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episode67 新婚宇宙旅行 その2

 


 STS-400 飛行3日目



 2日目にドッキング準備を終えたマーリン号は、ISSへのランデブーの為にOMSを起動させ、加速をしていた。



「OMSの加速って結構激しいんですね」


「ええ。これだけ大きく重い機体ですから、結構な力で押してあげないと加速しないんです」



 レンの質問にアイリスが淀みなく答える。


 今、レンの目の前にいるクラリスとクリスは、タブレットに表示されたチェックリストを確認し合いながらオービターを加速させていく。


 その姿に、レンとアランは格好良さを感じていた。



 しかし、宇宙飛行というのは根気のいるもの。


 すぐに目的地であるISSへ辿り着けるわけではない。


 ここから大体45分かけてISSに接近していくのだ。


 軌道噴射の操作を見届けたあと、レン達とユリアはミッドデッキへと降りてISSのランデブーを待つことにした。


 アイリスはクラリスとクリスのサポートのため、フライトデッキに残っている。



「座学で加速しすぎると高度が上がってしまうって聞いたんですが、一気に加速した経験があるのですか?」


「ありますよ。ただ、私達が経験したわけではないのですが」



 ルティシアの素朴な疑問に答えたのはユリアだった。


 ユリアの言う通り、過去にソユーズ同士をドッキングさせる実験を行ったことがある。


 その際のランデブー時に、加速しすぎて上に上がり、下にいたソユーズが先に行ってしまうという事態が発生したのだ。



「ミッション期間を延ばして、最後はドッキング出来たんですけど、その時に訓練不足を第一期宇宙飛行士は痛感したみたいですわね」


「「「「へぇ〜」」」」



 そんな会話をしていた時だった。


 フライトデッキからスピーカーでアナウンスが聞こえてきた。



『皆さん、見えてきましたよ』



 ミッションスペシャリストとしてフライトデッキで仕事をしているアイリスからだった。


 そして、何が見えてきたのかなど、言われなくともレン達4人は理解していた。



 急いでしまったあまりに、通路で突っかかってしまいながらも、フライトデッキに上がった4人は上部の窓から外を見る。



「おぉ……」


「すごい……」



 アランとルティシアから声が漏れる。


 その小ささから、未だ遠くにあることが見てとれたが、その船体は太陽の光を浴びて輝きを放っていた。



「あれが……人類最高峰の研究施設……」


「国際……宇宙ステーション……」



 有人モジュールの両サイドに伸びる魔力光パネルが、まるで大きな鳥が翼を広げた姿に見える。


 そしてその姿は、時間が経つほどに近づき、大きくなっていく。



「こんなに巨大なものが宙に浮いているとは……」


「しかもこれらが世界各国の知恵と威信をかけて開発されたもの達の結晶と考えると、感慨深いものがありますね」



 接近したISSを見てアランとルティシアが改めて感想を述べる。


 が、今まで見ていたその景色を、そろそろ引き渡す時がきた



「はい、じゃあ、ここからそこは私達の席になるから退いてね」


「すまねぇな」



 クラリスによるISSとのドッキングが行われる為である。


 クリスはその補助に入る為、バックパネル部分は操縦席に早変わりする。



 しばらくして、ISSとオービターの距離が10mほどにまで接近した所で、相対速度が揃い、相対停止する。



「ISS、こちらマーリン。最終アプローチに入ります」


『こちらISS。ドッキング準備はできています、いつでもどうぞ』


「マーリン了解」



 最新の自動操縦システムによってISSとのランデブーを実施したマーリン号は、最終アプローチのみ手動で操縦する形となり、クラリスは航空機の操縦と同じようになったなと内心思った。


 そして、手慣れた手つきでRCSを動かし、ISSへとドッキングを遂げる。



捕獲(キャプチャー)


捕獲確認(キャプチャーコンファーム)



