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episode82 VLBI

 


 月面基地建設の準備が着々と進み、まずはドッキングモジュールと管理棟、その次に魔法研究棟と地学研究棟、最後に居住棟と食料を運んで、そのまま長期滞在に挑むことになる。

 

 完成は早くて8月頃になるだろう。



 そんな中、ゴールデンレコードから出力された画像のノイズ除去とスペクトルを合成したカラー画像が完成した為、皆で鑑賞することになった。



「数学的考え方は同じなんだな」


「みたいだな」


「おっ? これが地球か?」



 ダスティン、デニス、エルヴィンの三人が画像を見ながら会話をしている。


 他の皆も、それぞれ意見や感想を言い合っていた。



「数学や科学知識だけじゃなくて、地球の写真もいっぱいですね」


「うん。エクセルに住む動物達とあまり変わりはないんだね」



 アイリーンとパトリシアは動物の写真に触れていた。


 そこで、ソフィアが俺に対して核心を突く質問をしてきた。



「マスター? 地球とエクセルでこんなに動物の姿形が似通ってくるものなんでしょうか? というより、外見の違いは全くないですよね?」


「……」



 どう答えよう……。


 ……うん、正直に言おう。



「収斂進化って片付けるにしては乱暴過ぎるし、そもそも気候や重力が似ているからって同じ進化過程を経ているとは思えない。ようは謎だな」


「そうなんですか……」



 残念と言わんばかりにしゅんとするソフィアだが、俺はそれ以上の謎を皆に突きつける。



「あと……これもかなり不気味な話だがな。このレコードには人間のDNAの情報が収まっているだろ?」


「ああ、ありましたね」


「まさか、俺達のDNAと全く一緒でした……とか言うんじゃないだろうな?」



 ユルゲンが答えてくれたあと、冗談めかしてクリスがそんなことを言ったが、そのまさかなのだ。



「そう。俺達と全く同じDNAだった」


「……マジ?」



 俺がそう言うと、部屋がざわつき始める。


 姿形が似るのは良しとして、DNAまで全く同じというのはおかしくないか? とか。


 地球と同じように進化していってこうなったんじゃないか? とか様々な意見が飛び交った。


 そんな中、会話もせず、ただ黙々と画像を見ている人物が二人いた。



 アイリスとクラリスである。



「貴方方、黙々と画像を見て何してらっしゃいますの?」


「いや……ここがレオンの前世の世界なんだなって思ったらさ……」


「なんだか……愛おしく感じてしまって……」



 それを聞いた皆は、なんか引いてるみたいだが、俺はすごく嬉しく感じた。



「そっか。気に入ってくれて嬉しいよ」


「はい! にしても不思議ですね。エクセルと全く変わらないと言ってもおかしくないくらい一緒です」


「な? 不思議だよな」


「案外祖先は一緒なのかもね。地球もエクセルも」


「ははっ、まさか!」



 アイリスと会話しているとクラリスからそんな意見が飛び出すが、俺は笑い飛ばし、会議を続けた。











 ◆










 ――ノアセダル王国 国立天文台



 俺とクリスはコルネリアさんに会う為に、国立天文台に足を運んでいた。


 最初はアイリスかクラリスと共に来る予定だったが、例の月面基地のモジュールに関しての仕事があった為、クリスがその役目を負った。


 ……なんか二人からクリスは殺気を向けられていたが。



「ようこそ国立天文台へ。今回はどういったご用件ですか?」


「実は、コルネリアさんにお願いしたいことがございまして」


「お願い……ですか?」



 可愛らしく小首を傾げるコルネリアさんに、クリスに出してもらった資料を渡す。


 それを受け取り、表紙に書かれている文字をコルネリアさんは読み上げた。



「VLBI……ってなんですか?」



 ――VLBI……超長基線電波干渉法。


 天体から放たれる電波を複数のアンテナで捉え、二点間の観測時刻を保存し、それぞれのデータを掛け合わせることで像を作る電波観測法だ。


 しかもこれ、時計が正確であれば正確であるほど、二点間のアンテナの位置も計算できるから測量にも使える。



「へぇ! そんな技術があるんですね!! 確かに電波望遠鏡はうちにも一機ありますけど、それを複数作るんですか?」


「ええ、その予定です」


「そうなんですね!」



 興奮気味に資料を読み進めていくコルネリアさんだが、とあるページでぴたりと動作を止めた。



「これ……望遠鏡と望遠鏡の間が長ければ長いほどいいんですね」


「はい」



 電波望遠鏡間のことを基線というが、この距離が離れていると天体から発せられた電波を捉える際、例えば、観測する天体との距離がAの望遠鏡の方が近く、Bの望遠鏡の方が遠い場合、Bの望遠鏡に電波が届くのが遅れる。


