episode56 ISS完成
5月下旬
ISSの組み立ても最終段階にあり、もうあと二つのモジュールを打ち上げるだけになった。
あと数日すればノード3:トランクウィリティーとキューポラが打ち上げられる。
前世でよく見た、あの大きな窓のついたモジュールだ。
これを付けることで、いわば航空管制棟のような役割を実施することが可能となる。
そして、これが設置されることを見越して、アケルリースの魔法技術省宇宙開発室はある提案をしてきた。
それは――
「キャプチャ・バーシング方式?」
「そうです」
マリアちゃんがアケルリースから受け取った資料に書かれた新たなドッキング方式の名を口にする。
アケルリース宇宙開発室のクライン君とシンシアちゃんと、宇宙飛行士代表としてクララとマリアちゃんが会議に臨んでいた。
「宇宙船を直接ステーションにぶつけるハードドッキング方式ではなく、アケルリース王国はより安全なドッキング方式を模索してきました。その答えがこれです」
「どんな方式なの?」
「宇宙船をステーションに最接近させて相対停止。それをリヒターアーム2にて捕獲、共通結合アダプターへ接続させるという方式です」
クララの質問に、つっかえることなく答えるクライン君。
詳しくドッキング方式を聞いてマリアちゃんが息を吐いた。
「はぁぁ、よく考えたわね。確かにこれなら共通結合アダプターが使えるから大きな荷物の積み下ろしもできるようになるから、魔法研究者さん達からすればだいぶ魅力的だと思う」
「そうだと思ってこの方式を提案させて頂きました。でも、一点だけ、これだけはお話を聞かないといけないなと思いまして……」
「何?」
「……相対停止している宇宙船を、リヒターアームで掴むことは可能ですか?」
クライン君が緊張した面持ちで質問する。
それに対してクララとマリアちゃんは顔を見合わせたあと、口を揃えてこう言った。
「「できる!」」
「ほ、ほんとに!?」
その返答に飛び上がって反応したのは、クライン君ではなく、隣に座っていたシンシアちゃんだった。
「ええ、できるわよ。30分位同じ場所に居てくれるなら尚いいわね。ですよね? クララさん」
「うん、それくらいあればもしミスキャプチャーだった場合でも再捕獲できるだろうしね」
マリアちゃんとクララの言葉を聞いてシンシアちゃんは安堵した様子で椅子に座った。
「そっかぁ……よかったぁ」
「この方法を思いついたのはシンシアなんです」
なるほど、だから安心したのか。
「あの……先程から発言していませんが、何か問題がありますか?」
だが、また不安そうにシンシアちゃんは俺に対して質問してきた。
どうも、何も言わなかったから怒っているとか呆れているとか思われたのかもしれない。
「いや、なんでもない。実によくできた方法だと思ってね」
「ほ、ほんとですか!?」
俺が認めたからか、シンシアちゃんはまた安心した表情を見せる。
というよりよくできているのは当たり前だ。
前世でのHTV【こうのとり】のドッキング方式そのままなのだから。
キャプチャ・バーシング方式――
これが登場するまでのドッキング方式は主にハードドッキング方式が一般的だった。
ハードドッキング方式はそれなりの相対速度を出してステーションや目標にドッキングする……いわばぶつけてドッキングする方式だ。
これのデメリットはドッキングポートを頑丈に作らなければいけない為、出入り口が小さくなってしまうことだ。
大体、直径80cmの円形の出入り口になる。
そして一辺130cmの正方形の出入り口を持つ共通結合アダプターはリヒターアームに掴まれたモジュールをゆっくりドッキングさせることを想定して設計しているからハードドッキングを行うと壊れてしまう。
しかし、このキャプチャ・バーシング方式なら出入り口の大きい共通結合アダプターを使用することが可能となり、大きな実験機材などを運び込むことができるようになる。
「でも、これを行うには近傍通信システムが必要になると思うけど、大丈夫?」
「もうすでに開発が進んでいて、あと少しで完成します。完成したら補給ミッションで持って上がってもらうと思いますのでよろしくお願いします」
「わかった。期待しているよ」
