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episode72 核エンジン

 


 月へ行く為の核融合エンジンの開発が始まって二週間が経った頃。


 フリーダム宇宙ステーションから帰還したアイリスとクラリスはアストロノーツビルでミッションレポートをまとめていた。



「……姉様」


「……何?」



 レポートをまとめながら、クラリスがアイリスを呼ぶ。


 アイリスは手を止めずに返事をした。



「今、レオンとユリアが一緒に新型エンジンを開発してるよね」


「ええ」


「……ユリアと距離縮まったりしないかな?」



 ガタンと音がして、驚いたクラリスは音のした方向を向く。



「どうしたのよ、姉様」


「あなたが変なこと言うからでしょう!?」



 アイリスは足を抑えながら、涙目でクラリスを叱責する。


 どうやら動揺して足を机にぶつけてしまったようだった。



「大体! あなた、今は告白できる程実力がないとか言っておきながら、あの時何どさくさに紛れて告白したのよ!?」


「プライド優先して欲しいものが手に入らなかったら意味ないじゃない」


「うぐっ!?」



 正論だと思ったアイリスはそれ以上何も言えなくなった。



「それよりもユリアよ。新型エンジンの開発をあいつも一緒になってするって久しぶりじゃない?」


「そうね。R-7ロケット以来かしら?」



 スペースシャトルはレオンの基礎設計を基に技術者達が知恵を出し合って開発した為にレオンがつきっきりで開発したわけではない。


 しかし今回の核融合エンジンはレオンも未知のエンジンである故に、開発に参加している。



「私達もレポートまとめたら、手伝いに行く?」


「……クラリス、あなた核融合炉の構造わかるの?」


「……」



 基本的な知識は持っているものの、ユリアのように、人工的にそれを行う魔道具の開発など考えたこともなかったクラリスは黙り込んだ。



「ちなみに私もわからないわよ」


「……魔力学専攻のユリアの得意分野だもんね。こういうのは」



 クラリスはどちらかというと魔法や魔道具を使いこなす方で、アイリスは魔力そのものを研究する魔力学者だ。


 アイリスはこの核融合エンジンのことで関わるとすると完成後、融合炉から生み出された魔力の品質と使用用途のことで駆り出されるだろうと考えていた。



「それに私はどちらかというと、そのエンジンができた後にどんな宇宙船にするか意見を聞かれる側になるから、かなり先の話になるわね」


「私も同じね」



 クラリスも同じようなことを考えていることを聞いて、アイリスもそれに同意する。



「何も起きないことを祈るしかないわ」


「そうね」



 中断したレポート作りを再開した。


 互いになんでもない風を装いつつも、内心は焦りながら、二人はレポートに向かうしかなかった。










 ◆










 開発から二ヶ月――



「おっ! 起きてる起きてる」


「あら、本当ですわ」



 クラウス領の実験施設にて、まずはゆっくりと核融合反応を起こさせてみた。


 結果は大成功で、前世で実現されていない方法で核融合を発生させることができた。



「案外簡単だったな」


「ですわね」



 前世でどうやって実現させようかと研究者や技術者達が頭を悩ませながら作っていたものを魔法というとんでも技術で実現させることができた。


 レーザー核融合炉ができた今、トカマク式の核融合炉とか作る気起きねぇや。



「ところでレオンさん」


「ん?」


「……これでどうやって推進力を生むんですの?」



 ユリアがもっともなことを言ってきた。


 これだけのエネルギーをどうやって推進力に変えるのかというところだが――



「核パルスエンジンという方法で推進力を生み出すことができるんだが……あまり実用的じゃない」


「何故です?」


「事故ったら終わる」



 核パルスエンジンは核爆発を起こしてその爆発力で進んでいく、いわば今までのロケットエンジンの燃料を核に置き換えた代物だ。


 しかし、核融合の衝撃力はとてつもなく大きい。


 水爆と一緒だからだ。


 そんな爆発力を利用しようとしたら、加速度が半端じゃないし、失敗したら放射能を撒き散らす。


 それでは射点一帯が進入禁止区域になってしまう。


 であれば核融合で生まれたプラズマを利用したイオンエンジンで飛ばすか?


 いやいや、あれは比推力はとんでもなくいいが、推進力は馬鹿みたいに弱い。


 小惑星探査機はやぶさのメインエンジンがイオンエンジンだったが、あれもティッシュペーパーを靡かせるくらいの力しかなかった。


 でっかくしたらいけるかな?


