episode7 宇宙へようこそ
――あれから3年の月日が経ち、俺たちは13歳となっていた。
レイディアントガーデンには数多くの成人前(15歳で成人)の子達が多い為、平均年齢は極めて低い。
しかしながら、この国随一の技術を持つ企業でもある。
扱っているものは多岐に渡り、小さなものでは家庭用魔道具……所謂、白物家電や魔力通信機「マジックフォン」の販売・保守など、大きなものは自動車である。
航空機に至っては固定翼機と回転翼機を開発したが、どちらも販売はしていない。
だが、政府や商会と契約して輸送を行う輸送業を行っている。
うちも大所帯となり、現在では航空機パイロットは固定翼機・回転翼機両方合わせて500人ほどになっている。
レイディアントナイツに所属しているものは100人ほどで、全員がF-4ファントムを駆ることが出来て、所属する者の殆どが固定翼機か回転翼機のパイロットライセンスを持っている。
その中でも第一航空隊に所属する第一中隊ガルーダ、第二中隊アークプリーストは最強の部隊と呼ばれており、第一中隊は主に前衛で、第二中隊は第一中隊を遠距離支援する形である。
ちなみにクリスとクラリスはガルーダ隊に所属し、ユリアはアークプリースト隊に所属している。
あのTHE令嬢って感じのユリアがレイディアントナイツに所属するとは思わなかった。
しかもF-15イーグルが開発されてからの入隊だった。
F-15イーグルの最大の特徴は超音速飛行ができることだが、それを聞くと「飛んでみたいですわ!!」と言って誰よりも早くライセンスを取った。
とんでもない行動力である。
F-4ファントムや航空機の操縦は特に興味もなかったのに……
超音速を体験したかったのかな?
この3年で変わったのはそれだけじゃない。
衛星の配備である。
最初に言っていた魔力観測衛星と気象観測衛星を同時に打ち上げた。
この二機の製作に関しては俺はそんなに関与していない。
レイディアントガーデンに所属している魔道具士や魔法士がアイデアを出し合って観測衛星の観測装置に魔法付与を行っていた。
俺が行ったのは基礎構造を作り、重量制限を出しただけだ。
皆が製作した衛星で得られたデータは非常に有用だった。
魔力観測衛星――MDOS-1:Material Distribution Observation Satellite-1号機は搭載された魔法カメラを使って地形を撮影し、探知魔法を宇宙から実施することで魔力がどういう流れをしているのかを調べることが出来る。
気象観測衛星はサンフラワー1号と名付けられた。観測方法は可視光と近赤外線、赤外線で雲の画像と上層と中層の水蒸気量、海面水温を調べて天気を予想できる。
残念ながら、気象が魔力の流れに影響を与えてることはなかったが、当初の運用の予定通り、魔力溜まりを見つけることができた。
その情報は国軍や魔物ハンターギルドに送られており、しかも魔物の分布まで見ることが出来るほどに解像能が高い為、現地調査なしで派遣されるハンターを選定することが出来るようになった。
通信衛星も軌道上に配置することが出来たから低軌道上にある衛星などからも通信することが可能となった。
これで、地盤は整った。
さぁ、始めようか――
有人宇宙飛行を!!
