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episode40 穏やかな日常

 


 STS-20



 リヒターアーム2をISSへ届けるミッションが一週間後に迫っていた。


 今回のメンバーは――



 コマンダー:マルクス・ハイン

 パイロット:ニルス・フォン・フィルスマイアー

 MS1:エーリッヒ・ザックス

 MS2:クリスタ・シュミットソン

 MS3:ソフィア・リーメルト

 MS4:クリス・フォン・ファルケンシュタイン

 MS5:アイリス・フォン・ゼーゲブレヒト



 となっている。


 正直、もう第三期宇宙飛行士の面々以外はベテランなので任命するのは誰でも良くなっている。


 ……もうクリスなんか何回目だ?


 前世での宇宙飛行最多記録である7回を優に超えているはず。


 ソユーズミッションが多かったからな。


 初期の頃は殆ど魔法実験はしておらず、実質宇宙旅行だったし。



 実験が本格化してきたのはやはりミールとスペースラブができてからだな。


 あれのおかげで魔力や魔法についてわかったことが幾つかある。



 一つ、宇宙ではイメージ発動での魔法が出し辛いこと。ただし理論発動する分には支障なし。


 二つ、軌道上でイメージ発動にて生成された水が純水であったこと。


 三つ、軌道上でイメージ発動にて生成した水は地上に持ち帰るとミネラルウォーターと同じ成分状態になること。



 と言った具合だ。


 何故そんなことになるのかさっぱりわからん。


 しかし、ISSや自社で打ち上げるISS二番機(仮称)が完成すれば研究はかなり加速するだろう。


 それに近々、他国から選抜された飛行士候補の訓練を始まる。


 彼らがミッションスペシャリストの資格を取得してくれたら、うちから出すメンバーはオービターの船長とパイロットだけと言う状態まで持っていける。


 そうなれば自社の宇宙ステーションの建造に飛行士を割くことができる。



 ……そろそろ第二ステーションの名前、考えなきゃ。










 ◆










 8月も終わりに近づきつつある頃。


 STS-20ミッションを無事に終えて、リハビリも終えたアイリスは意気揚々と社長室に向かった。


 宇宙飛行士としての業務にも慣れたアイリスだが、それらは単にレオンの役に立ちたい、頼りにされたいと言う思いの現れであった。



 今回も無事に任務を終えてレオンの秘書として、魔法薬学部の部長として、そして宇宙飛行士としての仕事をしようと士気を高くしていたが――



「アイリス、秘書を雇うことになったから、お前は別業務に専念してくれ」


「……えっ?」



 その士気に水が差された。


 レオンから秘書を解雇されたのだ。



「わ……私……何か粗相をしましたか?」



 泣きそうになっているアイリスを見て、レオンは慌てて弁明する。



「いや! 勘違いするなよ? お前が悪いわけじゃないんだ」


「じゃあ……なんで?」


「だってお前……仕事掛け持ちし過ぎだろ?」



 先にも上げた秘書業と魔法薬学者、そして宇宙飛行士と業務は多岐にわたる。


 しかもこれからISSや新宇宙ステーションでの宇宙実験が本格化していくのだ。


 多忙を極めるのは容易に想像できた。



「だ、大丈夫です! やれます!」


「士気が高いのは結構だけど……絶対しんどいって。だから秘書業務は別の人に引き継ごうよ」


「で、ですが!」


「……お前じゃないとできない仕事ができた以上、負担は最小限に抑えるべきだよ。わかるな? アイリス」



 抗議しようと声を上げるも、レオンに優しく諭されるアイリス。


 アイリス自身も、レオンの言い分には納得できた。


 これまでも、秘書室に所属しながらも、宇宙飛行士の訓練や、魔法薬学の実験などで離れることも多く、レオンはそれを踏まえて今回の結論に至ったのだろうことは想像に容易い。