 ……あまり効果がなさそうだな。



「回収した魔力を使って何か推進力を生みますか?」


「MMUとおんなじだからあまり期待できないな。というかそれだったら融合炉なんていらないだろ」


「確かに」



 ただ、電気推進で進むことには変わりないな。


 生み出されたプラズマを使って進む方法を考えないといけないが、俺が知っている電気推進はイオンエンジンくらいしか思い浮かばないぞ。


 今までのロケットエンジンやジェットエンジンは、基本的な構造は知っていたから、それをルドルフさん達と色々話し合って形にすることができた。


 しかし今回のこれは完全に未知の代物だ。


 推進力を生み出す機構を作り出し、職人であるルドルフさん達に作ってもらう。


 その流れである以上、俺達が機構を作り出さなければならない。



「生み出されたプラズマでどうやって進むか……ここからが大変だぞ」


「そうですわね。私も色々考えて見ますわ」



 ここから先はSFやアニメの世界の宇宙船を作らなきゃいけない。


 くそぉ、もっと未来のエンジンについて勉強してりゃよかった。










 ◆










 レオン達が新型エンジンの開発をしている一方、アケルリース王国魔法技術省の航空宇宙部門では、大臣であるヘルガを筆頭に、レオンから託された乗員帰還機のフレームを調べている最中であった。



「これを有人宇宙船として使うんですか?」


「それがレオンさんからの要望だからね」



 魔法学園を卒業したクラインは、魔法技術省に就職し、宇宙機開発の最前線に駆り出されていた。


 ZTVを開発したのだから、新人がその立場に立っていても周りは何も気にしていなかった。



「この大きさとなると、搭乗員は4人くらいですか?」


「多分それくらいかな」



 同じく、魔法学園を卒業したシンシアも、魔法技術省に就職し、キャサリン共々、魔道具開発の最前線で活躍していた。



「これに操縦システムと生命維持システム、耐熱システムを取り付けなきゃいけない。そもそも使い捨てにするのか、再利用型にするのかすらも決めていない……クラインはどうしたい?」



 ヘルガはクラインに意見を仰ぐ。


 クラインは新人ながら、アケルリースでの宇宙船開発の第一人者だからだ。



「再利用型にしたいですが、耐熱シールドは製作したことがないので、実現できるかどうか……」


「う〜ん……スペースシャトルの熱防護システムの耐熱タイルはどうやって製作されているのか全くわからないからねぇ……」



 材料は魔物化したガラスグモの糸を使っていることは知っているが、それをどうやってタイルに変えているのか、ヘルガ達はわからなかった。


 そもそも、ソユーズのアブレータですらも、製作できるかどうかというところだから、本当に全くの未知の世界だ。


 しかし、諦める者はこの場にはいなかった。



「わからないなら知っていけばいい……幸い実現している人が近くにいるんですから、やってやれないことはないですよ」


「……そうだね。私達はそうやって、宇宙にロケットを飛ばすことができたんだから」



 全く見えない道の先を考えてすくむ足を、クラインの力強い言葉に背中を押されるヘルガ。


 頼もしい子が入ってくれたと思うと同時に、ヘルガに悪魔の囁きが響く。



「……いざとなったらレンに聞くかい?」


「……あり、ですね」



 同時刻、宮廷魔法士詰所でレンがくしゃみをしたのは偶然か、必然か。


 それは誰にもわからない。











 ◆










 さて、レーザー核融合炉ができたのはいいが、今度はそれをどうやって推進力にしてあげるかというところで止まってしまった。


 そもそも核エンジンなんて空想の世界の代物だぞ。


 魔力と魔法を使ってレーザー核融合炉を製作できたが、エネルギーを取り出すことは出来こそすれ、推進力をどう生み出すかなんて考えたこともなかった。



 ……というかアニメとかSF映画に出てくる宇宙船はどうやって進んでるんだ?



