episode86 極限環境ミッション運用
第一回月面長期滞在クルーに俺がなることを伝える。
皆、驚愕の声を上げたものの反対はないようだった。
「まぁ、お前が宇宙で実験なんてしたらとんでもねぇことが起きるんじゃないか? っていうのはあるけどな」
「それは確かにそうですわね」
「おい」
俺を危険人物か何かと思っているのか?
「いや、勘違いすんなよ? なんか色々と発見して混乱を招くんじゃないかっていう心配だよ」
「なんだ、そっか」
と思ったがそうじゃないらしい。
安心した。
いくらなんでも俺はそんなに万能じゃないが、それは横に置いておこう。
「一応、第一回の月面長期滞在クルーは全部で三名だ。あと二人は――」
「「はい!!」」
食い気味に声を張って手を上げた人物が二人いた。
その二人とは――
「アイリスとクラリスか」
ゼーゲブレヒト姉妹であった。
「レオンが行くなら私も行く!」
「私もです! 研究、手伝わせてください!!」
ものすごい熱量。
二人の横に座っているクラウディアとエルフリーデがその雰囲気に圧倒されている。
「皆はどうだ? 二人を任命してもいいか?」
俺がそう問いかけると、クリスとユルゲンが意見を述べた。
「いいんじゃねぇか? クラリスは宇宙機の操縦に長けてるし、アイリスは魔力研究で、レオンの研究についていけるのアイリスくらいだろうし」
「そうですね。適任だと思います」
普段から宇宙飛行士をまとめている二人からのお墨付きをもらえた所で、今回の会議を終了した。
◆
月面基地長期滞在クルーが決定したその夜。
帰宅したアイリスとクラリスは、アイリスの自室で向かい合っていた。
そして――
「「どうしよ!? 半年レオン(さん)と一緒だよ!?」」
後になって冷静になり、考えてみたら半年同じ屋根の下で生活するという事実に気がつくと、二人は狼狽した。
「レオンが宇宙に行くのなら自分も行く」という理由であの時、手を上げたが、よく考えてみれば今回は宇宙飛行ではなく長期滞在の為、半年間、缶詰状態になるのだ。
そのことに気がついてから、こうなってしまっている。
「だ、大丈夫かな? 心臓保つかな?」
「うぅ……想像しただけでもはち切れそう……」
既に同衾を経験しておきながらよく言えたものである。
が、一回と半年とでは全く違うことは想像に難くない。
「長期滞在中の主なミッションは月面電波望遠鏡の設置と地質調査、魔力観測ね。このメンバーなら当然リーダーは……」
「レオンさんに決まってるでしょう」
「だよね」
「でも、問題はそこじゃないわ。これよ」
「そうよね……まずはこれを乗り越えないと……」
ミッション内容の確認をしていくが、彼女達の戦いはもう始まっている。
そう、月面に着いてからが勝負ではないのだ。
それはなぜか?
そもそもレオンは長期滞在の訓練を受けておらず、月面電波望遠鏡設置の為の訓練もしなければならない。
そして、長期滞在の為の訓練というのが――
「EEMO……これで慣れておかないと、月面基地で体が保たないわ」
クラリスの言うEEMOとは、Extreme Environment Mission Operations……極限環境ミッション運用のことである。
これは海中19mに沈められた施設に最大で二週間滞在し、宇宙遊泳や船外活動のシミュレーションを行うものである。
地球でもNEEMO……NASA極限環境ミッション運用を行なっており、ISSに滞在する宇宙飛行士は皆、ここで訓練を受ける。
エクセルでも同じく運用されており、アイリスもクラリスも既に経験済みであった。
「これは慣れた私達にとっても訓練よ。レオンさんと一緒に暮らすシミュレーションとして頑張りましょう!」
「そうよね! 頑張りましょう! 姉様!!」
気合を入れる二人だが、そもそも月面基地での訓練であることを彼女達はこの時、完全に頭から追いやっていた。
――
――
――
EEMO開始一日目。
事前に現地入りし、潜水具の確認や機材の確認と注意事項の確認を終えたレオンとアイリスとクラリスの三人は、いよいよ海底基地「アクエリアス」に入室した。
これからここで一週間、寝食を共にするという実感が湧いてきたのか、アイリスとクラリスは自身の思っている以上に緊張していた。
「じゃあ、まずは設備の確認から始めるか。壊れていないことは事前に確認してくれているけど、自分で見てどうなっているのか確認するのは無駄じゃないしな」
「「は、はい!」」
緊張で少しうわずった声を出してしまったことに二人は羞恥する。
「って、二人には愚問だったな。ハハハッ!」
「そ、そんなことないですよ!」
「基本は大事だよね!」
二人の様子を見てレオンは何を思ったのか、ズレたことを口にした。
レオンの発言にすかさずフォローを入れる二人だが、空気を読んでいる部下にしか見えない。
どうも三人とも、空回っているようだった。
◆
EEMO訓練の一日目の終盤。
あとはもう寝るだけという状態のところまできた。
そして、俺は現在トイレの中にいる。
ここのトイレもISSやスペースシャトルと同じように、カーテンで区切られているだけなので防音用魔道具が備えられている。
俺はその魔道具が起動していることを確認してから、叫んだ。
「くっそ! あの二人と缶詰めになることを失念していた!!」
クラリスは操縦に長けてるし、アイリスは知識も豊富だし、最高のメンバーだなくらいにしか考えてなかった!!
