episode66 新婚宇宙旅行 その1
『皆、「旅行」を楽しむ準備は出来ているか?』
『『『『……GO!!』』』』
『こちらミッションコントロール、打ち上げ準備完了!!』
『了解、カウントダウン開始します。3、2、1、マーク!!』
カウントダウンクロックが再度、時を刻み始める。
その瞬間、また会場の熱気が上がる。
その熱気は、会場にいた国賓達を圧倒した。
「な、なんだ? 打ち上げの時はいつもこんななのか?」
マーリンがヘルガにそう質問すると、ヘルガは首を傾げる。
「私も一回しか見学していないけど、その時はここまで盛り上がらなかったよ」
「……そうですね。普段では見られない光景です」
ヘルガが答えた後、リリーが代わりにマーリンの質問に答えていく。
「レオンさんがフライトディレクターを務めるのはかなり久しぶりですから、皆さんも興奮したのでしょう。加えて言うなら今回のミッションはアイリス、クラリス、クリス、ユリアの四人も参加しています。レイディアントガーデン発足時の初期メンバーにしてレオンさんの幼馴染が全員揃ってのミッションは初めてなので、拍車をかけたのだと思います」
その説明を聞き、国賓の皆は感嘆のため息を吐いた。
領民がそこまで把握していて、このミッションがどれだけ貴重なものか理解しているのだ。
説明を終えたリリーだが、何かを思い出したのか少し吹き出し、続きを語っていく。
「ふふっ、それに普通は乗組員にGO/NO GOを求めません。レオンさんの粋な計らい……ですね」
それを聞いて、ヘルガは再度感嘆した。
この会場にいる領民は、それすら理解して歓声を上げたのだ。
宇宙ミッションのなんたるかを、深く理解していなくとも、こういった演出部分で盛り上がりを作る。
ヘルガはそのレオンの差配に感服していたのだった。
◆
……そういや今回俺の幼馴染全員がミッションクルーになってるんだよな。
王太子をお連れするから身分的にも実力的にも申し分ない人間を選んだだけだったから考えてもいなかったわ。
『T-30秒!』
打ち上げ管制センターから打ち上げ30秒前を告げられる。
いよいよ迫る打ち上げにMCC内に緊張が走る。
『T-16秒、静音装置作動』
そして迎えたT-16秒。
ロケットエンジンやブースターからの音響と衝撃波で船体が破損しないようにする為の騒音防御装置が作動する。
1100万リットルの水が、排気ガスの誘導坑に霧状に放出される。
『8、7、メインエンジンシークエンススタート』
T-6.6秒
メインエンジン点火開始。
この際にSSMEの推力によってシャトルは機首下げ方向に少し傾くが、それが元に戻るのにかかる時間が約6秒。
それ故にエンジン点火時間を打ち上げ6.6秒前にしているのだ。
『3……2……1……』
そして、迎えたカウント0
『SRB点火!! リフトオフ!!』
夢の翼が羽ばたいた。
『いってらっしゃい我らが英雄! 偉大な父の名の船に乗り、尊敬する母の名を持つ、人類最高峰の実験棟、国際宇宙ステーションへ!! 良い新婚旅行を!!』
リディアの打ち上げコメントが述べられたが、MCCの仕事はこれからだ。
離床してから打ち上げ発射塔を超えた辺りからシャトルの追跡が開始される。
『現在、マーリン号は高度6kmを通過、速度は時速1206km、超音速飛行へと移行しました。加えて、最大動圧点「マックスQ」に備えてエンジンスロットルを104%から72%へと落として飛行しています』
放送にてそうアナウンスされるが、それを言っている間にマーリン号はマックスQを超えた。
「マーリン号、スロットルアップ」
『了解、マーリン号、スロットルアップ』
CAPCOMのパトリシアから船長であるクラリスにスロットルアップの指示が飛ぶ。
まぁ、システムが勝手にスロットルを上げるだけだが、もしこのタイミングで上がらなければトラブルが起きたということになる。
今回も無事104%まで出力が上がった為、ほっと息を吐く。
『SRB燃焼終了……SRB切り離し』
映像では、一瞬爆発したのかと思えるほどに機体の周りに煙が立ち込める。
しかし、SSMEから放たれる光が、いまだにマーリン号が飛んでいることを示していた。
ここから順調に高度を上げていき、MECOの約2分30秒前に機体を背面飛行状態から通常状態に戻す。
ETタンクを切り離し、大気圏で燃やす為だ。
そして――打ち上げから8分30秒。
『MECO! マーリン号は宇宙へ達しました!!』
彼らは無事、宇宙へと旅立った。
◆
無事、シャトルは打ち上げを終えて、船内は無重力状態になっていた。
「すげぇ……重さを全然感じねぇ!」
「もう20秒以上無重力状態ですよ!」
訓練では一度に20秒程しか無重力状態を体験できていなかったが、これから15日間、この状態が続くと実感して興奮気味にグランウィード夫妻は語り合っていた。
「おい、エンジンが切れたら座席を片付けると訓練で習っただろう」
「早くしないと怒られちゃいますよ?」
「おっと、危ねぇ」
「すみません!」
アランとルティシアに注意されて、慌てて座席を片付け出す。
