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episode55 アンジャッシュ状態(?)

 


「エ、エリクサーの開発……」



 ユリアは早速カフェテラスにて、アイリスがISSで作ろうとしている薬についてクラリスに話をした。


 するとクラリスも作ろうとしているものに驚いたのか、言葉を失っていた。



「とんでもねぇもんを作ろうとしてんなぁ……で? できそうなのか?」



 同席していたクリスも驚きを通り越して呆れたような様子を見せていた。



「それはわかりませんわ。何せ物語にしか登場しない薬ですもの」


「ま、そうだわな」



 クリスは一言だけそういうと、背もたれに深く体を預けて、コーヒーを口にした。



「でも……姉様ならできてしまうかも。魔力自身への回復魔法の付与を実現したのは姉様なんだし、それを強化・発展させることも不可能じゃなさそう」


「私も同じ意見です。そこにもし、アイリスさんがプライドを捨てて、レオンさんに助力を求めたら――」


「もう確実。エリクサーは完成するだろうな」



 もしそれをレオンが聞いていたら「そんなことねぇからな!?」というだろう。


 しかし、幼馴染である三人……いや、世界のほぼ全員が同じことを口にするだろう。


 彼なら不可能を可能にすると。










 ◆










 社長室にて、自分のイスに座りながら、今回アイリスが作ろうとしている物のことを、俺はぼんやり考えていた。


 エリクサーかぁ……有名RPGに出てくる回復アイテムしか思い浮かばないや。


 なんだっけ? HPとMPを全回復するんだっけ?


 RPGとかあんまししたことないからよく覚えてないわ。



 ……っていうかこの世界でもエリクサーってあるんだ。



 動物の姿形も地球と一緒だし、名前も一緒。


 もっというと魔獣に関しても名前がサラマンダーだったりするのだから地球とネーミングセンスが一緒すぎて笑う。



 ……そんな偶然ある?



 俺は椅子から立ち上がり、窓の外を見ながら思考の海に入った。


 そもそも何故今世のヒトの姿形が前世のヒトと一緒なんだ?


 前世の人達と今世の人達とで何が違うかと言ったら髪の色くらいだ。


 黒やブラウンと言った前世では普通の髪色は今世では珍しく、金髪、青や赤、緑や銀、果てはピンクなど色とりどりの髪色に瞳の色も同じくらいのバリエーションを持つ。


 だからこそ俺もここは異世界だと思えたのだが、それ以外に違うところが見当たらない。


 まぁ、魔法があるってところが一番違うところだが……。



 進化過程で環境に適応するために求められる機能から異なる系統の種族の形状が似ることもある。


 収斂(しゅうれん)進化というものだ。


 しかし、この世界は地球とは違う。


 同じような環境であっても、ここまで似るものなのだろうか?


 それこそ、SFに出てくるような二足歩行で4本指で顔はカタツムリみたいな姿をしていてもおかしくない。


 それなのにここは完璧に『ヒト』なんだ。


 それが逆に驚きだ。



 まぁ、カタツムリ顔で転生していたら、カルチャーショックとかいうレベルじゃないんだけど……。



 それに容姿が整いすぎてるっていうのも気になる。


 レイディアントガーデンだけじゃなく、街を歩いていても美男美女ばっかり。


 太っていても、目鼻顔立ちは整っている人ばっかりだ。



 俺も最初は鏡を見た時「めっちゃイケメンやん!!」ってテンションが上がったが、周りのレベルが上すぎて、フツメンに成り下がってしまった。



 クリスなんか見てみろ。


 金髪碧眼で公爵令息だぞ?


 ……勝ち組やん。



 ……そういえば、あいつらいつまでここにいるんだ?


 あいつらとは、クリス、アイリス、クラリス、ユリアのことだ。


 レイディアントガーデンを立ち上げる際に入領してきたが、それぞれ公爵・侯爵家の方はいいのだろうか?


 貴族社会ではそろそろ結婚の話が出てきてもおかしくない。


 俺達も今年で18歳だ。


 クリス、ユリア、アイリスにクラリスも結婚相手を見つけ出さないといけないんじゃないか?



 ……てかクリスは誰を選ぶんだ?