 基線が大きければ大きい程、到達時間の差が大きくなる。


 その時間差を利用すれば、例えば捉えた天体が実は二つの天体が重なっていた場合、基線が小さいと波長の長短の影響で二個の天体は見えづらいが、基線が大きければ僅かに異なった方向からの電波も区別して写すことが出来る。


 即ち、分解能を上げることができるのだ。



 まぁ、要するに、電波望遠鏡同士の間を大きく取れば、天体をよりくっきりはっきり見えやすくなるということだ。



「その……正直ノアセダル国内でこのVLBIを行うのは難しいんじゃ? 他国の土地を使えるのなら別だと思いますけど……」



 コルネリアさんの言い分は尤もだ。


 ノアセダル王国内で電波望遠鏡を設置したとしても、せいぜい最大で1000kmいくかいかないかだ。


 他国に設置できれば3000km級に伸ばすことができるが、生憎、電波望遠鏡を持っているのはノアセダル王国だけだから、それは難しい。



「確かにそうですが、私達だけで好き放題できる土地が最近出来ましたのでそこに作ろうと思っています」


「えっ!? そんな場所があるんですか?」


「ええ」


「ど、どこにあるんです!?」



 俺は窓の外を見ると、いい具合の位置にそれはあった。


 俺は静かにそれを指差す。



「あそこです」


「えっ……えぇ!?」



 そう。


 それは月だ。



「つ、月に電波望遠鏡を!?」


「はい。クレーターを利用しようかと思っています」



 コルネリアさんは口をぱくぱくと動かしたあと、何かを諦めたような感じでため息を吐いた。



「はぁ……アルファード様は本当に突拍子もない計画を立てられますね」


「そうでしょうか?」



 前世じゃ実際に計画されてることだったんだけどなぁ。



「コルネリア様。こいつはこういう奴なんで諦めて下さい」


「ええ、十分理解できたわ。クリス」



 なんだよ二人して。


 でも、意外だな。


 もう宇宙に行けるほどの技術力があるのに、月に望遠鏡を置くのは想像できないのか。


 ちょっとびっくり。


 一通りの説明を終えたので、俺は本題に入った。



「それで、お願いしたいのはこの月面電波望遠鏡が完成した際にあるものを作って頂きたいんです」


「作る? えぇっと……私は天文学者なのですが……」



 困ったような顔でそう言われたが、これはコルネリアさんしかできないことなので、話を続ける。



「別に魔道具を作って欲しいわけじゃないんです。作って欲しいのは地図なんです」


「あのぉ……私は天文学者で……」


「えぇ、存じています。だから作って欲しいのです。宇宙地図を」



 俺がそう言うと、一瞬の静寂が降りて、コルネリアさんは前のめりになり、俺に詰め寄ってきた。



「う、宇宙地図ですか!?」


「はい。こちらを見て頂きたいのですが……」



 クリスに目配せすると、ファイルの中から一枚の紙を出して机の上に置いてくれた。



「これは……」


「先日、解読出来ました。ゴールデンレコードに記載されていたパルサーマップです」



 そう、あの14本の線のパルサーマップだ。


 パルサーの数字を表すことができるようになった為、今回コルネリアさんの元を訪ねたのだ。



「このパルサーの示す位置に、月で発見された探査機を打ち上げた惑星の属する恒星があります」


「そ、そうなんですね……」



 まじまじと用紙を見つめるコルネリアさん。


 その瞳に映るのは、好奇心だった。



「現在稼働中の電波望遠鏡で観測しつつ、月面電波望遠鏡が完成した際にはより精度を上げて観測して欲しいと思っています」


「……アルファード様」


「何か?」



 用紙から目を離し、コルネリアさんは不敵な笑みを浮かべてきた。



「こんな面白そうなこと、断れるはずがありません! ぜひ協力させて下さい!」


「ありがとうございます!」