◆
ソユーズ宇宙船――
ソ連時代に設計され、前世では50年以上も使用されていた大ベストセラー機。
前世で最初に宇宙に上がった人類はユーリ・ガガーリンだが、彼が乗っていたのはボストークという宇宙船だ。
しかし、ボストークは搭乗者が操作出来るようになっておらず、大気圏再突入もコントロールセンターの人間が遠隔操作を実施していた。
当時は無重力が人体にどのような影響を及ぼすかわからず、操縦が出来ない状態になるのではないかと考えられたためだ。
だが、人類は無重力でも通常通り動けることを知っているので、ボストークやボスホートをすっ飛ばして、いきなりソユーズを建造するに至った。
アビオニクスは魔道具だし、表示盤もアナログじゃなくて魔道具による液晶画面だし……最新型のソユーズTMAやMSに近い設計と言える。
「では、世界初の宇宙飛行を行う者を発表いたします」
「とうとう来たか……」
「待ちわびてましたよ!!」
「楽しみですね!!」
早速、宇宙飛行士選定の為、レイディアントナイツを招集した。
俺の発表に、選抜されたレイディアントナイツ12名……ガルーダ隊のメンバーが沸き立つ。
アークプリースト隊はどちらかというと魔法を使用したり研究したりする方が得意なメンバーが多い。
反面、ガルーダ隊は航空機の操縦やMDFSを用いた機動制御に長けている。
故に、彼らほど空に精通した者はこの世界にいないと思う。
「君たちは既にソユーズの操縦訓練を1年前から実施してもらっている。その結果を見て選んだ」
といっても最初の人間なんて皆わかっているみたいだけど。
それはもちろんクリスかクラリスのどちらかだ。
俺以外で世界で最初に空を飛び、旅客機の操縦ライセンスも初めて取得した人物である。
現在では俺に代わって旅客機ライセンスの認定官にもなっている。
……やはりとんでもない成長速度である。
「まぁ、皆わかってると思うけれど、最初はクリスに飛んでもらうよ」
「はい!!」
クリスが元気に返事をした。
……張り切ってんなぁ。
「やっぱりな……」
「まぁ、いつでも機会はあるし……」
さすがに第一部隊のリーダーを批判する者はいないか。
彼は自他ともに認めるパイロットだし――
「マスター!! ちょっと質問なんだけど!」
いたわ、意見できる人が。
それはクラリスだ。
クリスと同じ時期にファントムと737ライセンスを取得したのだから、当たり前なのだけれど。
「ソユーズは三人乗りなのよね? なんで一人だけが宇宙に行くの?」
「……失敗させるつもりはさらさらないが、これは試作機だ。保険は掛けておく必要がある」
「ほ、保険?」
「もし、三人乗せて失敗した際、場合によっては貴重な魔法士を三人失う可能性がある。これはそれを防ぐための措置だ」
前世と違って、魔道具は経年劣化による動作不良というのがない。
正常に動くか全く動かないかのいずれかしかないのだ。
なので、地上でテストして動いたならばそれは確実に動くということでもある。
しかしそれは飽くまで「地上」で動くというだけである。
人工衛星のおかげで、魔道具が宇宙でも機能するということがわかったが、もし、R-7の初期の打上げのように予期せぬトラブルがあった場合、万が一ということもある。
「この任務は極めて危険を伴う任務であるということを忘れないでほしい。そもそも、クラリスはバックアップクルーだ。クリスに何かあったときはお前が乗るのだから気を引き締めろ」
「は、はい!!」
……ちなみに、幼馴染組のみんなとはこの三年の間で呼び捨てで呼ぶようになった。
そもそも、上司であるのだから、さん付けや君付けはやめてくださいとアイリスに言われていたので、まずは友人を呼び捨てにすることから始めようとなったのだ。
呼び捨てにしたら、アイリスとクラリス、ユリアは顔を真っ赤にしていたが、クリス以外から呼び捨てにされることがなかったから照れていたのだろう。
クリスはなんか……感極まってたのかジーンとしてた。
「では、解散。次回、次々回も予定しているので訓練は継続して励んでくれ」
「「「「「了解!」」」」」
◆
「ねぇ、クリス」
部屋を出た際、クラリスが話しかけてきた。
「どうした? クラリス」
「その……大丈夫?」
「……大丈夫って?」
「もし失敗したら……とか考えると怖くない?」
心配して声を掛けてくれたようだった。
しかしながら、それは杞憂だな。
「全然! 世界初の有人宇宙飛行、その栄誉をもらえることのほうが強いな。失敗することは考えてない」
「……そっか。レオンもいろんなトラブルが発生した時の場合の訓練をさせてくれるもんね」
