episode71 We choose to go to the moon
月にボイジャーが降りている。
それを見つけた俺達レイディアントガーデンは、それを回収する為、月へと向かうことを決意した。
有人月面着陸計画『ミラミナス計画』の始動である。
前回、フリーダム宇宙ステーションにいる宇宙飛行士も含めたレイディアントガーデン所属の宇宙飛行士と技術者達を集めて月面着陸のことを話した。
そしたら皆結構乗り気で、やる気に満ちていた。
そして先日、全世界に計画始動を宣言し、今日はその宣言後、初めての会議である。
その会議の議題だが――
「月までどうやって行こうか?」
「まずそもそもの所なんですのね……」
ユリアの呆れ顔を横目に、皆に意見を仰ぐ。
そう、月への行き方が本日の会議の議題である。
「シャトルで向かうのではないのですか?」
ライナーは当然のようにそう言うが、これには問題があった。
その問題とは燃料である。
「皆知っての通り、スペースシャトルのET(燃料タンク)じゃあ、低軌道が精一杯だ。技術者達の努力のお陰で、SSMEの推力が向上していると言ってもね」
「そっか、シャトルの最大飛行高度って650kmくらいですもんね」
「しかも、OMSもフル活用してね」
俺の言葉にソフィアとティナが納得したように頷く。
この世界の月はエクセルから40万km離れて回っている。
そこまで行くには第二宇宙速度である11.2km/sを叩き出さなければならない。
そうしないとエクセルの重力を振り切れないのだ。
だが、スペースシャトルでその速度を出すのは、OMSの燃料を使い切ったとしても無理だ。
そもそもそれで月に行けたとしても、燃料がなくなって帰ってこれなくなる。
「じゃあ、タンクを軌道上に上げるとか?」
「どうやって接続すんだよ。オービターに」
ダスティンの言うようにETを軌道上に上げておいて、シャトルとランデブーさせるという手もある。
が、ニルスの指摘通り、軌道上でタンクを接続できるように設計がされていない。
それに燃料タンクをシャトルに繋げる作業は普通、空の状態で実施するし、精密作業だ。
燃料満載状態で、EMUの分厚いグローブで、そんなことをするのはリスクが高すぎる。
「では、ペイロードベイ内にタンクを用意して、エクセル離脱用の燃料を入れればいいのでは?」
「なるほど! その手がありますね!」
エルフリーデの意見にマリーナが賛同する。
会議室にいる皆も、その方法が一番だろうと言う空気になっていた。
だが――
「それも無理だ」
俺はその方法を否定した。
「何故ですか? この方法が一番実現可能だと思いますが」
ムッとした感じではなく、純粋な疑問として俺にエルフリーデは質問してきた。
「多分、エルフリーデはシャトルをそのまま月に降ろそうと考えていると思うんだけど、違う?」
「ええ、その通りです」
「じゃあ、シャトルの着陸可能条件を簡単に言ってみて」
「ええと……簡単なものなら晴天であること、滑走路面が乾いていることでしょうか? あとは基本的な所で滑走路に異物……あっ!?」
エルフリーデは何かに気がついたようだ。
それは他の宇宙飛行士や技術者も同じようだった。
「月面には滑走路がない……仮に平坦な場所を見つけたとしても、岩石がたくさん転がっているから着陸できないんですね!」
「そういうこと」
しかも転がっている岩石は風化せずに鋭利ときたもんだ。
そんな場所にスペースシャトルを下ろしたら熱防護システムやランディングギアにどんな影響が出るかわからない。
「だからスペースシャトルで月に行こうとするなら、着陸用の小型船は必須なんだ」
「なるほど、それを積むなら燃料タンクをペイロードベイに収めることはできそうにないですね」
着陸用の小型船……LMは必要だと思う。
ただ、確かアポロ計画のLMは15t近くあった筈だ。
スペースシャトルが低軌道に運べるのは最大24t
打ち上げ能力の6割程がLMに持っていかれる。
余ったスペースにタンクを付けて燃料を入れておくっていう手もあるかもしれないが、それだけでは月軌道にシャトルを投入できない。
あのアポロ宇宙船ですら月軌道に乗せようと思ったら、燃料が大体70t程必要だったんだ。
事前に燃料を載せる方法は今のところ現実的じゃない。
やっぱり燃料タンクを上げるしかないのだろうか……。
俺達が悩み始めると、ユリアが口を開いた。
「……ないなら作ればいいじゃありませんか」
「……ん?」
なんかマリーアントワネットみたいなこと言い始めたぞ?
