episode84 ハドロン粒子加速器
魔力とは何か。
それを探る為に必要な設備である加速器を建造する計画が始まってから数週間。
出来上がっていく加速器管理棟を眺めながら、ユリア、アイリス、クラリス、クリスの四人は以前にレオンが語っていた仮説を反芻していた。
「まさか、魔力を集めた時点で魔力では無くなっているなんて……考えた事もありませんでしたわ」
「だよねぇ……」
加速器を作る。
そう語った後もレオンの説明は続いていた。
レオンが語った仮説。
それは――
「魔力を集め、光を放ち始めたその瞬間、魔力は魔素へと変化し、その後、術者の意思や心に反応し、エクセルへその情報を伝達。それを受け取ったエクセルは必要な原子情報を魔素へと返信して、魔素はその姿を変える……アルファード理論に当てはめるとそうなるわね」
「確かに魔石とかを電子顕微鏡で見たら見えるもんな。原子が」
アイリスが仮説を語り、クリスはそれを示唆している経験を口にする。
そもそも、レオンは魔力を原子と思っていた為、今の考えには至っていなかった。
元は、魔法とは魔力自身の原子構造を変化させて別の原子に変わる現象だと考えていた。
だからこそ、電子顕微鏡で見えてもレオン自身は「そりゃ原子だもんな」と納得していたのだ。
しかし、魔力が素粒子……力を伝えるゲージ粒子である可能性が浮上した今となっては疑問が発生する。
「なぜ魔力が集まると電子顕微鏡で観測できるのか?」と。
「だからレオンさんは考えたのですね。魔力は集まった時点で既に変質し、何にでもなれる万能物質に変わった後、魔法変換されていると」
「そうね。そして、それを元の魔力に戻すには……」
ユリアの言葉に答え、アイリスが目の前に広がる光景を眺める。
「魔素同士をぶつけて壊すしかない」
――ハドロン粒子加速器
ハドロン……即ち陽子や中性子を加速させ正面衝突させて、弾き出された素粒子を観測する実験装置。
地球にも存在し、最も有名な粒子加速器といえば「LHC」だろう。
これはスイスのジュネーブ郊外にあり、フランスとの国境を跨いで設置されているものである。
その規模は地球最大であり、この実験機器のおかげでヒッグス粒子は見つかったのだ。
今回、レオンが建造しているものはLHCと比べると小さなものではあるが、今まで見てきた実験機器とは比べ物にならないレベルの規模である為、今までのレオンの開発してきた非常識な実験機器や魔道具、乗り物を見てきて、あまり驚かなくなったアイリス達や宇宙飛行士、研究魔法士達ですらも度肝を抜かれている。
「電気的、磁気的に加速させてぶつける……か。レオン自身は前世でやってたことの後追いをしているだけって謙遜してるけど……」
「こんなの、ポンっと作れるものじゃありませんわよ……」
クラリスとユリアは改めてレオンの知識の深さを認識している。
そして、それはアイリスも同様だった。
「エリクサーを作ってやっと追い付けたと思ってたのに……遠いなぁ……」
レオンと同じ道を、レオンの隣で一緒に歩きたい。
そう思って邁進し、追い付いたと考えていたアイリスは、レオンの背中が未だ遠くにあることを知り、空を仰いだ。
一方、クリスは理屈はわかるが詳しいことはさっぱりな為、「なるものはなる」というざっくりした認識を持っていた。
◆
社長室横の研究室にあるホワイトボードに、俺は数字と文字を書き連ねていく。
一通り書き終えたところで一息つく為、ペンを置く。
「ふぅ……」
既に冷めてしまったコーヒーを口に含み、数式を眺めていく。
マグカップの中身が半分ほどになったところで、俺は今の正直な気持ちを叫んだ。
「……何でこんなことになったんだ!!」
俺は正直言って「宇宙開発して宇宙旅行とかバンバン行けたらいいなぁ〜」みたいなノリで最初始めたのに!!
なんで俺は今、M理論なんて書いてるんだよ!!
