそう言われて、俺は改めて思い出した。


 そう、風呂に関する文化の違いだ。


 日本では、男女で浴場が分かれていて、基本全裸だ。


 しかし、海外から見たらこの入浴スタイルは異質である。


 海外の公衆浴場は日本でいうところのレジャープールに近く、入浴する際は水着か湯浴み着だ。


 これはさっき言ったと思うが、俺は一つ失念していたのだ。


 ――海外では基本、混浴なのだということを。



「そ、そうだな。そうだったな」


「? では、失礼しますね」


「お邪魔しまーす」



 俺を挟むようにして入って来た二人。



「はぁ……」


「はゎ〜」



 アイリスとクラリスの口から声が漏れる。


 以前の俺なら何も思わず、「そういえば混浴だったな」で済ませていただろう。


 しかしながら、今は状況が違う。


 俺は二人への想いを自覚しているんだ!!


 好きな人と同じ風呂に入るってどういう状況だよ!?


 いい歳こいてとか言うなよ!! 俺は経験値が少ないんだ!!



 俺が羞恥していることを見たのか、アイリスは少し恥ずかしげに話しかけて来た。



「そんなに恥ずかしがらないで下さい……私も照れてしまいます……」


「お、おぉう」



 そう言われてもちょっと厳しい。


 反対側に座るクラリスを見ると――



「はゎ〜」



 ――トロけていた。



「……そういえばお前風呂好きだったな」


「そうでもないわよ〜。入れないなら入れないでなんとも思わないし、我慢してる気は毛頭ないし〜」



 トロけながらクラリスは答えてくれたが、確かに言っている通りだった。


 でないと宇宙での長期滞在時のストレス値がとんでもないことになっていただろう。


 でも、そのだらしなくだらけた表情のお陰で、冷静になれた。


 思えば、好きな人とプールに遊びに行くなんてよくあることじゃないか。知らんけど。


 俺が勝手に温泉で混浴ってことで前世日本の感覚に引っ張られているだけだ。



「そっか〜」



 クラリスにつられて俺もだらけて語尾を伸ばす。


 アイリスはその姿をクスクスと笑って見ていた。


 ……にしてもスタイルいいな。この二人。


 なんで俺は二人に添い寝された時に何にも思わなかったのか疑問に残る。









 ◆










 てなわけで温泉を堪能した後、夕食までの間、散歩に出かけることになった。


 彼方此方で湯気が上がっていて温泉地らしい風景が広がっていて、旅をしている気分が上がっていく。


 時間帯も相まって、夕陽が街を照らしてとても風情が出ていた。



「綺麗だな……最近こうやって景色を見るとかした記憶ないや」


「月でエクセルを眺めてたじゃない」


「……訂正しよう。大気を通して景色を見ていない、な」



 月では景色を見てたとか特殊すぎる。


 そう言う立場ではあるけども!



「……そろそろね。レオンさん、こちらに来てください」


「ん? なんだ?」


「いいから! 着いて来て!」



 アイリスとクラリスに手を引かれ、数分歩いたところにある広場まで連れてこられた。



「なんかあるのか?」


「はい。陽が沈むと……あっ! いよいよですよ!」



 アイリスがそう言うと、太陽が水平線に沈み、辺りが暗くなってきたと同時に、辺りの街灯が灯り始める。


 そして、俺達がやって来た広場にあるオベリスクもライトアップされ、陽が沈んだ直後の暗さは取り除かれた。


 街灯の灯りを湯気が少し拡散して、幻想的な景色を作り出していて、とても綺麗だ。



「すげぇ……綺麗だな……」



 黄昏時の藍色に染まる空と相まっていて、確かにこれは今の時間でしか味わえない風景だ。


 だからアイリス達はこの時間に連れ出したんだな。



「ね? ね! 綺麗でしょ? これを見た時にいつかレオンにも見せたいねって話してたのよ!」


「そうなのか……」


「ええ。やっとお見せすることができました」



 俺は二人から色んなものを貰ってるな。


 そんな二人に、告白の返事を何年も待たせているなんて……我ながら情けない。


 俺は後ろにあるオベリスクを見る為振り返る。


 神様……俺は何時返事をしてあげればいいのでしょうか?