「宇宙船をか?」
「ええ」
「無茶いうなよ……」
サターンVロケットとかSLSロケットを作れと?
「新規でロケットを開発しなくても、スペースシャトルがあるんだ。それを活用した方がリスクは低いって」
運用実績があるからな。
あとはLMを試験するだけでいいと思う。
他は運用方法のブラッシュアップかな。
「燃料が用意できないのでしょう?」
「そうだけど……そこをなんとかしようとしてるんじゃないか」
俺がそういうと、ユリアは自身の横に置いてあった紙を広げた。
「では、これなら如何です?」
「なんだこれ? ……っ!?」
それはエンジンの設計図だった。
俺はそれに書かれているものを見て息を呑む。
「これは……エンジン? でもこの内部構造は……」
「ロケットエンジンのそれじゃないな」
エルフリーデとライナーが設計図を見て首を傾げる。
そこに書かれているのは球状の機械。
内部構造には燃料を打ち込む機構と高出力の光線を照射できる機構が描かれていた。
そう、それは――
「レーザー核融合炉……」
「その通りですわ」
――レーザー核融合。
高出力レーザーの力で燃料を圧縮、加熱させる慣性核融合の方式の一つ。
前世では研究中の代物で、SF作品によく登場していた。
それをユリアは提出してきたんだ。
「レオンさんから、太陽はどうやって常に光っているのかを聞いた時に思ったのです。その力を人工的に生み出し、使えないかと」
驚く俺を他所に、ユリアは淡々と言葉を重ねていった。
「ですが、核融合反応を発生させる程の圧力と熱の生み出すには、マギリング・クリスタルでは魔力出力が核融合炉相手には低すぎる……そんな中、レオンさんがMCブースターを開発してくれたお陰で、光が見えたのです」
ユリアのいう通り、MCブースターなら高出力レーザーも高圧縮も可能だ。
しかも、MCブースターの出力なら――
「MCブースターを使えば、ブランケットに魔力障壁が使えますわ!!」
核融合反応を起こした重水素や三重水素はプラズマ化し、莫大な熱エネルギーと中性子を放つ。
ブランケットはそのプラズマを毛布のように包むことからその名がついた。
本来、この中性子はブランケット内のベリリウムとリチウム同位体にぶつけて三重水素を作ったり、熱を伝えて発電の為に使ったり、高速で飛び出る中性子を止める減速剤として機能する。
しかし、ここエクセルは魔法世界。
魔道具は全て魔力で稼働する。
電力を生み出す為の熱の取り出しは必要なく、三重水素は水素の同位体である為、魔法で作り出せる。
あとはプラズマの熱に耐えられる炉があればいいが、1億℃以上にまで達するプラズマに耐えられる素材はこのエクセルでもない。
だが、熱遮蔽は魔力障壁で行うことができる!!
ファンタジー世界……魔法が存在する世界だからこそ、ロケットやスペースシャトルの難しい部分を魔法や魔法素材で無理やり解決させていった。
そのおかげで軽量化や打ち上げ能力向上、整備性の向上ができた。
そう、俺は既に前世で運用されていた物のデメリットを魔法で解決したんだ。
じゃあ、前世で実現されていない技術は?
――魔法で作ればいいじゃない!!
「すごいな……さすがだよユリア!!」
「そ、そうでしょうか……えへへ」
頬を掻いて、照れた様子を見せるユリア。
このレーザー核融合炉を使えば燃料問題は解決する。
これを軸に、計画を構築していけばいいだろう。
「まずは試作品を造ってみよう。それができてからスペースシャトルに搭載できるまで小型化できるか、それとも新規に船を作るべきかを考えようか」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「じゃあ、続いて着陸地点の選定についてだが――」
その後、会議は進み、ある程度の道筋が見えてきた。
あとはその道を突き進んで行くだけだ。
◆
――レイディアントガーデン機体開発部 倉庫
俺はある物を見せる為、アケルリース王国の魔術省大臣であり、導師様であるヘルガさんと機体開発部の倉庫へやってきていた。
「お見せしたいものがあると言われて来ましたが、機体開発部に足を踏み入れてもいいのですか?」
ヘルガさんは機密が多分に含まれるであろう場所に案内されたことで少し警戒しているようだった。
「かまいません。これからお見せするものは、形だけできているというだけの物ですから」
「形だけ?」
「こちらです」
俺はとある扉の前で止まった。
ヘルガさんも俺の隣に立つ形で扉の前に立つ。
懐からパーソナルカードを取り出して、扉のロックを解除する。
