episode60 やることが多すぎる
アケルリース王国高等魔法学園のグラウンドを借りて、クラリス、クリス、ユリア、マリアとレン達旅行者達は体力訓練に入ろうとしていた。
「クラリスさん、これは?」
レンは手渡されたリストバンドを示してクラリスに質問した。
「それは魔力結合抑制リストバンドよ。それを付けると魔法が使いづらくなるのよ」
「……えっ?」
レン達は耳を疑った。
魔法を強化する為の魔道具の開発に勤しむことはあれど、魔法を抑制する魔道具など、見たことがなかったからだ。
「なぜ魔法を抑制する必要があるのだ?」
アランが抱いて当然の疑問を発する。
それはレンやルナも抱いたものだった。
……魔法が使えないルティシアは蚊帳の外である。
「身体強化魔法を「無意識に」発動させない為です。これからは体力向上の為にグラウンドを走って貰いますから」
マリアは旅行者たちの質問に答える。
「……正直、ここまでする必要があるのか? 事前に聞いた話では、宇宙では魔法が使いづらいと聞いているから、それに慣れる為の訓練だとは理解しているが……」
アランがそういうとクラリスは首を横に振った。
「それは違うわ。これは単純に体力を上げる為に付けるのよ。魔法が使えない環境に慣れる為の魔道具じゃない」
「えっ!? じゃあ、なんでこれを付けてランニングするんですか? 別に付けなくても体力は付くと思いますけど?」
今度はルナが質問する。
「実は魔法士って体力が減ってくると無意識に身体強化魔法を発動してしまうのよ。大なり小なりね」
「「「「えっ?」」」」
「身体強化魔法を発動した状態でランニングやトレーニングをしても、それは身体強化魔法を鍛えているだけになっちゃうのよ。だから、抑制するわけ」
「……それって大発見なのでは?」
そう思った四人を代表してアランがそう言った。
するとクラリスは首を傾げて質問に答える。
「そうなの? うちでは結構前にわかってたことだから気にしてなかったなぁ」
「「「「……」」」」
ズレている。
そんな感想を抱いた四人だが、レンがそもそもの疑問を再度口にする。
「ところで、質問をもとに戻しますけど、そこまでして鍛えるのは訳があるんですか?」
「えぇ、宇宙では無重力だから筋力が衰えていくのよ」
「それは座学で知ってますけど……」
ここ一週間ほどは教室での座学が中心だった為、その中で無重力が身体に与える影響も四人は学習していた。
だが――
「そう? ホントに理解しているかしら? 筋肉は何も腕や脚にしかない訳じゃないのよ?」
「えっ? ……あぁ!?」
レンはそこまで言われてようやく理解した。
わかっていないアランやルナ、ルティシアが言葉を発する。
「な、なんだ?」
「謎かけ……ではないですよね?」
「……もしかして――」
レンを除く三人が考え込んでいると、ルティシアが思い当たることを口にする。
「心臓も筋肉でできているから鍛える……のですか?」
「その通り」
クラリスがウィンクで答えると、ルティシアは正解したことで表情を明るくした。
「無重力状態では、循環器……心臓の動きが地上と比べて極端に負荷が少ないわ。だから宇宙滞在が長くなればなるほど、体は衰えていくの。高齢者と同じか、それ以上の速度で体が衰えていくから、上がる前に多少鍛えておく必要があるのよ」
「なるほど!」
クラリスの答えで必要性がわかった四人。
特にルナは治癒魔法士志望だからか、身体に関する知識が増えて喜んでいるようだった。
「じゃあ、始めるぞ! リストバンドを着けてくれ」
四人はクリスに促されるまま、リストバンドを装着する。
すると――
「うぉあ!?」
「ぐっ!?」
「ひぅ!?」
魔法士であるレン、アラン、ルナが声を上げる。
リストバンドを着けた瞬間に、体が途端に重くなったことを自覚したからだった。
「ど、どうしたの、みんな?」
ただ一人、魔法の使えないルティシアだけが、しっかりと立っていた。
「か、体が……」
「重く感じる……」
「魔法を抑制されただけでこうなるなんて……」
【大なり小なり、魔法士は身体強化魔法を使っている】
その言葉の意味が、たった今、真に理解できたレン、アラン、ルナであった。
「えっ? わ、私は特になんともないよ?」
魔法を使えないルティシアだけは、その影響を受けておらず、苦しむ三人の横でオロオロと戸惑うばかりだった。
◆
もう俺は王国会談が嫌いになりかけている。
前回だって航空機でアケルリースに行きたいと難題を突きつけてきたし、今回は各国王族や重鎮の方々をお連れしなければならなくなった。
通常の旅客機でいいのでは? と思うところだが、相手は賓客。
もてなしの観点から見て、通常座席でいいのか? と思ってしまう。
ファーストクラスの席でも十分に思えるが王族を迎えるにあたっては大丈夫なのだろうか?
こんな経験始めてだから分からん。
前世含めてな!!