 ……


 ……


 ……


 ……どう考えても今やないか。


 最っ高のシチェーションやないか。


 綺麗な街の風景を見下ろしながら、告白の返事をするって最高やないか!!



「レオンさん?」


「レオン?」


「はぇ?」



 急にオベリスクの方を向いて黙り込んだものだから心配したのだろう。


 時を逸した俺の顔をアイリスとクラリスは覗き込むようにして見てきた。



「大丈夫ですか? 具合が悪くなったりとか……」


「そうなの? 大丈夫?」


「い、いや!? 問題ない! 大丈夫だ!」



 突然至近距離で話しかけて来たものだから狼狽してしまった。



「あまりにも綺麗だったから、言葉を失っただけだよ」



 オベリスクを見上げてそう言った。


 ……こうやって誤魔化すからダメなんだよなぁ。



「そうですね。このオベリスクはカラート様がお建てになったと言われているそうです」



 誤魔化したら、アイリスがオベリスクについて教えてくれた。


 カラート様といえば、この世界の宗教のカラート教が祀っている神様の名前だ。


 ……そういえば、その神様のこと全然知らないや。


 というよりもだ……



「カラート様って実在したのか?」


「……あんた今更何言ってんの?」



 クラリスに呆れられた。


 だって興味なかったんだもの。


 各国の歴史云々とかは少し調べて知ってるけれども、深く掘り下げたりはしていない。


 宗教に関しても、カラート様を祀っているっていう事くらいしか知らない。



「カラート様は私達人類に生活の知恵を与えてくれたお方だと言われています」


「生活の知恵? ってまさか……」



 この世界での生活には全てにおいてある事象を利用している。


 そう、それは――



「はい。世界で初めて魔法を使った人物でもあります」



 す、すげぇ!? そりゃ神様として崇められるわ!!



「でも、カラート様が存命していた時はまだ、魔法を使えてたのはカラート様だけだったって話だけどね」


「へぇ、そうなのか……ん? じゃあ生活の知恵ってどんなの?」


「例えば農業や鍛治、冬を越える為の食料の長期保存法とか、火の起こし方や井戸の掘り方とかも教えてくれたそうよ。こうして言うと、レオンみたいに聞こえるわね」


「そうね。もしかしたらカラート様も転生者だったのかも」



 確かにエピソードを聞くとますます転生者じゃないかとは思ってしまうが、前世でも人生ループしてるんじゃないか? って思える偉人はたくさんいたから、一概に転生者と決めつけることはできない。


 でも、すごい知識量だな。


 俺なんか魔法があったからなんとかここまで来れたのに、魔法は自身しか使えなかったのなら、民衆に教えたのは魔法を使用しない方法だったはずだ。


 仮に転生者でそれらを知っていたとしても、農業や鍛治、果ては科学を教えるなんてとんでもない知識量だ。


 それにそうでなかったとしても、自身で編み出したのだったらそれはそれで天才だ。


 レオナルド・ダ・ヴィンチみてぇ。



「すげぇ人だったんだな……っていうか、魔法はカラート様一人しか使えなかったんだよな? じゃあ、なんで今俺達は使えてるんだ?」



 まぁ、俺は使えないけど。



「カラート様の死後、一人のお弟子様がカラート様に祈りを捧げた時に眩い光が手に灯ったと聖書に記されています。これがカラート様以外で最初に発言した魔法ですね。とは言ってもおそらくただ魔力を集めただけでしょうけど」


「まぁ、確かに光るだけならな」



 カラート様の死後、他人が初めて魔法を使った?


 それまで使えなかったのに?