「「ありがとうございます!」」
……にしても、ここまで同じものができてくると各国に転生者がいるんじゃないかって疑ってしまうな。
いや、もしいるならレン君と共に話題に上がっている筈だ。
……それか目立たないように行動しているかのどちらかだな。
ラノベじゃあ、大抵その前提崩れてるの多いけど。
◆
STS-38にて、ISSに新たなモジュールであるノード3トランクウィリティとキューポラが設置された。
長期滞在クルーとSTS-38クルーは現在、そのモジュールにロボットアームを操作するワークステーションや各設備の点検を行なっていた。
「トレッドミル、トイレ、洗面場、ロボットアームワークステーション……よし、設置完了!」
ユリアからISS船長を受け継いだダスティンが設置完了を宣言した。
すると、女子達が我先にと、とある場所に動き出した。
その場所とはキューポラである。
「ちょっと外を見てもいいですか?!」
「見るのならモーリスとエルザを先にしろ。二人とも初飛行だからな」
シルヴィアが興奮気味にキューポラからの景色を見たがったが、今回、STS-38が初飛行であるフェリケシオン連合ノケサ王国選抜モーリス・リシャールと同じくフェリケシオン連合ルベルティ王国選抜のエルザ・ステヴナンに先に見せるようにダスティンが促した。
「あっ、そっか。ごめんねモーリス君、エルザさん」
「いえ、気にしないでください」
「私達のことはお構いなく。これから半年もここにいますから」
そう、今回のSTS-38ミッションでダスティン達第三次長期滞在クルーはエクセルへ帰還する。
その為、モーリスもエルザも、いつでも見れるからということで、特に一番手をもらうことに必死ではなかった。
「シルヴィアさんやルーク君はあと数日で終わりなんですから、見れる時に見た方がいいですよ」
「うんうん」
「そ、そう? じゃあ、遠慮なく」
「ありがとな」
モーリスとエルザに順番を譲られると二人はキューポラの方へと移動した。
そして、そこからの景色を見て言葉を失った。
上を見上げるとそこに広がるのは青く輝くエクセル。
それが360°広がり、地平線も見て取れる。
スペースシャトルやズヴェズダ、クニューベルの天底側にある窓から見える景色も綺麗だったが、キューポラから見える景色は別格だった。
「綺麗……ホント、それしか出てこない……」
「ああ……ホントに……」
他のクルーも、そこからの景色を堪能し、その日はトランクウィリティにて食事を取った。
大きな窓から見えるエクセルは、今日も美しく輝いていた。
◆
「――宇宙という名の新天地に人類が足を伸ばして8年……今日という日を、迎えられることを誰が想像したでしょうか」
ロムルツィア神聖国 神殿。
そこで開かれた、とある式典にて、俺は壇上に上がり、スピーチをしていた。
本来ならば、この式典はノアセダル王国で開かれるべきだという意見が多かったが、諸王国国王を迎える為の足が用意できていなかった為、王国連合トップのロムルツィアに集合することになった。
「鷹以上の目を宇宙に送り出したことで、危険を冒さず魔物の出現を察知することができ、今日や明日、果ては一週間の天気を知れる日が来ることを……誰が想像できたでしょうか。そして……国と国とが手を取り合い、冒険の旅に出る日が来るなど、誰が想像できたでしょうか」
俺の眼下には、ロズウィータ教皇やアケルリースのヴォルフガング陛下夫妻、マーリン様とヘルガ様、、アルフレート大統領夫妻とマティアス陛下夫妻など、各国首脳やその奥方が座っていた。
「空へと旅立つ……魔法士ならば誰もが思い描いたそれは……長年の間、夢物語に過ぎませんでした。そしてその空の先があるなど……誰も想像していませんでした」
このスピーチは、うちの映像送信技術を使って、全世界に発信されている。
とは言っても、一般家庭にMTVが置かれていることはなく、大通りに大型モニターを設置しての放送だった。
「ですが、私達は現実に空を飛び、そして宇宙へと人を送り出し、無事に帰還させることが出来ました! 想像以上のことを、現実にさせることができました」
全世界……と言ってもリラウレア大陸のほんの一部での話だ。