しかし、レンは椅子を収納するのに四苦八苦していた。
「あ、あれ? 入らねぇ」
「レン、先に行くぞ」
「すみません、お先に」
悪戦苦闘していたら、既に座席を片付け終えたアランとルティシアはそそくさとフライトデッキに上がっていった。
「ちょ!? 待ってくれよ!!」
「えっと……」
ルナも既に片付け終えていたが――
「レン君、ごめんなさい!!」
先にフライトデッキに上がってしまった。
「あぁ! ルナまで!!」
皆に遅れて座席を収納すると、レンは急いでフライトデッキへ向かった。
「みんなひでぇよ! 先に行きやがって!!」
「お疲れ様です、レンさん」
ミッドデッキとフライトデッキを繋ぐシャフトから顔を出し、開口一番に悪態を吐くと、アイリスが片付け終わったことを労った。
「あっ、はい。座席収納終わりました」
「ご苦労様、何かあったら知らせるからゆっくりしてて」
船長であるクラリスがそう答えた後、レンは少し違和感を感じた。
ルナ達から、一言も話しかけられていないことに。
「?」
3人の目線の先。
それはフライトデッキ上部にある窓の外だった。
「おっ! どんな景色なんだ?」
どれどれと、レンはルナの隣に移動して外を見る。
その瞬間、3人が言葉を一切発しなかった理由が理解できた。
「……すげぇ」
外の景色は想像を絶するものだった。
海の青、雲の白、大地に芽吹く木々達の緑、時には地肌を晒して茶色などの色が薄く青いヴェールに包まれている。
――美しい。
それ以外に感想が浮かばなかった。
「綺麗……」
「あぁ、本当に……」
隣の窓から外を眺めているルティシアとアランがようやく声を発する。
「……ルナ」
「……あっ! はい! なんですか?」
レンが声をかけるも外の景色に釘付けになっていたのだろう。
声をかけられたことに一拍送れて、ルナは反応した。
「ありがとう。俺を宇宙に連れてきてくれて」
「レン君……」
レンはルナの肩を抱き寄せる。
頭を寄せ合うも、スターマンスーツをまだ着用している為、ヘルメットがコツンと当たり、レンとルナは少し吹き出した。
「宇宙旅行者の皆さん」
不意に声をかけられ、4人は船首方向に振り返る。
同行している4人の宇宙飛行士が微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
そして、宇宙に初めて上がった人達に向けて送るレイディアントガーデン宇宙飛行士伝統の言葉を、レン達にも送る。
「宇宙へようこそ」
その言葉を送られた時、レン達に込み上げるものがあった。
宇宙飛行士達は宇宙に来るまでに訓練を一年近くも実施し、ようやく宇宙へ来れた時に、先輩からこの言葉を送られたら、感慨もひとしおだろう。
たった半年。
たった半年、しかも簡易的な訓練しかしていないが、レン達はその気持ちがここに来てようやくそれが理解できた。
「「「「はい!」」」」
宇宙旅行は始まったばかり。
これからどんな経験ができるのだろうと、4人は胸を高鳴らせた。
◆
「いやぁ、ホント楽になったわ」
フロントのタッチパネルディスプレイを操作しながらクラリスが感心する様にそう言った。
「そうだな、第二軌道噴射のタイミングも自動計算してくれるから計算ミスのリスクも減る」
パイロットであるクリスもクラリスに便乗する。
このマーリン号から自動航法装置が導入され、第二軌道噴射、ISSへのランデブーまで自動で行なってくれるようになった。
この機能は地球のクルードラゴンとほぼ同じものである。
「背後のコントロールパネルにもタッチパネルディスプレイとキーボード、あとはリヒターアームのジョイスティックくらいしかないからスッキリしたわね」
「本当、扱いやすくなってきましたわね」
アイリスとユリアも同じく、オービターの操作系の進展に感嘆しているとレンが質問してきた。
「やっぱりスペースシャトルの操縦って難しいんですか?」
「そうね、ソユーズと比べるとかなり複雑だし、一歩間違うと非常通知がすぐ鳴るし」
「スペースシャトルのシミュレータ訓練が始まった頃なんか普通に打ち上げて軌道に乗せるだけでも四苦八苦したぜ」
アイリスとクリスはその時のことを思い出しているのだろう。
その表情は苦笑を浮かべていた。
「アイリスさん達もですか?」
「私やユリアはミッションスペシャリストですから、シャトルの操縦というよりもシャトルのシステムを熟知して運用することが仕事ですので、燃料計算やエンジン噴射時間の計算などはあまりしないんです」
「まぁ、全くしないわけではありませんが、船長とパイロットと比べたらやっていないのと同じですわね」
レンの質問に答えたクラリスとクリスの答えを聞いて、今度はルナが質問すると、アイリスとユリアはそう答えた。
「すごいです! そんなに難しいものを簡単に乗りこなすなんて、すごすぎます!」
ルティシアが興奮気味にそういうが、クラリスは照れる様子もなく、苦笑で答えた。
「いやぁ、努力したっていうか、努力せざるを得なかったっていうか……」
「ん? どういう意味だ?」