 アイリスだろうか? それともクラリス?


 やはり同じ公爵家のユリアだろうか?



 どれも良件な子ばかりだ。



「迷うよなぁ。男なら」


「……何がよ?」



 俺の呟きに誰かが答えるとは思っていなかった俺は飛び上がった。



「わぁ!? びっくりした!?」


「きゃあ!? な、何よ……そんなに驚かなくてもいいでしょ」



 俺の後ろにいたのはクラリスだった。


 向こうも、俺が飛び上がるほど驚くとは思っていなかったようで、同じように驚いていた。



「いや、誰もいないと思ってたから、突然後ろから声をかけられるなんて思ってなくてさ。すまんすまん」


「何回もノックしたわよ? でも全然気付いてくれないから入ってきたの」


「そ、そっか。それはすまん」



 クラリスはそう言いながら、ソファに移動して座った。


 俺は自分の分とクラリスの分の飲み物を用意するため、ポットの方に足を運ぶ。



「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」


「コーヒーでいいわ。あんたもそっちの方がいいでしょ」


「ありがてぇ」



 俺はどっちかというとコーヒーの方が好きだ。


 特に酸味の少ない苦味の強いのが一番好き。



 だって頭がスッキリするから。



「はい、どうぞ」



 クラリスの前に淹れたてのコーヒーを置いた。


 俺はマイマグカップに入れ、クラリスの対面に座り、一口、コーヒーを飲む。



「ありがと。で? 何が「迷うなぁ」なの?」


「ん?」



 なんの話してたっけ?



「私が入ってきた時、迷うよなぁって言ってたじゃない。しかも、男なら……とか」


「ああ、それか」



 本人に言っていいのか?


 まぁ、聞くだけタダかな?



「結婚のことだよ」


「えぇ!?」



 クラリスが前のめりになって驚愕の声を上げた。



「なんだ? どうした?」


「レ、レオン。結婚を……考えてるの?」


「? ああ」



 お前らのな。



「そ、そうなんだ……それで、誰かいいなぁって思っている人がいるの?」


「そうだなぁ……」



 正直、クリスとくっついたのが誰であってもおかしくない。


 アイリスは魔法薬学の権威、クラリスはパイロットとしても優秀で飛行経験も豊富、ユリアも魔力・魔法学に置いて右に出るものはいないほどになっている。


 しかも全員が飛行経験ありの宇宙飛行士だ。


 全員、クリスの結婚相手になっても申し分ない。


 家柄的にもな。



「皆、魅力的ではあるよな」


「皆?」


「クラリスもアイリスもユリアもだ。皆それぞれに魅力があって誰か選べとなると難しいかもな」



 クリスが。



「そ、その三人限定なの? リリー姫様……とかは?」


「ああ、その可能性もあるのか……」



 確かに公爵家だもんな。


 王族と籍を入れるとなっても不思議じゃない。


 でも――



「お前ら以外には考えられない……かな?」



 クリスとの付き合い的に。



「そ、そう……少なからず、好意は持っているってことよね?」


「当たり前だろう? 何年の付き合いだと思ってるんだよ」



 クリスが。



「そ、そうよね!? もう10年も一緒なんだもんね!!」


「ああ……ところでお前の方はどうなんだ?」


「……はぇ?」



 なんか気の抜けた声だな……。



「お前の方はどうなんだよ? そろそろ結婚を考えないといけないんじゃないか?」


「ああ〜、そうね……確かに考えないといけないけど……」



 なんか膝を擦り合わせてモジモジし始めたぞ?


 ……トイレか?



 いやいや、それを言ったらセクハラになる。


 それにどちらかと言うと、恥ずかしそうにしているから、羞恥でもじついてるんだろう。



「その……好きな人がいるんだけど……」


「ほうほう!」



 まさかの想い人がいるとは!?


 もしかしてあれか!?


 最近よく俺に接するようになったのはその人にアタックする為の予行演習だったのかもしれないな!


 なんだよ、それならそう言えよ。


 協力なら存分にするのに。



「どんな人なんだ?」



 俺は興味津々で聞いてみた。



「あ、あのね……その人はとっても努力家で――」



 努力家……クラリスに近しい男で努力家というと……。


 クリスか?