 あとは気密チェックを終えたら、ISSへと入室できる。


 ここまでの手際を見学したレン達は淀みなく行われたドッキング作業に感嘆する。



 ――これが同い年でベテラン宇宙飛行士の実力なのかと。











 ◆










 ――レイディアントガーデン ミッションコントロールセンター



気密(リーク)チェック、今のところ問題ないな?」


「はい、一切問題ありません。現在気圧調整中です」



 報告を受けて少しホッとする。


 クラリスとクリスが付いているのだから問題ないとは思っているが、ドッキングはいつもヒヤヒヤものだ。



「……ところでマスター」


「ん? 何だ? アルノー」



 サブフライトディレクターのアルノー・クランツが何か言いたそうに声をかけられた。



「マスターは魔術省の大臣でもあるんですよね? 王国会談では、魔法技術の報告もあるのではないですか?」



 確かにアルノーの言う通りだ。


 しかし――



「めんどい」



 ただこの一言に尽きた。



「えぇ……そんなのでいいんですか?」


「それが罷り通らないと思ったから「王太子と英雄夫妻の宇宙旅行を支える為フライトディレクターを務めたい」って言って、会談出席は免除して貰ったんだよ」



 さんざん、国賓を招く為の準備をしてきたんだ。


 ここにきた後のことは任せても文句は言わせないぞ。



「……領主なのですから、全てやらないといけないのでは?」


「そろそろ入室できるんじゃないかー」



 俺はアルノーのセリフに食い気味で言葉を重ねた。












 ◆










 気密(リーク)チェックを終えて、シャトル側とISS側のハッチが解放され、お互いの船長(コマンダー)同士が言葉を交わす。



「お疲れ様、入船しても?」


「お待ちしておりました。どうぞ、入船を許可します」



 ISS船長(コマンダー)であるエルフリーデが入室を許可する。


 それを皮切りに、マーリンクルーがISSへと入室していく。



「おぉ……すげぇ!?」


「これは……何と広い……」



 レンとアランが入室すると、その広さに驚きを隠せずにいた。


 そのあとにルナとルティシアが入室してくる。



「ちょっと、広すぎてあたふたしますね」


「ですね」



 そんな会話を交えた時だった。



「ルナ!」



 聞き慣れた声がルナの耳に届く。


 そこにいたのは昨年10月から滞在していたマリア・フォン・フィーメルだった。



「マリア!! ……あわわ!?」



 マリアに近づこうとルナはバーから手を離すと、バランスを崩してしまった。


 そこにすかさず、マリアが支えに入る。



「あ、ありがとう」


「ふふっ、ここ広いからねぇ。ルナ、ISSへようこそ。皆も楽しんでね」



 ルナを支えながらマリアはレン達を見やると、3人はPMA2のハッチ近くにあるバーから離れられなくなっていた。



「と、とりあえずさ……」


「ここでの進み方を、教えてほしい」


「いろんな魔道具がいっぱいで、むやみに進むと壊してしまいそうで怖いです!」



 レン、アラン、ルティシアにそう言われて、宇宙飛行士達は周りを見渡す。


 確かに、アームに支えられたマギリング・コンピュータやカメラなどが多く、扱い慣れていない人から見れば、進む最中に壊しそうと思ってしまってもおかしくない状況だった。



「そうですね、まずはISSでの進み方からレクチャーしましょう」



 エルフリーデが手を叩いて、そう言うと、ISS内での身のこなし方のレクチャーが始まった。



 ――


 ――


 ――



 ISSでの身のこなし方を学び、多少慣れた頃には夕食の時間となり、クルーはノード1:ユニティモジュールにある食卓に集まっていた。



「今日はなんでも食べていいですよ」


「うぉぉ! やった!!」


「私はどれにしようかな……」



 エルフリーデが特別食を献立に入れてもいいことを告げると、エグザニティのビルは雄叫びを上げた。


 アレントのアリスは、嬉々として食品コンテナから宇宙食を選び始める。



「そういえば、ISSでの食事ってどう取るんですか?」


「スペースシャトルと同じよ」



 ルナの質問にクラリスが答える。



「加水食品はパッケージに記載されている量の水を水供給装置(PWD)で入れて、記載されている時間だけ待つ。缶詰やレトルトなんかの温度安定化食品はフードウォーマーを使って温める。それが基本ね」


