episode6 想いを載せて
先日、ユリアさんの言葉を元に再建造が始まった。
といっても基本設計に変わりはないが、大きく変えたのは燃料タンクだ。
マテリアル・クリスタルを収めていた場所にそれぞれ、液体酸素とケロシンを入れるためのタンクを設置し、極低温になる為、それの対策も実施している。
「前回は魔力が燃料に変換されなくて失敗したって話だったな。それで今回は最初から燃料に変換してタンクに貯めて燃焼させるってわけだ」
「はい。これで設定した高度まで上がってくれるはずです」
ルドルフさんに設計変更を伝えた数日後、改良型R-7ロケットは完成した。
たった数日で建造出来てしまうのが魔法である。
しかもこれ……もはや前世のR-7と変わらない。
いや、搭載されている機器は魔道具だから違うといえば違うか。
「にしても……高いところじゃ魔法が使えないっていうのは新発見だな」
「まだ、仮説ですが……これが打ち上れば、信憑性が増すでしょう。証明するにはやはり宇宙で実験するほかありません」
「……その口ぶりだと、人を宇宙に運ぼうって考えてるってことかい?」
「ええ、そのつもりです」
ルドルフさんにそういうと、ニッっと口角を上げた。
「おもしれぇじゃねぇか!! 飛行魔法や航空機で空を飛ぶだけじゃ飽き足らず、空を超えたその先へも行こうとするとは……生きてる間にそんな冒険に手を貸せるなんてな」
「その冒険を成すためには、この打ち上げが不可欠なんです。見ていてください、夢を夢で終わらせたりはしません」
「期待してるぜ、大将!!」
―――
一週間後――
機体はすでに射点移動を終え、打上げを待っている。
「酸素加圧は完了したか?」
「完了しています」
「打上げ準備完了です」
前回に引き続き、オペレーター二人から報告を受ける。
魔力を変換する方式ではない為、液体酸素を加圧しないとターボポンプに燃料が送られないからだ。
「了解。……じゃあ、始めようか」
コントロールセンターに緊張が走る。
「ターボポンプオン」
ターボポンプが動作を開始し――
「バルブオープン」
バルブを開けることで燃料を送り出す。
「エンジン点火」
点火スイッチをオンにして、エンジンに火をつける。
頼む! 今度こそ!!
「――リフトオフ!!」
◆
レイディアントガーデン中の魔法士・魔道具士達が空を見上げていた。
この領の主であり、自分達に魔法を教えてくれている、レオン・アルファードの夢の第一歩を見届ける為だ。
前回の打上げの時には見られなかった光景。
というのも、皆、失敗するとは思っていなかったからだ。
飛行魔法を完成させ、航空機という人を乗せて運べる乗り物も難なく完成させたレオンが失敗するなど夢にも思っていなかった。
今度、どれくらいの高度まで飛んだのか聞いてみよう……くらいの考えだった。
しかし、打上げは失敗した。
夢にも思っていなかったことが現実になって現れたのだ。
皆は驚愕した。
悲しみ、悔しさよりも前に驚愕したのだ。
あのマスターが失敗するなんて……と。
しかし、その失敗があったからこそ、皆が思ったことがあった。
マスターも人間なのだと。
このレイディアントガーデンに来てから聞かされた科学知識と物理理論は今まで聞いたことも見たこともなく、だが、聞かされるとなるほどと納得するほど洗練された、理にかなったものだった。
それをたった一人で見つけ出し、数値化し、理論立てるその頭脳と知識に畏敬と尊敬の念を感じたのだ。
全知全能なのではないかとすら思っていた人物が、新たに建造した乗り物もきっと成功すると思っていた。
だが、違ったのだ。
マスターもまた、私達魔法士と同じく、未知の領域を開拓しようとしている人間なのだと……
「お願い……今度こそ……!」
アイリスは空を進む鉄塔を見つめる。
――すると、突然爆発したような白い煙が機体を包み込んだ!
「嘘っ!? 爆発?!」
共に見学していたクラリスが声を上げる。
「いや違う!! これは――」
望遠鏡でロケットを見つめていたクリスがそれを否定した。
そうその爆発のような煙は――
「第一段……切り離し?」
ロケットの一段目の燃焼が終了し、切り離された光景だった。
前回の打上げでは、至らなかった行程。
即ち――
高度80kmを超えているということである。
「や……やった!! やったよ姉様!!」
「ええ!!」
「いいぞ!! そのまま行けぇ!!」
「もっと遠く! もっと高く!!」
クリスの声に呼応する様に、共にいたユリアも叫ぶ。
平民だけでなく、貴族の子息、令嬢も多いこのレイディアントガーデンの色んな場所から声がする。
――行け!
――飛べ!!
――私達の夢を載せて!!
