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episode42 黒い魔力

 


 さて、先のスタンピード事件で発生した大規模な魔力溜まりの原因究明に駆り出された我らレイディアントガーデンだが、そもそも魔力溜まりとは何か?というところから説明しよう。


 魔力溜まりというのは文字通り、魔力が溜まって通常の魔力濃度よりも濃い場所のことを指す。


 その発生原因は主に気象によって引き起こされることが多い。


 風の流れがよく巻いてしまう場所などに発生することが多いのだ。


 当初は魔力の流れと気象は関係がないように思えたが、衛星の観測精度が上がり、それによって得られたデータを元に、予測などができていることからも信頼性の高いものだった。


 しかし、この原因に当てはまらない場所がある。



 それが「迷いの森」である。



 常に通常魔力濃度の1.5倍の濃度を維持しているが、気象条件的に魔力が溜まりにくい場所なのだ。


 故に謎の場所ということで、レイディアントガーデンの魔力溜まりを研究しているチームはその原因特定を研究テーマにしている。



 そして、あのスタンピード事件時に発生した大規模魔力溜まりの発生のおかげ……と言ってしまうと不謹慎だが、原因が「地脈から魔力が噴き出している」という仮説を立て、現地での観測と探索によってその仮説を証明した。



 だが、もう一つ疑問も残っていた。



 実は魔力溜まりができた=魔物が発生する……というわけではない


 魔力溜まりが発生していても魔物が現れないこともあるのだ

 魔物は生物が大量の魔力を取り込み、それの制御ができなくなった結果、身体組織が変化することで生まれるとされているが、これは種族によっては魔物化しづらいこともある。


 人間などがそれだ。


 しかし、魔力溜まりが発生しやすい場所に生息する動物も魔物化し辛い。


 これには「魔力に耐性があるからではないか」「長い年月で高い魔力濃度に適応したのではないか」という意見もあるがそうなると、説明できない場所がある。



 迷いの森だ。



 魔力溜まりが常に発生しているあの森の魔物発生率は95%を超えている。


 迷いの森以外での魔力溜まりでは年々徐々にではあるが発生率が下がっているにも関わらず、迷いの森は常に魔物が発生している。


 故に魔物素材が定期的に採取できた為、隣接する国であるアケルリース王国、エグザニティ共和国、ロムルツィア神聖国は魔物素材の売買を実施することができ、魔道具開発の生産拠点にもなったのだ。