当たり前だろ! 俺は前世では一般人だったんだぞ!!
「――というわけで熟考した結果、王族専用機レベルのものを作る方がいいと思うのだが、どうだ?」
「「「「「意義なし!」」」」」
機体製造部門の面々と会議を行い、俺の意見を述べると全員賛成で可決した。
とはいうものの、新規に作るのは時間がかかる為、現在建造が最終段階にある新型旅客機の内装を変えようということになった。
「あれも最大乗客数は747と比べても引けを取りませんし、いいんじゃないですか?」
「そうだな。内装は王族専用機を参考にして作って行こう」
機体製造部門の面々で、もうすでにどんな内装にするか意見交換を始めている。
あとは任せても大丈夫そうだな。
「では、あとは頼む。何かあったら相談してくれ」
「「「「「お疲れっした!!」」」」
現場特有の挨拶と共に、俺は会議室を後にする。
次の予定はなんだったかな?
そう思っていたら、同行していたリリーが答えてくれた。
「次はISSとの交信です。STS-400のクルーに任命したことを伝えてから初めての会話になりますね」
「そっか」
アイリスにはメールでSTS-400のミッションスペシャリストになったことを伝えている。
承諾をもらっているが、こうして顔を合わせて話すのは久しぶりだ。
――
――
――
『ISS完成披露回のスピーチ、拝見しました。非常に凛々しくかっこよかったです』
というわけで、アイリスと交信しているわけだが、誰だ?あのスピーチの映像をアイリスに見せたのは?
どうせクラリスだろうけど。
「見たのか、あれ」
『はい! すごくかっこよかったですよ!』
「ありがとう」
適当に書き綴った文なんぞに響くものがあったとは思えん。
が、お世辞は素直の受け取っておこう。
「で、STS-400の件は知っているか?」
『はい。ルナさん達が宇宙に上がってくるなんて思いもしませんでした。しかもスペースシャトルでなんて……』
「加えて王太子夫妻も上がることになる。旅行の時期には今の長期滞在クルーは皆入れ替わるから、お前らはホッとするだろうが……」
『問題は次期長期滞在クルー……ですね』
「あぁ、緊張するなという方が難しい」
レン君は平民、ルナちゃんは伯爵家……ルナちゃんは嫁入りして平民になるからまぁ、あまり緊張しないとして、問題は王太子夫妻だ。
大国アケルリースの王太子。
そんな方がISSに来るとなると緊張するだろうな。
これはISS船長はじっくり考えないと……。
「クソォ……こんなことならクラウディアを上げなきゃよかった」
『……それ、クラウディアにいうと発狂しますからやめて上げてください』
そうかな?
世界初の宇宙ステーション船長を務めて、STSミッションでは何回も船長を務めてる。
そろそろ度胸もついてきたんじゃないかな?
『冗談はさておいて、エリクサーの件でお話ししておきますね』
「おっ? どうだ? 成果は?」
俺がそう質問すると、アイリスは顔を曇らせた。
『……芳しくありません。治癒能力の度合いを上げると魔力補充能力が悪くなり、そちらを上げると治癒能力が下がるを繰り返している状態です』
「そうか……うまくいかないもんだな」
前世のファンタジーRPGでもエリクサーは高額商品だったような気がする。
その価格設定は、それだけ手間暇や技術が詰め込まれているってことなんだろう。
『申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……』
「何言ってんだ。まだ7月に入ろうとしてるところだぞ?帰還まで後3ヶ月もあるんだ、ギリギリまで頑張ろう」
『そう……ですね。頑張ります』
小さくガッツポーズをして気合を入れるアイリス。
以前、手伝おうと言ったら頑なにダメと言われてしまった為、俺は応援くらいしかできない。
「じゃあ、仕事、頑張ってな」
『はい。レオンさんも、王国会談の準備、頑張ってください』
そう言って、俺たちは交信を切った。
……なんか遠距離恋愛してるカップルみたいだな。
……なんてな。
◆
「なんだか遠距離恋愛をしているみたい」
アイリスは通信を終えるとそう呟いた。
それを言った瞬間、気恥ずかしくなりアイリスは顔を覆って悶える。
(遠距離恋愛中とかっ!? 何言ってるの私っ!? そもそも付き合ってもいないのに!!)