少し前までは、俺達にとって、それが世界だった。
「人と人とが手を取りあえば、夢を現実にすることができることを私達は学びました。そしてその規模を大きくすれば、夢以上のことを成すことができるのではないかという希望も芽生えました」
今でも尚、王国連合加盟国以外との交流は、ノアセダル王国にはないが、宇宙からこの世界を見渡した時、いくつかの街の光を目にしている。
最も、前世のように明るくはないが。
「そして今、その希望は現実となり、魔法を、医療を……よりよくしていく為に、国と国とが手を取り合って夢と希望の象徴を、宇宙に作り上げることができました」
俺は少し間を空けて、高らかに声を上げた。
「今ここに! 国際宇宙ステーションの完成を宣言します!!」
瞬間。
会場に大きな拍手が響きわたる。
その最中ではあるが、俺はさらに言葉を重ねる。
「これからも我々は手を取り合い、世界をよりよくしていくことを誓いましょう。誰もがこの世界を「レイディアントガーデン」と呼べるように」
◆
式典が終わり、場所はパーティー会場に移り、各々それまでの健闘や研究成果への祝いの言葉などを贈りあっている中。
レオンに随行してきたクリス、クラリス、ユリアのいつものメンバーも、着飾ってパーティーに参加していた。
「はぁ……カッコよかった……」
「まだ言ってんのかよ……」
「恋は盲目って言いますから、諦めなさい」
クラリスはレオンのスピーチを反芻し、その勇姿を思い返していた。
その様子をクリスとユリアの二人は呆れた様子で見ている。
「『誰もがこの世界を「レイディアントガーデン」と呼べるように』……もぉ! ホントにカッコよかった!!」
「まぁ、その台詞には俺もグッとくるところがあったけどな」
「私も同じです。レオンさんがどういう思いで社名を付けたのか、やっと理解いたしましたわ」
最初、レイディアントガーデンというのはアルファード領のことを指すのだと思っていたユリアだが、それは間違いであった。
レオンの指すレイディアントガーデンとはエクセルそのものを指していたのだとわかった瞬間、鳥肌がたった。
「私達は、随分と小さなスケールで考えていたのですね」
「そうだな。あいつはずっと、それを念頭に置いて働いていたんだと思うと頭が上がんねぇよ」
宇宙からエクセルを、それこそ飽きるくらいに見てきたが、それでも小さなスケールで物事を考えていたのだとクリスは反省していた。
「あら? 怖気付いたのかしら?」
「まさか。これからもあいつの手足となって邁進して行くよ」
ユリアもクリスも改めて宇宙飛行士としてレオンに貢献していくことを誓った。
「……あっ、そうだ。姉様にレオンのスピーチの映像送っとこ」
そんな中、クラリスは非常にマイペースであった。
◆
「……なぁ、あの人って俺達と同い年だよな?」
パーティー会場にて、レオンが各国の重鎮と談笑する姿を見て、レンはそうアランに呟いた。
「そうだが?」
「おかしいだろ。あんな立派なスピーチをしてさ、しかも俺達と二回り以上も上の人達と普通に会話してんぞ」
そう言われたアランはレオン達の会話に耳をすませる。
「ほぉ、貴殿も楽器を弾くのかね」
「はい。と言っても最近始めたばかりでして……どうも初手の部分でつまづいていて――」
「ああ、あそこは確かに難しいな。その場合は――」
「おお、なるほど! 勉強になります」
「ははっ、天才にアドバイスできる日が来ようとは! これは皆に自慢できるよ」
「いえいえ、私なんて一分野に特化しているにすぎません。学べることがあるのなら日々勉強です」
そこまで聞いて、アランはレンに言った。
「……普通では?」
「お前は王太子だから経験豊富だし、お前が畏れられる方だからいいんだろうけどな? レオンさんは平民だろ? 貴族どころか国の重鎮と話すなんて畏れ多いだろうに」
「お前だってここに修学旅行に来た時に魔獣退治をして教皇猊下から直接礼を言われたじゃないか。その時、重鎮と話をしただろう?」
実はレン達は以前、ロムルツィアに修学旅行で来ており、その際に大型の魔獣が現れたのだ。
その際、レンがそれを単独討伐したことで、ロムルツィア神聖国から謝意を頂いていた。
後日、国賓として招かれた際にも、今のようなパーティーが開かれた。