前世の記憶が蘇った最初の頃じゃ、こんなのワケワカメ状態だったと思うが、今世で色々やって数学的知識が増えたお陰でよぉっくわかるわ、超弦理論。
「俺は最初はスペースシャトルや宇宙ステーションができたら満足だったんだ!! なのになんだよ!! 月に行く宇宙船の動力は核融合炉だよ!! 前世地球を超えちゃったよ!!」
椅子の上でギュッと膝を抱えた。
まぁ、しんどいのはしんどいけど、楽しいという気持ちもある。
元はと言えばボイジャーが月にあることを発見してしまったのがことの発端だったな。
俺は机の上に置かれた一つの資料を手に取る。
「まさかここから125万光年先とはな……」
それは例のパルサーマップに書かれていた一番長い天の川銀河中心のパルサーを検知したことを報告する資料。
その観測結果から、ここから天の川銀河まで125万光年離れていることがわかった。
しかも――
「青方偏移してるなんてなぁ……」
青方偏移とは、光源と近づくことで光の波長が短くなる方へとズレる現象……光のドップラー効果の一つ。
ちなみに逆に離れていくのは赤方偏移だ。
近づいてくる速度はコルネリアさんが算出してくれて、出た数値が秒速122km
まぁ、それがわかったところでここが地球から見て、何銀河かなんてわからん。
青方偏移している銀河なんて沢山あったんだから当たり前だ。
そんなことよりも気になることが一つある。
それはボイジャーのことだ。
ボイジャーが打ち上げられてから20億年経っていることは同位体計測でわかっているが、どうもしっくりこない。
たった20億年で125万光年先の天体にたどり着けるのか?
答えは否だ。
ボイジャーは近い恒星であるグリーゼ445に4万年の月日をかけてたどり着くと言われている。
地球からグリーゼ445までの距離は17光年。
17光年を4万年かけて進むんだ。
単純計算だと、ここまで29億4116万年かかることになる。
しかも現時点で天の川銀河がここから125万光年離れているってことは20億年前は秒速から逆算すると大体倍の250万光年。
となるとボイジャーがここに辿り着くには29億年以上の時間がかかるはず。
なのにウランメッキは20億年しか経っていないと言っている。
……不思議。
「……疲れたな」
色々考えすぎた。
別のことしよ……と思ったけど、アイリスとクラリスにちゃんと寝るようにと最近怒られたことを思い出した。
……今日は大人しく寝よう。
――
――
――
「……」
「……」
「……なんだよ。人の顔をジッと見て」
翌日、アイリスとクラリスの二人と顔を合わせたら、二人に顔をジッと見られた。
俺がそれを言うと、アイリスが口を開く。
「……昨日はちゃんとお休みになってくれたみたいですね」
「えっ? わかる?」
俺が顔に手を触れながらそう言うと、今度はクラリスが答えてくれた。
「うん。顔色、全然違うわよ」
「そっかぁ」
確かに頭の中スッキリしてるかも。
睡眠の重要性を改めて再認識した。
……まぁ、数日したらまた忘れて怒られるんだけど。
◆
さて、月面基地モジュールの開発とハドロン粒子加速器施設の計画を同時進行させている訳だが、ハドロン粒子加速器に関しては計画開始から数ヶ月で完成した。
地下に加速器を設置しているんだが、この地面を掘削したのは何を隠そう、オリバーさんが削ってくれた人工ダイヤモンドを使ったレーザー掘削機のおかげで、地下の掘削は非常にスムーズに行われて、完成まで時間が掛からなかったのだ。
「というわけで早速稼働させていくぞぉ!!」
俺は研究魔法士筆頭のアイリスとユリア、ララとクリスタ、そしてVASIMRを開発し、量子物理学や高エネルギー物理学に興味があるというエレアとマリア、そしてその他数名の研究魔法士に元気よく声を上げてみたが、俺のノリには誰も答えてくれなかった。
……つらい。
「ところでレオンさん。テンション高めのところ恐縮なのですが、質問よろしくて?」
「……はい」
冷静に声をかけてきたユリアに力なく答える。
その努めて冷静な声は俺の心を抉るからやめて?
