episode53 英雄の悩み
――T-1分。
打ち上げ最終ホールドが解除され、家族や招待客用のスタンド席でアケルリース見学組一行が打ち上げを今か今かと待っていた。
「マリア達が乗り込んでから3時間……やっと残り1分か。長いなぁ」
「そうですね。なんでこんなに時間がかかるんでしょう?」
レンが待ちくたびれた様子を見て、ルナが素朴な疑問を口にした。
隣に座っていたルナの弟であるクラインがそれに答えていく。
「マリアさん達が乗り込んだ時は燃料が積まれていないからね。燃料の積み込みと安全点検にそれだけ時間がかかるんだよ」
「えっ、燃料って乗り込む時には積まれてないの?」
「完全にはね。システムの誤動作で爆発しないようにしてるんだよ」
「なるほど……」
そんな会話をしていたら、すでに時計は30秒前を知らせていた。
「残り30!」
「いよいよだな!」
ジェイとアランが前のめり気味にシャトルの方を見やる。
そしてT-7秒、SSMEが作動し始めた。
燃焼ガスが静音装置から放たれている水を一瞬で蒸発させ、勢いよく水蒸気がシャトル後方へ噴き出す。
その瞬間、会場が湧きあがった。
「おぉ!!」
「すごい……」
アランがその光景に驚き、隣に座るルティシアは圧倒される。
そして、カウントが0となった瞬間。
眩い光がシャトルから放たれた。
『リフトオフ!! アケルリースの夢と希望を載せて!! 最新の実験棟を国際宇宙ステーションに届けるため、エンデバー号が宇宙へと向かいます!』
MTVから聞こえてきた声も、後半は聞こえづらい程の爆音が会場まで届く。
その音は腹にまで響き、皆を圧倒した。
「「「「「……」」」」」
クライン、シンシア、ヘルガ以外の皆は、唖然とした表情で宇宙に向かってぐんぐんと上昇するシャトルを見上げていく。
「ね、ねぇアラン様? あれには人が乗っているんですのよね?」
「ああ……そのはずだ……」
「あんなものが……人の手で作れるものなのでしょうか?」
「事実……目の前で飛んでいったからな……」
アランは唖然としながらもルティシアの質問に答える。
ルティシアは音と光、その力強さに圧倒され、現実かどうかを疑う程だったが、アランも同じ光景を見ており、現実であることを認識した。
「すげぇ、白い煙が一筋に伸びていく……」
「お腹にまで音が響いてきました……これがロケットの打ち上げなんですね」
ルナもその力強さに圧倒され、レンに至っては衝撃的過ぎて、先程までのテンションがフラットな状態まで戻っていた。
「すごいですよね。僕もイプシロンの打ち上げなどでロケット打ち上げの光景を見ていますが、スペースシャトルは別格ですよ」
「しかもあれに人が乗ってるんですから尚更ですよね」
クラインとシンシアがそういうと、皆はコクコクと頷くしかできなかった。
「ところでジェイとキャサリンはイプシロンとかの打ち上げ見てるんだろ? 何驚いてるんだよ?」
ふとした疑問をレンが口にすると、二人は口をそろえて答えた。
「「加速がゆっくりなのに力強いところ」」
……見るところが違っていた。
◆
高度380km
ISS ランデブー点
「アタシ、大きい乗り物操縦するの苦手なのよね」
「このタイミングでそんなことカミングアウトしないでくださいよ!」
船長のパトリシアがフライトデッキ後部の操作パネルに移動し、最終アプローチをかけるため、ジョイスティックに手を触れたところでの発言だった。
今回初のパイロットを務めるティナはそんなことを言われると不安で仕方がない。
しかし、ドッキングシークエンスに入ると――
「まぁ、もう慣れたけどね」
「パ、パトリシアさんマジかっけぇ!!」
華麗な操縦で危なげなくドッキングしてみせた。
その操縦テクニックにティナは目を輝かせるが、パトリシアは内心冷汗をかいていた。
(ああは言ったけど、シャトルのドッキングって緊張するんだよね。しかも私、ISSへのドッキングは初めてだったからホントに緊張したぁ……)
そんなパトリシアの気も知らず、尊敬の目で見てくるティナにパトリシアは少し心が痛んだ。
――
――
――
リークチェックが終わり、ISSへの入船が始まった。
「おぉ……」
「広い……」
初めて入った宇宙ステーションの広さにマリアとアメリアは圧倒された。
同時に、ここで数々の最先端の研究が実施されていることに心を躍らせる。
「いらっしゃい、マリアさん。そしてアメリアさん、宇宙へようこそ」
初入船のマリア、アメリアにユリアが声をかける。