これが地上であればベッドの上でゴロゴロと転がり回っているだろうが、アイリスがいるのは宇宙ステーションの個室。
転がり回ることができない為、アイリスはただただ悶えているだけだった。
◆
一方その頃、アケルリース王国にいるクラリス、クリス、ユリアとマリアの四人はブラウン亭にて食事を摂っていた。
「いやぁ、ホント美味い! ここにきてホントによかったって思える瞬間だぜ」
クリスが料理を口にすると、その美味さから至福の声を上げた。
レン達の訓練のためにアケルリース王国に来てからというもの、クラリス達はほぼブラウン亭で夕食を摂っていた。
「さすがはユイさんよね。未だに料理のレパートリーが増えてるみたいよ?」
「料理界のレオンさんの二つ名は伊達ではありませんわね。あっ、クラリス、その調味料を取って下さる?」
「ん? これ?はい、どうぞ」
「ありがとう」
クラリスは近くにあった瓶をユリアに渡し、それを受け取ったユリアはパスタにそれをかけた。
「このタバスコという調味料をこのナポリタンにかけるとより一層美味しくなりますわね。ただ、口周りが汚れやすいというのがネックですが……」
ユリアはナポリタンを口にするたびに口元を拭いて見っともない姿を晒さないように気をつけていた。
クリスもナポリタンを口にしていたが、クリスは特にそこまで気にせず、何口か口にした後に拭うようにしていた。
「このタバスコを宇宙に持っていけたらいいのにな」
「それ、目に入ってみなさいよ。大惨事よ」
クリスの言葉にクラリスがツッコミを入れる。
タバスコの原材料は唐辛子である。
それが目に入るということは催涙スプレーをかけられることと同義なのだ。
「……マリアさんは今日もビーフシチューなんですのね」
「はい! やっぱり本場の方が美味しいです!」
ユリアのいう「今日も」というのはこの出張中の食事の席もそうなのだが、マリアは宇宙でも、夕食にブラウンズビーフシチューを献立に入れていた。
マリアのいう本場とは、ブラウン亭で食べるビーフシチューのことなのである。
「確かに美味しいけど……毎日は飽きるわね」
「好きなもんは毎日でも飽きねぇもんだよ」
なんだかんだで今回の出張を楽しんでいる四人であった。
◆
――10月。
マリア・フォン・フィーメル、ロムルツィア神聖国選抜のマシュー・グレアム、エグザニティ共和国選抜のビル・ライプハイマーが長期滞在の為にディスカバリーで宇宙に上がった。
今回のSTS-46の船長はラルフ・ライストナーが務め、パイロットはマルクス・ハインが務めた。
マルクスはコロンビア爆発事故の際のクルーだった為、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っていないか心配したが、そんなことはなかった。
というよりもSTS-100クルー全員がPTSDに罹っておらず、皆のメンタルの強さには驚くばかりだ。
……俺なら宇宙服を着たら事故のことを思い出してしまう自信がある。
実際に出くわしたことがないからあくまで想像だが。
そしてこのSTS-46でアイリスとアケルリース王国選抜のトニー・ラザフォード、ロムルツィア神聖国選抜のエミリア・ブルームが長期滞在を終えてエクセルに帰還した。
で、例のエリクサーだが――
「申し訳ありません……」
「そっか、間に合わなかったか」
エリクサーは作ることができなかった。
どうも治癒能力と魔力補充能力を高水準で同席させるのは至難の技のようである。
しかし、それがわかっただけでも収穫だったし、それぞれの上位互換である所謂ハイポーションの生成方法がわかったのだから、無駄ではなかった。
「そう落ち込むなよ、アイリス。実験には失敗が付き物なんだ、これを糧にして次、成功させればいい。それに今回の研究のおかげでハイポーションができたんだ。怪我の治療に大活躍してくれるだろう……だから泣くな」
アイリスは俯いて、表情は見てとれないが、地面に落ちる水滴で、泣いていることは察することができた。
「よくやった。お前は立派な魔法薬学者だよ」
「……はいっ」
項垂れる頭を、俺が優しく撫でると、アイリスは絞り出すように声を出して返事をしてくれた。
きっとこの悔しさが、アイリスの糧になってくれると俺は信じている。
◆
「せっかく! レオンさんに告白できるって思ってたのに!!」
ランニングマシンで走りながらアイリスは悔しそうにそう言った。
それを横で聞いていたエルフリーデは驚愕の声を上げる。
「えぇ!? もしかして泣いてたのってエリクサーができなかったからじゃないんですか!?」
「あんなのあと少しの時間を貰えたなら完成できたわ!」
「あんなの……」
世紀の大発明となる薬を、あんなの呼ばわりするアイリスにまたも驚愕するエルフリーデだが、それは周りにいた各国宇宙飛行士も同じであった。
声には出さずとも、心の中ではエルフリーデと同じことを考えていたのだ。
「私は、この帰還に合わせてレオンさんに交際を申し込むつもりだったのよ! それができなくなったのだから歯痒くで仕方がないわ!」
「私達から見ればいつ付き合ってもおかしくないと思っているのですが?」
「それは私が許せないの!!」
何故? と、エルフリーデは首を傾げる。
魔法薬学の第一人者として有名なアイリスであれば、レオンと肩を並べても見劣りなどしないというのが第三者から見た感想だった。
だが、本人はそれをよしとしていない。
周りの人間には、それが何故だかさっぱりだった。
「あと少しだったのよ……絶対に……絶対に完成させて見せますからね!!」
幸い、STS-400にてまたISSに行く機会があるのだからと、アイリスはその闘志を燃やしていた。