いつしか、レオンの夢は、レイディアントガーデンに所属する全ての魔法士・魔道具士の夢となっていた。
打上げから5分――
機体の最終到達高度は460kmを記録した。
宇宙の境界線である高度100kmを――超えた。
――わぁぁぁぁぁぁ!!
それがアナウンスされた直後、レイディアントガーデンは興奮の坩堝と化した。
――空に向かって叫ぶもの。
――これからのことを想像し、語り合うもの。
――そして、感動し涙するもの。
レイディアントガーデンは、誰も到達したことがない場所へ、辿り着いた。
「やった!! 聞いた?! 460kmだって!!」
クラリスが興奮気味に、クリスに話しかける。
「ああ!……どんな光景なんだろうなぁ、460kmから見える景色って……」
「今回はユリアのおかげだよね! だってユリアの言葉のお陰で改善点がみつかったんだもん」
「えぇ!? いえ! 私はただ思ったことを口にしただけですので……」
照れながらも、ユリアは新参者である自分が、この計画に貢献出来たことに喜びを感じていた。
興奮冷めやらぬ中、一人空を見上げて佇むアイリスに、ユリアは声をかけた。
「どうしましたの? アイリス?」
「そうだよ姉様! レオンの夢が叶ったんだよ!! もっと喜ぼうよ!」
そう言ってアイリスの顔を見ると――
その顔は、涙で濡れていた。
「ユリア……クラリスぅ……」
アイリスはギュッとクラリスに抱きついて、涙を流した。
「よかった……よかったよぉ……」
「……ずっと支えていたんだもんね。ずっとそばで見てたんだもんね」
「私……何も出来なくて……何も……手伝ってあげることも、意見することも出来なくて……そばにいることしか出来なくてぇ……」
そばにいたからこそ、レオンがどれだけ悩んで、どれだけ考えて打上げに臨んでいたのか知っている。
だからこそ、アイリスは無力な自分が許せなかった。
「……みんなでレオンに会いに行こう?おめでとうって言ってあげようよ」
「……うん」
「ほら、涙をお拭きなさいな。そんな顔でレオンさんに会うと心配されますわよ」
「行こうぜ。オレ達の師であり、親友であるレオンの所へ」
四人は、レオンに会うために歩き出す。
空はこの偉業を祝福するかのように、晴れ渡っていた。
◆
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」
上がった!!
俺の設計したロケットが宇宙に行った!!
「やりましたよ!! マスター!!」
「おめでとうございます!!」
ミッションコントロールセンターにいる皆から祝福の声をかけられ、俺もそれに答える。
コントロールセンターには、抱き合って喜びを分かち合うものもいれば、泣いているものもいた。
そうか、俺はこの世界で初めて空を飛んだだけでなく、宇宙にまで行ける乗り物を作ったんだ。
あのヴェルナー・フォン・ブラウンやセルゲイ・コロリョフと同じ立場に俺はいるのか。
そう考えると身が震えた。
俺はあの偉人達のようになれるだろうか……
「マスター!」
聴き覚えのある声が聴こえた。
そこにいたのはアイリスさんとクラリスさん、クリス君にユリアさんだった。
「アイリスさん! やったよ!」
「はい!見ておりました!! おめでとうございます!!」
「綺麗な打上げだったぞ」
「ホントよ!! あぁ、これで私達は歴史の1ページを刻んだんだなって思うと感慨深いわ」
クリス君から賛辞をもらい、クラリスさんは感動に打ち震えている
「お見事でした。あなたには本当に驚かされてばかりですわ」
ユリアさんからも賛辞をもらう。
だが、ここで終わるつもりはない。
「ありがとう。でも、ここで驚いていたら、今度は腰を抜かすかもしれないぞ」
「え?」
「今度は何する気なのよ?」
俺の言葉にユリアさんは疑問符を浮かべて、クラリスさんはジト目で俺を見つめる。
「やっぱり、人を乗せるのか!?」
クリス君は目を輝かせながら質問してくる。
「いや、それは最終段階だな」
「なんだ。そっか……」
「でも、最終的には人を乗せるんですのね……」
目に見えて落胆するクリス君を尻目に、ユリアさんは呆れたような様子だ。
「姉様は知ってるの?」
「えぇ! 助手ですから!」
えへんと胸を張るアイリスさん。
そしてそのまま発言を続ける。