「基本ってことは……応用があるんですか?」



 シャトル内では実践されなかった事柄だった為、興味を惹かれたレンが質問する。



「応用っていうと行き過ぎな気がするけど、例えば――」



 食品コンテナを漁り、取り出されたのは山菜おこわだった。


 そんなのがあるんだとレンは思ったが、メニューはユイさんが作っていることを思い出すと納得した。



「これなんかは規定量のお湯を入れて待てば完成だけど、時間が経ったら冷めてしまうから、お湯を入れた後、フードウォーマーで温めるの」


「あっ、なるほど。それで温かいご飯にできるんですね」


「まぁ、そんな感じで記載されていないことをしても何のお咎めもないわ。なんなら、硬めの方が好きだって言うなら、一段階お湯の量を少なくしても問題ないしね」



 好みの硬さになるかはともかくねと言ってクラリスは話を締める。


 水供給装置(PWD)は1ml単位で水やお湯を供給できる装置ではない。


 50ml単位で水やお湯を供給する装置である為、例えば150mlのお湯を入れるものであれば、一段階下げると100mlになる。


 それで好みの硬さになるかはわからないのだ。



 ――40分後



 温めていた食品も十分に温まった所で、食事が始まった。



「神の恵みに感謝を」


「「「「「神の恵みに感謝を」」」」」



 ISS船長(コマンダー)であるエルフリーデが手を合わせ、食事を開始する。


 レンは早速、温めていた鯖の味噌煮の缶詰を開け始めようとするが、クリスに止められる。



「おい、レン。そのまま開けるな」


「えっ? ……あっ、そうだった!? すいません」



 缶詰を開ける際は開口部にティッシュを当てて開けるのが宇宙でのマナーである。


 こうしないと、温まって高まった圧力で、中の汁が飛び出し、宙を漂うことになる。


 それを防ぐ為にティッシュを当てるのだ。



「缶は最後まで開けずに……これぐらいでいいですか?」


「そこは食べやすいところまで開けていいぜ。ただ、ぎりぎりを攻めすぎると完全に開いちまうけど」



 缶や包装を開ける際、切り離さないのも宇宙食を食べる際のマナーである。


 これは缶の蓋や袋の切れ端が何処かに行ってしまうことを防ぐ為である。


 もっとも、切り飛ばして行方不明になったとしても吸気口のところに集まるのだが。



「重さを感じず、ここまでだけでも貴重な体験を幾つもさせてもらった。レイディアントガーデンのお陰だな」


「ですね。特にエクセルの美しさには感動しました」



 食事も一通り終えて、皆、飲み物を口にしながら食後のひと時を過ごしていたらアランの口からそんな言葉が溢れる。


 ルティシアも同じく、特にエクセルの姿に感動したようだった。



「そうですね。私達もレイディアントガーデンがなければここに来ることはできなかったでしょうし」


「マリアさんは単身でレイディアントガーデンに入ったんだよね。すごいよな」


「あはは……我ながら無茶したって思うけど」



 ロムルツィアのマシューもレイディアントガーデンが宇宙開発をしたお陰で宇宙に来れたと語り、ビルはマリアの先見の明に感嘆するが、当の本人は照れて頭を掻いていた。



「……まぁ、最初は今みたいに賞賛されてなかったんだけどね」


「そうだったな」



 レイディアントガーデンの話題になり、設立当初のことを思い出したクラリスとクリスからそんな言葉が漏れる。



「確か……「子供が子供に魔法を教える場所」とか言われてたと聞いてますよ」



 アリスが二人の言葉に反応すると、今度はエルフリーデが話始めた。



「そうね……他になんて言われてたか知ってる?」


「えっ? いいえ。それ以外は……」



 エルフリーデの質問にアリスが答えると、次に語られた言葉は、クリス達第一期、第二期宇宙飛行士以外の皆にとっては、想像できないものだった。



「貧乏人と貴族の落ちこぼれの溜まり場」


「……えっ?」


「それ……本当なんですか?」



 ルナとルティシアが信じられないといった表情で質問する。



「本当よ。レイディアントガーデン設立当初、次代を担う子供の育成も含めて、募集をしたんだけどね」


「しかも国王命令でな。一応、レオンが作った魔道具の出来が良かったからそれを目当てに魔道具士は集まったけど……」


「子供をレイディアントガーデンで学ばせる為に行かせようって考える人は皆無でしたわ」


「私達4人以外では、ね」



 クラリス、クリス、ユリア、アイリスから語られたそれは、今では想像できないものだった。



「国王命令だったから、誰か一人は行かせないと面目が立たない。でも、長男や長女には王立の高等魔法学園に通わせたいって考えていた貴族当主の方々は、三男や三女など、家督に関係のない人物をレイディアントガーデンに送ったんです。私もそうですね」



 エルフリーデは自身を指差し、そう語った。



「平民にも声がかかっていたけど、裕福な家庭は貴族と同じで王立高等魔法学園に通わせる気だったから、集まったのは殆どがお金に不自由をしていた家庭だった。そりゃそうだよな、金を貰って、多少なりとも知恵が付くんなら行かせるよ」


「貴族出身者も平民出身者もあまり期待なんてしていなかった。ですが、蓋を開けたらこれですわ」



 クリスが語った後、ユリアはそう言って腕を広げた。



「期待していなかった子供社長の企業がぐんぐん業績を上げて成長し、生活用魔道具、化粧品、自動車、そして航空機と次々に先進的な魔道具を開発して、起業から僅か2年足らずでノアセダル王国では知らないものはいないほどの企業になりました」


「だから皆レオンに感謝してるんだよ。自分達に新たな世界を見せてくれたことにさ」



 アイリスとクリスがそう言って話を締める。


 各国選抜の宇宙飛行士達と、マリア、そしてレン達四人はその話の衝撃からしばらく戻ってこれずにいた。

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