episode50 魔法とは何か
会議終了後――
「アイリス様、クラリス様」
「はい?」
「どうかした? エルフリーデ」
廊下に出てすぐに、アイリスとクラリスはエルフリーデに呼び止められた。
すぐそばにはクラウディアもいるが何やらニヤニヤと笑っている。
「な、何よ……」
「……どうだったんですか? 昨日は」
「「!?」」
二人から寝巻きを借りる際、家に帰るのが億劫になったなどと言って借りた二人だが、エルフリーデとクラウディアは二人の家がかなり近いことを知っている。
慣れないベッドで寝るよりも、慣れたベッドの方が疲れは取れやすいのに、レイディアントガーデンで寝ると言ってきた。
しかも、レオンの顔色がかなり良くなっているところを見て、エルフリーデ達は察したのだ。
ああ、やったな……と。
「どうだったんですか? ふ、二人で……というのはかなり高度だと思うんですけれど……」
「は、恥ずかしくなかったんですか? その……お互いの……その……」
クラウディアとエルフリーデは顔を赤くして聞いてきたが、アイリスとクラリスもそれを聞いて顔を赤くした。
「ち、違います!! そんな……人から借りたパジャマでそんなことしません!!」
「そうよ!!」
「えっ? 自分のならしたんですか?」
「そっ! ……れは……うん……」
「「きゃー♪」」
クラリスが顔を真っ赤にして頷くと、二人は黄色い声を上げた。
なんとも姦しいが、エルフリーデとクラウディアは二人がもう大人の階段を上がったと勘違いしているようだった。
「……エルフリーデ、クラウディア。私達はまだそこまで至っていませんよ?」
「えっ!?」
「じゃあここ数日、本当に泊まっただけですか?」
「どこに泊まったんですか?」
「それは――」
「レオンのベッドで寝たわ」
「「やっぱりやることやったんじゃないですかぁ!!」」
「クラリスぅ!?」
「えっ? ……いや! 同衾よ!? 同衾しただけで――」
アイリスは普通にレイディアントガーデン内に泊まったことにしようとしていたが、クラリスが自爆したことでその計画は破綻した。
そしてその後根掘り葉掘り聞かれては答えると、エルフリーデとクラウディアはなんとも言えない顔になっていった。
((マスターってヘタレなのかなぁ……))
などと二人は思っていた。
◆
2月も半ばに差し掛かった頃、ソユーズ・タクシーミッションが実行された。
今回、船長にはクララ、他の二つの座席にはアケルリース王国選抜のターニャ・フォン・ティーメと、ロムルツィア神聖国選抜のフリッツ・フォン・ローゼンが搭乗する。
モジュールを上げられない分、せめて宇宙飛行士に選ばれた人達には宇宙を体験させてあげたいと思い、このクルーメンバーとなった。
来たるモジュール打ち上げに向けて、事前にどんなところか知ってもらうという意味も込められている。
さて、コロンビア帰還から約1ヶ月が経過したが……進捗は芳しくない。
STS-100では初めて魔物を宇宙に連れていった為、魔物が今回の原因の可能性があった。
そこで、魔物は強いストレスを与えると魔法を使えるのか?という疑問を解決するために魔物ネズミにありとあらゆるストレスを与えたが、魔法を使えた個体はいなかった。
宇宙での実験とほぼ同じ環境で行ったのにこれだ。
違うのは重力だけなのだが……。
いや、そういえばエレアのレポートに書かれていたな。
『宇宙では黒魔力の量が多い』と。
となると黒魔力の濃度も違う形になるな。
今まで何故気付けなかったのか疑問だったが、ISSにいるユリアに頼み、宇宙空間の魔力の流れを詳細に観測してもらったら、なんと黒魔力は白魔力を避けるように流れていることがわかった。
ISSの周りを反物質なのに対消滅を起こさずに反発していくその様は、まるで地磁気によって弾かれていく太陽風に似ている。
これは白魔力を使用する全ての衛星でも起きているだろう。
だから今まで宇宙空間で観測できなかったんだ。
しかし、今回のスペースラブ実験では、黒魔力を持参していたためか、それに宇宙空間の黒魔力が反応してくれた。
これは魔物ネズミにも言えるだろう。
何せネズミの体内にも黒魔力が流れているんだから。
しかし、白魔力も魔物には流れているからよくわからなくなってくる。
反発し合うものが体内で同居しているのだからおかしな話だ。
だが、そんな歪な状態だからこそ、魔物というものは凶暴化するのかもしれない。
そして魔獣や災害級と呼ばれる魔物は体内に流れる黒魔力の量が多くなっているのかもしれない。
知りたいことが山ほど増えたが今はOMSの爆発原因の特定だ。
机にあるマギリング・コンピューターの画面には魔物ネズミをモニターしていた録画映像が映っている。
経過観察5日目。
魔物ネズミがカリカリと壁を引っ掻き始める様子が画面に流れていた。
「失礼します。レオン様、お茶をご用意致しました」
「あぁ、ありがとう、リリー」
姫様にお茶を入れてもらうなんて、どんな立場だと思わなくもないが、今は社長と社長秘書だから問題ない。
……問題ないと思おう!!
