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episode91 そうだ! 旅行に行こう!

 


「ふぅ……」



 通話を終えて、クリスはホッと息を吐く。


 プライベートルームなどはない為、自身のベットスペースでタブレット端末を使って通話をしていたが、トイレにも使用されている防音魔道具で会話が筒抜けになることはない。



「やっと自覚しやがったか。あのニブチンめ」



 他人から好意を持たれていることはわかってはいたものの、それが恋慕によるものだとは露知らず、加えて自身の気持ちにも気がついていなかった親友が、ようやくその想いが何なのかに気がついてくれて、クリスは肩の荷が下りた気分だった。



 時間も時間であった為、トイレに行ってから寝ようと、ベッドのカーテンを開ける。


 すると、ベッドに並んで腰掛け、会話に花を咲かせていたソフィアとエレアが揃ってクリスの方を向いた。



「あっ、すみませんクリスさん。起こしました?」


「いや、手洗いに行こうとしただけだ。さっきまで俺もレオンと話してたから」


「そうだったんですね。迷惑をかけていなくてよかったです」



 ふわりとした笑顔でそう答えるソフィアに、迷惑はかかっていないことを伝えてクリスはトイレに足を運んだ。


 用を足し終えたクリスはベッドルームに戻ると、二人も寝る準備をしていた。


 それを見たクリスはスイッチに手をかけて呼びかける。



「ライト、消すか?」


「あっ、ちょっと待ってください〜」



 エレアが準備に手間取っていたようだったが、十秒も経たぬうちに、それは整ったようだった。



「大丈夫です。クリス様」


「よし、消すぞ〜」



 ピッっという音と共に、室内の灯りがゆっくりと常夜灯へと切り替わる。



「それじゃ、おやすみ」


「「おやすみなさい」」



 各々カーテンを閉め、寝る体勢を取り、明日に備える。


 その暗闇の中、クリスはここで半年暮らしたレオンのことを思い返す。



「自覚したのがミッション後でよかったかもな……」



 (ここ)で恋心を自覚していたら、ドギマギしてあいつは色々ストレス抱えそうだな。


 そう思いながら、クリスは夢の世界へと落ちていった。










 ◆










 クリスに相談した結果、自身の気持ちと悩みが一気に解決した。


 それは大変喜ばしいことだが、休み明けに二人と会った時、普通に会話できるだろうか?


 いやいや、もう俺もいい歳だ。


 前世含めても、今世だけ見ても。


 休み明けには心も落ち着いて、あとは告白の返事をするタイミングを作るだけ。


 そんな風に思っていたんだが――



「レオンさん、お茶が入りましたよ」


「……ありがとう」


「このお菓子、美味しいわよ。レオン」


「……じゃあ頂こうかな」



 二人とも家に来ちゃったんだが!?


 どうしよう!? 昨日の今日じゃ、まだ落ち着いていないぞ!?


 何で二人はここに来たんだ!?



「そういえば、何で二人ともここに来たんだ? 実家に帰ったはずじゃ……」


「帰りましたが、レオンさんに会いたかったので」


「うん」



 それとなく聞いたら、アイリスはティーカップを、クラリスはお菓子を片手にそう答えてくれた。


 それに対して俺は――



「……そっか」



 ――としか答えられなかった。


 ちくしょう!! 嬉しい!!


 嬉しすぎて下手すると「フヒヒッ」ってキモい笑いが出てしまいそうだ!!


 それだけは避けなければ!!



「あの……もしかして迷惑でしたか?」


「えっ?」


「さっきからお菓子もお茶もあまり口にしてないし……言葉数も少ないから……」



 そう思い、口数が減っていたのが不味かったのだろう。


 二人は眉を下げて、そう言ってきた。


 ま、まずい!?


 迷惑じゃなくてむしろ逆だというのに!!


 ここは正攻法で正直に言うことにしよう!!



