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episode62 実践訓練を始めよう!!

 


 年が明けた1月中旬


 レン達宇宙旅行者はレイディアントガーデンでの実地訓練のため、ノアセダル王国アルファード領に来ていた。


 本格的な訓練の為、クラリス、クリス、ユリアに加えて帰還後の訓練を終えたアイリスも合流した。



「じゃあ、これからは座学だけじゃなく実践的な訓練を受けてもらうわ。しっかりついてきてね」


「「「「はいっ!!」」」」



 四人からの力強い返事にクラリスはたじろいだ。



「な、なんか気合入ってるわね。なんかあったの?」


「ああ……いえ、ちょっと個人的なものと言いますか……」



 ZTVの見学時のことをレンは話した。



「なるほど。それで意気込んでいるんですね」


「てかレオンはそんなことをしてたんだな」


「レオンさんらしいとは思いますけどね」



 アイリス、クリス、ユリアがそれぞれ納得すると、クラリスが手を叩いて話を戻した。



「じゃあ、その意気で訓練に入ってもらうわ! 今日は特にそれが必要だしね!」


「今日はどんな訓練をするんだ?」


「ついてきて」



 アランが質問すると、クラリスが移動を促した。


 その移動先には旅客機と比べると小さな飛行機が4機並んでいた。



「T-38ジェット機、これで加速度に慣れて貰うわ」



 T-38ジェット練習機は、全長14m、 全高3.8m、全幅7.6mのスペースシャトルパイロット及びミッションスペシャリストの為に用意された小型ジェット機である。


 形は地球でいう戦闘機と同じであり、エクセルに於いては初の2人用航空機である。



「2人用の航空機があるんだな……」


「加速度に慣れるというのはどういうことですか?」



 小さな飛行機を目の当たりにしたアランが言葉を漏らした後、ルティシアが素朴な質問をする。


 というのも、既に四人は重力操作魔法を利用した耐G訓練を何回か経験しており、それぞれ合格を貰っている。


 にも関わらず、レイディアントガーデンに来てまでまた加速度訓練をする意味が理解できないのだ。



「実はスペースシャトルってね……乗り心地最悪なのよ」


「「「「……えっ?」」」」



 クラリスからの突然のカミングアウトにレン達四人は同時に聞き返した。



「乗り心地でいうならソユーズの方がいいわよ。加速が緩やかで、ブースター切り離しもスムーズだし」



 けどねと、クラリスはさらに話を続ける。



「スペースシャトルは離床直後は1.2G、徐々に加速してSRBが切り離されるT+2分くらいになったら2.5Gくらいまで加速する。でもSRBを切り離した直後は0.9Gまで加速度が下がるの」


「えっ? それって……急ブレーキをかけられたようなものですか?」


「ん〜、というより、重くのしかかっていたものが急になくなる感覚かな?」


「な、なんでそんなことになるんですか?」



 レンがそうクラリスに質問すると、その質問にはクリスが答え始める。



「実はSRB切り離し時点じゃ、スペースシャトルのエンジン推力だけじゃ、重力を振り切れないんだよ。だから一旦加速度が落ちるわけだ」



 それを言われた四人は混乱した。


 重力を振り切れないということは宇宙に上がれないということだ。


 しかし、実際にスペースシャトルは宇宙に行っている。



 何が何だかわからなくなってしまった。



「でもな、徐々に燃料を消費することで機体が軽くなっていくと加速し始めるんだ。最終的には3Gまで加速度が上がる」


「「「「な、なるほど!!」」」」



 燃料消費による機体重量の変化を加味して飛行計画を立てていることに感銘を受ける四人。


 一通りの説明を終えたところでクラリスが手を叩く。



「というわけで、急激な加速度を体験するには航空機が一番実践的で手取り早いのよ。じゃあ、誰と組みたい? 皆は特に計器飛行とかのタスクはいらないし、完全に加速度慣れの訓練だから、誰と組んでもいいわよ」