 そんな謎に満ちた場所から、大気を漂う魔力と違った性質の魔力が出た。


 原因に近づいていると思わざるを得ない。



「これが迷いの森の地脈から出た魔力か……」


「黒い……ですね。普通の魔力の白とは違いますね」



 アケルリース、エグザニティ、ロムルツィアの調査チームから送られてきた「魔力磁気瓶」の中には採取された魔力が収められており、アイリスが言うように黒色をしていた。



「へぇ……これが魔物化の原因なのか?」


「それはわからんから調べるんだよ。こっちには観測機器や分析機が充実してるからな」



 他国にいる調査チームの持ち込んだ機器では力不足だったようで、本社でこの魔力を調べることになったことをクリスに言った。


 まぁ、調査自体は魔法学研究室のメンバーがすることになるだろうが……。



「ユリアは宇宙に上がったばっかりだからな。こんなものが出てきたって言ったらあいつどんな反応するんだろうな」


「タイミング悪い〜って泣くんじゃない?」


「同感」


「私も……同意見かな?」


「やっぱそう考えるよな」



 クラリスの予想に満場一致した。











 ◆










『なんてタイミングが悪いんですのッ!?』



 幼馴染組、全員正解。


 既に国際宇宙ステーションとドッキングし、入船したユリア達と通信した際に、例の魔力のことを話したらこのリアクションだ。



『レオンさん! その魔力をここに送って下さいまし!! ちょうど数日後にプログレスが上がるではありませんか!!』


「無茶言うなよ」



 プログレス補給機の打ち上げ準備は既に始まっている。


 日本のHTVと違ってあれはレイトアクセス……最終組み立て後に荷物を積めるような構造になっていない。


 もう組み立ても終わって、後は発射台に持って行って打ち上げるだけという状態だからもう無理だ。



『なんっってことですの!? そんな世紀の発見のようなものをこの目で! この手で! 確認することができないなんて!!』



 ……なんかコイツ徐々にマッドな方に転がっていってる気がする。


 周りのクルーもなんか引いてるし。



『マスターはそれが魔物化の原因と考えているんですか?』


「わからん。こればかりは調べて見ないとな」


『そうですよね。失礼しました』



 今回のスペースシャトル船長であるクラウディアの質問に答えた後、各々に声をかける。



「エルフリーデは今回初めて操縦席に座った形だが……どうだ? 扱えそうか?」


『流石は航空機であり宇宙船……と言った印象ですね。スイッチの場所を覚えるのに少し苦労しましたが、慣れました』


「そうか」



 スペースシャトルのスイッチは航空機と違って操縦席側面にもあれば上面のオーバーヘッドパネル、操縦席後のリヒターアーム操作スティックのある背面パネルにとフライトデッキには所狭しとスイッチが散りばめられている。



 覚えるだけでもかなりの労力だ。



「このミッションが終わったら、エルフリーデも船長としてシャトルに乗るかもしれない。その時はよろしく頼む」


『はい!』


「そして、ラインハルトにトビアス。二人は初めての宇宙だが、気分はどうだ?」


『最初は少し気持ち悪くなりましたが慣れました。重さを感じないというのは最高ですね』


『自分はあまり景色で感動するということがないんですが、エクセルを見て初めて感動しました。最高です!』



 ラインハルトもトビアスも喜んでくれているようで何よりだった。



「ぜひ、堪能してくれ。ラインハルトは長期滞在クルーとして、無理せず、確実にタスクをこなしていけばいい」


『わかりました』


「何かあればララとユリアが助けてくれるだろう。ユリア、ララ、頼むぞ」


『かしこまりました!』


『なんですの……私が宇宙に上がると何某らのイベントが発生するようになっているんですの!? ……えっ? 何か仰いまして?』


「聞いとけよ話くらい」



 あいつを船長(コマンダー)に任命してよかったのだろうか?


 まぁ、いざという時はすごく頼りになることは知ってるけれども。










 ◆










 10月中旬。


 S1トラスを届けるSTS-24ミッションのアトランティスと入れ替わるように、ソユーズタクシークルーが宇宙に上がる日を迎えた。


 今回は初の宇宙旅行者であるマリーテレーズが搭乗する。



「似合っているじゃないか。スターマンスーツ」


「ありがとうございます。まさか私がこの服に身を包む日が来るとは思っておりませんでした」



 普通ならスターマンスーツではなく、ソコル宇宙服を着るところだが、「統一した方が楽じゃないですか?」と技術部から言われて、それもそうかとなってソユーズでもスターマンスーツを着用する形になった。


