episode76 怪我の功名
スーパーコンピュータの開発を開始して2年。
ミラミナス計画が開始されて3年半が経過した。
宣言した期限まで後1年半。
もうすぐそこまで迫っているが、特に焦ってはいない。
何故ならば、スーパーコンピュータの小型化に成功しているからだ!!
レーザー核融合炉の制御とVASIMRの電力調整が可能な処理能力を有するコンピュータの小型化ができ、試作機の建造も半年前に開始され、あと少しで完成する。
……設計図面あったら、製造部門の人達の仕事はとんでもなく早いからな。
で、この間に宇宙飛行士も増えてレイディアントガーデンの宇宙飛行士は総勢54名へと増えた。
各国宇宙飛行士を含めると78名。
前世の宇宙飛行士の数と比べるとまだまだ少ないが、増やしたところで宇宙に上がれなきゃ意味がないしな。
それに、これから先、もしかしたら爆発的に飛行士を増やすかもしれない。
何せ試作機は船舶とほぼ同じような運用を行うことになる。
そうなれば一機につき20名とか乗り込むかもしれないのだ。
機数が増えれば、人も増やさなきゃいけないし、定期的に宇宙飛行士募集をするようになるかもな。
非常に楽しみである。
◆
二ヶ月後。
遂に月往還船試作機が完成した。
姿はハンマーヘッドシャークのような見た目で、前方部の左右に飛び出したロケットブースターが特徴だ。
……ぶっちゃけ某宇宙戦艦に登場する駆逐艦と同じ見た目である。
だってわからんもん!!
未来の宇宙船がどんな姿になってるかなんて!!
ニワカでここまで来れているのは単に魔法があったからだ。
一般的な科学的知識と難しいところは魔法でカバーしていったからこそできた技だ。
で、核融合炉を使った宇宙船のデザインって何が思い浮かぶ?って言われたらこれしか思い浮かばなかった。
「すげぇ……」
「スペースシャトルより大きい……」
クリスとクラリスが駐機されている月往還船を見上げてつぶやいた。
他の宇宙飛行士達も見上げてポカンとしている。
「これの操縦系は航空機とあまり変わらないんだよな?」
「ああ、船舶訓練に行ってくれた皆には悪いけど、このサイズだったら大丈夫だったよ」
クリスの質問に俺がそう答えると、クリスの口元が少しひくついた。
「……なんか、その言い方じゃ、これよりデカくするように聞こえるんだが?」
「そうだけど?」
レーザー核融合炉が出来たんだから、そのエネルギーを使ってデカいの作ったら、いろんなことができるしな。
「こ、これより大きくなるんですか!?」
「そんなに大きくしてどうするんですか?」
クララはこれよりもデカくなることに驚愕し、ソフィアは大きくすることに対して質問してきた。
「月面基地作るのに何回も往復するのは手間だろう?」
「月面……」
「基地……」
二人がフリーズした。
「まぁ、ともかくこれをテストした後、日程考えて月に行く。テストは一週間後だ」
「「「「「りょ、了解……」」」」」
色々驚き過ぎて、かろうじて答えてる感じだな。
「レオンさん、ちょっとこっちへ……何があったんですの?」
「どうしたんですか?」
月往還船から出てきたユリアとエレアが、この光景を見て首を傾げていた。
――
――
――
一週間後。
テストの日がやってきた。
月往還船の飛行手順はこうだ。
まず、反重力魔法で宙に浮いて、地上に影響が出ない程度の風魔法を使用して上昇する。
そして規定高度に達した所でVASIMRの出力を上げていき、反重力魔法を切る。
徐々に加速と高度を上げていき、最終的に第二宇宙速度まで上げて月へと向かうという飛行計画だ。
この手順は、レン君達が建造した飛空艇を参考にしている。
機体後方の6枚の翼と前方のロケットブースターに付いている翼が反重力魔法の制御ユニットだ。
レーザー核融合炉で生み出された膨大な魔力のお陰で出来る芸当だ。
高度を上げると大気と共に魔力も薄くなっていくからな。
内部機関で魔力を生み出せるのはありがたい。
「じゃあテスト開始するぞ。準備はいいか?」
『準備完了。いつでも行けるわ』
ソユーズ、スペースシャトルはクリスが最初に操縦桿を握ったが、今回、初飛行で操縦桿を握るのはクラリスだ。
コパイにはクリス、機関士にはユリアが搭乗している。
クラリスはスペースシャトルでの実績があるし、シミュレータでの成績も最高クラスだ。
流石である。
「では……テスト開始」
月への第一歩。
このテストから全ては始まる。
◆
「テスト開始。反重力魔法起動」
「反重力魔法起動確認」
「機関、動作正常。問題なしですわ」