 こうして協力を仰ぐことができたが、さっきコルネリアさんの見せた笑顔は、少し背筋がゾワッとした。


 なんか、女王様って感じだったな。










 ◆










 こうして月面電波望遠鏡を建設することが決定した訳だが、正直そんなに難しくないと思っている。


 何せ今世に関しては、月に大量の人を送ることができる術があるのだから、マンパワーが使える。


 前世では、月に大量の人員を送れないから無人機を送り込んで建設しようとしていたくらいだ。



「またとんでもないものを作ろうとしているわね……」


「でも、これができればいろんな天体が観測できるから地球を見つけることもできるでしょうね」



 社長室にやってきたクラリスとアイリスはコルネリアさんに見せた資料と同じものを見ている。


 最近、お互い仕事で忙しくて会うことができないからということで、二人はよく社長室にやってきていた。



「でも月の裏側にも作るから、半月は暗い中での作業になる。結構きついと思うぞ」


「あぁ、そっか。月の裏って半月、太陽の光が当たらないんだっけ?」


「潮汐ロックですよね」



 潮汐ロックとは、自転と公転の周期が同じで、エクセルに対していつも同じ面を向けていることをいう。


 前世の地球の月も同じく潮汐ロック状態だった為、月は常に同じ面を地球に向けていた。



「そう。だからパスファインダーや中型船「インジュニュイティ」や大型船「パーサヴィアランス」からライトを灯してもらって作業することになるな」



 インジュニュイティの船体はパスファインダーとは大きく異なり、葉巻のような形状で、船の前方には十字型に配置されたフィンと後方にはY字型に配置されたフィンが特徴的な船だ。


 パーサヴィアランスもインジュニュイティに意匠は似ているものの、船体後方両舷にはデルタ型フィン。


 後方上部には大型の、下部には小型の垂直尾翼を配置している。


 ……まぁ、例の如く、某宇宙戦艦に登場する宇宙船を参考に設計したんだけど。



「月面基地ができたら長期滞在で魔力研究もしたいな。魔力そのものに関してはまだまだ未知数だから」


「え? アルファード理論で心に反応して性質を変える物質って言ってたじゃない」



 クラリスが首を傾げてそう言うが、俺が言いたいのはそこじゃない。



「あれは「魔法はこうやって発動するんだよ」っていう理論だ。俺が知りたいのは魔力とは何かっていうのを知りたいんだよ」


「確かに……光が水や炎に変わるってどうやって変換されているんでしょうね」



 アイリスも口元に指を当てて考えてる。


 そして考えがまとまったのか、口を開いた。



「そもそも……光って、何の原子なんですか?」


「……ん?」



 原子?


 ……そういえば、化学なんかの知識ばかり教えて、()()は教えてなかったな。



「光は原子じゃないぞ。「光子」っていう()()()だ」


「「素粒子?」」



 素粒子とは、読んで字の如く、素の粒子だ。


 原子は陽子と中性子、そして電子で構成される。


 電子は素粒子の一つだが、陽子や中性子は更に分解できる。


 陽子はアップクォークという素粒子二つ、ダウンクォークという素粒子一つで構成されていて、中性子は逆のアップクォーク一つ、ダウンクォーク二つで構成されている。


 このアップクォークとダウンクォーク、そして電子を繋ぎ止めているのも素粒子であり、それが光子……つまりは光だ。


 そして、陽子や中性子を繋いでいるのはグルーオンという素粒子だ。



 こういった「繋ぐ力」を持つ素粒子をゲージ粒子と分類し、その中には先程挙げた光子とグルーオンの他に、ウィークボソンとヒッグス粒子が入っている。


 ちなみに物質を構成している素粒子はクォークとレプトンという分類がされていて、クォークはアップクォーク、ダウンクォーク、チャームクォークなど6種類あり、レプトンは電子、電子ニュートリノなど、こちらも6種類ある。