「いや、突然の来訪で驚いたのはあるけど嬉しいよ。嬉しすぎてどう反応すればいいのか戸惑っているだけ」


「あっ、そ、そうなんですね」


「な、なぁんだ! あんたも子供っぽいところがあんのね!」


「あはは! ごめんな! 心配かけたな!」



 二人は少し顔を赤くして、安心した様子を見せてくれた。


 ふぅ……なんとかなった。



「でも、せっかく二人も来たし、休暇だからなんかしたいなって気もしなくもないな」


「休みを取らない筆頭だもんね。レオンって」


「……すまぬ」



 そこに関してはなんも言えない。


 一応、今までも連休扱いの日があったんだが、暇だったんで、研究室で色々していたことが多かった。


 しかし、それは業務に入るってことで休み扱いされなかった。


 よって、俺は全く休みを取らない人という認識が一部で持たれている。



「でも、いい吉兆ですね。きちんと休めば、パフォーマンスも向上しますから」


「それもそうだな」



 ここ最近行き詰まってきた感あるし、いいかもしれない。



「それで、何かしたいこととかありますか? あっ、研究は無し、ですよ?」



 アイリスからそんな質問が飛んできた。


 しかも俺の返事を見透かして、回り込んでもきた。


 う〜ん……なんだろ?


 研究以外で俺のやりたいこと……あっ、一つ思いついた。



「温泉に入りたい……かな?」


「「温泉?」」



 二人とも温泉を知らない……わけではなくて、俺がそんな答えを返してくるとは思ってもいなかったのだろう。


 二人とも可愛らしく首を傾げている。


 この世界でも温泉は湧いている。


 とはいうものの、前世のように人為的に掘って出ているものではなく、湧水のように噴き出している場所や採掘目的で掘っていた時に偶然見つけたところに温浴施設を作っているだけだ。


 その為、前世以上に温泉地というのはリゾート地として開発されていて、この世界でも旅行先として人気の高いスポットである。



「驚いたわ。レオンが温泉に興味あるなんて……」


「そうか?」


「月面でも、シャワーだけではありましたがかなり早く上がってきてましたので、お風呂、嫌いなのかな? って思ってました」


「別に嫌いなわけじゃ……」



 早く上がっているのは嫌いなのではなく、特に時間がかかっていないだけだ。


 男の入浴なんてそんなものだろう。


 特にシャワーだけであれば尚早い。


 それに俺は湯に浸かることはしない派だった。


 理由は単純で、つまらないからである。


 手持ち無沙汰で、時間が過ぎるのが遅く感じるのが嫌なのだ。


 でも、温泉……特に露天風呂は大好きである。


 空を見上げながら湯に浸かり、雲の形が変わっていく姿をただぼぉーっと眺めたり、夜ならば星を見ながらぼぉーっとする時間が好きだ。


 まぁ、要するに普段の風呂は景色が変わらないからつまらないので浸からないし、故に出るのが早いだけって話。



「露天風呂は好きなんだよ。景色が変わるから」


「あぁ〜なるほど」


「確かにレオンさんって空を眺めるの好きですもんね」



 二人は俺の答えを聞いて、納得したようだった。


 ……ってかよく見てますね、俺のこと。


 ……自惚れていいっすか?


 そんなことを思っていたら、アイリスがこともなげにこんな提案をしてきた。



「じゃあ、行きますか? 温泉」


「……へぁ?」



 変な声が出た。


 俺が戸惑っていると、クラリスもそれに賛同してくる。


 いや、確かに何かしたいとは言ったが出かけるっていうのはそういうのを想像したわけじゃない。



「賛成! 休みもまだ四日あるし、十分でしょ!」


「じゃあ、ゆっくりする為に二泊三日で行く?」


「いいんじゃない? それで。観光もゆっくりできそうだしね」



 姉妹二人で話が進んで行く。


 ……待て、お前らもしかして――



「……俺とお前らで行くのか?」



日帰り温泉じゃなくて泊まりで?



「えっ? そうだけど?」


「何か不都合がございましたか?」


「えっ、いや……暇だからないけど――」


「じゃあ、いいじゃない。一緒に行きましょうよ!」


「そうですよ。私達も楽しめますし」



 ……それは願ったりだが、どうだろうか?


 俺は……俺の心臓は保つか?


 今日の来訪だけでも嬉しさで鼓動が高鳴っていたというのに!!


 でも、二人の誘いは断れない!!



 だって二人とも眉をハの字にして、上目遣いでこっちを見てくるんだもの!!


 やめろ!! その攻撃は俺に効く!!



