episode48 コロンビア
宇宙でコロンビア修理ミッションが実施される直前。
アケルリース王国のフィーメル家には沢山の人が集まっていた。
レイディアントガーデンから支給された映像出力魔道具で、作業の様子を見る為である。
その中にはマリアの親友であるルナ・フォン・ボールドウィンとその婚約者、レン・グランウィードも入っていた。
「マリアがスペースシャトルの修理の為に宇宙に行ったと聞いた時は驚きました。大丈夫……なんですよね?」
「それがわからないんだよ、ルナちゃん。一応説明は聞いたんだが……彼らも相当噛み砕いて説明してくれたのだろうけどね」
フィーメル家当主であり、マリアの父親のヴィリー・フォン・フィーメルは頭を掻いた。
基礎知識の足りないヴィリーはレイディアントガーデンからやってきた使者から説明を受けたものの、その内容の半分以上は理解できなかった。
「ただ、何かあっても乗組員の命は守り通すと言っていたから、それは信じているよ。ただ……」
「無事かどうかはわからないってことですね」
「そういうことだね」
レンの言葉に頷き返すヴィリーの顔からは緊張と心配が見てとれた。
すぐ近くのソファーに座るマリアの母親であるエレン夫人は顔面蒼白となっている。
「きっと大丈夫よ、父様。マリアはもう立派な宇宙飛行士なのよ? それに冒険に危険は付き物であることはあの子はよくわかっている筈よ」
姉のシャルロッテも気丈に振る舞っているが、内心は不安でいっぱいだった。
「ところでさ、なんでこんなに焦ってシャトルを打ち上げたんだ? もうちょっとしっかりと準備してからでもいいんじゃ?」
レンが素朴な疑問を口にすると、それに答えたのはルナの弟にしてアケルリース王国航空宇宙部門責任者のクラインがそれに答えた。
「それだとコロンビアが持たないんですよ。オービターは最大15日か、EDO……軌道滞在期間延長パッケージを搭載していても1ヶ月しか宇宙にいられないんです」
「えっ!? そうなのか!? じゃあ、コロンビアっていつ打ち上がったんだよ?」
「12月13日です……今が1月15日ですからもう1か月以上宇宙にいます」
その場にいた皆はそれを聞いてようやく合点が入った。
「だから救出作戦を急いだのね。でも乗組員だけ助けて、修理は後日でもよかったんじゃないの?」
「そうもいかないんだよ姉上。機体に貯蔵されている魔力が切れたらGPCがシャットダウンしてしまうからね」
「シャットダウンするとどうなるの?」
「次回起動時に機体がどこを向いていてどの軌道に乗っているのか……などを手入力していかなきゃいけないんだよ。それをしなきゃ自分がどこを飛んでいるのかわからなくなっちゃうんだ。海の真ん中でコンパスが壊れたようなものだね」
「ふぇぇぇ……」
クラインの説明を聞いてルナは居場所を見失った船の上を想像した。
それは恐怖どころの問題ではない。
「そうか……だからあのパーティーの日、レイディアントガーデンの人達は皆焦ってたのか。こうなることを想像して」
「そういうことになりますね。義兄さん」
レンとルナも実験棟完成披露パーティーに参加していた為、あの日慌てた様子で会場に入ってきた航空隊の焦りようを見ていた。
だが、確かに大変な事態だが、レンは正直そんなに急がなくてもいいのでは? とも思っていたのだが、この事態を想定していたのなら、あの急ぎようも頷ける。
「地上でやれることは全てやったのでしょう。あとは……飛行士達の活躍次第です」
『それでは、最終ブリーフィングを始める。皆、聞こえてるな?』
魔道具からレオンの声が聞こえた。
いよいよ、修理ミッションが始まる。
◆
EVA開始から7時間22分
全行程を終えて、OMSの交換と耐熱タイルの修復及び、ペイロードベイドアの破損箇所の修復を終えた。
EVAを終えた皆は既にオービターに戻り、休息をとっている。
MCCも一先ず、修理が完了したことで皆安堵していた。
「さて、問題はここからだ」
俺はこれからのことを考えていた。
それは誰がコロンビアをエクセルに戻すのかということだ。
とはいうものの、人選は限られている……というか、俺は二人しか思い浮かばない
「……」
一応、休息が終わったらクルーの再編成を行う予定だから、その時に意見を聞こう。
皆も疲れているだろうから、体調不良者を任命してしまうかもしれないからな。
――
――
――
『そこは私と――』
『俺だろ』
休息が明けて、コロンビアの船長とパイロットの人選をどうするかを聞いたら、案の定二人が手を上げた。
クラリスとクリスだ。