「これは……ネズミの魔物ですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
紅茶を淹れてもらい、一口飲んでいると横から画面が見えたのか、リリーが質問してきた。
「実験とはいえ、少しかわいそうですね。この映像でも、外に出たがっているみたいですし」
「そう見えるか? ネズミって色んなところを掘ろうとするから気にしてなかったな」
「そうですか? 私には外に出たがってるように見えますよ。もし私がこの子と同じ状況だったら魔法で破壊を試みた後、ダメだったら神様にお願いしますね」
「ここから出して下さいって?」
「そうですそうです!」
そんな他愛もない会話をして二人で笑い合う。
まぁ、俺は同じ状況だったら色々試したあと、詰んだって思ったら諦めるかな。
魔法を使える状況だったとしても自分も巻き添え食らうかもしれないし。
「もしかしたら、宇宙で魔物ネズミは神頼みをしたかも知れませんね」
「ハハッ、だとしたらひどい叶え方だな。出たいって言ってるのに、宇宙でケージを……壊して……」
……それ、ありかもしれない。
「……リリー、もしかしたら的を射てるかもしれないぞ」
「えっ?」
そもそも魔法とはなんだろう?
まぁ、それを調べる為に宇宙ステーションなどを建造したりしているが、今、ふと思い出したのが第一回のスペースラブ実験での結果だ。
宇宙で水を魔法で生み出すと、イメージ発動では真水となり、魔道具による理論発動では指示通りミネラルウォーターになった件だ。
あの時は何が何だかさっぱりだったが、今、リリーが言った言葉が頭に残る。
――神。
いや、本当に神様がいるとは思っていないが、魔力というものがヒト……というより生物の精神に反応する物質であるとするなら、願えば水を作ったり、炎を出したり、土塊を生み出したり、雷を発生させたりすることができるのも、多少は理解できる。
前世ではこういったものは完全にファンタジーでフィクションだったからいまいち腑に落ちないが……。
だが、宇宙では願いを聞き遂げた魔力は真水となって顕現した。
地上と宇宙では生み出される水の質が違う。
しかし、水は水なんだ。
望んでいたものとは違うが、願いは叶えてくれている。
……今回のネズミも同じ状態になったのではないか?
ケージから出たいと願ったネズミの願いを叶える為に、宇宙では魔法が発動しずらいという状況で魔力がそれに応えようしたとしたら……。
ヒトとは違って「ここから出たい」という漠然とした願いを叶える為には、ケージを開ける為に何かをしなければならない。
穴を穿つ……その為には破壊力のある魔法が必要だ。
魔法変換がし辛い宇宙環境では魔力は自身を炎に変えることが難しい。
そんな時、近くに強力な炎魔法が発動したなら……。
これを利用しようと考えないだろうか?
ただの素粒子である魔力にそんな知恵があるとは思えないが、そもそもここは異世界なのだ。
前世とは物理的に似通っていても、この世界特有の理があってもおかしくない。
そうだな……もっと物理的、理論的なアプローチではなく、前世のオカルトや創作物をイメージして考える見ると何かが見えてくるかも知れない。
◆
「魔力精神感応性万能物質説……」
「またとんでもないこと考えるわね……」
その日のうちに考えをまとめた用紙を幼馴染組に見てもらおうと、業務終了後、部屋に来てもらった。
「魔力とは周期表20番までの原子情報を持つ万能物質である。白魔力はエクセルが宇宙にある黒魔力を変換したものであり、白魔力はその魔力環境下で生まれた生物の想いに反応する……か、本当にとんでもないな」
クリスが用紙に書いた一文を読み上げる。
そして、魔法については――
「魔力は術者の描くイメージを受け取り、それを星の記憶と照らし合わせ、導き出された最適解を顕現させる……なるほど、だから理論発動の場合は魔法の成功率が非常に高いんですね」
「イメージなんていう曖昧なものじゃなくてはっきりと「これを生み出せ」って言ってるんだからね」
星の記憶。
ファンタジーの世界で何回か出てきた設定だと思うが、この世界もそんな世界だと仮定すると結構すんなりと辻褄が合ってしまった。
……ていうかなんか友人に自分の考えた小説を見てもらってる気分だ。
気恥ずかしくて仕方がない。
「……なるほど、高度400kmとかは魔力が完全に白魔力に変換されていないから魔法に変換されにくいのね」
「船内で一応魔法が使えるのは地上で蓄えた白魔力を持って行っているからだな。でもそれだとイメージ発動し辛いのはなんでだ?」
「星の記憶にアクセスしにくいんでしょ。大気圏外だし」
「なるほどな」
真剣に考察されると非常に恥ずかしい!!