 クラリスがそういうと、一人、勢いよく手を上げた人物がいた。


 ルナである。



「はい! 私、アイリス様とご一緒したいです!!」


「あら? 私とですか?」



 ルナにとってアイリスは憧れの存在である。


 自身が治癒魔法士を目指していることもあり、1年前のスタンピードの時のレンに対する治癒魔法の手際を見てからというもの、アイリスに憧れていたのだ。


 実は今回の旅行で同行してくれることを知った時、悲鳴を上げて喜んでいたことはレンとの秘密である。



 ――しかし。



「「「え゛っ!?」」」



 クラリス達飛行士は驚愕の表情を浮かべる。



「えっと……ルナさん。私といたしませんか? アイリスさんには別の方と組んでもらえたら……」


「あ、そ、そうね!その方がいいかも!! 好きに選んでって言ったそばからこういうのもなんだけど」


「だな! その方がいい!」



 ユリアからの提案に乗ってくるクラリスとクリスをキョトンとしながら見ている四人の横で、頬を膨らませてアイリスが抗議した。



「もう! なによ、みんなして!! 私だって航空機の操縦はうまくなったんですからね!!」


「いや……でも姉様……」


「ルナちゃん! 一緒に頑張りましょう!!」


「えっ? あっ、はい!! ご一緒できて嬉しいです!」



 なんだかんだで一緒に訓練ができることになったルナは嬉しく思った。


 一抹の不安を抱えながら……。



 ――


 ――


 ――



 訓練用の空域に到達した四機は、隊列を組みながら綺麗に進んでいく。


 組み合わせはクラリス・レン、クリス・アラン、ユリア・ルティシアとアイリス・ルナである。


 ここまで数分。


 特に何も問題はない為、旅行者四人はなぜ、宇宙飛行士3人があれほど焦っていたのか不思議だった。



 が、その焦りの理由を、すぐに理解することになる。



「じゃあ、加速度訓練始めますよ! まずは小手調べで……「スーパークルーズ」から!!」


「はい! ――えっ? スーパークルーズって確か……」



 ルナは座学で学んだことを反芻していた。



 スーパークルーズとは……超音速巡航のことである。



「えぇ!? ちょ!? アイリス様!?」


「行きますよぉ!! レディ……ナウ!!」



 瞬間。


 アイリスはスロットルを前に倒し、アフターバーナーを点火させて急加速する。


 置いてけぼりをくらった三機に搭乗していたレン、アラン、ルティシアの三人は唖然とする。



「……はぇ?」


「な、なんだ? あの加速は?」


「もう見えなくなりました……」



 クラリス達は「あぁ……」と案の定、想像していた通りになったことをルナに心の中で詫びた。



「……姉様はね、所謂スピード狂なのよ」


「ス、スピード狂?」


「T-38が出来てから、ミッションスペシャリストに選ばれた宇宙飛行士はみんなこの飛行機を操縦できるように訓練されるわ。無論それは姉様も同じなんだけど……」



 アイリスは元々操縦技能に長けていなかったが、一度コツを掴むと徐々にその腕を上げていった。


 しかし、それはアイリスにとある世界を見せてしまったのだ。



 それは速度。



 MDFSでの超音速巡航では味わえない、身体がシートに押し付けられる感覚。


 それをアイリスは気に入ったのだ。


 従って――



「速度が出るもの全て、オーバースピードを出してしまうようになったのよ」


「車然り、航空機然り」


「しかも、無駄に技量を上げたものですから、とんでもない操縦を繰り出すんですの。……ほら」



 ユリアが顎をくいっと動かし、ある方向を指す。


 そこには機首を上に上げて急速にブレーキをかけ、再び水平に戻すアイリス機がいた。


 コブラと呼ばれる失速後機動(ポストストール・マニューバ)である。



「……あれ、できる人はほんの一握りなんですのよ」


「そ、そうなのか……」



 アランはかろうじてそう答えた。


 中にいるルナのことを思うと、レン達はただ一つの言葉しか浮かばなかった。



 ……ご愁傷様と。



「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!」


「そうそう!! 大きく声を出していきましょう!! でないとブラックアウトしますからねぇぇぇぇぇ!!」











 ◆










「素人相手にコブラかますとか何考えてんだ」


「すみません……」



 本格的な実践訓練が始まった為、様子を見にきたら加速度訓練を丁度終えたところにやってきた。



 だが、目の前に広がった光景が地獄絵図だったのだ。



 ただひたすらに心配そうな顔で治癒魔法をかけるアイリスと、バケツに顔を突っ込んでいるルナちゃんの姿。


 それを見てなんとも言えない表情を浮かべる他のメンバー。



 何があったのかすぐに想像できた。


 アイリスがやったなと。



「お前は最初の頃と比べるとかなり体力も付いてるんだ。お前は普通でも、ルナちゃんに失速後機動(ポストストール・マニューバ)を体験させるにはまだ内臓筋が出来ていないから無茶だよ」