俺も二人以外に有り得ないと思ってはいたが……。
「いいのか?」
『操縦経験の多さとシミュレーターの成績を考えたら私達以外にいないでしょ?』
『そうだな、俺も同意見だ。悔しいが、オービターの操縦はクラリスが一番上手いから俺はパイロットに徹するよ』
二人は当たり前のように口にするが今回の再突入はわけが違う。
修理したとはいえ、応急処置レベルのことしかできていないオービターでの大気圏再突入。
前世でもそんなことを実行した記録はない。
もし……もし失敗したら、コロンビアは前世と同じ末路を辿ることになる。
そして、その乗組員も……。
『何心配してんだよ。レオン』
クリスの呼びかけに、無意識に俯かせていた顔を上げてモニターを見た。
『修理をした皆が問題なさそうだって言ってるんだ。大丈夫だよ』
『そうよ。大体、大気圏内に入ったら修復機能をフルに活用できるんだし、心配ないでしょ?』
二人にしては珍しい楽観的な考え方だ。
しかし、それは本気で思っている言葉ではないことを俺はわかっていた。
その言葉は、俺を案じての言葉なのだと。
踏ん切りのつかない俺の為を思って言っているのだ。
内心は不安で仕方ないだろう……怖くて仕方ないだろう……。
俺も同じ気持ちだが、二人はもっと強く感じている筈だ。
しかし、二人は勇気を持って前に出ようとしている。
ならば、俺もそれに応えよう。
「クラリス、クリス、二人でコロンビアをエクセルに戻せ。そして……生きて帰ってこい」
『『了解!』』
ミッションのクライマックス。
大団円で終わらせよう。
◆
燃料も魔力も枯渇寸前だったコロンビアに最低限の補給を済ませて、クラリスとクリスがコロンビアに乗り込んだ。
「クラリス、コロンビアを頼んだよ」
「任せてクララ」
アトランティスにはSTS-100クルー全員とクララが乗り込み、エンデバーと共に先行してエクセルに帰還する手筈になっている。
もし、先にコロンビアを降ろすとなると万が一の事態が起きた場合、その破片が二次災害を起こす可能性があるからだ。
故に、コロンビアはアトランティスとエンデバーの着陸から約90分後に着陸することになっている。
クラリスはハッチを閉めて、リークチェック後、アトランティスがアンドッキングに入った。
それと同時に、エンデバーを支えていたリヒターアームのロックを解除して、オービターはフライアラウンドを開始する。
コロンビアとの距離が十分に離れたところで、クララはドッキングモジュールをシャトルドッキングポートから外し、ペイロードベイに収めた。
後は既定時間になったら、ペイロードベイドアを閉めて軌道離脱噴射を実施して着陸するだけである。
『全体通信です。各着陸地点を伝えます。アトランティスはエグザニティ国際空港へ、エンデバーはアケルリース国際空港へ着陸してください。コロンビアはレイディアントガーデン・シャトル着陸滑走路へと帰還してください』
CAPCOMのアイリスから着陸地点を案内された。
「アケルリースとエグザニティ……ってことはロムルツィア空港やフェリケシオン空港はダイバート先になったのか」
「商会の方々にとっては私達は疫病神ね」
エンデバーの船長を務めるユルゲンとパイロットのクラウディアは言葉を洩らす。
ダイバート……なんらかの理由で元々着陸予定だった場所とは別の空港に降りることだが、そうなると荷が遠い場所に運ばれてしまう為、商人達からは恨まれるだろうなと二人は思った。
――
――
――
アトランティス及びエンデバーの2機は降下準備を完了し、軌道離脱噴射が開始された。
『クラリス様、クリス様。コロンビアを……よろしくお願いします!』
『クリス様、クラリス様……ご武運を』
「任せなさい」
「先に降りて待ってな」
マルクスとユルゲンから懇願と激励を受け、クラリスとクリスは長いようで短い軌道周回に入った。
「……ねぇ、クリス」
「ん?」
先程、マルクスとユルゲンに対して言った言葉のトーンとは裏腹に、緊張したような声色でクラリスはクリスに話しかけた。
「正直……怖い?」
「……」
クリスはそれを聞かれた時、どう答えるか迷った。
正直に答えるか、それとも安心させる為に嘘を吐くか。
しかし、相手が幼馴染である為、嘘は直ぐにバレるだろうなと考えたクリスは正直に話した。
「正直に言うと……めちゃくちゃ怖い」
最初に宇宙に来た時。
あの時は初めて開発された宇宙船ということで、その時もかなりの緊張と恐怖を感じていたクリス。
航空機の初飛行の時も緊張していたが、その時は恐怖は感じていなかった。
何故なら空中分解した際に備えて、MDFSを装着していたからだ。