 確かに前世ではロシア製とアメリカ製って分かれていたから宇宙服も別々だったが、今世ではどちらも自社生産なのだから統一することもできる。



「アイリーンとパトリシア。マリーテレーズを頼んだぞ」


「任せて下さい」


「全力でこき使ってあげますよ!」


「お、お手柔らかに……」


「こき使うな、楽しませろ」



 旅行なんだから。











 ◆










 軌道上:405km 国際宇宙ステーション


 S1トラス設置ミッションであるSTS-24クルーを迎えた数日後にソユーズがドッキングした。


 現在はドッキング後のリークチェック中で、後少しでハッチが開かれる。



「来訪者が多いと嬉しいでしょ? ユリア」


「2週間毎にシャトルがドッキングしますから寂しさを感じたことがありませんわ」



 STS-24船長(コマンダー)であるクラリスの問いに素直に答えるユリア。


 そう言ったクラリスも、確かにISSミッションが多いから、ミールと違って長期滞在クルーのみになる時間が短いため、寂しさは感じないだろうなと思えた。


 まぁ、宇宙ミッションは楽しいという感情の方が大きくて、寂しいと感じたことはクラリスもなかったが、やはりこうしたイベントは結構嬉しいものなのだ。



『リークチェック、完了。異常ありません』


「了解。ハッチ解放を許可します」



 ソユーズの船長(コマンダー)であるアイリーンからの報告を受け、ISS船長(コマンダー)のユリアがそれに答えた。


 許可を出した直後、ハッチが開き始める。



「皆さんお久しぶりです」


「やほー」



 コマンダーであるアイリーンが先に入船し、そのあと、パトリシアが入船した。


 そして――



「お世話になります」



 マリーテレーズが最後に入船した。



「ようこそ、ISSへ。歓迎いたしますわ」


「ありがとうございます。ユリア様」



 挨拶を交わしたマリーテレーズだが、宇宙で初めて、広い空間に出たからか、周りをソワソワしながら見渡していた。



「ふふっ、皆。マリーテレーズが早く船内を見たいってさ」


「ク、クラリス様!!」



 はしゃいでいることを気取られたマリーテレーズは赤面する。


 ひと笑いした後、タクシークルー三人を船内に案内した。



「へぇ、大きくなったね!」


「最近、ISS組立ミッションに従事していませんでしたから、新鮮ですね」



 アイリーンの言う通り、二人は最近のSTSミッションに携わっておらず、組立初期の姿しか知らなかった。


 それ故、クニューベル実験棟とズヴェズダがドッキングしている今のISSはかなり広く感じられた。



「ここが……ISS」



 ISSどころか、宇宙に上がるのも宇宙船に入るのも初めてなマリーテレーズはどれもこれもが新鮮で言葉を失っていた。


 キョロキョロと周りを見渡している。



「そうなんだけどね。実は私達は今「上」を向いてる状態なんだよ」


「上……ですか?」


「そう。本来は――」



 パトリシアは正面方向に体を傾け、90°回転する。



「これが正解」


「えっ、じゃあ、私達は下から上がってきたってことですか?」


「そうだよ」



 ソユーズがドッキングするしたのは、ISS下部に接続されているドッキングポート「ピアース」である。


 だが、無重力状態であるため、上下の感覚はなく、どんな体勢でもとることができる。


 ピアースはISS下部にあるので、ソユーズから出てくると、実際は上を向いているのだが、視覚的、感覚的にはちゃんと正面を向いているように感じてしまう。



「まぁ、最初は戸惑うよね。私達も最初混乱したもん」


「ですね。さっきも、ISSクルーの皆さんが逆さまで出迎えていて驚いたでしょう?」


「そ、そうですね……そうか、上下左右の感覚が鈍っちゃうのか……」



 納得したように一言呟くと、マリーテレーズはパトリシアと同じく、90°回転した。



「船内の上を示しているのは、このライトです。ライトが上方向と覚えていればいいですわ」


「わかりました。ありがとうございます、ユリア様」



 マリーテレーズはクルーに向き直り、姿勢を正した。



「短い間ですが、お世話になります」



 頭を下げたマリーテレーズに拍手を送るクルー達。


 初の宇宙旅行者は、クルーに暖かく迎えられた。










 ◆










 ISSにタクシークルーが到着した頃。


 俺は例の黒い魔力の事を研究室のメンバー、アンナとイルゼの二人と共に調べていた。