「いくつか、発生したら死ぬしかないってトラブルもあるけどな」
「ふふ、あったね、そういうシチュエーション」
不安はない……というと嘘になる。
でも、クラリスに言ったことも嘘じゃない。
『俺は心臓に持病があるから……まぁ、日常生活に支障ないから平気平気!』
以前、レオンに自分で宇宙に行かないのか? と質問したことがある。
宇宙に行きたいと目を輝かせていたから、きっと自分が宇宙に行きたいのだろうと思っていた。
すると持病がある為、行けないと言ってきた。
『だから、代わりに宇宙に行ってくれないか? お前が安心して帰還できる宇宙船を作ってみせるから』
あいつが俺を頼ってくれている。
ノアセダルの天才と言われるあいつに信頼されているという事実が、俺を突き動かす。
絶対に、あいつの信頼に答えて見せる。
◆
「これがソユーズ……」
「航空機と比べると小さいわね」
製造工場で建造されたソユーズをクリスとクラリスに見せていた。
これをフェアリングに収めて、R-7ロケットを改良し打上げ能力を向上させたソユーズロケットに接続して高度400㎞程まで打ち上げる。
「前の丸い部分が軌道船、真ん中の釣鐘型の部分が帰還船、魔力光パネルと推進システムが収められているのが機械船だ」
「おぉ、じゃあこれはマテリアル・クリスタルを積んでないのか」
「いや、魔力貯蔵用に積んでるぞ」
「あぁ、そっか。陰にはいったら使えないもんな」
魔力光――
魔力が光るのは人が手のひらに集めたときだけだと思われていたが実はそうではなかった。
宇宙と地上で確認したところ、魔力は太陽の光にも含まれていることが分かったのだ。
その太陽光から魔力を捕まえて宇宙船の魔道具を動かす動力とする魔道具――それが魔力光パネルである。
「軌道船の中にはトイレを設置してるから、催したらここでしろよ」
「うっ……」
「……ねぇ、レオン? あの方法……何とかならないの?」
「……」
宇宙でのトイレほど精神的に来るものはない。
小便はホースで吸引したのち船外に放出し、大便はタンク内に吸い込まれながら内部にあるブレードで切り刻まれ、タンク壁面に叩きつけられたのち真空に曝して固める。
……しかもその方法は国際宇宙ステーションやスペースシャトルのような広い宇宙船での話。
ソユーズのような小さな宇宙船では小便は変わらないが、大便に関しては――
袋に入れて特殊な薬剤と混ぜて「揉みこみ」、ガスが発生しないようにして、帰還時に軌道船を切り離して大気圏で燃やす。
だが、しかし!! 何度も言うがここは魔法世界!!
小便の処理に関しては変わりないが、大便は袋にいたした後は「汚物分解」の付与をした魔道具に袋を入れると分解され、消失する。
だが、しかし!!(二回目)気づいただろうか!!
――袋にすることは変わらないのである!!
「今はまだこの方法しかない!! 従って……諦めてくれ!!」
「「ドヤ顔でいうなっ!!」」
◆
2ヶ月後――
いよいよ打上げ当日となった。
春の陽気に包まれ、空は快晴。
これ以上ない気象条件だ。
――打上げ2時間前
「これが宇宙服……」
「MDFSとは違うだろ?」
「あぁ。なんかダボッとしてるな」
ソコル宇宙服。
ソユーズに乗り込む際に着る与圧服である。
勘違いしてはならないのは、この服では宇宙空間に出ることは出来ない。
この服は船内が何らかのトラブルで空気が漏れてしまった場合に備える為の服で、有事にはこの服の中に空気が充填され、生命維持をしてくれる。
「……いよいよだな」
クリスは拳をぎゅっと握りしめて言った。
その表情にある感情は高揚と――恐怖。
射点へと車で移動し終え、ソユーズロケットを見上げる。
「デカいな」
「何を今更……あの天辺にお前は乗るんだぞ」
「そうだよな、俺……行くんだよな……あの空の果てに」
「……」
前世での初めての宇宙飛行を成し遂げたユーリ・ガガーリンも同じ心境だったのだろうか。
不安を抱えている彼にどんな言葉を掛ければいいかわからない。
なにせ俺自身が、その場所へ送ろうとしている張本人なのだから。
「すまん。俺が乗ることが出来たらよかったんだが……」
「レオン……」
俯きながら言う俺にスッと影がさす。
バシンッと強めに背中が叩かれた。
「イッテっ!?」
「何弱気になってんだよ。ちゃんと無人テストした時、問題なくカプセルは戻ってきたんだろ?」
「そ、そうだけど!」
事前に実施した無人テストでは機内に人型の人形を置いて、大気圏再突入時にカプセルと中の人形共々燃えないかなどの確認を行なった。
打上げ時の加速度も揺れも許容範囲内だったし、機内圧力だって問題はなかった。
しかし――
