episode59 宇宙旅行計画始動!
宇宙旅行が決まってから2週間後。
レンやアラン、ルナとルティシアはアケルリース王国高等魔法学院の教室に集まっていた。
ここで最初の講義が始まるからである。
ルティシアは別の学院に通っているが、既に必要な単位を取っている為、自由登校状態だから問題ないのだ。
それはレン達も同様であった。
「なんか、ここまできてようやく実感してきた。宇宙旅行に行くんだなって」
「今更か? 私なんかはあの身体検査で実感したぞ?」
アランは身体検査の時のことを思い出して表情を暗くする。
……特に肛門を調べられるなど、生まれて初めてだった。
屈辱感と宇宙に行く為に必要なことだという思いとが入り混じり、なんともいえない感情がその時渦巻いていたことをアランは思い返していた。
「ああ、アレ……で、でも皆合格してよかったよな!」
「そ、そうですね! あとは講義と訓練を受ければ宇宙ですよ!」
「はぅぅ……」
レンはアランの発言を聞き、検査の時のことを思い出してしまい、それを振り払うように話題を変えた。
ルナもそれに便乗するように声を上げるが、その顔は真っ赤だった。
ルティシアに至っては茹蛸のように真っ赤になって俯いている。
そんな会話をしていた時だった。
教室に白い制服を着た人物が四人入室してきた。
「皆さん、おはようございます」
「おはよう」
「ごきげんよう」
入ってきたのはクラリス、クリス、ユリア……そして、もう一人はレン達がよく知る人物だった。
「皆、久しぶり」
「マリア!?」
その人物とはマリアであった。
ルナはその姿を認めると、席を勢いよく立ち上がり、驚きを表現していた。
他の旅行メンバーも、ルナほどではないが同様に驚いていた。
「マリアも一緒に行くの!?」
「ううん、私は指導で一緒しただけ。もう一人のミッションスペシャリストはアイリス様がご一緒されるわ」
「アイリスさんが? そういえばISSの完成披露パーティーに出てなかったな?」
レンがそう口にすると、クラリスがその問いに答え始める。
「姉様は今、長期滞在中なの。帰還は10月中旬予定ね」
「えっ、ああ、そうなんですね」
レンはクラリスからの突然のタメ口に驚きながら答えると、横に座るアランから呆れた声をかけられた。
「お前、それくらいは知っていろ」
「あ、あはは……」
「さて、まずは自己紹介からはじめますか!」
クラリスは黒板に今回のクルーメンバーの名前を書いていった。
「船長は私、クラリス・フォン・ゼーゲブレヒトが務めます。皆はクルーメンバーとして扱うのでそのつもりで、身分なんか関係ないわよ。そして――」
「パイロットのクリス・フォン・ファルケンシュタインだ。よろしく」
「そして私がミッションスペシャリストのユリア・フォン・クラウスですわ。よろしくお願いいたします」
「あとはここに姉様、アイリス・フォン・ゼーゲブレヒトがミッションスペシャリストに加わって、総勢8名でSTS-400を実施します」
自己紹介を終えた所で、レンが疑問を口にした。
「STS-400?」
「今回のミッションコードよ。宇宙旅行専用のね」
「下手するとこれが最初で最後になる可能性が高い。最初で最後のスペースシャトル旅行になるかもしれないぞ」
「じゃあ、そのSTS-400のミッション内容を説明するわ。黒板に注目して」
クラリスはポケットから何かの魔道具を取り出すと、それを起動させた。
すると黒板にミッション内容が投影された。
「「「「……」」」」
自然と、スッととんでもないものを取り出して使われた為、レン達は唖然としてしまった。
映像を投影する魔道具は以前、婚約披露パーティーで見たがここまで小型ではなかった。
映像を投影する方法も、それを小型化させる技術も、全くもって想像できなかった。
「どうかした?」
「いえ! 別に……スッととんでもない魔道具を使われてびっくりしただけです」
「……まぁ、そうよね。私達もレイディアントガーデンが始動し始めた直後なんか驚きの連続だったわよ? それこそ、キリがないくらいにね」
レンが素直に驚いたことを言うと、クラリスは少し考えた後、少し息を吐いてそういった。
自身も最初はその驚きの連続で、まさか自分が驚かれる側に立つことになるなど思っていなかったのだ。
「打ち上げの3ヶ月前になるとレイディアントガーデン内での訓練に入る。そこじゃこんなものがゴロゴロ転がっているぞ? いちいち驚いてたらホントにキリがない」
「なので……慣れて下さいまし」
レン達は助けを求めるようにマリアの方を見る。
するとマリアは――
「慣れるよ」