初めて宇宙へ出た人に、船長がかける「宇宙へようこそ」という言葉に、アメリアは涙腺が緩むのを感じた。
マリアは自分も同じように声をかけられて嬉しかったことを思い出すと同時に、もう一つ思い出したことがあった。
「……パトリシアさん、言ってませんでしたよね? あれ」
「あれ?」
ユリアが言った言葉を聞き、パトリシアは顔を青ざめた。
「そういえば……言ってない!!」
「忘れてたんですか!?」
パトリシアとマリアが騒いでいると、ティナがそれを聞いて納得していた。
「ああ、忘れていたんですね。なかなか言わないなぁって思ってたんですよ」
「言ってよティナ!! パイロットでしょ!!」
「何をしておりますの? あなた達……」
非常に賑やかなSTS-34クルーであった。
◆
実験棟ヘルガの接続作業も終わり、リークチェックが行われている頃。
俺はMCCにて、導師様やレン君達と共にドアオープンの瞬間を待っていた。
すでに実験棟内部は魔源が投入され明かりが灯り、棟内のカメラも起動していた。
遠隔操作技術を使ってのモジュール操作は俺達に次いで2機目になるな。
「順調ですね」
「ええ、この子達が頑張ってくれたおかげです」
導師様はクライン君達を見てそう言った。
憧れの存在から褒められてクライン君達は嬉しそうに、あるいは照れ臭そうにしていた。
『リークチェック終了。問題ありません』
「了解、こちらでも確認しました。ドアオープンを許可します」
『ISS了解』
アケルリースMCCとうちのMCCの両方で安全を確認した後、入室の許可をCAPCOMから言い渡される。
ユリアがそれに答えると、ドアのロックを外していく様子がメインモニターに映った。
ノード2側のドアを開け、次に実験棟のドアを開けていく。
そして――
『『『『『おぉ!!』』』』』
宇宙飛行士達が入室した。
重量の関係から、必要最低限のラックしか積んでいない為、10個あるラック収納場所は全て空いている。
ただでさえ広く感じるISSモジュールが更に広く感じられるのだろう。
宇宙飛行士達がそれはそれは楽しそうにはしゃいでいる様子が、ヘルガ実験棟のカメラ映像から見てとれた。
「おめでとうございます。アケルリースの未来が始まる瞬間を見れて嬉しく思います」
「ありがとうございます。ですが、まだ未完成なので、今後ともよろしくお願いします」
「なに、メインモジュールが接続されればこちらのものですよ」
そんな会話をしていた時。
アケルリースMCCから通信が入った。
『センサーが異常を検知! ノアセダルスタンバイ!』
瞬間。
MCC内に緊張が走り、各セクションがテレメトリーデータを注視し始める。
モニターに映る宇宙飛行士達もすぐに対処できるように即座に退室していた。
「すげぇ、一糸乱れぬって感じだ……」
「先程までの和んでいた空気が一気に張り詰めた。緩急を即座に切り替えられるなぞ、そう簡単にできることではない。素晴らしい連携だ」
「い、異常って、大丈夫なのですか?」
レン君とアラン殿下がMCCの仕事っぷりを見て関心してようだが、アラン殿下の婚約者のルティシアちゃんは心配そうにしていた。
俺も緊張したが、手元のタブレットからデータを読み取り、すぐにその緊張をといた。
「ルティシア様、ご安心ください。……そろそろ詫びの通信がきますよ」
「えっ? 詫び?」
ルティシアちゃんが首を傾げたところだった。
アケルリースMCCから通信が入る。
『……すみません、問題ありませんでした。異常の原因は定員オーバーによるものでした』
「了解アケルリース。大事なくてよかったよ」
申し訳なさそうにアケルリースMCCからそう伝えられるが、既にMCC内は数分前に緊張をといていた。
まぁ、MCCの皆は薄々わかったのだろう。
「全く……すみません、うちの子達が」
「いえいえ、うちも最初はあんな感じでしたよ。異常が出て焦っちゃったんですね」
「「褒めてもらった矢先に恥ずかしい……」」
導師様はやれやれといった様子で首を振り、クライン君とシンシアちゃんは顔を手で覆っていた。
◆
ヘルガ実験棟の接続を見届け、宇宙飛行士達との交信を終えた後、アケルリース見学組一行は宿泊しているホテルへの帰路についた。
ハッチ解放が夕方だった為、今は既に日は沈み、空は暗くなっていた。
アルファード領には街灯とビルの明かりの影響で星が見え辛くなっており、レンはそんな空を見て前世を思い出していた。
夕食を済ませて各自の部屋でそれぞれのんびりと過ごしている中、レンは窓から空をじっと見ていた。
「レン君? どうかしたんですか?」