「心配なことには変わりないんだ。これで大丈夫だとは思っているが、もし……もし、何か見落としていたら――」
「それを確かめる為に俺が行くんだよ」
下を向いていた顔をあげて、クリスの顔を見た。
ニッと口角を上げて笑う姿がそこにあった。
「お前の立てた理論を立証・体現するのがオレ達の……レイディアントナイツの仕事だと俺は思ってる。……だからさ――」
俺の胸にとんと拳を当てて、力強く言う。
「信じてくれ。俺は必ず帰ってくる」
……ホント、ムカつくくらいカッコいいなコイツは。
だが、お陰で吹っ切れた。
「ああ。待ってるぞ、俺もアイリスもクラリスもユリアも……みんなで待ってるからな」
俺もお返しに、クリスの胸にとんと拳を当てた。
「俺が必ず、お前をエクセルに戻してやる」
覚悟は――できた。
◆
クリスの搭乗を終え、機体は燃料充填作業へと移行した。
タンクに付与されている「温度維持」の魔法を起動し充填していく。
これにより、燃料が気化することなく打上げを迎えることが出来る。
「酸素及び推進剤の加圧完了」
「タワー分離」
オペレーターから加圧完了と搭乗用のタワーを切り離したことがコールされる。
「機内圧力14psi」
「機体内機密正常」
ソユーズ内の気圧が1気圧となったことがコールされ、全ての打上げ準備が整った。
レオンはミッションコントロールセンター前方にあるモニターに映るクリスの姿を見る。
今日という日のためにHDカメラと映像送信システムを製作・構築していた。
クリスは先ほどまで、やることがなくて鼻歌を歌っていたが、いよいよというところまで来ると口数が減ってきた。
その表情は固く、緊張している様だった。
「ザーリャ、こちらコントロール」
『はっ、はい!』
「待機中もカメラ回しっぱなしなんだ。笑えよ。今すげぇ固い顔になってるぞ」
『いや! そんなこと言われても無理だって!!』
「だろうな。お前、737の最初の実機訓練の時と同じ顔してるぞ」
『えっ!? あの時緊張してたのバレてた!?』
レオンとのやり取りでコントロールセンターに笑いが起きる。
「さぁ、出発の時間だ。旅を楽しむ準備はいいか?」
『ッ!おう!!』
「よろしい、では……点火シークエンス開始!!」
「了解。点火シークエンス開始!」
「ターボポンプオン!!」
エンジンのターボポンプが稼働を始め、燃料が燃焼室へ送られる。
「エンジン点火!」
「エンジン、点火します!!」
エンジンに火がつき、推力が上がるまで数秒待つ。
クリスはエンジンが点火されたと同時に発生する猛烈な揺れに驚くとともに、いよいよかと気を引き締める。
そして……迎える運命の時――
「リフトオフ!!」
ソユーズロケットの拘束が解かれ、ロケットはゆっくりと上昇を始めた。
屋外見学用の広場にはR-7初打上げと同じようにアイリス、クラリス、ユリアの三人がいた。
「大丈夫……そのまま……そのまま……」
アイリスが祈るように手を組み、上がっていくロケットを見つめる。
見学に来ている者達も、緊張した面持ちでソユーズロケットを見ている。
人類初の宇宙ロケット打上げ時にはなかった緊張――
あのロケットには人が乗っているのだと思うと自然と祈らずにはいられない。
無事、成功しますようにと――
一方――
搭乗者であるクリスはガタガタと激しく揺れる船内で計器に異常は出ていないか目を配る。
異常なしを確認し、現在高度を確認する。
高度59km。
第一段が分離されたはずだが、激しく揺れていることとロケット自体はまだ加速を続けている為、体感では感じられない。
『第一段分離』
オペレーターからの報告を受け、無事に第一段が切り離されたことを知る。
その数十秒後、両側にある窓から光が差してきた。
『フェアリング分離』
ソユーズを覆っていたフェアリングが外れた為、外が見えてきた。
「――ッ!」
幾度となく飛んだ空。
空から見る光景なんて何回も見ている。
しかし、今、窓から見える世界は今まで見たことがない。
空の青さがどんどん濃くなっていき、暗くなっていく。
空と宇宙の境界線がそこにあった。
だが、感慨に耽る余裕はすぐになくなった。
『第二段燃焼終了』
第二段の燃焼が終了した。
そしてすぐに――
『第二段切り離し、第三段燃焼開始』
切り離しの瞬間、慣性が働き、体が勢いよく前に行こうとするも、第三段のエンジンが点火した瞬間、また座席に押しつけられ、さらに加速する。
打上げから9分後――
『第三段燃焼終了。ソユーズ切り離し』
三段目の燃焼を終えて、ようやく抑えられていた力が無くなった。
クリスは魔力光パネルを広げる為に操作パネル操作しようと棒を取り出す。
