episode63 最高のおもてなし その1
レン君達がレイディアントガーデンでの訓練を始めて早2カ月。
既に最終試験も終えて、晴れて宇宙旅行に行けることになった彼らに、ある知らせをした。
オービター「マーリン」がロールアウトしたのだ。
「おぉ!!」
「すごい!こんなに直近でスペースシャトルが見れるとは!!」
やはり男の子だな。
レン君もアラン殿下も目を輝かせて見ている。
外見は一切変わりないが、違うのはフロントガラス側面と左主翼に「Merlin」の名前があることと、内部の操作系が全てタッチパネルになったことだ。
「ふふっ、アラン様。私達はこれに乗るんですよ?」
「おぉ、そうだったな。いかんな、ついはしゃいでしまった」
「いいではないですか。私も高揚していますから」
アラン殿下にそう語りかけるルティシア様も笑顔が浮かんでいる。
ルナちゃんもレン君の横でニコニコと笑っていた。
「この中に居住モジュールが積まれているんですか?」
「いや、まだ空だよ」
スペースシャトルにペイロードを入れるのは発射台に着いてからだ。
でないとVAB(ロケット組立棟)でシャトルを吊り上げる際に何かあったら即ペイロードが水の泡になる。
……そもそも、今積んでしまうと持ち上げるのがかなり難しくなる。
「発射台にペイロード積載機構を付けてるからそこで入れるんだよ」
「へぇ……」
そんな会話をしながら、ゆっくりとオービターをVABへと運び入れる作業を見学していく。
そして、レン君達はさらに驚くものを目の当たりにした。
「おぉ!!」
「大きい……」
「すごい……こんなに巨大だったのか……」
「遠くで見るのとは大違いです……」
VABの中で聳え立っていたのはSRBと外部燃料タンクだった。
既にクローラー、発射台に固定されている為、その足元に行くとその巨大さがよくわかる。
これからこのタンク部分にオービターを固定してもらうのだ。
俺達がSRBを見上げていたら、機体部門の責任者であるルドルフさんが呼びかけてきた。
「おーい大将! アレ、できるぜ!」
「わかりました!!」
「「「「?」」」」
「アレ」と聞いて四人ははてなマークを浮かべる。
そんな四人に俺はあるものを手渡した。
「四人とも、はい、これ」
「これは……」
「……モップか?」
そう。
俺が手渡したのはモップだ。
俺も一本手に取り、オービターへと近づいていく。
もちろん、四人にもついてきてもらう。
「もしかして、お掃除するんですか?」
「なるほど! 清めの儀式のようなものですか?」
船の進水式でのシャンパンみたいなものを想像してるのかもしれないが、そうじゃない。
これは単純に――
「いや、ノーズギアドアを閉めるんだよ」
「……えっ?」
レン君が気の抜けた声を出す。
実はスペースシャトルオービターのランディングギアの収納は無重力環境を想定して作られている。
一応、地上でもギアアップは可能なのだが……。
「大体、最後の方で詰まるんだよね」
「あ、ホントだ。半開きになってる」
無重力を想定して作られている為、モーターの馬力が少し足りないのだ。
よって、最後は人力で閉めるのである。
「そうか、だからモップなのだな」
「こ、これで閉めるんですね……」
「結構古典的なんですね」
「でも、いいと思わないかい?」
俺はモップを肩に担いで、レン君達と向き合った。
「自分の乗るオービターの準備を手伝えるのってさ」
「「「「……確かに!!」」」」
四人は同時にそう言って、俺と共にオービターのノーズ部分に近づいた。
「さぁ、いくぞ! 嬢ちゃん達も力入れてな!!」
「「は、はい!」」
ルドルフさんがルナちゃん達に激励をして、返事を聞くと、一拍置いて号令をかける。
「せーの!!」
バコンという音と共に閉じられたノーズギアドアを見て、問題がないことを確認したら、作業に参加した皆が拍手した。
あとはオービターを外部燃料タンクに接続する作業になる為、ここから先はルドルフさん達の領域となる。