 あいつ航空機やMDFSの訓練を地道にしてるもんな。



「どんなことでも諦めずに進んで、最後にはちゃんとそれを成し遂げて――」



 なるほど、不屈の精神を持つと……。


 クリスか?


 あいつどんなに苦手な任務でも最後には絶対やり通すもんな。



「皆をまとめるリーダーシップも持っていて――」



 ……クリスか?


 あいつ船長(コマンダー)を何回も務めたもんな。



「何より……その……か、カッコいいの……!」



 クリスだぁぁぁぁぁ!!


 なんだよ、クラリス! 真っ赤になった顔を手で隠しちゃって!!


 可愛いじゃないの!?



 男勝りでどちらかって言うと姐さんって感じのお前もそんな表情するんだな!!



 でもそっか……いや、薄々は思っていたよ。


 あんなイケメンに惚れないわけがないさ。



 ……もしかしてあれかな?


 クラリスが今まで頑張ってきてたのはクリスと肩を並べるためだったのかもしれない。


 いや、実際そうなんだろう。


 そしてアイリスは魔法薬学でクリスと並ぼうとしているんだとしたら……。



 ――アイリスもクリス狙いか!!



「なぁるほどなぁ!!」


「な、何!?」



 俺が突然声を張るものだから、伏せていたクラリスが体をびくつかせた。



「ああ、すまん。でもそれで合点がいったよ」


「ふぇぇ!? そ、その……流石に……気付い……た?」



 そりゃ気付くさ。


 クリスが好きだってことにな!!



「ああ、もちろん!」


「〜っ!!」



 照れまくっているのか、もう耳まで真っ赤だ。



「いやぁ、でもお前にそこまで想われるとは――」


「そ、それ以上言わないで!!」



 ――憎い男だなクリスは。


 って言おうとしたら遮られた。



「まだ……まだ私じゃ釣り合わないの」


「……そんなことないと思うけどなぁ」



 世界で二番目に宇宙に行った女性初の宇宙飛行士だぞ?


 しかもスペースシャトルを手動で降ろした経験もある。


 十分だと思うけど?



「あんたならそういうと思ったけど、世間ではそうはいかないのよ。何より……私が許せない」


「……そっか」



 貴族社会って大変だな。



「だから……だからね? その……」



 自身の手をキュッと握り締め、頬を赤く染めた顔で俺に言った。



「待ってて欲しいの」


「? ああ、わかった」



 最初、何を? って思ったけど、すぐに思い至ったわ。



 クリスとの結婚式のことだと。



 俺を招待してくれるってことなのかな?


 だとしたら嬉しいな。



 だが、あまり長く待たせるとやばいかもしれないぞ、クラリス。


 何故なら、お前と同じようにアイリスがクリスを狙っていると思われるからだ!!



「でも、あまり待たせすぎると、誰かに取られるかもしれないぞ?」


「ふぇ!? そ、そうならないように! 私のことを意識させてあげるわ!!」


「ハハッ! 強いな!!」



 なるほど、猛アタックをかけつつ自身も功績を上げていくという二兎追う作戦か。


 さすがだよ。



「頑張れ。できれば早めにな」


「うん! 私、頑張るから!!」



 さて、友人代表スピーチの内容でも今のうちに考えておくか。


 ……待てよ?


 この世界の結婚式も前世と同じ構成なのかな?