「この打上げ成功をもって――私達は人工の月を……衛星を打上げます!!」
シンッ……と静まりかえるコントロールセンター。
そして――
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
「人じゃないんですか!?」
「次はてっきり人かと……」
コントロールセンターのあちこちから声が上がる。
皆、次はロケットに人を乗せるものだと思っていたようだ。
……ついこの前まで失敗続きだった乗り物に乗ろうと思っていたのか、この子達は。
そして、その中で気になる発言があった。
「石を打上げて何になるんだ?」
という声だ。
あぁ、人工の月って表現してしまったから勘違いしているのか。
「別に石を打上げるわけじゃない。私が考えているものはこの星……惑星エクセルを調べる観測機だ」
「観測機……ですか?」
「えぇっと……それはどういうものなのですか?」
オペレーターの女の子と男の子が質問してきた。
なるほど、何を観測するのかわからないのか。
「例えば、雲。雨雲が後数時間で街に到達する……とか、わかると便利じゃない?」
「それは……確かに」
「雨具を用意しておかなきゃとか準備できるもんね」
「例えば魔力。魔物を生み出す魔力溜まりを見つけて、且つ、発生した魔物や魔獣の個体数を空から見ることが出来たら?しかも常にだ」
「「「「!?」」」」
「もし、それが叶ったら……」
「魔力溜まりの調査で、命を落とす騎士や兵士、魔法士がいなくなる!!」
コントロールセンターに響めきが起こる。
この世界の人間にとって一番危険な仕事が魔力溜まりの調査だ。
どんな魔物が発生しているかわからないところに足を踏み入れることになるし、万が一強力な魔物か魔獣が発生していた場合は、無事に逃げ延びて情報を届けなければならない。
――年間数百人が命を落としている仕事だ。
「そう。リスクを伴わず、すぐさま危険を察知出来る。命を賭して情報を持って来なくていいんだ」
「「「「おぉ!!」」」」
「そんな大役を私達が……」
「そうか……無力なオレ達でも……人を守ることができるんだ!!」
「俺の叔父も調査に参加した時に左腕を失ったんだ……そんな人がこれからいなくなるなら!!」
少なからず、魔物調査で命を落としたり命は落とさずとも、腕や足を失ったりした知り合いや家族・身内がいる様で、俺の話を聞いた子達は皆やる気が出てきたようだ。
「今日はこれで解散だ。アイリスさん、これからどんな観測衛星を打上げようか考えようと思うんだけど――」
「お付き合いいたします!!」
即答だった。
フンスッと可愛らしくガッツポーズをしてやる気を見せている。
「わっ、私も!! 私も参加する!!」
「私もお手伝いいたしますわ」
「魔物素材調達隊のレイディアントナイツの意見も必要なんじゃないか?」
クラリスさん、ユリアさん、クリス君達が参加に名乗り出た。
クリス君の言う通り、レイディアントナイツの意見は重要になりそうだからな。
隊に所属しているクリス君とクラリスさんの意見は参考になりそうだし、ユリアさんは魔法に関する知識も豊富だ。
観測機にどんな魔道具を積めばいいか、いい意見が聞けそうだ。
「そうだな、この打上げもみんなで食事をした時に改良点が見つかったんだ。有意義なディスカッションになりそう」
「じゃあ食事しながら考えようぜ。今度は俺の館でどうだ?」
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
……ん?
なんかここ最近、知り合い組に施されてばかりの様な気がする。
……こ、今度は自炊しようかな? 俺、料理出来ないけど。
に、肉を焼くことくらいはできるさ……
◆
さて、ここまでの成果で疑問点がある。
一つは魔力が魔法に変換されなかった点についてだ。
燃料については魔力から変換してからタンクに充填してあげればいいということはわかったが、他にわからないことがある。
アビオニクス……通信機器や姿勢制御システムを動かしている魔道具だ。
もし、高度80㎞以上の高度では魔力を魔法に変換できないと仮定したなら、魔道具も動かないはず。
しかし、エンジン以外の魔道具は起動しており、且つ、正常に稼働していた。
これはなぜなのか?
