episode58 アケルリース王国の挑戦
『えっ!?……本当ですか?』
会議の翌日、グランウィード家にマジホをし、ルナちゃんに旅行の件を伝えた。
最初は大きな声を上げたが、近くにレン君がいるのだろう。
すぐ声を小さくした。
「本当です。ロムルツィア神聖国からの褒賞で宇宙旅行に招待するとのことです。おめでとうございます」
『あ、ありがとうございます!』
「近く、旅行計画の詳細をお渡しに伺いますので、お待ちください」
『わかりました!!』
通話を切り、机の上にある一つの資料を手に取る。
それは新規で建造中のスペースシャトル6号機の諸元だ。
来年から第二ステーション「フリーダム」の建造が始まる為、スペースシャトルの機数を増やしているのだ。
ちなみに、名前はまだ決まっていない。
……あれ? そういえばアケルリースのアレも打ち上げ予定日がこの時期だったな。
「! そうだ!」
俺はあることを思い付き、すぐさまとある所へ連絡をとった。
あの人……喜んでくれるといいんだけど。
◆
アケルリース王国 王都。
俺とリリーは王城へと参り、アラン殿下とルティシア様に宇宙旅行計画の概要をお渡しした。
「まさか……猊下がこれを?」
「はい」
「まぁ! ……でも、教皇猊下からの褒賞というのは畏れ多いですね」
教皇猊下から褒賞をもらうというのは非常に誉れ高いものだろう。
ルティシア様のいうことはもっともだ。
「殿下達の人徳あってこそでしょう。いい婚約者を得ましたね、ルティシア様」
「あ、ありがとうございます……」
俺がそう言うと、照れた様子でルティシア様は俯いてしまった。
そこに、概要に目を通していたアラン殿下が質問してきた。
「来年の4月上旬……なのだな」
「はい。その予定です」
「すぐにはいけないのか?」
そう。
その説明の為に、俺はここに来たのだ。
「はい。宇宙旅行に関しては各国からの許可がおりましたが、殿下達の身体がシャトル打ち上げに耐えられるかがわかりません。ですので、最初の一ヶ月で身体検査を行います」
「身体検査か。病気などは患っていないが……いや、あなた方がそう言うのであれば従うべきだな」
「恐れいります……そして、旅行と言ってもいくつか頑張って頂きたいことがあります」
「頑張ること?」
「わ、私、魔法が使えないのですが大丈夫ですか?」
「魔法は関係ありませんので大丈夫ですよ」
二人は少し緊張した面持ちで俺の話を聞いてくれた。
「まず、身体検査ですが、学院などで実施されている健康診断とは訳が違います」
「というと?」
「心音、心拍数、呼吸とその他にも血液検査と、後は……ここが一番精神を持っていかれるのですが……」
「け、検査で精神を持っていかれるってなんですか?」
ルティシア様の言い分ももっともだ。
これは現役の皆からもなんとかならないかと言われたことだが……。
「その……ありとあらゆる箇所の「穴」を検査いたします」
「「穴?」」
二人して首を傾げる。
……似たもの同士だなぁ。
「ええ。口、耳、鼻、あと肛門と、女性にはもう一つありますよね? そこを全て検査します」
「「……」」
二人ともなんとも言えない顔になったな。
そりゃそうか。
隅々まで身体を覗かれるんだから、いやだよな。
特に貴族は。
「そ、そこまでしなければいけないのか?」
「ええ、何せ宇宙では無重力なので」
「無重力だと、その……そこまで調べなければいけないのですか?」
ルティシア様が少し顔を赤らめながら質問してきた。
「体から出たものが原因で病気になるのは嫌でしょう?」
「だ、だが! 日常生活ではなんの支障も出ていないぞ!?」
アラン殿下が少し慌てたようにそう言ってきたが、それは地上での話なのだ。
それを聞いて横に座っているリリーが説明をしてくれた。
「殿下、無重力環境なので全て浮くんです」
「……えっ?」
「物のみならず、話した時に出る唾も、自然と抜ける髪も、自然と落ちる垢も、何もかも浮くんです」
「……と言うことは――」
「そういったものを吸い込む可能性が高いってことですか!?」
ルティシア様が俺の方を見てきたので、コクリと首を振り肯定した。
それを見て唖然としているから、俺は最終確認を行う。
「どうしますか? お辞めになりますか?」
旅行なのにそこまでする必要ないしな。
絶対に行きたい!! って意思がないと結構厳しいところだ。
マリーテレーズなんかは「長距離航海で汚いのとかは慣れてます!」って言ってたな。
さすが船乗り。
「……シア、どうする? 私は問題ないぞ」
「……」
ルティシア様は少し考え込むと、顔を上げて、むんっと気合の入った表情で宣言した。
「そ、それくらいなんですか! やってみせましょう!!」
ふんすっ! と気合を再度入れて、意志を示した。
……面白いな、この子。
「わかりました。では参加の意志ありということで」
「お願いする」
「お願いいたします!」
お二人に同意書を書いて頂き、王城をあとにした。
次は、グランウィード家だ。
――
――
――
「こ、これ……は?」
前に座っているレン君が宇宙旅行計画の概要を手に震えていた。
「レン君、宇宙に行ってみたいって言ってたじゃないですか。だから用意したんです」
「ルナ……」
ハニカミながらそう言ったルナちゃんをレン君は優しく抱きしめる。
……俺とリリーがいるのだが?