アランはその時のことを言っているのだが、レンはそれを首を振って否定した。
「いやいや! あれは向こうが合わせてくれていただけだって! レオンさんのはなんというか……そう! 対等な感じなんだよ」
「ふむ……確かにな」
レンが言ったことにアランは納得した。
自身は王太子ということで、周りからは一人の大人として扱われることが多かったが、一般的にはそれは稀有なパターンだろう。
一般人が王族や政府関係者と話す機会などそうそう訪れない。
子供ならば特にである。
しかし、レオンは孤児であるという身の上でありながら、その才能と手腕で領主、社長、果ては大臣にととんでもない速度で出世していった。
アランは再度、レオンの方を見やる。
レオンと談笑している周りの大人からは特に打算や企みなどは感じられない。
純粋に会話を楽しんでいるようにアランは感じた。
それは、自分でも経験がないものだった。
「私も官僚などの大人と会話をすることはあるが、あそこまで相手の自然を引き出したことはなかったな」
「だよなぁ……」
レオンに感心しているところに、二人の女の子が近づいてきた。
レンに同行していたルナとアランの婚約者のルティシアである。
「おっ、ルナ。もう挨拶はいいの?」
「はい、一通り終えました。……アラン殿下」
「ん? ああ、そうだな」
ルナがアランを一瞥すると、何かを察したように手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
「レン、ちょっと席を外す。ボールドウィン嬢をお借りするぞ」
「えっ? うん、いいけどさ……お前ら最近コソコソと何してんだ?」
レンの言う通り、最近アランとルナが話をしていることが多く、レンはヤキモキしていた。
婚約者で、自身を愛してくれているとわかってはいるものの、面白くないことには変わりない。
しかし、ルナがやましいことはないことをレンに話した。
「ごめんなさいレン君、それは言えないんです。でも、きっと喜んでくれると思いますよ」
「よ、喜ぶ?」
レンがそう言うと、ルナは可愛らしく笑顔を見せた。
◆
「ふぅ……疲れた」
官僚や貴族、王族の方々と話をするのホント疲れる。
常に頭をフル回転させて、発言に不敬はないか、相手の感情を逆撫でしないかを相手のプロフィールを思い出しながら言葉を選んでいかないからホントに疲れる。
だから嫌いなんだよ社交界。
「アルファード殿」
ホッと息を吐いていた所に、今度はアケルリース王国の王太子殿下がやってきた。
その後ろには、アラン殿下の婚約者のルティシア嬢と、あと何故かルナちゃんだけがいた。
……あれ? レン君はいないの?
「これはこれはアラン殿下。お久しぶりです」
「ああ。早速で悪いのだが、少し時間を頂けるか? 本日同行している宇宙飛行士の皆も含めて」
「? かしこまりました」
クリス達も?
一体何だろうか。
――
――
――
場所を移して、アケルリース王太子達に与えられている部屋に通された俺達は対面に座るアラン殿下とルナちゃん、ルティシア嬢からの言葉を待った。
こちらは俺だけが座り、クリス、クラリス、ユリアは立って話を聞いている。
「こうして時間を頂けたこと、感謝する」
「いえ、それで……話というのは?」
王太子から呼び出されて話って一体なんだ?
全く見当がつかん。
しかもそこに婚約者と友人の婚約者がいれば尚のことだ。
「話が直接あるのは私ではなくてな。ボールドウィン嬢がどうしても話がしたいと言うことでこの場を設けさせてもらった」
「ルナさんが?」
俺がルナちゃんの方を見ると、コクリと頷いた。
……直接来てくれればよかったのでは?
……ああ、そうか。
俺が魔法技術省の大臣だからか。
閣僚相手にむやみに話かけづらいから王太子に仲介を依頼したんだな。
「その、アルファード様に頼みたいことがありまして……」
「頼み?」
「はい。アルファード様にしか頼めないのです」
一体なんだろう。
俺にしか頼めないってなんだ?
全然わからん。
「あの……私達を宇宙に連れて行って頂けませんか?」
「……えっ?」
……宇宙旅行パッケージを購入頂ければ済みますよ?