反重力魔法を起動させ、機体に反重力膜が展開されるのを待ち、その後、浮上の為のボタンを押すという手順を淡々と進めていく。
「反重力膜展開、よし」
「機体、浮上します」
クラリスが浮上ボタンを押した。
――その時だった。
「「「っ!?」」」
体に重くのしかかる力。
そして窓から見える景色が高速で流れて行く。
感覚と景色、そして前面にあるモニターの情報からクラリスは自身の身に起こっていることを察した。
――機体が急上昇していると。
『X-39!機体が垂直に急上昇しています!! 速度を緩めてください!!』
「そ……んな……こと……言われ……ても……」
加速を続ける機体の中で、クラリスは反重力魔法を切ろうとスイッチに手を伸ばそうとするが、加速度で腕が上手く上がらない。
「こ……のぉ!!」
その中で、クリスが身体強化魔法を使用し、スイッチに手を伸ばし、反重力魔法を切った。
押さえつけられていた力がふっと消えて胸を撫で下ろしたのも束の間。
今度は上昇し過ぎた機体を制御しなければならない。
「ユリア! 機関は大丈夫!?」
「問題ありませんわ!!」
「じゃあVASIMR起動! 滑走路に降りるわよ!! クリス!!」
「ああ! グランド、こちらX-39。上昇を止めた。緊急につき、滑走路へと帰還したい」
『こちらグランド。帰還を許可します』
帰還の許可が下りたことを確認したクラリスは操縦桿を握り、機体の制御を開始する。
「VASIMR点火。推力正常ですわ」
「確認したわ。……これなら普通に降りれるわね」
大気圏内飛行に十分な推力が得られていることを機体操縦で確認したクラリスは、難なく滑走路へと戻ってきた。
機体損傷なし、機関問題なし。
システムにも異常がなかった為、何が起きたのかわからない初飛行であった。
◆
「申し訳ありません!!」
デブリーフィング中、そう言って頭を深々と下げているのはシステム開発部の女の子だった。
何故頭を下げているのかというと、先日行われた試作機のことである。
発生した原因が、反重力魔法のパラメータである重力加速度の値を9.8と入力したことだった。
一見、問題がないように見えるが、問題となったのはその単位だ。
この機体に搭載されている重力加速度の単位はG
m/s^2での入力と勘違いしたようだった。
「まぁ、なんとかなったからよかったけど、気を付けてね」
「はい! 本当に申し訳ございませんでした……」
クラリスから赦しを得ると、女の子は最後に謝罪の言葉を述べて、会議室から退室した。
思い詰めないといいけど……。
気持ちを切り替えて、今度は何故こんな結果になったのかを考えよう。
本来なら反重力魔法でこんな急上昇はしない。
そもそも反重力魔法が発動しないはずなのだ。
それは俺が小さい頃に行った反重力魔法実験で証明済みである。
だが今回は数字が1Gではなく、9.8Gと入力されて起動した。
……あり得ないと言っていいほどだ。
「何故、反重力魔法のみであそこまでの加速が出来たのかが謎ですわね。MDFSで昨日試しましたが魔法が機能しませんでした」
「だよなぁ……」
ていうかユリア、昨日あんだけのことがあった後にMDFSいじったのか。
タフだな。
「魔法としては問題がなかったから、システムも機体も正常だったのね」
「高Gに耐えられるように設計されているからあんだけの加速度でも、分解せず耐えられたってのも大きいよな」
「幸か不幸か、お陰で耐久性の証明になったよ」
クラリスとクリスが各々意見を述べる。
機体の頑丈さを証明できたのは喜ばしいが、問題を元に戻そう。
「何故、反重力魔法だけであそこまで加速できたと思う?」
「知らないわよ」
「俺も全くわからん」
「……少しは考えてほしいなって思うんだ」
最初期の頃はなんでも学んでくれたのに。
「もうここまでくると専門性が高すぎるわよ。ユリアはどう? なんかある?」
「そうですわね……」
顎に手を当てて少し考えた後、ユリアは口を開いた。
「使用した魔力が違う……くらいかしら? 気になるところは」
「使用した魔力?」
「エクセル大気から採取したものじゃないの?」
ユリアの意見にクリスとクラリスが首を傾げる。
それに関しては俺も思っていたことだった。
「通常、ソユーズもスペースシャトルも基本的にはエクセル大気中から採取した魔力をマギリングクリスタルに溜めて使用しているが、X-39はそうじゃなく、核融合炉から取り出しているんだ」
「へぇ、最初はマギリングクリスタルから始動してると思ってた」
「予備として積んでいるけどあくまで予備だな」