しかし、宇宙ではMDFSは使えない。
大気圏再突入時に死ぬか、生きていても意識を失ってしまい、MDFSを起動する間もなく、地面に叩きつけられるだろう。
「ソユーズ初飛行の時も怖かったけどさ。あん時は失敗する「かもしれない」だったけど、今回は「不備があった」機体での再突入……緊張の度合いが違うよ」
「……あんた、少しは励まそうとか思わないの?」
クラリスは正直に話すクリスに呆れた様子だった。
「嘘を言ったってバレる可能性が高いんだ。それにさ、クラリスはそういうの嫌いだろ?」
「まぁ……ね」
クリスの言う通りなのだが、優しくされたい時もあると少女らしいことを思っていたクラリスだったが、これがクリスなりの気の使い方なのだろうと納得させた。
「皆は無事降りれるかしら?」
「アトランティスとエンデバーは無事なんだ、大丈夫だよ。問題はSTS-100クルーの方だな」
「そうよね。なんだかんだで1か月宇宙にいたんだもの」
長期滞在予定ではなかったクルーメンバーの体調が気掛かりだが、エグザニティ共和国にはレイディアントガーデンの医療スタッフが準備している状態だから問題ないだろうとクラリスが考えていると、ふと気がついた。
自分が別のことを考えて現実逃避しようとしていることに。
(何考えてるのよクラリス! これからコロンビアを降ろすんだから!!)
目の前に迫る死の恐怖。
自分なら出来ると言い聞かせているとクリスがクラリスの肩に手を置いた。
「あまりガチガチになんな。それこそいつものパフォーマンスが出せねぇぞ」
いつもと変わらない声色でクラリスに話しかけるクリスのおかげで、クラリスの緊張は解けていった。
「すぅ……ふぅ。うん、大丈夫」
深呼吸をして、適度な緊張を持って事を成すことに集中する。
「さぁ、サクッと降ろして帰りましょ」
「その調子だ」
クラリスの調子は、すっかり元に戻っていた。
◆
アトランティスとエンデバーはそれぞれエグザニティ国際空港とアケルリース国際空港に無事着陸し、心配されたSTS-100クルーの体調も問題はなかった。
エレアは重力酔いが激しかったようだが、初任務で1か月以上宇宙にいたのだからなってもおかしくはない。
問題は、後数分で軌道離脱噴射を開始するコロンビアだ。
テレメトリーからは問題は検出されていないが、それは事故が起こる前も同じ。
大気圏再突入の前に、OMSが正常稼働するか否かでも緊張が走る。
「コロンビア、軌道離脱噴射開始」
俺はMCCで祈るように手を組んで、モニターを注視する。
「ブースター、異常なし」
「軌道、異常ありません」
各セクションから異常なしの報告が上がる。
そして無事、軌道離脱噴射が終了した。
ホッと息を吐くが、まだ第一関門をクリアしただけだ。
まだ最大の難所……再突入が待っている。
しかも今回は、長期使用の影響でマテリアル・クリスタルに貯蔵されていた魔力が少なくなっていた為、必要最低限のシステムにその魔力が振り当てられている。
設計上、燃料はなんとか補充できるが、魔力は補充できなかった。
しかも最悪なことに、再突入中の通信用魔力が当てられず、通信再開は大気圏内に入った後……つまり、そこで通信が来なければ、最悪の事態が起きたということになる。
もし事が起きた場合に備えて、コロンビアの航路付近には航空魔法士と近海には空母ゼーゲブレヒトを派遣している。
……それでも、MDFS使用限界高度の10km地点まで。
二人がちゃんとヘルメットのバイザーを閉めていたら、急減圧による気絶は免れるだろう。
前世のコロンビア事故ではバイザーはどころか、ヘルメットすらつけていなかったらしいからな。
そんなことを考えていたら、コロンビアは既に電離層E層に突入し始めていた。
高度128km
ここから断熱圧縮による熱が生じてくる。
第二の難関がやってきた。
「テレメトリーデータ受信できず。通信途絶」
予定通り、通信が切れた。
ここから約3分間、通信は復旧しない。
もし……もし通信が復旧しなかったら……。
いや、そんなことを考えるのはやめよう。
信じるんだ――
クラリスを、クリスを――
そして、コロンビアを――
「3分経過。交信開始します」
3分が経過した為、アイリスがコロンビアに呼びかけ始めた。
「コロンビア、こちらアルファード。応答してください」
――無言。
再びコロンビアへと呼びかける。
「コロンビア、こちらアルファード。応答してください……」
再びの呼びかけにも、返ってきたのは――
無言だった。
「……っ」
俺は机の上に祈るように手を組んだ。
頼む!! 応えてくれ!!