開いた扉を開け、中に入ると一機の航空機の形をしたフレームが鎮座していた。
「これは……」
「X-38乗員帰還機……フリーダム宇宙ステーションに設置している、いわば救命ボートのフレームです」
リフティングボディを有するその機体の中にはぎゅうぎゅう詰めではあるが、7人搭乗可能だ。
帰還は全て自動制御となっており、搭乗者に負担を掛けさせないようになっている。
今回、これをヘルガさんに見せたのは他でもない。
「アケルリース王国にこのフレームを提供いたします」
「!? 何故ですか?」
まぁ、当然の疑問か。
リフティングボディの形成なんて技術力がないと難しいことこの上ない。
……この世界の人達なら設計図だけでなんとかできそうだけど。
「発表のように我々レイディアントガーデンは、これからミラミナス計画に力を注いでいきます。今すぐにというわけではありませんが、そのうちレイディアントガーデン所属宇宙飛行士は全員、月着陸の為の訓練に入るでしょう。そうなると……」
「……なるほど、スペースシャトルの操縦士がいなくなるから人員輸送ができなくなると」
「全員が月着陸の訓練に入る訳ではないので、いなくなるわけじゃないのですが、今よりも打ち上げ回数は減るでしょう」
そう、そうなるとISSにどうやって行くんだって話になる。
そこで、このフレームが役に立つ。
「ヘルガさん、アケルリース王国で有人宇宙船を造って頂けませんか? このフレームを使って」
――行く為の足が無ければ作ればいいじゃない。
と、マリーアントワってみる。
だが、これは好機だと思う。
輸送手段が無くなるのだから、この機会に宇宙船の開発を国に訴えれば予算を出してくれるかもしれない。
エグザニティ共和国が宇宙で開発した新素材で、かなり利益を得ているのを見ているのだから、宇宙での研究がどれだけ重要なのかも理解しているだろう。
ただ、そんなことよりも、ヘルガさんならばこの提案に乗るはずだ。
何故なら――
「ありがとうございます! 有人宇宙船の開発ができるのですから、喜んでお受け致します!!」
飛空艇を作った際のあの情熱は、技術者のそれだったのだから。
◆
というわけでアケルリースに有人宇宙船の建造をお願いしたので、俺やユリアの技術チームは早速レーザー核融合炉の製作に取り掛かろうとしていた。
だが――
「材料は何で作る?」
「チタン……でしょうか?」
ユリアが首を傾げてそう言う。
「ん〜、熱に耐えられる素材っていえばタングステンなんだろうけど……」
ここにはファンタジー世界特有の金属であるオリハルコンやアダマンタイトなどもあるがどれも融点が思ったよりは低い。
タングステンに一歩及ばない3000℃程だ。
まぁ、1億℃以上になるプラズマを直接受け止めることができる金属や素材なんて普通できない。
そもそも、オリハルコンが融点1億℃とかだったら、誰も加工なんてできないだろう。
でも、プラズマを受け止められなくとも、普通に考えて3000℃という温度は超高温だ。
こんだけ融点が高くても、この世界の人達は魔法で炎を生み出して温度を上げていけるから、前世のように酸素を大量に送り込む方法は必要ない。
火の扱いに関してはこの世界の人達の方が何倍もよくわかっている。
まぁ、電磁誘導加熱は知らなかったんだけど。
そもそもそっちは火じゃないから当たり前だ。
「魔力を使うから、燃料として使用して核融合を起こした時に魔力も一緒に生まれるかもしれない。そうなるとそれを回収して再利用したいな」
「だったらミスリル一択ですわね。融点が少し頼りないですが、そこは魔力障壁でどこまで熱を遮れるかという所ですわね。1億℃という温度は未知数ですから」
「だろうな。そこまで炎魔法を極めた奴がいたら見てみたいよ」
炉に使う物はブランケットにミスリルと魔力障壁、外側はオリハルコン・アダマンで決定した。
オリハルコン・アダマンは名前の通りオリハルコンとアダマンタイトの合金である。
そのまま混ぜると水と油のように混ざらないことから今まで作れなかったが、宇宙の微小重力環境にて観察して金属の動きを解析、解明して、それを使って混ぜ合わせることができた金属だ。
しなやかでありながら、強い衝撃には一切びくともしない最強金属が出来上がった。
オリハルコン・ミスリルというのもあるが、こっちは純ミスリルと比べると魔力伝導効率が低いから、今回は使わない。
「じゃあ、まずは製作して実際に核融合を起こしてみよう!!」
「「「「「おー!!」」」」」
技術者チーム全員で拳を突き上げる。
まずは月への翼を手に入れよう!!