「……じゃあ、一緒させてもらおうかな?」


「そんな! こちらこそご一緒させてもらって嬉しいです!」


「ふふっ、楽しい旅行になりそうね!」



 正直、俺はもう死んでいいと思った。


 二人の笑顔がとてもとても……眩しい。



 そこで、ふと、思ったことがあった。


 そういえばどこの温泉地に行くのか決めていない。


 というよりも、なんだか二人は行き先を決めているような口ぶりだったからだ。


 ゆっくりできて観光もできる場所……二人は同じ場所を想像しているようだった。



「ところで、どこに行くつもりなんだ? なんか二人とも行き先決めてる感じだけど……」



 俺がそう質問すると、アイリスもクラリスもとんでもないところを言ってきた。



「えっ? あぁ、すみません。ロムルツィア神聖国のオシニアに行こうと思ってます」


「そこに、いつもお世話になってるホテルがあるの。だからそこに行こうかなって」


「……は?」



 オシニアって確か……セレブ御用達の温泉地じゃねぇか!!










 ◆










 ロムルツィア神聖国 オシニア。


 そこは世界で最初に発見され、最初に開発された温泉地であり、神カラートが愛した地であると言われている。


 故にその地はブランド化され、参入するホテルや料理店も一流ばかりで、客層の殆どは貴族や経営者などの裕福な者達ばかり。


 いわば、この世界でのドバイ的立ち位置である。


 流石、侯爵令嬢。


 そんな場所で懇意にしている宿があるとは……



「すげぇな、お前ら。オシニアに行くなんて今日明日で決めることじゃねぇぞ?」


「そぉ?」


「航空機が出来てから結構な頻度でお父様やお母様は行ってるみたいですので、あまり特別感はないですね」



 こ、これが本物の金持ちっ!?


 俺なんか今、一泊何百万とかかるようなところに連泊していいのかって思っているのに!!


 日帰り温泉とかやってないんですか!? それぐらいなら出せそう!!



「侯爵令嬢は違うなぁ」


「……ってかあんたも周り見なさいよ」


「えっ?」


「そう……ですね。私達から見れば()()()の方がすごいと思います」



 アイリス達に言われて、俺は周りを見る。


 俺が今座っているソファやテーブル、その上には菓子や飲み物が置かれている。


 対面にはクラリスとアイリスが座っていて、二人の前には紅茶の入ったポットとティーカップがある。


 ……うむ、普通だと思う。


 ()()()()()()()()()()()()



「だってこれは俺の私物だし」


「車持ってるだけで羨望の眼差し受けるのに航空機持ってる人間なんてあんたくらいよ!!」



 ……そりゃそっか。


 自分で作った……正確には俺が設計したものを皆に形にしてもらった航空機だけど、自分達で作ったものに乗って何が悪いって感覚だったから気にしてなかった。


 航空機メーカーから買ったんだったら、「俺もセレブだ!」って気になってただろうけど。



「正直、驚きました。まさかプライベートジェットの737を出してくるなんて思いませんでした」


「定期便に乗るってなったら忖度されそうだったからやめた」


「いや、だからってこれは想像できなかったわよ。空港に着いたらいきなりオープンスポットに連れて行かれてびっくりしたわ」



 オープンスポットというのはボーディングブリッジがない駐機場……所謂沖留めがされている場所である。



「まぁ、航空隊の子達には悪いことしたなぁって思うよ。いきなり操縦を頼んだからな」


「なんか二つ返事だったらしいじゃない?」


「一緒に来てもらうから俺持ちでホテル取ったんだよ」


「だから二つ返事だったんですね……」



 確かに高級リゾート地にタダで行けるんなら争奪戦になるよな。


 安い宿しか取れなかったけど、そこは申し訳ない。


 でも、パイロット二人の家族……奥さんと子供も喜んでくれていて何よりだった。


 ……乗る時に顔合わせした時、すごく緊張されたけど。



「前と後ろで部屋を分けた設計しててよかった。あのままじゃ、機内で皆さん緊張しっぱなしだっただろうし」



 今、パイロットのご家族は前方のリビングスペースでくつろいで頂いている。


 キャビンアテンダントはいないが、幸い、元CAの方がいたからギャレーの使い方には慣れていた。


 で、俺達は後方のプライベートルームでくつろいでいるってわけだ。



「……そういうことには気がつくのよねぇ」


「立場を弁えているのかいないのか……」


「……ん?」



 なんかクラリスとアイリスに呆れられたが……


 何かは皆目見当つかないが、嫌われないように大人しくしていよう。


 そう思い、俺は外を眺め、お茶を楽しみながら目的地に着くのを待った。

次は12時に投稿します。

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