こんなところで死ぬお前らじゃないはずだ!!
――生きて帰って来いっていったじゃないか!!
「コロンビア、こちらアルファード……っ、クラリス!クリス!!どっちでもいいから返事をしなさい!!」
アイリスの顔は、こちらからは見えない。
だが、声から察するに、泣いているのがわかった。
MCCにはもうすでに、諦めムードになっていた。
――その時だった。
『――あー、あー。こちらコロンビア』
スピーカーから、聴き慣れた少女の声が聞こえた。
アイリスが慌てた様子で送信スイッチを押す。
「こちらアルファード! クラリス無事!?」
その問いかけに対し、返ってきた答えは――
『こちらコロンビア。機体健在。姉様……また会えて嬉しいよ』
その声の主がクラリスであるとわかった瞬間、MCCが沸いた。
アイリスも顔を覆って、体を震わせている。
「テレメトリー来ました!! 機体正常!!」
「GPC異常ありません!!」
各セクションから異常なしの報告が上がる。
『こちら航空魔法士隊ガルーダ。降下中のコロンビアを目視にて確認。見たところ異常は見られません』
クリス達から引き継がれ、上空待機してくれていたガルーダ隊からも無事の報告が上がる。
「……」
気がつけば、俺は涙を流していた。
前世では空中分解したコロンビアを救う事ができたこと。
何より……幼馴染が無事に帰って来てくれたことが嬉しかった。
その後、ガルーダ隊の隊長と副隊長が随伴し、コロンビアは無事、シャトル着陸用滑走路に着陸した。
宇宙で爆発事故を起こした機体とは思えない見事な着陸だった。
◆
コロンビア着陸から30分。
機体冷却が終わり、今はクリスとクラリスのメディカルチェックが行われている。
滑走路の周りには俺とアイリス、広報や技術者、そしてクリスの両親のヴィルヘルムさんとマルガレーテさん、クラリスの両親のクラウスさんとリザさんが二人が出てくるのを今か今かと待っていた。
各国では、うちが販売しているマジックラジオを通じてこの事故が知らされており、既に広報から無事帰還した事が放送されている。
ロムルツィア神聖国では、教皇様自ら祈りを捧げ、二人の無事を願ってくださっていたらしい。
各国首脳陣や導師様などからお祝いのマジホが鳴り響き、今でもひっきりなしだが、今だけはどうか時間を下さい。
何故なら――
「ただいまー!」
「帰って来たぞー!!」
俺の親友達を出迎えたかったからだ。
ブルースーツに身を包み、しっかりとした足運びで階段を降りる二人を見て、いてもたってもいられなかった。
「おっ? レオン!」
二人に近づいていくと、クリスが俺に気づいたようで声を上げた。
それが聞こえたのか、クラリスも俺の方を向く。
「どう? ちゃんと無事帰ってきたわよ? オービターを扱わせたら私が一番――」
クラリスが自慢げに話しているが、俺はそれを聞き終えることなく、その体をぎゅっと抱き寄せた。
「おぉ!?」
「ふぇぇ!?」
クリスがなんか「ついにいったか!!」といった具合の声を出したが、そんなのは気にしていなかった。
「なっ、なななな何っ!? どうしたのよ!?」
普段はこんなことをしないから、クラリスは腕の中で慌てふためいている。
そして、俺はたった一言、声を振り絞る。
「……おかえり」
振り絞らなきゃならなかったのは、涙が溢れてしまって声が上手く出せなかったからだ。
もう、顔なんてくしゃくしゃになっているだろう。
ようやく出てきた声も、すごく震えてる。
「……ただいま。ちゃんと帰ってきたでしょ?」
「……」
クラリスも俺の声を聞いて察してくれたのか、宙に浮かしていた手を俺の背に回し、優しく包んで答えてくれた。
俺はもう震えた声を聞かれたくなくて、頷いて答える。
そして、俺は俯いたままクリスの方に拳を突き出した。
……顔も見られたくなかったから。
「ただいま。帰ってきたぜ」
突き出した拳に何かが当たった感触があった。
クリスも同じように拳を突き出して、グータッチをしてくれたのだろう。
黄昏時の空の下。
こうして、今世最大の危機であった「コロンビアOMS爆発事故」は乗組員及びオービター全員無事という最高の結果で幕を閉じた。
冬の澄んだ空気と雲一つない空には、生還した宇宙飛行士達を祝福する様に、一等星の星々が瞬いていた。