 だが、発見からほぼ1ヶ月。


 これが何なのか未だわからずにいた。



「……1ヶ月かけてこれか」


「スピン方向や質量は空気中に漂う魔力と同じ……というところはわかるんですが……」


「目に見えて違いがあるのになぁ」



 研究室の子とそんな会話をしながら磁気瓶の中に収められている魔力を見る。


 黒く澱んだその物質は、見た目からして通常の魔力と違う。


 なのに通常の魔力と全く同じ性質を持っているというよくわからない状況だった。



「魔力パターンは魔物から発せられるものに酷似してるんだったな?」


「そうです」


「う〜ん……わからん」



 感覚的な話になるが、この黒い魔力からは、禍々しい何かを感じる。


 それこそ、魔物と対峙した時に感じるものと同じと言っていい。


 これは俺だけでなく、元魔物素材調達部隊だった宇宙飛行士達も同意見だった。


 俺だって小さい頃は自分で魔物素材を獲る為に狩りをしていたから魔物の魔力くらいわかる。


 だから何か違うはずなんだが、どこが違うのかがわからない。



「マスターでもわからないことがあるんですね」


「驚きです」


「……」



 君らは俺をなんだと思ってるの?


 ……天才とか思ってんだろうなぁ。



 正直、レイディアントガーデンがここまで成長できたのは、単にここで働いてくれている皆のおかげだと思っている。



 ……だって恐ろしく覚えがいいんだもの。



 しかも、自分達で工夫してより良くしていくから尚のこと。


 特に機体部門の人達は長年の経験から、感覚でどう改善すべきかわかってくるみたいで、びっくりする時が多々ある。


 まぁ、それはそれとして、改めて黒い魔力……もう黒魔力とでも呼ぼうか。



「名称を付けて無かったけど、暫定でこの黒い魔力を「黒魔力」通常の魔力を「白魔力」と呼ぼうか」


「わかりました」


「う〜ん、でもなんで黒いんだろう?」



 アンナが魔力磁気瓶を見ながらそう呟いた。



「なぜそう思う?」


「えっ!? いや……素朴な疑問ですよ。魔力って普通のものなら白く輝くじゃないですか」


「そうだな」


「でもこれは黒いじゃないですか。性質も何もかも一緒なのに」


「……確かに」


「性質も何もかも一緒なのに黒い……それって光を吸収しているってことですよね? 一体何が光を吸収しているんだろうなって思って……」



 彼女の言う通りだ。


 魔力の性質は全て同じ。


 なのに色が違う。



 何故こんな違いが生まれているんだろう?



「アンナ……あんた結構考えてたのね」


「あ〜、ひどいよイルゼ。あたしだって研究員なんだからね!」


「……で、実際何考えてたの?」


「いやぁ……ほら、ロマンス小説でさ、悪い魔法使いの魔法を唯一打ち消せるのは聖女様の聖なる魔力のみ! みたいな設定ってあったからさ。そういうのないのかなって思って」


「あんたね……」



 照れ臭そうに頭を掻くアンナだが、それを聞いて閃いた。


 悪い魔法使いと聖女……全く真逆の存在。


 即ち――



「……反転?」


「「えっ?」」


「この黒魔力は空気中に長く留まっていられないと現地調査チームから報告が上がっている。もしかすると、白魔力とぶつかって打ち消しあっているのかもしれない……となれば、これは何かが反転している可能性が高い」


「で、でもスピン方向は一緒でしたよ?」


「そうだな、だが、まだ調べていないものがある」



 イルゼの言う通り、黒魔力は白魔力と全く同じスピン方向、質量など、同じ特性を持っていた。


 しかし、一つだけ調べていなかったものがある。



 今まで、何故これを調べなかったのだろうと俺自身疑問に思うが――



「……電荷だ」


「「……あっ!」」



 物質には電荷……電気を帯びている。


 原子核を周る電子はマイナスの電荷が、原子核を形成する陽子はプラスの電荷を帯びている。


 それを調べるのだ。


 だが――



「で、でも! もしマスターの懸念していることが当たっていたとしたら、おかしいですよ!!」


「そうです! もし()()()()()が溢れていたら、迷いの森どころか周辺国全てが吹っ飛びますよ!!」


「確かにそうだ。でも――」



 そう。


 俺が思っている物質だったなら、説明できないことがある。


 しかし、そうとしか考えられなくなった。


 この黒魔力は――



「これは魔力の反物質としか思えない」

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