「へぇ……そんなに分けられるんだ」


「あと、こんな面白い現象も見れるぞ」



 俺はレーザーポインターと細い隙間を二つ作った二重スリットを用意した。



「レーザーポインターは光線を出すことができる道具だ。これから発せられるのは素粒子でいう所の何になる?」


「光子じゃないの?」


「私もそう思います」


「正解。だから何も通さずに光を出すと――」



 俺はレーザーポインターのボタンを押し、光を壁に投影させる。


 すると当然、壁には赤い点だけが灯る。



「ただの点ができるわけだ」


「まぁ、当然よね」


「ですね」


「じゃあ、今度はこの細い隙間を二つ作ったこの紙を通して壁に光を投影させたらどうなる?」



 俺が問題を出すと二人はうんうんと唸り、たまに意見交換をするが、出た結論は同じだった。



「壁に二本線が投影されるんじゃないんですか?」


「うんうん」


「何故そう思う?」



 俺がそう質問すると、二人は何故そんなことを聞くのかと言いたげな表情を浮かべながら答えてくれた。



「えっ? 光源魔法で同じことをしたら二本線ができるでしょ? それと同じことが起きるって思っただけ」


「私は光は粒子だということだったので、スリットを通った光はそのまま直進して壁にぶつかるだけかな? と思いました」



 光源魔法というのは、地球でいう所の懐中電灯のことだ。



 なるほど。


 クラリスは今までの経験から、アイリスはそれに加えて俺がさっき言ったことを反映させて結論を出したようだった。


 しかし――



「じゃあ、正解だ。このレーザーポインターに二重スリットをかざすと――」



 俺はレーザーを壁に当てた後、二重スリットを間に入れた。


 すると――



「えぇ!?」


「光の点が……横にいくつも広がってます!?」



 光は波打つように壁に投影された。


 これこそ素粒子の不思議な性質の一つだ。



「な、何故こんな結果に?」



 アイリスが壁の光を指差しながら俺に質問してくる。



「素粒子はな、「粒」でもあり「波」でもあるんだ。だからこういう結果になるんだよ」


「粒でもあり……」


「波……何言ってんの?」


「いや、心底不思議そうな顔をされても……」



 素粒子物理学はわけわからん世界だからな。


 それこそ、SFとか空想の話してんのか? って思うようなことを平然と説明してくる学問だから、尚のことだ。



「確かに波は二重スリットを通ると打ち消しあったり増波したりしますが……光でも同じような結果が出るなんてびっくりです」


「そうよね」



 一連のやり取りを終えた為、俺はレーザーを止めて、二重スリットの紙も丸めてゴミ箱に捨てた。


 そのタイミングでアイリスがこんなことを言ってきた。



「では、「魔力」はゲージ粒子ってことですか?」


「……ん?」



 どゆこと?



「先程教えてくれましたよね? 力を司っているのはゲージ粒子だって」


「ああ、そう言ったな」


「じゃあ、魔力はゲージ粒子なんじゃないんですか? 「力」なんですから」


「……あぁ!?」



 そうだ!?


 ずっと俺は魔力は何にでも変われる万能な物質……即ち原子をイメージしていた。


 でも、アイリスの言う通りだ。


 俺は失念していた。


 魔力を集めて願いを込めると魔法と言う名の物理現象を引き起こすことができる。


 水を作るには水素原子と酸素原子を結合させて水分子を作らなければならない。


 火の魔法だって、小さな火でも、可燃物を生成し発火点まで温度を上げて、酸素とより強く結合させる必要がある。

 そんないろんなことができる力……それが魔力だ。


 じゃあ、それを標準模型に当てはめたなら?



 集めると光を放つ――光子


 魔法発動時に物質が集まり原子を作る為の陽子や中性子を作る――グルーオン


 核融合を起こすことができる――ボソン粒子


 そして極め付けに反重力を生み出し、空を飛ぶことができる――重力子



 全てできるんだ。


 魔力を集めて魔法を発動したら!!



「そうか……そうだったのか!?」


「レ、レオンさん?」


「ありがとうアイリス。これは魔法に革命を起こせるかも知れない」



 もし魔力が原子であったなら、別に魔()と表現しなくてもいい。


 魔素とかでもいいはずだ。


 でも、俺自身、前世の記憶に引っ張られ過ぎていた。


 魔力という表現をすんなりと受け入れてしまっていた。



【魔法は魔力を集めて発動する】



 前世であったファンタジー作品のほぼ全てと言っていいくらい、この方法で魔法を発動していた。


 だから受け入れていたんだ、魔力というものを。


 そしてそれを、物理学の世界に落とし込んだとしたら――



「魔力は、四つの力を統合した素粒子かもしれない!!」



 もしこれが真実だとしたら、できるかもしれない。


 ――恒星間航行用宇宙船が!!

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