「そこからその人が使い方を伝播していったってことか?」


「うん。カラート様が存命の時は皆、見様見真似で魔法を使おうとしてもできなかったのに死後使えるようになったから、カラート様は死してもなお民を見捨てなかった……神の御子だったんだってことで神格化したのよ」


「へぇ……」



 クラリスが教えてくれたことを反芻しながらオベリスクを見上げる。


 オベリスクって確か記念碑だったよな。


 神への賛辞とか王の名前とかをその石柱に刻んで示していたんだ。


 じゃあ、このオベリスクにも何か書かれているのかな?



「これ、近づいてもいいの?」


「ええ、どうぞ。根本を触ると願いが叶うとも言われています」



 ……どの世界でもそういうのあるんだ。


 そう思いながらオベリスクに近寄っていく。


 そこには文字がびっしりと書かれており、幸いライトアップされているから、書かれている文字が見やすい。


 俺はオベリスクの天辺を見つめる。


 が、遠すぎて見えないし、そもそもライトアップされているとはいっても先の方の文字が見えるほど明るくはない。


 徐々に視線を下に下ろしていく。


 中間あたりでようやく読めるくらいになってきた。


 そこの一つに気になる文字……と言うより数式があった。



 S=-tr(ρ log ρ)



 それが中間に刻まれていた。


 それを見た瞬間、脳天に稲妻が走った。



「これはいつ頃建てられたものかわかるか?」



 俺はアイリスとクラリスの方を向いて質問する。


 二人は少し悩んだ後、答えてくれた。



「正確な年や日付は分かりませんが、確かカラート様が療養の為にこの温泉に湯治に来た時に建てたと聞いたことがあります」


「その後に亡くなったらしいから、これを建ててる時はもう終末期医療(ターミナルケア)に入ってたんじゃないかな?」


「……やっぱりか」



 俺は再度オベリスクを見つめる。


 すると真剣な表情で塔を見るものだからか、アイリスとクラリスは心配そうに声をかけてきた。



「あの……何かあったんですか?」


「オベリスクをジッと見つめてどうしたのよ?」


「ああ……その……あそこに数式が書かれててさ。見えるか? あれ」


「……どこ?」


「どれですか?」



 俺が指差すものの、遠い場所だからか、二人とも見つけられずにいた。



「ほら、あそこだよあそこ」


「「ん〜?」」



 未だに見つけられないのか、俺と視線を合わせる為に二人は俺の頬と自身の頬をくっつけ合わせてきた。


 ……俺の顔がアイリスとクラリスにサンドイッチされている状態だ。


 コイツら……俺の気も知らないで!!



「あっ! 見えた!」


「私もです! S=-tr(ρ log ρ)ですよね?」


「そうそれ」



 二人に挟まれてるからちょっと顎が動かしにくい。


 そんな時、事件は起きた。



「「それがどうし――」」



 ――た。とは二人とも言い切らなかった。


 何故なら二人とも自身が今置かれている状況を失念した状態で俺を見ようとして首を回したのだ。


 頬を付けた状態で首を回すと――



 ちゅ、っと唇の端に自身の唇が触れるのだ。



 ……まぁ、要するに――



「……」


「……えっ? あっ……その……」


「えぇっと……」



 ――俺は二人からキスされたような形になってしまったのだ。


 ……もう、何も考えられない。


 正直キャパオーバーだ。


 今日は混浴はするわ、湯煙デートはするわ、頬はくっつけられるわ、そのあげくにこれだ。


 もうさっき何を言おうとしたのかわかんなくなった。



 きっと今、俺の顔は真っ赤になっているだろう。


 アイリスもクラリスもオロオロとしているようだが、俺は恥ずかしさで二人の顔が見れない。


 けど、ずっとこうしてはいられないので、俺は少し距離をとった二人の方を向く。



 そこには顔をリンゴのように真っ赤にして、なんとかしてその火照りを冷まそうと両頬に手を添えている二人が立っていた。



「み、見ないで!!」


「見ないでくださいぃ!!」



 同時にそう言って恥じらう二人を見て、抱いた感想は「可愛よ!!」だった。

次は15時に投稿します。

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