「ありがとう、ルナ。俺、すっごく嬉しいよ!」
「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいです」
「……あの、続きを話してもいいでしょうか?」
抱きしめ合う二人だが、そろそろ話を前に進めないとな。
「「す、すみません!!」」
素早く離れる二人だが、その顔は真っ赤だ。
俺達がいることを忘れていたらしい。
……恐ろしいわ、そのラブラブっぷり。
「さて、ではまず説明しなければならないのが――」
俺はアラン殿下に話したことと同じことを二人に説明する。
すると案の定、二人ともなんとも言えない表情になった。
「そ、そこまで調べるんですね……」
「この段階で大変なんですね……」
レン君もルナちゃんもショックを受けているようだ。
そこでアラン殿下達にも言ったことを聞いてみる。
「どうしますか? 辞めますか? 旅行にここまでしたくないと思うのも無理はありませんよ」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせ、頷き、口を開いた。
「少しショックでしたが、行きます。せっかくの機会を「いやだから」で捨てることはできませんから」
「私もです。逆に考えれば、レイディアントガーデンで健康診断ができるのですから願ったりですよ」
「わかりました、ではこの同意書にサインを」
レン君もルナちゃんも行く気満々だ。
ルナちゃんが同意書にサインしていると、計画書を眺めていたレン君が日程のところを見て声を上げる。
「あ、4月上旬なんですね」
「はい、検査や多少の訓練をして頂きますので、最短でそれくらいになるかと」
「ということは……俺達の新婚旅行でもあるってことですね」
「はい、その意味も込めてこの日程に致しました」
レン君とルナちゃん、アラン殿下とルティシア様は学院卒業後、結婚式を挙げる。
その直後に宇宙に行ってもらうから、実質新婚旅行だな。
そもそもアラン殿下は新婚旅行先を探していたって言ってたし。
「使われる宇宙船は……スペースシャトル6号機? 名前はないんですか?」
「ああ、それなんですが――」
そのことについて話をしようとしたところ、いいタイミングで帰ってきた人がいた。
「ただいま〜」
「父ちゃん、おかえり」
「おかえりなさいませ、お義父様」
賢者マーリン様だ。
「お邪魔しております。マーリン様」
「ああ、いらっしゃい。今日はどうしたんだ?」
俺はマーリン様に宇宙旅行のことを話すと、マーリン様は驚きの表情を見せた。
「へぇ、新婚旅行で宇宙か!! まぁ、お前は魔道具でだいぶ稼いでるからな」
「いや、これ教皇猊下からの褒賞なんだよ」
「するってぇと……タダか! よかったなぁ! ロズウィータも粋なことすんじゃねぇか」
……あぁ、導師様が先輩ならマーリン様も同じか。
確か導師様とマーリン様は同い年のはずだからな。
「あと、スペースシャトルで宇宙に行くんだ! 世界で初めてスペースシャトルで宇宙旅行に行く民間人になるんだぜ!」
「へぇ、そりゃすげぇ!」
ちょうどいいタイミングだ。
ここで俺はマーリン様にあるお願いをする為、口を開いた。
「マーリン様、一つお願いごとがあるのですが、よろしいですか?」
「おっ? なんだ? 俺にできることなら聞くぜ」
俺はテーブルにあった計画書のスペースシャトル6号機のページを、マーリン様に見えるよう開いた。
「このスペースシャトルにはまだ名前が入っていません。そこで、マーリン様の名前を入れたいと思っているのですが、名前を使用しても構いませんでしょうか?」
俺がそう言うと、リビングが一瞬シーンと静まり返った。
……な、何?