 しかし、それでも譲れないのはただ一つの感情だった。



 好きな人のそばから離れたくないと言う、子供じみた感情だった。



 だが、これ以上拒否し続けると、それこそレオンを困らせてしまう。


 それに、秘書としてそばにいても、仕事でそばにいるだけ。


 レオンは仕事とプライベートをきっちり分ける人間であることを理解しているアイリスは逆にプライベートで会うほうが振り向いてくれるのではないか?と言うポジティブ思考に切り替えた。



「……はぁ、わかりました。では、次の秘書は誰になるのですか?」


「それがな、陛下から是非ともここで勉強させてあげて欲しいという人がいてな? その人に頼もうかと思ってる。陛下曰く優秀らしいし」


「そうなんですか」



 アイリスもレオンも、国王陛下が優秀と言っているのだから、信頼できるだろうと思っていた。



 ――一週間後。



 レイディアントガーデンにとんでもない人物がやってきた。



「リリー・フォン・ノアセダル、本日よりここでお世話になります」



 まさかの姫殿下登場である。



「お久しぶりです姫殿下。失礼ですが、世話になる……と言うのは?」


「あら? お父様からお聞きになっていませんか?」



 ――あなたの父上からは、優秀な人物を送るよとしか聞いてません。


 そう思ったところでレオンは、ようやく理解した。



 国王陛下が言っていた『優秀な人物』とは、姫殿下のことなのだと。


 そういえば、経歴書を見せてくれと言っても、「大丈夫! 身元は保証するよ!」と言って結局見せてくれなかったことをレオンは思い出した。



 多少警戒しながら本日を迎えたわけだが、まさか姫を寄越すなど想像していなかった。



「……殿下が私の新しい秘書になると?」


「ええ。色々と勉強させて頂きたいと思っております」



 ――立場が逆転しない?


 そう思って震えているレオンの横で、アイリスも別の意味で震えていた。



(な、なんで姫殿下が秘書になるの!?)