 核パルスエンジンを使っている……にしてはエンジンノズルが小さい気がする。


 某機動戦士の映画で、小惑星を落とす時に使ったエンジンは核パルスエンジンだったと思う。


 あれくらい大きければ、理解できるんだ。



 何故大きいと理解できるかというと、映画やアニメの世界だけじゃなく、前世では実際にそれを作ろうとした計画があった。


 ダイダロス計画という恒星間航行計画だ。


 全長195.3mの超巨大な原子力宇宙船を軌道上で建造して、地球から5.9光年先のへびつかい座バーナード星に行こうとした計画だ。


 月に向かうアポロ宇宙船を打ち上げたサターンVが111mだったことを考えるとその大きさがとんでもないことが想像できる。


 しかも総重量は5万4000tで、内5万tが燃料というとんでも仕様。



 ……まぁ、そんなとんでも仕様だから実施されずにお蔵入りしたんだけど。



 というわけで、俺はそれくらいしか原子力推進システムを知らない。


 ここまでくると空想科学をしている感じだな。


 アニメや映画の宇宙船の推進システムを真面目に考察したらどうなるか……みたいな。



「……前世のインターネットとか覗けたらな」



 いろんな考察がゴロゴロ転がっていただろうに。











 ◆










 一方アストロノーツビルでは――



「俺達は月での活動を想定して、これから訓練していくぞ」



 クリスを筆頭に、宇宙飛行士達が集まっていた。


 宇宙飛行士はこの一年でまたメンバーが加わり、総勢40名の大所帯になっていた。


 その内6名はフリーダム宇宙ステーションに、シャトルミッションに6人が従事している為、ここには28名がいた。


 そこで、パトリシアがそもそもの質問をする。



「ところで、月面では何をするんです?」


「ああ、主な任務はサンプルリターンだ」



 サンプルリターン――


 母星以外の衛星や惑星から岩石などを持ち帰るミッションである。


 前世では、世界初のサンプルリターンはアポロ計画であり、無人で行った初サンプルリターンは小惑星探査機はやぶさである。


 岩石を持ち帰ることで、潤沢な検査機器を用意できる地上で、それを使用した調査・研究ができる。



「あとはレオンが欲しがっているのが――」


「例の探査機っぽいあれでしょ?」



 クラリスがクリスのセリフを奪う。


 例の探査機っぽいものとは、最近発見された月面に落ちている人工物のことだ。



「あれですか? でもあれって、そんなに重要です?」



 パトリシアが写真を見た時に抱いた感想は「古そう」だった。


 計器、カメラ類などの形状や写真から推定できる大きさを考えれば、かなりの大きさであることがわかる。


 もし、あれと似たような探査機を製作せよと言われたら、同じようなスペックのものをよりコンパクトに作れる自信がパトリシアにはあった。



「技術面で応用できるか否かはわからないけれど……レオンさんは欲しいみたい」



 アイリスが答えるが、いまいちはっきりとした理由が見当たらない。


 だが、レオンが言うならばということで皆は深く考えないようにした。



 与えられた任務を全うすることが、自分達の仕事だと自負しているのだ。



「で、岩石の取り方とかを訓練することになるから、ステーション任務とシャトル任務を控えてる奴以外は皆でフィールドワークするぞ!」


「……フィールドワークですか?」


「石を取るのに訓練が必要なんですか?」



 マリーナとエレアが疑問を口にすると、それにはエルフリーデが答えた。



「月面での活動ですから、EMUを着用するはずです。そうなるとかなり稼働範囲が狭まってしまうので、それに慣れる必要があるかと」


「あ、なるほど」



 エルフリーデの答えにマリーナは納得した。


 今までEMUを装着しての活動はEVA……即ち宇宙遊泳しか行っていない。


 地表での動作であるしゃがんだり、屈んだりといった動作の必要がなかったのだ。


 しかし、これから訓練するのは月面での活動。


 当然、石を取る際にはしゃがむ必要も出てくる。


 それを実際にEMUを装着して実践し、問題点や改善点を洗い出していくのだ。



「……あれ? ということは、EMUを着て岩場を歩くんですか?」


「そうだ」


「EMUって確か重量は――」



 エレアの質問にクリスは当然と答えると、マリーナは手元の資料に目を落とす。


 EMUの総重量:120kg


 そこにはそう書かれていた。



「120kg着けながら動くんですか!?」


「そうだ!! だから今まで以上に体力つけなきゃいけなくなったぞ!! 当然魔力量もだ!! 月では身体強化魔法をバリバリ使うだろうからな!!」


「「「「「えぇ!?」」」」」



 クリスも半ばやけになっていた。


 事前に、レオンから必要になるだろうことに関して質問すると、今言ったようなことをしれっと言ってきたのだ。



「最初はきついかもしれないが、多分慣れる!! 皆、頑張ろう!!」


「……ねぇ、クリス」



 熱血教師のように激励するクリスに、アイリスは声をかける。



「なんだ?」


「このフィールドワークだけど、実際にEMUを着けなくてもいいんじゃないかしら? 関節の稼働範囲を狭めるプロテクターとかを着けるだけでいいと思うわよ? あと、重量は1/6になるから、その分の錘を付けて訓練すればいいんじゃない?」


「……あっ、そっか」



 どうにも皆、月に行くことに目が行きすぎて足元を見ていなかったようだった。

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