「そうですね……すみません……」


「……レン君、今、顔を見ないでください……きっと酷い顔をしてるから……」


「な、何言ってるんだよ! 俺はどんな顔でもルナを愛してるぞ!!」


「レン君……っ!」



 俺が注意して、しゅんとしているアイリスの横で、レン君達は桃色空間を作っていた。



「あれは通常通りだから気にしないでくれ」


「あっ、はい」



 アラン殿下がそういうんなら大丈夫だろう、うん。











 ◆










 レイディアントガーデンでの実践訓練を始めて1カ月。


 体力向上の為のランニングや、T-38での訓練にも慣れ、ISSでの避難と応急処置方法の訓練も終えたレン達一行は、待ちに待った訓練が実施されることに胸を躍らせた。


 それは――



「じゃあ、事前に言ってたとおり、無重力訓練を始めるわよ」



 わぁっと湧き上がる旅行者四人。


 これぞ宇宙訓練というものを体験できるのだから、心躍らずにはいられない。



「この訓練用のC-2輸送機で訓練するわ。高度10kmから6kmまで急速降下して体を浮かせて無重力を疑似体験するのよ」


「あのぉ、質問いいですか?」


「どうぞ」



 おずおずと手を上げたルティシアがとある疑問を投げかける。



「えっと……レイディアントガーデンには重力魔法を使える施設がありますよね? 私達の適正を見るために入った建物が」


「ええ」



 重力訓練棟。


 地球でいうところの、あのぐるぐる回って高Gを生み出す施設のことだ。


 しかし、エクセルでは重力魔法がある為、部屋内に設置した座席に座って高Gを体験するような設計になっている。


 しかも、重力魔法の為、反重力を生み出すことも可能である。



「あそこでも無重力体験はできるのでは? わざわざこんなに大きな航空機を出さなくても……」


「いい質問ね。簡単に言えば、重力訓練棟の無重力と、これで体験する無重力とでは全くの別物なのよ」


「えっ?」



 無重力に別とかあるのか?と四人の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。



「重力訓練棟で発生させる無重力は、身体がそのまま浮くのよ。でも、航空機での無重力は別……何せ、落ちているんだからね」


「身体を浮かせて無重力を作るのと落ちて無重力を作るのとの違いだな」


「な、何か違うのですか?」


「違うぞ、落ちるのと浮くのでは」



 身体をふわふわと浮かせるだけでは、宇宙での無重力を体験させるには不十分である。


 その理由は主に鬱血である。


 常に自由落下している低軌道上は、血液が頭に上る。


 しかし、重力魔法を使用した場合、なぜか血流は地上と変わらなかった為、「無重力は体験したがしていない」という不思議な状態になってしまうのだ。



「――ってわけで……はい、これ」


「?」


「なんですか?これ」



 クラリスが差し出したものを見て、首を傾げるルナとレン。


 見た目から薬であることは想像できているが、なんの薬なのかがわからなかった。



「酔い止めよ。これがないときついと思うわ」



 一人一錠受け取り、C-2輸送機へと乗り込んでいく。


 内部は白いクッションが上下左右に設置され、無重力状態中にぶつけて怪我をしないような工夫がされていた。


 しかも、クッションの所々に手すりがあり、掴んで体制を立て直せるようにもなっている。


 最初、緊張していた四人だが、徐々に高度を上げていく中で、緊張はワクワク感で薄れていった。



「さぁ、そろそろ始めるわよ」


「皆、仰向けになってくれ」



 クラリス、クリスの指示で仰向けに寝転がる。


 寝転がり、しばらくするとカウントダウンが始まった。



『3、2、1――』



 カウント0を迎えた瞬間。


 身体に浮遊感を感じ、身体が床から離れ、浮き上がっていく。



「わっ、わっ、わぁぁぁ!!」


「えっ、ちょ、嘘っ!?」


「これは……ははっ、難しいな!!」


「あわわわっ!?」



 レン、ルナ、アラン、ルティシアは無重力状態なった途端に姿勢の維持が困難になったことに混乱した。


 しかし、四人とも笑顔であった。



 無重力状態を体験できるのは大体20秒程。



 一回目の無重力状態が終わり、あっという間に終わったことにレン達は驚いていた。



「こ、これだけ!?」


「もっと体験したいです!!」



 レンとルナが興奮気味にそう訴える。



「後数回はやるから安心して。でないと訓練じゃないからね」



 機体はまた上昇し始める。


 通常の旅客機と違ってかなりの角度で上がっており、身体にかかる加速度は1.8Gにまで上がる。


 しかし、その上昇が終われば、また無重力状態になるのだ。



「おぉ、きたきた!!」


「レ、レン君! 離さないでくださいね!!」


「ははっ! わかった、大丈夫だよ」


「絶対ですからね!!」



 浮遊魔法で浮くことに慣れていたからか、レンは既にコツを掴んでいた。


 ルナはまだ慣れていない模様だったが、レンに縋る形でなんとかなっている。


 そして、それはアラン達も同じであった。



「ア、アラン様!」


「大丈夫だ、ルティ。私が支えているから」



 その姿はまるで一緒にスケートに来て彼女に手解きをする彼氏のようであった。


 それを見ていたクラリスとアイリスがポツリと言葉を漏らす。



「……あれ、レオンにやってみたい」


「私も同じことを思ったわ」



 頭の中で、レオンを支える、あるいはレオンに支えられる自分を想像する二人。


 だが、それをクリスとユリアが否定した



「俺達に無重力状態での身のこなしを実際に教えてくれたのレオンだぞ」


「だから、無重力状態で慌てふためく状況になりませんわ」



 事実、そんな会話をしている四人は壁の手すりを掴んでいるわけではなく、足をかけて姿勢を維持していた。


 ステーションでは手すりに足をかけて状態を維持することが普通だからである。


 レオンも7歳の頃、初期型のMDFSで飛び、空気の流れを遮断する魔道具を展開して、空間を作り、自由落下して無重力を体験したことがあった。


 その際の経験を宇宙飛行士達に教えたのである。


 そのため、今のレン達のような状態にはならないのだ。



「……いいなぁ、ルナちゃん達」


「ほんとね」


「てか、訓練しようぜ」


「そうですわ!これからスターマンスーツの着用訓練もあるんですのよ!?」



 ゆるい空気の中、無重力訓練を続け、総合計6分程の無重力訓練を終えた四人は、ルナ以外全員が吐くという事態になった。


 ……どうやらルナはアイリスとの訓練で鍛えられたらしい。

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