「ありがとうございました。ルドルフさん」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「しっかり組み立ててやっから、楽しんでこいよ!!」
ルドルフさんに礼を言い、VABを後にする。
レン君達はいよいよ迫る打ち上げに心躍らせながら、アストロノーツビルへの帰路についたのだった。
◆
――4月。
王国会談が開かれる日がやってきた。
王国連合発足後初めて、ノアセダル王国での開催に王国内は盛り上がり、その高揚は各国首脳も同じだった。
何故なら――
「やっと……やっとだわ! やっと航空機に乗れるのね!!」
ロムルツィア国際空港に馬車で向かう教皇のロズウィータは今日という日を楽しみにしていた。
元々乗ってみたいという思いはあったが、隣国へ行く程度であればヘリでこと足りていた為、固定翼機に乗る機会がなかった。
3年前のノアセダル王国国王のマティアスに似た欲求だった。
「猊下、見えてまいりましたよ」
身の回りを世話してくれているメイド長のタニヤの視線の先に、搭乗予定の機体があった。
「……あら?」
その機体を認めた時、ロズウィータは少し違和感を感じた。
……知っている航空機と違うと。
「お待ちしておりました。教皇猊下」
機体の近くに停車し下車すると、恭しく頭を下げて挨拶をしてきたのはレイディアントガーデンの制服を着た女の子だった。
ロズウィータはその子に、先程抱いた疑問を質問した。
「ありがとう。ところで、この飛行機は? ノアセダル国王陛下がお乗りになっていたものとは違うように思うのだけれど」
「はい、こちらは今回初の任務飛行を行います。777-300ER型にございます」
777-300ER――
全長73.9m 全幅64.8mの大型機。
2019年から使用されている日本政府専用機に使われているものと同型機である。
「まぁ! 初飛行!?」
まさかの新型を用意してくれたことに喜びを露わにするロズウィータにタニヤは苦笑する。
「既に搭乗できる状態です。あちらのタラップよりお上がりください」
L2ドアに設置されているタラップを早速上がっていくロズウィータの後ろを、荷物を持って慌ててタニヤが追いかける。
そして、機内に入ると――
「まぁ! まぁまぁまぁ!!」
「これは……」
内装は木目調の壁となっており、座席は青系の色で統一され、且つその座り心地は最上のものであろうことが見てとれた。
「すごいわ! 馬車やヘリの何倍も広い!!」
「確かに……これは言葉を失ってしまいますね」
「それで、私達の座席はどこなの!? できれば窓側がいいのだけれど!」
子供のようにはしゃぐロズウィータに、案内役の女の子はロズウィータ達の見ている方とは反対側に四つ指を指す。
「こちらの座席は随行員席と言って、随行する要人様の座席となっております。猊下の「部屋」はこちらですよ」
「「……「部屋」?」」
ロズウィータとタニヤは同時に首を傾げる。
座席ではなく……部屋?と
女の子の指す方にはドアがあり、その先に猊下用の座席があるのだろうと想像できる。
もしかしたら、ドアの先を指した為、部屋と言い間違えたのかもしれないと二人は思いながら、女の子の指したドアをタニヤが開いた。
すると……そこに広がっていたのは――
「……」
「……嘘でしょう?」
――紛れもなく、「部屋」であった。
前世でいうビジネスクラス2列×4席、ファーストクラス1列×4席の面積を利用したその部屋にはベッド、ソファ、テーブルに座席と配置されており、ここが航空機の中であることを忘れてしまう程であった。
「こちらが教皇猊下のお部屋になります」
「えっ? えぇ!? 乗り物の中に、部屋!?」
この世界に於いて、乗り物といえば馬車だ。
どんなに豪華な馬車であっても、他の馬車と比べると広い程度のものであった。
横になって眠れる程のスペースは無く、せいぜい足を伸ばして過ごせる程度のものが、所謂「贅沢な乗り物」だった。
しかし、目の前に広がっているのは紛れもなく部屋。
しかも、航空機という「乗り物」の中である。