彼女達にとってはこういったオカルト的なものは、生まれた時から普通なのだろうが、俺にとっては何番煎じなのかわからん設定を書き連ねているだけなんだ!!
「でもなんで地脈から黒魔力が出てくるの? 白魔力に変換されるんじゃないの?」
「恐らくエクセルが誕生した太古の時代に宇宙から降り注いだ黒魔力が地下に蓄積して、それが今噴出しているんじゃないかな」
「なるほど〜」
解説させないで!! 恥ずかしいから!!
「お前さっきから何もじもじしてんだよ?」
「いやぁ、なんか科学的、理論的なものじゃないから、むず痒くって……」
「そうか? 俺は理に適ってると思うぞ?」
「私も。姉様何か見てよ。食い入るように読んでるわよ」
クラリスの視線の先には、目を皿にして読んでいるアイリスの姿があった。
途中から話さなくなったと思ったらこんな状態になっていたのか。
「黒魔力には魔法変換の指標を持たない為、倫理的・非倫理的問わず、術者の希望を叶える為に魔法へ変換される……ってこれって……」
「魔物のことか?」
「そう。今回でいうなら魔物ネズミが無意識にケージの外に出たいという想いを黒魔力に込めた結果、その願いを受けた黒魔力はその願いを受理するも、自身を魔法に変換できない為、近くにあるケージを破壊できる可能性のあるOMSを爆発させて、その破片でケージを破壊したんじゃないかと考えてる」
「でも、死んだら意味がないんじゃ……」
「そうだが、「ケージから出たい」という願いは叶えたぞ?」
「……そう、そういうことね。なんて意地の悪い……」
「簡単に言えば、宇宙では白魔力も黒魔力もどんな魔法を使いたいか1から10まで説明しなければならないってことだな」
だからこそ、理論発動方式の魔法や魔道具では正常に発動や起動をするんだな。
「……レオンさん」
「ん?」
熟読していたアイリスがひと段落したのか、ようやく口を開いた。
「これって、白魔力による魔法はエクセルが魔力を魔法に変換しているってことですよね? じゃあ黒魔力は誰が魔法に変換しているんですか?」
「それなんだけどさ、わかんないんだよ」
「わからない?」
「この説が正しければ、魔力は星の影響を受けているということになる。白魔力はエクセルの影響を、宇宙で利用している魔力光は太陽の影響を……って感じでね」
「なるほど、黒魔力は何に影響を受けているのかってところを考えるとわからなくなるんですね」
「そう。この説が正しければ、星の影響を受けた魔力は光を放つんだ」
全くの影響を受けていない魔力は光を放たず吸収する為黒く、星の影響を受けた魔力は光を放つ。
大まかにこの二つに分かれるのかもしれない。
そして、この説なら説明がついてしまうものがある。
俺が魔法を一発変換できないことだ。
この世界に来て魔力を集めることはできたが魔法に変換することは出来ず、最小単位である原子なら生成できた。
魔力自体が原子の情報を持っていたからだ。
そして生成した水素と酸素を化合することで俺は水を作ることができたが、こうしてみると水を生成しているのは俺ということになる。
魔力は自身の持つ原子情報から変身しただけだ。
魔法はエクセルが変換しているというのなら、俺の場合、エクセルは一切手を出していないということになる。
なぜか?
答えは決まりきっている。
俺が転生者……というよりは精神が乗り移った存在だからじゃないかと考えている。
「オレ」という存在……元々この世界で生活していたレオン・アルファードという存在は既に死に、その肉体に「俺」という存在が乗り移ったのが今の俺という存在だとしたら、先に挙げた「白魔力はその魔力環境下で生まれた生物の想いに反応する」というのは「肉体」はこの世界で生まれたものだから魔力は反応した。
では、魔法は「魔力は術者の描くイメージを受け取り、それを星の記憶と照らし合わせ、導き出された最適解を顕現させる」というのは何に反応しているのか?
これは魂に反応しているのではないか?
だとしたら辻褄が合ってしまうのだ。
魔力は集まるが魔法は使えない――
それはいわば「俺」は地球から来た異邦人で、エクセルに繋がるパスを持っていないからだと考えると納得できてしまう。
「俺」が目覚める前の、記憶の中にある魔法を使っていた「オレ」
しかし、覚醒後は魔法が使えなくなった地球の記憶を持つ「俺」
「オレ」が死んだからエクセルはパスを切断し、その切断された肉体に「俺」という存在が乗り移った。
だから魔法が使えないのだ。
レン・グランウィード君が魔法を使えるのは、こういってはなんだが、「正当な転生者」だからだろう。
地球の記憶を持つ魂を使ってこの世界に生まれた為、エクセルとパスを持っているのだろう。
だが、それで俺は魔法が使えない理由は説明ができるとしても、根本的な疑問が残る。
――なぜ「俺」はエクセルにいる?