座席から操作パネルまで遠い為、ボタンを押すのに棒が必要だからだ。
だが、その棒を取り出した時、クリスは違和感を覚えた。
棒が異様に軽い――
それを認識した時、クリスは事前に言われていたことを思い出し、ボタンを押下した後、棒を手放してみた。
すると、棒がふわふわと浮いた。
「これが……無重力」
宇宙に上がると常に自由落下の状態になる為、物が浮くとは聞いていた。
しかし、やはり知識だけでは想像し切れていなかった。
体験してわかる不思議な感覚。
この感覚が、より実感させてくる。
自分は宇宙へ来たんだと――
『ザーリャ……クリス聞こえるか?』
通信機から声が聞こえる。
レオンからだ。
「あぁ、はっきり聞こえる」
『外を見てみろ』
「外?」
そういえばさっきはちらりと外を見ただけだなと思い至ったクリスは促された通りに外を見る。
――言葉を、失った。
下に広がる青、白、緑……それらが鮮やかなコントラストで眼下に広がっていた。
そして、少し目線を上げると、上昇時に見た空と宇宙との境界線が見えた。
まるで青いヴェールを纏っているようだ。
これが……自分達の住んでいる惑星、エクセルなんだ。
泣きたくなるような美しさに見惚れていると通信機から声がした。
『宇宙へようこそ。クリス』
レオンのその言葉を聞いて、涙が溢れた。
まさか……自分がこんなに感情を揺さぶられるとは思っていなかった。
クリスは鼻声気味に通信に答えた。
――ありがとうと。
――
――
――
機体の性能チェックと設備チェックを終え、全て正常稼働していることを確認した。
打上げから4時間が経過して、いよいよ最終段階に移る。
大気圏再突入である。
『クリス……準備はいいか』
コントロールセンターにいるレオンから通信を受け取る。
冷静な声だが、長い付き合いであるクリスは気付いていた。
緊張していると――
(あいつもこんな声を出すんだな)
そう思うと逆に冷静になれたクリスは帰還用プログラムを起動させる。
「ああ、いつでも行けるぞ」
『了解。では――カウント3……2……1……逆噴射開始』
進行方向とは逆……エクセル自転とは逆方向にエンジンを噴射する。
こうすることで第一宇宙速度:7.9km/sから減速し、エクセルに降りることが出来る。
しかし、この減速が急すぎると大気圏への突入角が急すぎて大気との断熱圧縮による超高温に晒され、耐熱システムの許容範囲を超えて帰還船は燃え尽きてしまう。
逆に突入角が浅いと、水切りのような動きが働く為、着陸予想地点から大きく外れてしまう。
エクセルの接線から僅か2度の間……それが安全に降下出来る角度である。
『減速終了。軌道船、機械船分離』
「分離確認」
少しの揺れとともに、先頭部分の軌道船と後部部分の機械船が切り離された。
あとはもう……落ちるだけ。
数分後、帰還船が激しく揺れ始めた。
大気圏に突入を始めたのだ。
窓の外を見ると時折、炎のような光が見えた。
超高温でプラズマ化した空気が光を放っていた。
「大丈夫。きっと……」
こうなると後は身を任せるだけだ。
――
――
――
着陸予想地点 ノアセダル王国北西部。
そこには医療チームと緊急事態に備えて上空待機しているレイディアントナイツ第一航空隊「ガルーダ」の面々がいた。
晴れ渡る空には小さな雲がふわりふわりと浮かんでいる。
穏やかな陽気を浴びながら、クラリスは空を見つめる。
この空の彼方から、幼馴染が降ってくる。
無事になのか、それとも否か。
既に降下に入っていることは通信で聞いているが、この待っている時間が非常に長く感じてしまう。
『ッ!? 見えた! 降りてきたぞ!!』
通信機から聞こえた声に反応して、空を見渡す。
それは直ぐに見つかった。
空から降りてきたそれは、表面のアブレータが溶けて茶色く変色しており――
減速用のパラシュートが、開いていた。
ゆっくりと……ゆっくりと降下し、そして――
ボンッ!――
地面と接地する直前、衝撃緩和用のブースターが起動し、ソユーズは着陸した。
わぁぁぁぁぁぁぁ!!――
そこにいたスタッフ全員が歓声を上げる。
クラリスたちガルーダ隊はカプセルに近づき、燃料漏れや有毒ガスの発生有無を確認して異常がないことを確認し、カプセルのハッチを開けて中を確認する。
そこには衝撃緩和の為に座席が跳ね上げられ、蹲るような姿勢で座るクリスの姿があった。
「ただいま」
「お帰り……いい旅だった?」
手を伸ばし合い、クラリスはクリスを引っ張り上げた。
その質問を受けたクリスは満面の笑みで答える。
「最高だった」
ここにエクセル初の有人宇宙飛行が達成された。