そう、だから魔力が違うという結論に至ったのだ。
しかし、クリスがそこで疑問を呈してくる。
「なぁ、核融合炉に使っている燃料って魔力から変換した三重水素なんだろ? ってことは融合炉から出た魔力って、ロケットエンジンと同じで余剰魔力なんじゃねぇの?」
なるほど。
クリスはスペースシャトルのSSMEのように魔法で生み出した水素と酸素の燃焼ガスから魔法に変換され切らなかった魔力……所謂、余剰魔力を取り出してスペースシャトル内で使用しているように、X-39も同様に動いていると思っているのだろう。
「そうじゃない。搭載されている核融合炉はいわば小さな太陽だ。実際の太陽のように、膨大な熱と魔力を生み出しているんだよ」
「なるほど。でも、それでも魔力には変わりないんだろ? なんで今回はこんな結果になったんだ?」
「それがわかれば苦労しない」
というわけで振り出しに戻る。
「魔力の質に関しては問題ないことはわかっていました。確認には毎度お馴染み水魔法を使用したのですが、ちゃんと水になりましたしね」
「だから融合炉で生み出された魔力で水とか大量に作れるなって思ってたんだ」
だからこそ、こんな事態になるなんて思っていなかった。
「……ねぇ、それって本当に魔力なの?」
「何?」
クラリスが何か言い出した。
「核融合炉から生まれた魔力っていう話だけど、本当に魔力なのかなって思って。魔力なんだけど実際にはそうじゃない……みたいな?」
なるほど、通常の魔力と違って人工的に生み出した魔力だからってことを言いたいのか。
「いい切り口だと思うが、魔力を分析したら大気中にある魔力とおんなじだったからそれはないな」
「なぁんだ」
クラリスはいいところを突いたのではと思っていたのだろう。
それが否定されて、頭の後ろで手を組んで背もたれに体を預けてしまった。
でも、結構いい視点なのかもしれない。
魔力のようで魔力ではないという考え方は俺には思い浮かばなかった。
だが、観測した結果は紛れもなく魔力だったからそれ以上どうしようも……。
「……待てよ」
「おっ? なんか思いついたみたいだぞ」
「やりましたわね、クラリスさん。釣れたかもしれませんわ」
「ホント? やったぁ!」
……外野がうるさい。
俺の立てた魔力精神感応性万能物質説では、大気中の魔力は惑星エクセルが宇宙空間にある黒魔力を取り込んで白魔力へと変換し、その魔力に願いを込めるとエクセルはその願いを受け取り、魔法へと変換する。
惑星自体が魔法のデータベースサーバーのような働きをしているんだ。
従って、エクセルの知らない事象に関しては魔法変換ができない。
重力魔法が常に±1Gでないと起動しないのがその証左だ。
……では、核融合炉で発生した魔力は?
クラリスの「本当に魔力なの?」という言葉から、俺は一つの思考実験を思い浮かべた。
――シュレディンガーの猫。
量子物理学では観測しない限り、粒子は二つの状態が重なっている状態であるというコペンハーゲン解釈を非難するための思考実験だ。
密閉出来る箱の中に、一匹の猫と少量の放射線物質とガイガーカウンター、そしてそれが鳴ると青酸ガスが発生する装置を入れる。
放射性物質は1時間の内に原子崩壊する可能性が50%で、もしも崩壊した場合は、青酸ガスが発生して猫は死ぬ。
だが、原子崩壊しなければ毒ガスは発生せず、猫は死なない。
猫が死んでいるか生きているかは箱を開けてみないとわからない。
要するに、量子力学の世界では、箱を開けていない状態では、猫は生きているのと死んでいるのとが重なっている状態だということだ。
もしかしたら、核融合炉から生まれた魔力は、観測して初めて魔力に変わったのかもしれない。
そして、エクセルのような変換過程を経ていないから、この魔力は様々な事象や原子情報を持っていないのではないか?
であれば、情報を一切持っていない状態でどうやって反重力魔法を起動できたのか?
……考えられるのは一つ、搭載されたスーパーコンピュータだ。
あれには反重力魔法の原理を全て書き込んである。
理論発動なのだから当然だ。
もしかしたら、核融合炉で発生した魔力……人工魔力は素直にその命令をそのまま受け取って魔法を起動させたのではないか?
であれば納得できるし、それが真実ならば――
「……この計画、とんでもなく楽になるかもしれん」
「「「えっ?」」」
何せコンピュータがあり、理論的に可能ならばなんでもできるようになるってことだからな!!
本日分はこれで終了です。
また翌日も同じ時間ぐらいにアップします。