味方はいなかった。
――
――
――
「さて、駆け足で説明したけどどう? ミッション内容は理解してくれた?」
「はい。俺達の医学データの取得、膨大な魔力制御量を持つ俺達が宇宙で魔法を使うとどうなるのかという実験、後はルティシアが宇宙で魔道具が自由に使えるかどうかの確認……ですか?」
レンがクラリスの質問に答えると、クラリスは頷いてもう一つのミッション内容を伝える。
「ええ、概ねそうね。あともう一つ、皆さんにはモニターにもなってもらうからね」
「モニター? 何を試すのだ?」
アランがそう尋ねると、クラリスは映像を切り替えた。
映し出されたのはスペースラブの与圧区画に似たモジュールだった。
「これは?」
「居住モジュールのプロトタイプ。皆にはこれを使用してもらって、感想を聞かせてほしいのよ」
「なるほど、だからモニターなのだな」
「そういうことよ」
クラリスは映像を切り替えて、説明を続ける。
「この居住モジュールは、レイディアントガーデンで建造予定の宇宙ステーション「フリーダム」に接続する予定のモジュールなの。内部では1G環境を重力魔法で再現して、トレーニングやシャワー、医務室として利用する予定」
「……1G?」
「1Gってなんですか?」
ルティシアとルナが首を傾げて質問すると、その問いにはレンが答えた。
「1Gっていうのは重力の単位だよ。エクセルの重力を1としているから――」
「えっ? じゃあ、宇宙で「立てる」ってことですか?」
「そういうことね。よく知ってるじゃない、レン君」
「いやぁ……へへっ」
「こいつはこういうことには詳しいんだ」
「こういうことにはってなんだよ!?」
レンの答えを聞き、ルナがクラリスにそういうとクラリスは肯定した。
それを受けたレンは照れ臭そうにしたが、アランの発言ですぐにその照れは霧散する。
「じゃあ、続けるわよ。次は――」
こうしてみっちり講義は続けられて、終わる頃には陽が傾きかけていた。
四人は驚きの連続で疲労したが、それが本当に宇宙に行くことを実感させ、充実した疲労感を感じながら帰路へとついた。
◆
アケルリース王国 ボールドウィン領 燃焼試験場
そこでは以前、マリアに指摘された旋回キャビテーションと共振の対策を施したロケットエンジン「LE-7A」の最終試験を行なっていた。
「――7、8、9、350秒経過。燃焼終了」
「よっし!!」
長秒時燃焼試験を無事に終えて、クラインはガッツポーズを決める。
そしてコントロールセンターにいる者全員も拍手でLE-7Aの完成を喜んだ。
「やりましたね。あとはZTVの方だけですか?」
「そうだね、ロケット本体の開発はこれで目処がたったけど、向こうは今が佳境だろうから」
コントロールセンターで横にいた男の子から声をかけられたクラインはZTV開発班のことを考えた。
そちらはシンシアが担当しているから問題ないだろう。
そう思いながら、アケルリース王都の開発室の方を見ていた。
――
――
――
「どうしよう!?これじゃ重すぎる!!」
アケルリース王国魔術省の一室で、シンシアは目の前にある魔道具を見て机に突っ伏した。
それはアケルリース宇宙実験棟ヘルガに搭載されている近傍通信システム「PROX」との通信魔道具だった。
打ち上げ予定の宇宙補給船「ZTV」に搭載し、ヘルガと相互に通信を取り、互いの位置情報をやり取りしてISSの天底側10m地点で相対停止させる為の通信用魔道具だ。
しかし、それには問題があった。
シンシアの言った通り、重いのである。
「もっと軽くしないと……でないと積載量が少なくなっちゃう」
アケルリース王国初にしてノアセダル王国以外での初の宇宙船。
魔法大国であったアケルリース王国の矜持を示すべく、ZTVにはレイディアントガーデン製の補給船にはない機能を幾つも搭載させている。
6.2tの積載量、共通結合アダプタを使用した大きな搬入口、そして……キャプチャ・バーシング方式という新たなランデブー方式。
レイディアントガーデンですらも想像していなかった(レオンを除く)方式を実現させようとしている難しさを、シンシアは今、身に染みて感じていた。
「あれ? シンシアまだ残ってたの?」
そう言って入室してきたのは導師の一番弟子、キャサリン・エストラーダだった。
「えっ? ……もうこんな時間!?」
シンシアは時計を見ると、短針は7を指していた。
外は既に真っ暗になっていることに今更気付き、我ながらとんでもない集中力だとシンシアは呆れ返る。
「すいません、すぐに帰り支度しますので!」
「いいよ、ゆっくりで。これってPROXのよね?」