 秘書は企業の代表の補佐を行う立場にある。


 即ち、そばにいることが多くなるのだ。


 だからこそアイリスは、悪い言い方をするとその立場を利用してレオンの隣を確保していた。



 ずっとそばにいたい、もっとレオンの役に立ちたいと魔法や科学知識を蓄積させていった。



 次第に欲が出てきて、最終的にはレオンと肩を並べたいと思い、宇宙飛行士となり魔法薬学と言う概念を生み出した。


 その結果、アイリスはピンチに陥っている。



 見目麗しく、聡明なリリー姫殿下がそばにいて、レオンが惚れないなどと言う保証はどこにもないのだ。



「アイリス、仕事の内容を教えて差し上げて?」


「よろしくお願いいたします」


「わ、わかりました……」



 アイリスは頑張りすぎたのだ。



 ――


 ――


 ――



「姫様が来るなんて聞いてないよぉ……」



 レイディアントガーデンのカフェスペースでは、レオンを省いた幼馴染組が集まり、お茶をしていた。


 その席でアイリスはいつもの淑女然とした態度とはかけ離れ、テーブルに突っ伏していた。



「別に慌てる必要ないじゃない。レオンはそうやすやすと落とされないわよ」


「……紅茶、めっちゃ溢してますわよ」


「うえっ!?」


「バリバリ動揺してんじゃねぇか」



 クラリスは言葉とは裏腹に、カップを持っていた手を振るわせていた。


 レオンの研究を手伝えないのなら、別の分野で頼りにされればいいと努力を重ねていたクラリスだが、まさか姫殿下がレオンの秘書になるとは想像すらしていなかった。


 必然的に行動を共にする機会が多くなる秘書と言う立場。


 社長と秘書の恋物語はこの世界でも存在しており、その存在を知っているアイリスとクラリスは物語のような展開にならないか?とヤキモキしていた。


 しかもその物語で言えばヒロインは姫ときている。


 姫との恋物語など枚挙に暇が無い。



 国から讃えられる天才と姫が、社長と秘書と言う立場になって共に行動していく――



 二つのジャンルを混ぜた物語のプロローグでも見ているようだった。



「ベ、別に物理的な距離が離れたから不利になるなんてことはないでしょ!? 逆に離れるからこそ、その存在がどれだけ大切だったか自覚するパターンもあるじゃない?」


「そ、そうよね!? そういうこともありえるわよね!?」



 クラリスの言葉で復活したアイリスだが、それを聞いたクリスはある欠点を持っていることに気がついた。


 それは――



「お前ら、レオンの恋人でもなんでもねぇじゃん」


「「……」」



「「うわぁぁぁん!!」」



「えっ!?」


「クリス! そんなにはっきり言わないであげて下さいまし!!」



 ゼーゲブレヒト姉妹は事実を突きつけられてしまい泣き崩れてしまった。


 そんな二人に優しく微笑み、そっと肩に手を置いてユリアは話し始める。



「アイリス、クラリス。幼馴染なのですから、彼の中では既にお二人は特別な存在のはずです。ぽっと出で現れた女に簡単には靡きませんわ」


「そ、そうかな?」


「なんか……そう言われたら自信ついたかも」



 ユリアの言葉が励みになったのか、アイリスとクラリスは顔を上げて涙を拭う。



「ぽっと出って……相手は姫なんだぞ、ユリア」


「ふんっ!!」


「イッテぇ!? なんで?!」



 クリスが不敬だぞと言ったらユリアはクリスの肩に拳を突き出した。


 しかも身体強化魔法を施してである。



「さっきからなんです!! 二人を応援する気がないんですか?!」


「いや、あるにはあるが……」


「だったら聞き手に徹してあげて下さいな。船長(コマンダー)としての経験をここで活かして下さいまし」


「なんで俺が?!」



 クリスはユリアが二人の激励役をするものだと思っていたが、ユリアはそうではなく、クリスに担わせようと思っていた。


 それには理由があった。



「私は10月末のSTS-23から第二次長期滞在クルーとして宇宙に上がるんです。半年近く離れるのですから、貴方が適任ですわ」


「……他にいるだろ。いっぱい」



 女性は宇宙飛行士メンバーの中にもたくさんいるのだからとクリスは思った。


 こういう問題は女性に相談するのが望ましいはずだからだ。



「レオンさんと距離が近いあなただからこそできるアドバイスがあるはずですわ。さぁ、お二人に一つ、助言をかけてあげて下さいまし」


「えっ……今!?」



 そっと二人の顔を見ると、先程の涙で潤んだ瞳で助けを求めるような表情でクリスを見ていた。


 一瞬ドキリと胸が高鳴ると同時に、そういう表情をレオンに見せれば良いのにと思ったところでクリスは閃いた。



「そうだ。ボディタッチを増やせば良いんじゃねぇか?」


「「えっ!?」」


「……どういうことですの?」



 ユリアは少し呆れた様子でクリスに聞いた。



