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episode83 M理論

 


 宇宙にかかっている四つの力というものをご存じだろうか。


 それは電磁気力、強い核力、弱い核力、重力の四つである。


 宇宙は突き詰めればこの四つの力で成り立っており、電磁気力は原子核と電子を結び、強い核力は原子核を生成する陽子と中性子を形作る。


 弱い核力はクォークとレプトンの種類を変えてしまう力。


 この力は核融合反応で重要な力だ。


 続いて重力。


 これがよくわかっていない。


 無論、万有引力や相対性理論などで説明されていたり、そもそも日常的に感じている力であり、標準模型でもそれを伝える素粒子として重力子(グラビトン)という存在が示唆されているが、前世地球ではまだ見つかっていなかった。


 今世でも、それは変わらない……というか、俺が宇宙開発なんてする前は魔法を使っている以外は前世地球の中世期文明となんら変わりなかったのだから尚更だ。



「MDFSや月往還船に使用している反重力魔法は起動しているし、核融合もできる。五大魔法なんて電磁気力と強い核力を利用して発動しているんだから、この辺りをエクセルが担っていると考えると納得できる」


「そっか、突き詰めた先の四つの力っていうんだからエクセルが知っていてもおかしくないわけだ」



 研究室にやってきたクリスに、先日アイリスに指摘されたことを話す。


 クリスは説明を聞いてすぐに納得してくれた。


 ……勉強し直したのかな?



「でもよ? 宇宙は突き詰めると四つの力で成り立っているっていうけどさ。多すぎないか? 突き詰めてんのに」



 クリスの言い分も尤もだ。


 だからこそ、()()を解く必要がある。



「クリスの言う通りだよ。だからこれが必要なんだ」


「……さっきからお前、何書いてんの?」



 クリスの目線は俺ではなく、俺が向き合っているホワイトボードに注がれていた。


 そこには数字と文字の羅列……数式がびっしりと書かれてある。



「数式だけど?」


「いや、それはわかるけどな? 何の数式だよ? 見たことねぇぞ、そんなの」


「ああ、これ? 超弦理論……その中のM理論ってやつだよ」


「……M理論?」



 M理論とは、超弦理論の仮説の一つで、最も有力な説と言われている理論だ。


 どういう理論かというと、一言で言うなら――



 ――


 ――


 ――



「「「「「万物の理論!?」」」」」



 クリスだけに言うのもなんだからと思って、宇宙飛行士組や魔法研究組の皆を集めて、説明する場を設けてみた。



 で、M理論とは何か? ということだが、一言で言えばさっき皆が言ったように、万物の理論だ。


 もっと言えば「神の数式」とも言える。



「そう。この理論は皆に説明した四つの力……電磁気力、強い核力、弱い核力、重力を一つの数式で表すことを目指した数式だ」


「はい! 一つの数式で表すと何が起きるんですか?」



 俺がそういうと、ラウラがバッと手を上げて質問してきた。


 何人か、同意するように頷いている人もいるから、そのまま説明する。



「ようはな、一つの力として扱うことができるようになるってことだ」


「一つの力として……ですか?」



 これがクリスの言っていた、「突き詰めたはずなのに四つも力があるのか?」という問いに対する回答だ。


 前世の地球の人達も、同じ疑問を持っていて、ようはこう考えたのだ。



「まだ突き詰められてないんじゃね?」と



「実は四つの力は一つに纏めることができるんじゃないか? ということだ。でも、これには一つ問題があってな」


「問題……とはなんでしょうか?」



 今度はクラウディアが質問してくる。


 今回の問題……それは――



「これ、世界を11次元として扱わないと数式が破綻するんだよ」


「「「「「……」」」」」



 しばらく沈黙した後、皆から返ってきたのは――



「「「「「はぁ?」」」」」



 という声だった。











 ◆










 ―――世界は数字という言語で出来ている。


 近代科学の父、ガリレオ・ガリレイの言葉である。



 ニュートンの万有引力の法則以来、地球で一番重力という力の正体に差し迫ったアインシュタインの一般相対性理論は、発表された1915年以降、物理学者の研究の中心になった。


 宇宙を形作る四つの力「電磁気力」「強い核力」「弱い核力」「重力」の四つの統一・・・即ち一つの数式で表すことを目指し、幾万の科学者がその知恵を振り絞った。



 1919年、テオドール・カルツァが一般相対性理論を通常の3次元空間ではなくとも数式が成り立つことを発見し、空間4次元として計算すると電磁気力を表す数式「マクスウェル方程式」と同じ項が現れた為、空間4次元と時間1次元の5次元時空として計算した場合、重力と電磁気力は統一できるかもしれないとカルツァは考えた。