「はい。ヘルガ側の魔道具は既に宇宙に上がっているんですけど、ZTVに搭載するこれが思っていたより重くなっちゃって……」
シンシアの目線の先にあるそれを見たキャサリンはほんの少しため息を吐く。
「……シンシア。何も自分一人で抱える必要ないのよ?」
「えっ?」
「皆で作ればいいじゃない。このZTVはヘルガ様とマーリン様の想いも載っているんだから、絶対に失敗なんてさせたくないしね」
そう言われてシンシアは反省する。
自分が初めて担当されたものだからと気合を入れすぎて、自分本位となってしまっていたことに気がついたのだ。
「……そうですね。私、空回りしてしまっていたみたいです」
「そう、気づけたのならよかったわ。さ、今日はもう帰りましょ」
「はい!」
帰り支度をしながら、シンシアはこれからうまくいくことを確信する。
根拠はないが、自分達ならできると、なぜかそう思いながら、キャサリンと共に魔術省を後にするのだった。
◆
スペースシャトルによる宇宙旅行計画が始動し、クリス達がアケルリース王国に出張に行っている間にも、俺は俺でやることがあった。
「シャトルの計器類はタッチパネル液晶に変えよう。そうすれば機体も軽くなる」
「そうですね。そうなるとスターマンスーツのグローブもタッチパネルに対応したものに変更を――」
機体の内部装備に関して担当と打ち合わせをしていく。
話し合っているのは、現在建造中のスペースシャトル「マーリン」のことだ。
これを建造した後、他のスペースシャトルもオーバーホール時に順次タッチパネル液晶に変えていこうと思っている。
前世のクルードラゴンの操作パネルを思い浮かべてもらうとわかりやすいだろうか?
スペースシャトルも最後の方はグラスコクピット化されていたが、オーバーヘッドパネルは未だにアナログ計器が搭載されていた。
それを全て液晶に変えるのだ。
「マスター、お父……国王陛下からマジホが届いています」
「陛下から? わかった、すぐいく」
会議室にリリーが入ってきて、陛下から連絡が届いていることが知らされる。
最初、お父様と言いかけて咳払いしていたが。
「はい、レオンです。何か御用でしょうか?陛下」
『おぉ、レオン君、忙しい所すまないね』
……気軽に話しかけてくれているが、相手は国王陛下である。
「いえ、大丈夫ですよ。陛下から直々にマジホということは何かありましたか?」
『そうなんだ。とても光栄なことでもあるが、とても厄介なことが起きてね……』
マジホ越しでも、少し疲れ気味の声が伝わってくる。
……なんか嫌な予感がする。
「光栄で厄介? 一体何があったんですか?」
聞きたくない。
聞きたくないが、聞かざるを得ない。
俺がそう質問すると、陛下はそれはそれは厄介なことを言ってきた。
『うむ、実は王国会談の開催国をうちでやって欲しいという声が上がってな』
「……うち?」
『ノアセダル王国でだよ。王国会談をノアセダル王国で開催して欲しいと依頼が来たんだ』
そういえば3年に一度ペースでやってたんだったな、王国会談。
そうか、あれからもう3年も経ったのか。
……ってそういうことじゃない!!
「えぇ!? そんな!? 移動はどうするんですか!?」
『……飛行機を出して欲しいと言われてね。一度乗ってみたいのだと』
それができてたらこの前のISS完成式典はうちでやってたよ!!
どこだよ!! そんなこと言い出したのは!!
「誰ですか!? そんな我儘いう人は!!」
俺がそういうと、陛下から予想だにしない人物の名前が上がった。
『……ロズウィータ・フォン・シュテガー教皇猊下だ』
「……」
それは……なんとかしないといけないな。
大陸唯一の宗教「カラート教」のトップである教皇猊下がそう言っているんだ。
国王の出す要望と教皇の出す要望とでは重さが全然違う。
「……猊下は他には何か言っていましたか?」
『他は……スペースシャトルの打ち上げを見たいと仰っていたな』
「そうですか……」
王国会談が開かれるのは来年4月。
……レン君達が宇宙へ上がる時期だ。
なるほど、それを知ったからこんなことを言ってきたのか。
「わかりました、なんとかしましょう」
『ありがとう!! いつも無理難題をお願いしてすまないね』
「いえ、仕事ですから」
『そうかい? ……あの、すまないついでで申し訳ないのだが……』
「なんでしょう?」
もうなんでも言ってこい。
俺は今無敵状態だぞ。
『もしノアセダルで会談を開くのなら、開催場所はアルファード領でお願いしたいと各国から要望が来ていて……』
「……」
色々ぶっ込んでくるなぁ……。