ロズウィータとタニヤの中にある「贅沢な乗り物」が更新された瞬間だった。
「ちなみにこちらがシャワー室となっています」
「「シャワーまで!?」」
案内人の子が開けた扉の先は、紛れもなくシャワーブースだった。
「バスタブはご用意出来ませんでしたので、申し訳ありませんがご了承ください」
「いや……これだけで十分だけれど……」
渡航ではお湯で体を拭くことが精々で、湖や川があったら水浴びができる。
そんな旅しかしたことがないロズウィータから見ればお湯を浴びることができるのは贅沢以外の何者でもなかった。
「そろそろ離陸致します。御着席ください」
あまりの贅沢な装備に唖然としながら座席に着くロズウィータとタニヤであった。
――
――
――
滑走路へのタキシングが開始され、いよいよ空を飛ぶ時が迫る中、ロズウィータとタニヤは互いの手を握っていた。
「……ホ、ホントに飛ぶのでしょうか?」
「この飛行機はノアセダルからここまで来たのだから大丈夫よ……」
ロズウィータもそう言ったものの、少し不安ではあった。
何せヘリ以上に大きい機体が空を飛ぶ姿が全く想像できないからだ。
そんな不安の中、機体はとうとう滑走路にラインアップする時を迎える。
ポーンポーンという音が鳴り、離陸することがアナウンスされる。
『皆様、当機はまもなく離陸致します。シートベルトを今一度、お確かめください』
そのアナウンスがされた瞬間、タニヤがロズウィータのベルトと自分のベルトのテンションとしっかり巻かれていることを確認した。
「ありがとう」
「いえ、猊下に何かあったら大変ですから」
確認作業をしていると、機体がゆっくりと止まる。
ロズウィータは外を見ると、滑走路に入ったことを認めた。
その瞬間、今まで聞いたことがない音が聞こえ始める。
ヒュュュュ……キィィィィィィィィ!
その音が聞こえたすぐ後、機体が加速を開始した。
シートの背もたれに少し押しつけられる感覚がしばし続いた後、今度はお尻に圧を感じた。
「わぁ! タニヤ! 見て!! 飛んでいるわ!!」
外を見たロズウィータは、どんどん下へ離れていく街並みと、下へ押しつけられる感覚から、飛んだことを認識した。
それを共有したくて、タニヤに外を見るよう促すが――
「申し訳ありません! 猊下!! 無理です!!」
初めての感覚にタニヤは恐怖を感じて、目を閉じていた。
ヘリでの移動が可能となった今、国内遠方でも、日帰りが可能となった為、タニヤが同行することは少なく、ヘリ以上の速度で飛び立つ飛行機は、タニヤには少し荷が重かったようだった。
――しばらくしてから、タニヤもようやく落ち着いたのか、閉じていた目を開いていた。
また、ポーンという音が鳴ると、ドアがノックされ、ロズウィータが入室を許可すると、先程まで案内をしてくれていた女の子が入室してきた。
「機体が水平飛行に入りました。これより、サービスを開始致します」
「……サービス?」
今回のフライトはただノアセダル王国に向かうのではなく、周遊してからノアセダル王国へ向かうという、空の旅を満喫してもらうプランとなっていることはロズウィータも聞いていた。
あとは外の景色を眺めながら、夕食を待つと思っていたところに、サービスを開始すると言われたから、何が始まるのかと思ってしまったのだ。
「まずは……ティータイムでもいかがですか?」
案内人の女の子から二つ折りの厚紙を手渡される。
そこに書かれていたのは飲み物の種類と、お茶菓子のラインナップだった。
「えっ? えぇ!? お茶を頂けるの!?」
「はい。いかが致しましょうか? ティーセットと茶葉をご用意して、タニヤ様に淹れて頂きますか? それともこちらでお淹れ致しましょうか?」
「あっ!? では、私が淹れます!!」
「かしこまりました」
「あと、いつでも淹れられるように、キッチンの使い方を教えて頂きたいのですが……よろしいですか?」
「構いませんよ。どうぞこちらに」
女の子に連れられ、タニヤが退室していく。