 それは後にオスカル・クラインによって改良され、カルツァ・クライン理論が誕生したが、これでも二つの力は統一できなかった。


 しかしながら、次元を増やして考えるというアイデアは、科学者に光明をもたらした。


 これは物質の最小単位「素粒子」にも適応できた。


「標準理論」と呼ばれる計算法では、素粒子は0次元の点として運動量などを計算していた。


 点であっても、それで計算に間違いは出なかったからだ。


 しかし、これが二つ存在し、点として計算すると同一座標に二点が重なった場合、0で割る必要が出てくる・・・即ち、計算上、二点に働く力は無限大に発散してしまうのだ。


 これは1947年、朝永振一郎によって発表された繰り込み理論によって無限大になってしまう問題を解決できたが、重力を示す数式・・・一般相対性理論に関してはそれはできなかった。



 そこで科学者達は考えたのだ。



 素粒子は0次元の「点」ではなく、1次元の「弦」として考えてみたらどうかと。


 これを「弦理論」と呼び、後に超対称性というものを取り入れて改良された「超弦理論」というものができた。


 簡単に説明すると、素粒子は極めて小さな弦であり、素粒子の違いはその弦の震え方が違うだけであるという考え方だ。


 これであれば、素粒子を一つの弦で表すことができ、超弦理論であれば、重力を司る素粒子「重力子」の存在も示唆できることがわかった。


 この理論を進めていけば、四つの力を統一できるかもしれないという期待が膨らんだが、これには理解し難い部分があった。



 ―――この世を10次元時空として計算しないと数式が成り立たないのだ。



 仮に私達が認識している空間3次元と時間1次元の4次元時空として計算すると数式が破綻してしまう。


 先の標準理論の無限大の問題が出てしまうのだ。



 では、実際に素粒子は弦のような形をしているのかを確かめることができれば、この理論は正しいと言えるかもしれないが、それは不可能である。



 素粒子が小さすぎて見えないからだ。



 しかし、残りの空間6次元のことに目を瞑れば、説明ができる可能性が高い超弦理論は、科学者によってそれぞれアプローチの異なる五つの超弦理論が提唱された。


 1995年、エドワード・ウィッテンという物理学者によって、素粒子を「弦」ではなく「膜」として捉えて、次元を11次元に増やし、五つの理論は統一された。


 それが「M理論」であり、これを解明することができれば―――



「力は統合され、世界は一つの数式で表すことができるようになる……「神の数式」が完成するってわけだ」


「な、なるほど……」



 クラウディアはかろうじてといった感じでそう答えてくれたが、他の皆も同じような感じだった。


 そんな中、ダスティンが新たな疑問を投げかけてきた。



「でもよマスター? 11次元ってことは残りの次元はどこに行ったんだ?」


「それは認識できないくらいに小さくなっていると考えられているんだ。皆も想像してほしいんだが、鉄で出来た正立方体の鉄塊をイメージして欲しい」



 皆が各々思い浮かべる時間を与えた後、俺は話を続ける。



「それをプレス機でペシャンコにしたら、どうなる?」


「鉄板が出来る……よね?」


「そうですね……それ以外に何か出来た人いますか?」



 パトリシアが当たり前のことを聞かれたからか、少し不安げにアイリーンそう言うと、アイリーンも同じ想像をした同意し、皆にも意見を仰ぐ。


 しかし、他の皆も同じ想像だったようだった。



「この想像にどんな意図が?」



 改めてアイリーンから質問が飛ぶ。


 それに答えようと口を開こうとしたら、ユリアがこの想像の意図に気付いたようだった。



「なるほど……三次元が二次元に見えるようになったと、そう言いたいのですね?」


「その通り」



 人類が認識している空間は縦、横、高さの三次元。


 そこに時間一次元を加えた四次元時空の中で俺達は生きているが、残りの7次元……余剰次元はカラビ・ヤウ空間という形で存在していると言われている。


 そのカラビ・ヤウ空間はどうやって小さくなっているのか? という問いの答えが先に挙げたイメージだ。



「立方体を潰せば二次元の正方形に、正方形を細く圧縮すれば一本の線に、線を縮めれば点になる。こうやって圧縮されていて、俺達には認識できない状態なんじゃないかと言われているんだ」