告白してきた二人とその返事を保留しているヘタレが同じ宇宙船で半年過ごすとかどんな空間だ!!
……ああそうさ!! 自覚してるよ!!
自分がヘタレてるってことは!!
でもさ!! 経験ある!? 複数人から同時に告白されるなんてこと!!
「そもそも恋愛経験も少ないから尚のことだよ……」
そろそろ決めないとあれから5年経っている。
さっきの二人のよそよそしい態度も、気まずさからきているに違いない。
「決めないとな……二人の為にも」
しかし、まずは目の前の仕事からだ!
◆
――EEMO訓練 三日目
「流石。遠隔操作もお手のものだな」
「えへへ〜、でしょ〜」
アクエリアス内部からローバーの操縦をするクラリスの手際を見て、素直に感嘆する。
遠隔操作故の操作の遅延があるのに、まるで自分が乗っているような操作をするのだから驚いても無理は無いと思う。
「アイリスもありがとう。お前のお陰でより効率化を図ることができた」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
基地建設と電波望遠鏡設置の為の訓練も海中で行うのだが、この作業に関してアイリスが意見してくれたお陰でミスが発生する可能性が少なくなった。
これはアイリスがEVAコマンダーでもあるが故だろう。
やはり、経験の差は大きい。
「リーダーの面目を保つのに必死だ。俺も頑張らないとな」
「な、何言ってんのよ! 十分頑張ってるわよ?」
「そうですよ! レオンさんは普段通りでも十分リーダーシップを発揮していますよ!」
うぅ……二人のフォローが取り繕っているように聞こえる。
なんだかネガティブな思考になっているなぁ。
まぁ、十分だというのが本当だとしても、努力はして損はない。
「ありがとう。でも、二人と対等でいたいからな。頑張るよ」
「はい! ……ん?」
「ええ! ……あれ?」
二人が俺の発言に対して何か疑問に思ったらしい。
なんだ?
「あの……対等でいたいっていうのはどういう……」
「私もそれ、聞きたいわ」
……あっ。
「……さ、さて! 船外活動の準備するか!!」
「えっ? ちょっとレオンさん!」
「どういうこと!? 対等でいたいって!!」
「あ〜! あ〜! 聞こえな〜い!!」
うまい切り返し方がわからず、俺は耳を塞ぎながら、出入り口に向かう。
ホント、なんであんなことを言ったんだろう?