 調べとこ。










 ◆










「こ、告白した……?」



 ISSのズヴェズダモジュール内にあるクルークウォーターにて、アイリスはクラリスと通信を行なっていた。


 内容は本日の社長室でのことである。



『告白っていうより……成り行きで私の気持ちが伝わっちゃったっていう感じ……かな?』


「成り行きって何!? どういう状況になったらそんなことになるの!?」



 異性に対する自身の思いが伝わる状況なんて限定される。


 それは大体、ムードのある……所謂、「いい雰囲気」というやつだ。


 そんな状況になったのか?とアイリスは焦りを感じていた。



『いや! 姉様の考えているようないい雰囲気じゃなかったわよ!? その……レオンが「迷うよなぁ、男なら」って呟いたから、何をって聞いたら――』


「き、聞いたら?」


『結婚、考えてるみたいで……それで、話の流れで、結婚相手にするなら誰がいい? みたいな話になったの』


「……」



 アイリスは言葉を失った。


 レオンも今年18歳。


 結婚適齢期といえる歳であることから、そんな話題が上がってもおかしくはない。


 しかし、今までの遡行を考えると、レオンが恋愛に興味があるような節はなく、浮いた話もなかったため、いわば、アイリスは胡座をかいていたのだ。


 しかし、そのレオンが結婚を考えていると聞き、まさに晴天の霹靂であった。



「た、確かに私達も結婚を考えなければいけない歳だけれど……レオンさんが? ホントに?」


『うん。あと、私か姉様、ユリア以外に結婚相手は想像できないって言ってたよ。レオンが』


「えっ!? ユリアも対象なの!?」



 考えてみれば、魔法研究をしている者同士。


 ユリアと気が合うと思っていてもおかしくはないとアイリスは思った。


 しかも、今はISS船長(コマンダー)をダスティンに引き継ぎ、エクセル(おか)に降りている。



 加えていうなら、地上には黒魔力というフレッシュな研究対象があるではないか。


 もし、それの研究を一緒にし始めたら――



(ユリアとの距離が近くなるかも!?)



 という思いと、プライベートと仕事をわけているレオンならばあり得ないという思いが混ざり合う。


 それに、意識的には公私混同をしていなくとも、無意識的には何某かの影響を与えていてもおかしくない。



「……で? あなたの口振りから察するに、遠回しに好きな人の特徴を伝えたって流れだったわけ?」


『……まるで見てたみたいね』


「あなたのことだもの。ってことは合っているのね」


『うん、それで伝わっちゃったって感じ。でも、待っててって私がお願いしたの』


「えっ? なんで?」


『私がまだ、レオンの隣に立つ資格がないと思っているから』



 そうだ。


 クラリスはこういう性格だったとアイリスは思った。


 そして、自分達は双子なのだなとも。



「……そうね、私もあなたと同じ状態になったらそう言っていたかもしれないわね。でも、それは機を逸したかもしれないわよ?」


『えっ?』


「私がここでエリクサーを開発できて、実用性が証明されたら……私はレオンさんに交際を申し込むつもりよ」


『っ!?』



 画面に映るクラリスが息を呑んだのを、アイリスは見逃さなかった。



「私が今のところ、王手をかけていること……忘れないようにね?」


『べ、別にそんなの王手でもなんでもないわ! 私も宇宙飛行士としてだけじゃなく、テストパイロットとして活躍して見せるんだから!!』


「ふふっ、じゃあお互い頑張りましょう」


『望むところよ!じゃあ、長期滞在頑張ってね』



 そう締めくくり、クラリスは通信を終了させた。


 そして、通信が切れたことを確認したアイリスはクルークウォーター内で膝を抱えた。



(どーしよー!? 大見え切っちゃった!!)



 アイリスは焦った。


 クラリスは自身が釣り合わないと言って返事を保留したそうだが、レオンには想いは伝わっている。


 これは大きなアドバンテージだ。


 片や自分はレオンにとっては幼馴染で魔法研究の一番弟子という立場。


 異性として意識されるには、クラリス以上に想いを伝えないと仲は進展しない。



(できるかな? もし、エリクサーを作らなくてもポーションの上位互換……ハイポーションくらいで――)



 そこまで考えて、アイリスは気付いた。


 自分が日和っていることを。



(何考えてるの!? 弱気になっちゃダメよ、アイリス!!)



 エリクサーを持って地上に帰り、よく頑張ったね、えらいねと褒めてもらえるように、意気揚々とISSに来たことを思い出した。


 にも関わらず、実現が容易であろうハイポーションを作ることで釣果0の状態だけは避けようとした自分が情けなくなった。


 レオンはどんな絶望的状況でも諦めなかったというのに……。



「頑張るわよー! おー!!」



 勢いよく上げた拳が、狭いクルークォーター内の天井に当たり、アイリスはしばらく悶絶していた。

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