「なんでだと思う?」
「そうですね……考えられるのは気密性……でしょうか?」
「そっか。魔力から燃料に変換するインジェクタープレートは外気に曝されているけど、魔道具は違うもんね」
アイリスさんの答えにクラリスさんが感心したように答えた。
それは俺も考えていたことだった。
インジェクタープレートはエンジンノズルの中に入って直ぐのところに設置されている。
それと違って魔道具はロケット内部に振動対策とともに収められている為、外気に触れていない。
外気と触れているか否か。
それによって魔法が発動しなかったとしたならば――
「魔法は気圧と関係しているのかもしれない」
「となると……もしかしたら、魔力溜まりの発生の原因にも繋がるかもしれませんわね」
魔力溜まり――魔物や魔獣を生み出す高濃度魔力地帯。
この世界では、よくあるファンタジー世界の魔物や魔獣が突然生み出されるわけではない。
高濃度魔力に中てられた動植物が体質変化を遂げたものが魔物。
そして、その中でも異常進化を遂げたものが魔獣である。
魔物は瞳が赤く、白目部分が黒くなった動物の形態をしているが、魔獣は前世でよく見たRPGなどによく出てくるモンスターのような形に進化した動物のことをいう。
過去にはグリフォンや火を噴く巨大トカゲ……サラマンダーと呼称されたものも発生したようだが、魔獣の発生頻度はそれほど多くない。
しかし、魔獣の殆どが強力な生物である為、かなりの危険が伴う。
コントロールセンターで話したとおり、この魔力溜まりが発生すると調査隊が組織され、どんな魔物が発生しているか調査がされる。
その際に魔獣と出くわしたら、命が助かれば儲けもの……というのが世間一般の認識だ。
腕を失うだけでよかったね……なんて会話がされるのだ。
それで失った本人も「おお!俺は運がいいぜ!」なんて言うのだから、前世の日本に住んでいた俺からすれば違和感がすごい。
腕や足を失うなんて、前世では不運と言っても過言ではないだろう。
「そうだな……そうなると気象観測衛星と魔力観測衛星を先に飛ばして、実証してみるか」
「もし、それで関係があるとわかったなら大発見ですわ!! 魔法生物学の歴史にも名が残りますわよ!!」
魔法大好きユリアさんが珍しく興奮してらっしゃる。
今まで魔力溜まりが発生するメカニズムなど謎とされているのだ。
魔力溜まりは特定の場所で発生せず、森だったり山だったりと場所が移ろっていく為、何が共通しているのかがわからないからだ。
ただわかっていたのは「この森・この山は魔力溜まりが発生しやすい」という経験則だけである。
そんな魔力溜まりの発生メカニズムがわかったとなるとそれこそ前世で例えるとノーベル賞物だろう。
「そして、それが解明されたら今度は魔獣が発生する条件と、魔獣のそのさらに先……【災害級】の発生条件の解明ですわね」
「解明できたら最高だね。魔物を発生させない……までは行けずとも、魔獣や災害級の発生を防ぐことが出来たら被害は防げるだろう」
「完全に発生を防げたら、その分、魔物素材を取って、それを売ることで利益を得ている【ハンター】達は文句言いそうだけどな」
クリス君の言う通りだが、そもそも魔獣は国軍が対応するものだし、災害級なんかは周辺国に救援を要請して対応するほどの大事になるからあまり関係なさそうだけどな。
「とにかく、これからは気象観測衛星と魔力観測衛星の二機を打ち上げるんですね?」
「ロケットを二回打ち上げることになるのね」
「いや、ロケットは一機で十分だ」
「「「「えっ?」」」」
俺はクラリスさんの言葉を否定した。
「一機のロケットに衛星を二機搭載して打ち上げる。加えて今回打ち上げたのは2段ロケット。衛星を打ち上げる場合は静止軌道へ飛ばさなきゃならないから第3段目が必要になる」
「3段目……ちなみに静止軌道というのは高度何㎞ですの?」
「高度35,786㎞よ」
「そ、そんなに高いのか!? 今回飛べたのは460㎞だぞ!?」
「あぁ、あれ? あれはそれを狙って打ち上げたからな」
「「「えぇ!?」」」
アイリスさんがユリアさんの質問に答えて、その高度にクリス君は驚きの声を上げる。
それは予定通りだと伝えるとアイリスさん以外が驚きの声を上げた。
「えっ!? 姉様知ってたの!?」
「えぇ、助手ですから!!」
「……あの時何もできなかったと泣いていたのはどこの誰ですの?」
「ちょっ!? ユリア!!」
アイリスさんが狼狽えているが何の話だろう?
まぁいいや。
「460㎞の円軌道に乗れるかどうかをテストしたかったんだ。うまく行ってよかったよ」
「……そんなの狙ってできるのか?」
「できるぞ。数学で」
打上げ能力を調べるのは、ツィオルコフスキーの公式で導き出すことが出来る。
しかしそれは計算上ってだけで、実際は酸化剤である液体酸素が気化してしまい、外部に放出されるので計算上の最大高度に行けないことがほとんどで、現世ではそれを防ぐために打ち上げ直前まで酸化剤と燃料を投入するという方法を取っていた。
――だが、ここは魔法世界!
そこは魔法で気化を防いでいた為、最大値を出すことが出来たのだ。
本当に魔法さまさまである。
「……計算で出せるんだ」
「数学って……そんなに便利だったのか?」
「魔法の威力計算もできるのは知ってるだろう? 大体、このあたりの計算は二人もできるようになってもらうからな」
「えっ?」
「私も?」
クリス君とクラリスさんが疑問符を頭に浮かべた。
「当たり前だろう。世界初のファントムライダーで737ライセンス持ち……二人は必ず選ばせてもらうよ」
「選ぶって……何に?」
「決まってるだろう?――」
――世界初の宇宙飛行士だよ。