クラリスの煮え切らない答えにアランが質問する。
「……私達の幼馴染があんなのでしょ? だから、親友である私達も必死なのよ」
「そうだな、俺も、あいつと肩を並べたいって想いでここまできた」
「私も」
「私もですわ」
クラリス、クリス、アイリス、ユリアはそれぞれ同じ想いを持ってここまで努力してきたことを語る。
「みんなはあいつのこと……レオンのことはどう聞いてる?」
「えっ? ええと……ノアセダル王妃様を病から救って、領地を貰って、今に至るって聞いてます」
クラリスの質問にレンが答える。
「そうね、間違っていないわ。じゃあ、家に関しては?」
「そういえば……あまり聞かないですね」
「王妃陛下に接触できるのだから、両親が宮廷魔法士とかではないのか?」
レオンの家のことは聞いたことがなかったレンはそういうと、同じく聞いたことがなかったアランは推測を言った。
「レオンに両親はいないわ。彼が6歳の時に魔物に殺されたの」
「「「「!?」」」」
聞いたことのなかったレオンの過去に驚愕する4人。
そのまま続けて今度はアイリスが話始めた。
「ゼーゲブレヒト領で魔道具を売って生計を立てていたんです。材料を自分で集めて、自身で魔道具を製作して。しかも途中からその売上を計算していたのが自動計算機になった時は驚きましたね」
出会ってから二年経ったある日、自動計算機を叩くレオンを見た時の衝撃は、アイリスとクラリス、クリスは忘れられなかった。
「マリーダ様が白死病を患って危篤状態になった時、医者達が全員匙を投げて、私とクラリスが一縷の望みを賭けてレオンさんに相談したんです。そうしたら、まさかの治癒魔法ではなく、薬を出してきて、しかもそれだけで治しちゃったんです」
もしかしたら、あの日、薬の力で病を治したところを見たからこそ、今自分が魔法薬学を頑張れているのかもしれないとアイリスは思った。
「そこからですわね。全て、そこから始まったんです」
「魔道具メーカーとして始めて、航空機を開発。そのあとロケットの開発と打ち上げに成功……考えてみりゃ、とんでもないハイペースだよな」
ユリア、クリスがそう語る。
「それだけハイペースで開発ができたのはレオンがいたから。あいつはどんな不可能なことにも諦めずに前を向いていた……だから私達も負けられなかった」
「知っていけばいくほど、レオンさんの知識の底は深く、追いつける気がしませんでした。でも、そんな彼でも失敗する時はあります。そんな時に、支えられる人になりたいという一心で私達はここまで来れたんです」
「そう。で、その結果が……これだよ」
クラリス、アイリスが語り終え、最後にクリスがフロント左方向を指差す。
その先には、青く輝くエクセルが見えた。
「あいつに着いてきたお陰で、この景色を何回も見ることができてる。それが何より嬉しいんだ」
その想いは4人とも同じなのだろう。
その表情は誇らしげな笑みを浮かべていた。
◆
軌道噴射を終えて、軌道に乗ったオービターは、ペイロードベイドアを開けた。
そしてすぐに、ペイロードベイに収められたスペースラブIIに追加された機能を起動させる時がきた。
「おぉ! すげえ広い!」
「これがスペースラブなんですね」
「この広さを基準に作られてるのが国際宇宙ステーションなんです。では、重力魔法を起動させるので、みんな足を天底側に向けて」
入室している6人。
アイリス、ユリア、そしてレン達は機体の天底側……即ち下に足を向ける。
「では、起動します」
魔道具起動のスイッチが押されると、魔道具の起動音と共に、徐々に体に負荷がかかってくる。
軌道噴射の時のような、いきなり重さがくるようなものではなく、本当にゆっくりと足元が床に近づいていく。
そして、魔道具に設置されている重力を表す液晶に1Gが表示された。
「これは……すごいですわね」
「ええ、まさかここまで……」
ユリアとアイリスはその感覚に衝撃を受ける。
地上と遜色がなかったからだ。
今回、この重力発生魔道具の付与を行ったのはレオン本人である。
二人は改めて、レオンの技術力の高さに感嘆した。
「どうだ〜、上がひと段落したから見に来――イッテぇ!?」
感心していたら、クリスが入室してきたが、起動中の時と違っていきなり0Gから1Gに変わった為、クリスは頭から床に落ちた。
上がひと段落した、ということは――
「どうしたの? 大きな声出して――痛ったぁい!?」
クラリスもやってきて、クリスと同様に落ちた。
ちなみにクラリスは足から進むタイプである為、頭ではなく尻から落ちた。
「……これは改善する必要があるわね」
「……ですわね」
頭やお尻をさする二人を見ながらアイリスとユリアはレポートを書き始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「怪我とかはないですか?」
「見たところ大丈夫そうですけど、気をつけてくださいね」
「グランウィード夫人、二人に治癒魔法を頼めるか?」
クリスとクラリスを心配したのは宇宙旅行者の四人だけであった。