一人となったロズウィータは背もたれに深く体を預けて大きく息を吐いた。
「はぁ……すごいわ。これはとんでもないおもてなしね。ノアセダル……というよりレイディアントガーデンでないと絶対にできない」
そんな言葉を漏らし、しばらくすると、再度ドアがノックされ、すぐさま居住まいを正す。
「どうぞ」
「失礼致します」
ドアを開けて先に入ってきたのは案内人の女の子で、その後ろからタニヤがサービスワゴンを押して入ってきた。
「……どうしたの? タニヤ」
少し暗い表情をしているタニヤを心配して声をかける。
すると、返ってきたのは予想だにしないことだった。
「……キッチンでした」
「……はい?」
「普通の……キッチンでした」
「そ、それはそうでしょう。こんなに立派な……」
そこまで言ってロズウィータも気がついた。
そうだ、ここは「乗り物」の中だと。
「えっ? 普通のキッチン?」
「そうです!! ホントに普通でした!! 少し小さいくらいでしたが装備は普通でした!!」
「……ご覧になられますか? そんなに楽しい場所ではありませんが」
案内人の女の子に促され、ロズウィータはキッチン……ギャレーを覗く。
確かに見た目は普通のキッチンだった。
「……ホントに普通ね。ここが乗り物の中じゃなければ全然驚かないほどに」
「乗り物の中にあるのがありえないんです!」
とにかく、気持ちを落ち着けようと、座席に戻ったロズウィータは、タニヤに紅茶を淹れてもらい、それを口に運ぶ。
「!? これって……」
それの心地よい香りと爽やかな味わいに、ロズウィータは覚えがあった。
「今回、茶葉はラッフリーノをご用意致しました。お気に召して頂けましたか?」
「ラ、ラッフリーノ!?」
ラッフリーノティー。
それはこの世界で最も高級な茶葉である。
上級貴族、大富豪、果ては国王であってもその茶葉を手に入れるのは困難と言われているもはや幻の茶葉。
その値段は最高値で500g15万イースを記録したこともある最高級茶葉である。
ロズウィータも過去に一度飲んだことがあるが、その味と香りは忘れられなかった。
それが今、目の前にあり、口にした途端過去の記憶が鮮明に蘇ったのだ。
「はわ……はわわ……」
「……私が淹れようとしたんですけど、ラッフリーノなんて淹れたことがないので……お任せしました」
戸惑うロズウィータにタニヤは恐縮しながらそう言った。
最高級茶葉を淹れた経験などそうそうあるものではない。
「と、ところで……これはいくらほどかかるのかしら?」
ロズウィータは震えながら、案内人の女の子に尋ねる。
ポットで用意された為、その値段は5万イースは飛ぶだろうとロズウィータは考えた。
しかし――
「お金は頂きません。このフライト中のお飲み物やお食事は全て無料でございます」
「「……タダ!?」」
普通の渡航であっても、宿を取る場合は多めのお金を支払うのが普通だ。
しかし、これら全てが無料ということに驚きを隠せない。
「では、空の旅を心ゆくまでお楽しみ下さい。何かありましたら、そちらの呼び出しボタンを押して頂ければすぐに駆けつけます」
失礼しますと一言言って、案内人の女の子は退室していった。
それを見届けたあと、ロズウィータは近くにあった菓子に手を伸ばし、口にする。
「……美味しいわ」
「……このお菓子も、あの有名店「カッサンドラ」のお菓子だそうですよ」
「……」
今までの渡航と比べるまでもなく、快適で贅沢な時間だった。
「これは……戻れないわね……今までの渡航に。ノアセダル国王陛下が各国に空港を作ろうと躍起になっていた意味がやっとわかったわ」
ロズウィータはもう一杯、ラッフリーノティーを口にする。
空から眺める景色と、最高の紅茶。
この時間は生涯忘れないだろうとロズウィータは思ったのだった。
ノーズギアのドアのところは下記の動画を参考にしました。(3:11ぐらいから)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8695293