「ああ、ルナ。……いや、なんでもないよ」
じっと空を見つめているレンを気遣うも、はぐらかされた為、ルナはレンに詰め寄った。
「そんな顔で外を見ていたら心配になります。……私じゃ、頼りないですか?」
些細な相談すらもされないのかと、ルナは悲しく思い目を潤ませる。
それを見てレンは慌てて弁解した。
「そんなことないよ! ホント、なんでもないんだよ!ただ……」
「ただ?」
「……羨ましいなって思ってさ」
「えっ!?」
それを聞いたルナは驚いていた。
一年前の大規模スタンピードの猛襲を一人で受け止め多くの将兵を救い、新英雄と称えられ、導師様から教えられた魔道具製作技術で製作された魔道具や武器は、導師様選定の元、魔物ハンターや騎士団などに卸され、莫大ともいえる富も手に入れている。
富と名声、その両方を手にしているレンが羨ましいと思っていることに驚いていたのだ。
「……なんで驚くのさ?」
「だって!? みんなから尊敬される新英雄で、魔道具士としても成功しているんですよ? そんな人が羨ましいと思うことってなんですか?」
「宇宙に行けていいなぁって思ってさ」
「えっ?」
レンは再び窓から空を見つめる。
「あの空の彼方にさ、人が行って魔法の研究をしているって考えるとワクワクするよ。俺も、空を飛ぶことができるけど、雲の上まで上がることはできないし、音速を出すこともできない」
「えっ? できないんですか!?」
レンならなんでもできると思っていたルナはそれを聞いてまた驚いた。
その反応にレンは少し呆れた様子を見せる。
「いや、ルナは俺をなんだと思ってるの?」
「なんでもできてカッコいい、私の婚約者です!」
「ぐっ!?」
一切の曇りなく、純粋にそう思っているのだろう。
ルナは屈託のない笑顔でそう言い放ち、レンはその可愛さにたじろいだ。
抱きしめたくなる衝動を抑えて、レンは続きを話し始める。
「そう言ってくれて嬉しいけど、ここにくると俺はなんてちっぽけなんだろうって思うよ」
「そんなことありませんよ!」
「あるよ。俺はレイディアントナイツの人達のように音速で飛べないし、レイディアントガーデンに勤める同い年の子達のように宇宙に行ける乗り物なんて作れない……クライン達はホントにすげぇよ」
それはレンの純粋な気持ちだった。
前世の記憶を使って、魔法を強化し、魔道具も前世でよく使っていた道具をもとに製作している。
しかし、それらは一般常識レベルの科学知識でなされているだけであり、この世界の魔法がイメージ力で発動しているという曖昧なもののお陰で助かっているが故の結果だった。
しかし、それでは限界があったのだとレンは思い知らされた。
「レイディアントガーデンから販売されている魔道具は全て生活用魔道具だろ? でも、俺が売ってるのは殆どが武器なんだ」
「で、でも! 武器だって必要なものですよ!」
「確かにそうなんだけどね……」
ルナの言い分はレンもわかっていた。
魔物が蔓延るこの世界で、身を守る武器は絶対に必要だと。
しかし、前世の平和な世界を知る身からすれば、武器を売って富を得る自分は「死の商人」のようだとレンは思ってしまっていたのだ。
「レイディアントガーデンに来て思ったよ。ここの人達……というよりレオンさんは魔法を平和的に利用しているのにさ、俺は攻撃や防御の魔法ばかり研究しているなって」
「そ、そんなこと……」
レンに関しては盲目になるルナですらも、それは否定出来なかった。
何せ訓練場として利用している郊外の荒野は魔法実験のお陰で元々の地形がわからなくなったほどにまで、今では原形をとどめていない。
ただ、その中のいくつかは、ルナ自身やアラン殿下、そのほかレンの友人連中の魔法練習によるものである為、レンを責めることはできない。
「だから思ったんだ。俺はなんて小さい世界で満足してたんだろうってね。そして、そんな俺の視野を……宇宙に行ったら広げてくれないかなってさ」
「レン君……」
「行ってみたいなぁ、スペースシャトルで宇宙に……」
どんなことでも難なくできる完璧超人。
そんなふうに思っていた婚約者が、その高みで悩んでいる。
非才の身である自分に闘う術と守る術、果ては得意な治癒魔法の特訓にも付き合ってくれたレンの悩みを、今度は自分がなんとかしてあげたいとルナは思っていた。
そして、それを成す為に、一つの決意をする。
(レン君の願い事……私が絶対に叶えて見せます!!)
小さく両手で拳を作り、窓の外に広がる空を見上げた。
そこに浮かぶISSに想いを馳せて。