俺やばいこと言った?
「ま、まじか!?」
「す、すげぇよ! 父ちゃん!!」
静まり返っていたリビングは、今度はうってかわって興奮の坩堝と化した。
「あぁ! 旦那様のお名前がスペースシャトルに!!」
「これはお祝いをしなければいけませんね!!」
その場に控えていたメイドや執事の方々が口々にそう言った。
えっ!? 祝うほどなのか!?
たかがシャトルに名前が使われただけで!?
「で、では……使ってもかまいませんか?」
「ぜひ! ぜひ使ってくれ!」
「ありがとうございます。では、マーリンの名前をこのシャトルに印字しますね」
俺がそう言ったら、さらにリビングは沸き立った。
……なんだこの状況。
「それでは、私達はこの辺で失礼致します。また後日、検査や訓練日程が決まりましたらご連絡致します」
「「よろしくお願いします!」」
俺達はメイドさんに連れられて、グランウィード家を出た。
……外にまで声が響いてる。
「そんなに嬉しいかね……」
「マスター……もしかして世間からスペースシャトルがどう言われているか知らないんですか?」
「えっ? 何?」
俺がポツリと漏らした声に、リリーが反応した。
なんか言われてんの?
「……『神の乗り物』。そう言われているんですよ」
「……」
大袈裟過ぎない?
神の乗り物なんかじゃねぇよ。
皆で作った乗り物だよ。
「ちゃんと皆で設計して作った乗り物なんだが?」
「ですが、世間一般の方々から見れば、どう言う原理で飛んでいるのかわからない乗り物なんです。それを神の乗り物と称するのは普通だと思いますよ?」
「そんなもんか?」
「そんなもんです。さぁ、帰りましょう」
リリーのやつ、これ以上言っても無駄だと思って切り上げたな。
まぁいいや、切り替えていこう。
◆
アケルリース王国 魔法技術省
航空宇宙部門 研究室
そこに、クライン・フォン・ボールドウィンを筆頭とした開発者達が軒を連ねていた。
「昨日、レイディアントガーデン代表のレオン・アルファード様からある「提案」を受けた」
クラインが口を開くと、ざわついていた室内が静まり返った。
それを見届け、クラインは話を続ける。
「来年4月上旬、我が国の王太子であるアラン殿下と新英雄レン様らが新婚旅行として宇宙に上がられることが決定した」
それを聞いた開発者達はまたざわつき始めた。
それをクラインは手を上げて収める。
「そこで、我々が現在開発中の宇宙補給機「ZTV」の打ち上げ予定日が近いことに気がついたレオン様が、この旅行中にISSにZTVを届けてみないかと提案された」
その提案を聞き、開発者達は息を呑んだ。
皆、難しいと考えているのだ。
何故なら――
「打ち上げ予定日は旅行期間の1ヶ月後……それを前倒しにすることになる」
そう、打打ち上げ予定日は5月を予定していたのだ。
それを前倒しにするなど、到底考えられなかった。
「あの……それは流石に無茶だと思うよ?」
「そうだよ。あまり駆け足で開発すると大惨事になるぞ」
開発者から口々にそう言った。
しかし、クラインは成し遂げたいと思っていた。
それは、レオンからもう一つ提案されたことがあったからだ。
「実はもう一つ、レオン様から提案されたことがある。それは――」
クラインは提案されたことを皆に伝えた。
すると、乗り気ではなかった彼らの表情がみるみるうちに輝き始めた。
「――俺はこれを成し遂げたいと思ってる。これを成すことで、導師様と賢者様の心が少しでも晴れるなら……俺はやりたい」
拳を胸に当ててクラインはそう言うと、皆の顔を見渡した。
「困難であることはわかってる。でも! これを乗り越えることができたなら、俺達はさらに飛躍できる。レイディアントガーデンに追いつけるかもしれないんだ!!」
クラインは開発者全員に、最後に問いかける。
「皆、やってみないか?」
もうそこにいる者達の中に、後ろ向きな考えを持つものは……いなかった。
「やりましょう!!」
「それを聞かされて心が動かないわけないじゃないか!」
「皆で届けましょう!!あの空より高い場所へ!」
アケルリース王国は更なる高みへと至る為、困難に立ち向かうことを決めた。
全ては国の為、そして……自分達の恩師の為に。