◆
――EEMO訓練 五日目
最初は何かと緊張しっぱなしだったEEMO訓練だったが、もう五日目最終日ともなると緊張も抜けて仕事に集中するようになった。
まぁ、基本二人共真面目だからな。
電波望遠鏡の設置の手順も効率化出来たし、遠隔操作システムの改良点も見えてきた。
非常に充実した訓練だった。
「あとは数週間後に完成する居住モジュールと一緒に月に上がって長期滞在開始だ」
「最初はどうなることかと思ってたけど……なんとかなってよかったわ」
クラリスが安堵した表情でそう言うと、紅茶を一口飲んだ。
「俺……そんなに信用なかったか?」
「ち、ちがうわよ!? 別にレオンのことを疑ってたわけじゃないから!!」
「そうなのか?」
てっきり経験不足による、足手纏いにならないか? という心配をしているのかと思ったわ。
「ちょっと私の中で心配事があってね。なんとかなってよかったって話よ」
「そっか」
じゃあ、深くは聞かないでおこう。
「レオンさーん。あれってどこに仕舞いました?」
「あぁ!? しまった、すまん! あれなら――」
キッチンスペースからアイリスの声が響く。
アイリスが作業が終わったこの時間、甘いコーヒーを飲むことを日課にしていた。
明日引き上げだから、砂糖を荷物の中に入れてしまったことを俺は思い出した。
即座に荷物を広げて砂糖を取り出して、アイリスに手渡す。
「すまなかった。失念していたよ」
「もう! って、怒っていませんから大丈夫ですよ」
受け取った砂糖をコーヒーに入れていくアイリスを見て、俺もコーヒーを淹れる。
淹れ終えたところで、クラリスから声をかけられた。
「なんか、私達って息ぴったりよね」
「うん?」
「どういうこと?」
お互いにマイマグカップにコーヒーを淹れ終えた俺達はリビングスペースに戻り、テーブルについた。
「「あれ」とか「それ」とかで通じ合うしさ。今までISSで長期滞在したメンバーでもこうはならなかったもん」
「あぁ……確かにそうね」
クラリスの言葉にアイリスが同意する。
それを聞いて俺は別の印象を持った為、二人にそれを言った。
「なんか、熟年夫婦みたいなやりとりだよな」
「えっ?……あっ」
「そ、そうですね……」
二人の顔が赤くなったところで、俺はやってしまったことに気がついた。
何が熟年夫婦だ!?
付き合っていない所か、俺はまだ返事保留中なんだぞ!?
「さ、さぁ! 明日は引き上げだから早めに休もう!!」
「そ、そうね!」
「そうしましょう!!」
一先ず、ほんの少しでも一人になれるベッドスペースに逃げ込んだ。
今まで俺はこんな誤魔化し方しただろうか?
……なんか、いつもの俺じゃない気がするな。
◆
――EEMO訓練から数週間後
居住モジュールが完成し、月に行く準備が整った。
パーサヴィアランスの格納庫に居住モジュールと食料の入ったコンテナが載せられていくのを眺める二人の影があった。
アイリスとクラリスである。
「いよいよ来たわね……」
「うん……」
EEMO訓練で共同生活を送ることに関しては多少の耐性がついた二人。
だが、たったの五日間しか体験していない為、これからの半年は未知数であった。
しかし、これはチャンスでもある。
この長期滞在で時間と空間を共にし、意識させることも十分に可能だと二人は考えを改めた。
だが――
「定番の、手料理を振る舞って胃袋を掴む……とかあるけれど、月面基地も基本火器厳禁だから料理なんて出来ないし……」
「そもそも持っていくのは殆ど缶詰かレトルト食品か加水食品よ?」
「そうなのよね……」
所謂、宇宙食しか持って行けない為、手料理を振る舞うことはできない。
缶詰やレトルトを組み合わせて、アレンジするくらいはできるが、それは手料理と言えるか? と言われると首を傾げてしまう。
かといって掃除や洗濯をしたとしても、それも意識される要素になり得るか? と言われるとこれも首を傾げてしまう。
では意識をされる要素とは何か?
それは仕事振りしかないという結論に至った二人であったが、これは普段からレオンに振り向いて欲しくて頑張ってきたこととなんら変わりないことに加えて、こうして考える時間があったが故に二人共、気がついてしまったのだ。
――女性として見てもらうことを失念していたと。
「大分前にユリアからアドバイスをもらってスキンシップやボディタッチを増やしたりしたけど……」
「レオンさん、慣れてきてるわよね」
リリー姫が秘書に就いた日にユリアから貰ったアドバイスはスキンシップやボディタッチを増やすことだったが、それをし過ぎてここ最近、レオンは慣れ切ってしまったのだ。
要するにそれを月でやったところで、普段となんら変わらないのである。
「くっ!? このままじゃ、ただ仕事ができて頼りになる仲間くらいにしか思われない!!」
「その通りよ! クラリス!!」
そっちは自信あるのかと思ってしまうが、自他共にクラリスはパイロットとして、アイリスは魔力・魔法研究の第一人者として、認められているから否定できない。
「とにかく! あとはレオンさんに女性として見てもらえればチャンスはあるわ!」
「そうよね! この千載一遇の好機! 逃してたまるものですか!!」
おー! という掛け声を一緒に上げる二人。
いよいよ、月面基地長期滞在が始まる。
読了お疲れ様でした。
そして、あけましておめでとうございます。
この小説、おそらく今年で完結までいけると思いますので、皆さん最後までお付き合いください。
今年もよろしくお願いします。