「なるほど……ところでマスター」


「なんだダスティン」


「……最初、何の話してたっけ?」


「魔力は四つの力が統合された素粒子なんじゃないか? って話しだったな」


「……これ、関係あるか?」


「大いにあるとも」



 俺は皆に改めて質問した。



「皆、魔法で生成できるのは周期表の何番目までだったか覚えてるか?」


「20番までですね」



 俺の問いに即答したのはアイリスだった。


 隣では悔しそうにクラリスが頬を膨らませている。



「それがどうかしたの?」


「もし、魔力が本当に万能な素粒子なら、全ての元素を生成出来なきゃおかしい……そう思わないか?」


「それはそうね」



 クラリスの問いに答える。


 そしてそれを受けて、クラリスはこう返してきた。



「じゃあ、仮説が間違っているんじゃないの?」



 そう思ってもおかしくないし、それが普通だ。


 しかし、ここにカラビ・ヤウ空間を加えると変わってくる。



「そうかもしれない。けど、こうも考えられる……「魔力は実は完全体じゃないのでは?」ってな」


「……どういうこと?」



 俺は端末を操作してあるデータをモニターに映した。


 それを見て、即反応したのはアイリスだった。



「これは……確か黒魔力の実験データですよね?」


「そう、地下室でのな」



 それを聞いてユリアが思い出したように手を叩く。



「ああ、白魔力と黒魔力を混ぜても対消滅が発生しないっていうアレですわね。それがどうかしまして?」


「ここの数値見てみ?」



 俺はレーザーポインターでグラフの一部を指し示す。


 そこに書かれていたのは――



「実験前と後で魔力量が減っている?」



 ユリアの言う通り、黒魔力と白魔力が混ざった後、ほんの少しだが、魔力総量が減っていることをグラフは示していた。



「そうだ。対消滅が発生した……というのはエネルギーの放出は検出されていないから、それは除外できるほど可能性は低い。じゃあ、何がどうして量が減ったと思う?」


「えっ……」


「えぇっと……」



 ユリアとクラリスがそれぞれ考え始める。


 が、アイリスがすぐに答えを返してきた。



「もしかして、余剰次元に……カラビ・ヤウ空間に飛んでいったと考えているんですか?」


「飛んだというか、吸収されたというか……そこまではわからない」



 しかしながらと俺は言葉を続ける。



「本来ならそれぞれを打ち消し合い、質量をエネルギーに変えて消滅するはずの白魔力と黒魔力。それらがエネルギーを発せずに消えた……もしその魔力達はがカラビ・ヤウ空間に入ったというなら、どうやって入ったのか。()()入ったのか。俺の仮説はこうだ」



 そう、それは原子核を構成する陽子や中性子と似たような考え方だ。


 つまり――



「白魔力と黒魔力を仲介する……未知の魔力があり、それと混ざることで魔力は完全体になる。しかし、三次元空間では状態を維持することが不安定である為、カラビ・ヤウ空間へと飛び去る。もし、この仮説が合っているなら、それが出来るということは逆にカラビ・ヤウ空間から白魔力や黒魔力を取り出せるってことだし、その魔力を見つけることができたなら、一瞬でも混ぜて魔法変換させることができたらなんでも作ることができるようになるかも知れない」



 俺はそう言って締めると、皆、一言も息も漏らさず、部屋はシンと静まり返った。


 ……あれ?


 少しくらいリアクションがあってもいいと思うんだ。


 何で皆何も言わないの?



 そんなことを考えていたが、その静寂を破ったのはクリスだった。



「で? お前のことだ。それを見つける為の策を用意してるんだろ?」


「え? うん」



 俺の返答を聞いた瞬間、静まり返っていた皆がざわつき出した。



「ど、どうやって!?」


「素粒子は観測機器でも見れないって言ってましたよね!?」



 ざわつく中、いち早く言葉を発したのはクリスタとララだった。


 流石は研究魔法士、伊達にユリアの助手はしていないな。



「ああ、だから粒子加速器を使う」


「「粒子加速器?」」



 二人揃って首を傾げる。


 俺は再度端末を操作してイメージ図をモニターに映した。


 ケーブルをたくさん付けたパイプが円を描いている加速器のイメージ図だ。



「これを使って魔力を検知し、そしてどこに行くのかを探る」



 宇宙という広大な世界を知る為には、素粒子の世界を知ることは必須。


 ミクロの世界を知ることは、世界を知ることと同義なのだ。

深くわかっていないものを出してよかったのか? とか思うこともありますが、出したかったので出しました。M理論。

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