「陽子同士をぶつける……今回は魔素同士をぶつけて、魔力はゲージ粒子なのかそれとも否かを調べるということでしたが……大丈夫なのですか?」
「というと?」
ユリアは少し考える素振りを見せた後、再度口を開いた。
「……危険性はないのですか?」
恐る恐るという感じでそう聞いてきた。
なるほど、それを危惧していたのか。
「そこは安心してほしい。そもそもなぜ危険性があるのでは? という考えに至ったんだ?」
「それは……高エネルギー同士がぶつかるのです。何も起きない訳がないと、そう思っただけですわ」
「なるほど」
俺は周りを見渡す。
そこには同じ懸念を抱いているのだろう表情を浮かべている皆がいた。
「そうだな、安全なのは保証するが……まずこの実験の目的は「魔力は素粒子なのか?」というのを調べることだというのは皆知ってると思う」
俺がそう言うと、皆頷いて答えてくれた。
「で、今回の実験は集めた段階で原子になってしまう魔力をぶつけあわせてバラバラにしようという非常にシンプルなものだ。しかし、ここで一つ懸念が起きる」
「懸念……ですか?」
最後の一言にアイリスが反応する。
「魔力が集まって陽子を作っているんだ。それをぶつけあわせて素粒子に戻すってことは、この真空パイプの中はその瞬間、宇宙が誕生した時とほぼ同じ状況になるんだよ」
「「「「「!?」」」」」
それを聞いた瞬間、魔法士の皆はざわつき始めた。
「そ、それは大丈夫と言えるのですか!? それってつまりレオンさんが以前教えてくれたビッグバンと同じ状況ということなのでしょう!?」
「うん」
「うんって……」
――ビッグバン
某龍玉に登場するキャラがこれをモチーフにした必殺技を使っていることで有名だ。
宇宙の始まり。
宇宙に空間と時間、物質が発生した瞬間だ。
それを聞いて、今度はエレアがおずおずと手を上げて言った。
「あの……それって……ブラックホールとかもできたりしますか?」
「できるんじゃない?」
「じゃないって……」
俺の返答を聞いた周りの研究魔法士達のざわつきが更に増す。
呆れた顔を浮かべた後すぐに表情を立て直したエレアは再び質問してきた。
「でもそれじゃあ、全部飲み込まれて消えちゃうんじゃないですか?」
「ん? なんでだ?」
俺は言っている意味がよくわからず、首を傾げてエレアに質問で返してしまった。
「えっ? ブラックホールってなんでも飲み込んでしまう穴なんじゃ?」
「あぁ、なるほど。そういう認識か」
エレアがなぜそんな質問をしてきたのかようやくわかった。
ブラックホールを文字通り穴だと思っているんだな。
「ブラックホールは穴じゃないぞ。簡単に言えば滅茶苦茶に重い天体だ」
「め、滅茶苦茶重い天体……ですか?」
「そう。だから重力圏が非常に広いからなんでも吸い込んでいるように見えるし、光ですらも脱出できない天体だから黒い穴に見える。だからブラックホールって名前なんだよ」
ブラックホールは重さもさる事ながら、密度が非常に高い天体でもある。
ようは、質量が高くて、その割に密度が非常に高い物質はブラックホール化するって訳だ。
実は地球も、半径8.8mmまで小さくしたらブラックホールになる。
これを求める計算式もあり、これをシュヴァルツシルト半径と言う。
「――というわけで、この粒子加速器内でシュヴァルツシルト半径を迎えてしまうとブラックホールができる可能性は確かにある。しかし、非常に小さいものができるし、ブラックホールと言っても重力は小さいから吸い込まれることはない」
「でも、存在はし続けますよね? それは大丈夫なんでしょうか?」
今度はクリスタから質問が飛んできた。
「ああ、それは大丈夫だよ。消えるから」
「えっ?」
「消えるんだよ。蒸発して」
「「「「「えぇ!?」」」」」
――ホーキング輻射。
ブラックホールが黒く見える境界……即ち情報が読み取れなくなる境界を「事象の地平面」と言い、この地平面付近で物質の対生成が起きる。
要するにプラスとマイナス、正と負のエネルギーが出来る訳だ。
で、その内の負のエネルギーが事象の地平面に落ちて、正のエネルギーは熱という形で外に放射される。
この時、エネルギー保存の法則からブラックホールの質量エネルギーが減る。
つまり、質量を失うことになる。
これがホーキング輻射で、ブラックホールが蒸発する原因だ。
「えっ? でも、ブラックホールからは出られないんじゃ?」
「事象の地平面付近で起きていることですから、まだ地平面の中に入っていません。だから出ることは可能ですわ」
「なるほど」
俺の説明を聞いてララが声を漏らすが、それにユリアが答えた。
さすが、ユリアはもう理解しているようだ。
表情から見て、アイリスも同じだろう。
「というわけで、ブラックホールができたとしても非常に小さくてすぐに蒸発するから、飲み込まれることはない。ってな訳で――」
俺は再び、拳を突き上げて声を張った。
「というわけで早速稼働させていくぞぉ!!」
「「「「「おー!!」」」」」
今度は皆応えてくれた。
どうも最初は不安でいっぱいだったらしい。
……で、動かした結果だが、魔力らしき素粒子はすぐには見つからなかった。
ま! 最初から上手くいくなんて思っていないさ!!
ブックマークがあと1件で160になるので誰かブックマークしてくれませんか?
なんかここまでくるとキリよくしたいなとおもいました。(小並感)
12/7 ブックマークありがとうございます! おかげで160件になりました!!