「いや、お前ら結構レオンの側によって行くけど触れることってしないじゃん?だからボディタッチを増やして意識を向けさせるってのはどうだと思ってさ」


「うわっ! やらしい。男子的考え方じゃん」


「わ、私も……それはハードルが高いかな」



 貴族として奥ゆかしく生きてきた二人はあまり男子とそういったスキンシップを取ったことがない。


 幼い頃にはあっただろうが、5歳くらいから貴族女性として教育されてきた二人にはボディタッチはハードルが高かった。


「……良い案ですわ」


「えぇ!?」


「はぁ!?」



 しかし、この案にユリアが賛同したことに二人は驚きを隠せなかった。



「ちょっ!? ユリア!? それはさすがに恥ずかしいって」


「そ、そうよ。レオンさんに、ふ、触れる……なんて……」



 どんな想像をしたのだろうか。


 クラリスは頬を赤らめ、アイリスは火照った顔を冷ますように両頬に手を触れている。



「いいえ! これは一歩踏み出すチャンスですわ! 今までのような接し方では変わり映えがありません。相手に強く印象付ける必要があるのです!!」


「で、でもぉ……」


「……ぐ、具体的に、どうすればいいの?」


「姉様!?」



 決意の籠った瞳で、ユリアに問いかけるアイリスだが、その顔は未だ真っ赤だ。


 その顔を見たユリアは口角を上げて話し始める。



「アイリスの武器はもう決まっていますわ。胸です!!」


「む、胸!?」


「世の殿方は豊満な胸を好むと聞きましたわ! あなたのたわわに実ったその果実なら、あのレオンさんもイチコロですわ!! ですわよね、クリス!」


「ま、まぁ……嫌いな男は少ないんじゃ……ないかな?」



 照れながらクリスはそう答えた。


 アイリスは逆上せそうになりながらも胸に視線を当てる。


 確かにすれ違う男性達からは少なからず見られていることには気付いていた。


 だが、興味のない人に見られても気にしていなかったアイリスだが、レオンに見られる或いは当てるなどのことを考えると羞恥で頭が沸騰しそうになる。



「そ、そんなの破廉恥だよ! もっとこう……肩に手を触れるとか――」


「あの人がその程度で意識するとお思い?」


「うっ……」



 アイリスは抗議の声をあげたが、ユリアはそれを遮った。



「確かに……そうかも」


「だったら勇気を出すべきですわ! クラリスもよ!」


「わ、私も!? で、でも私は姉様みたいに大きくないし……」


「世間から見れば十分な大きさですわよ!」



 クラリスも、姉と比べると胸は小さく見られがちだが、平均と比べると大きい部類に入る。


 ユリアは十分武器になると考えていた。



「あなた方は十分魅力を持っています。自信を持って、接すればレオンさんにも届きます」


「わ、わかったわ!!」


「や、やって見ましょう! 姉様!!」



 お互いに真っ赤になっている顔を合わせて、頷き合う。



「ありがとう。なんとかやってみるわ」


「ありがとね。二人とも」


「おう」


「頑張って下さいまし!」



 礼を言ってカフェスペースから出て行く二人を見届けたところでクリスが口を開いた。



「……お前、楽しんでない?」


「今、最っ高に楽しいですわ」



 ユリアは満足気に、冷めた紅茶に口をつけた。











 ◆










「レオンさん。この実験内容の事なんですけど」



 ――ムニュ



「ねぇレオン。ISSとのアプローチのことなんだけどね」



 ――フニュ



 STS-20終了後……なんか最近、アイリスとクラリスがやけにくっついてくる。


 しかも胸を押し付けるようにしてくるものだからびっくりだ。


 これまでこんなスキンシップをこの二人がしてきたことがなかったから尚更だった。



「ふふっ、人気者ですね。レオン様」


「普段あんなことをする子達じゃないから驚いてますよ」



 隣の机で資料を作成しているリリー姫に二人のことを話したら、楽しそうに笑った。



 業務がアイリスから引き継がれて早一週間。



 リリー姫はそれはそれは優秀で、アイリスが抜けることが多かった最近と比べるとすごく楽になった。


 アイリスが宇宙飛行士になる前に戻ったかのようだった。



 ……ホント、アイリスが多忙を極めるようになってからと言うもの、俺は魔法研究とかから離れていたから今の環境は最高としかいえなかった。



「俺、男として見られてないんじゃ?」


「……むしろ逆では?」


「えっ? 逆?」


「ええ。意識して欲しくてやっている……と捉えることもできますよ」



 リリー姫はそういうが、何を意識しろというのだろうか?


 ……もしかして!?



「私は、彼女らを女性扱い出来ていなかった可能性があるって事ですか!?」



 だから二人から「女性として接しろ!」と言うメッセージだったのかも知れない。


 なるほど、だから女性の特徴でもある胸を押し付けていたのか。



 だったらわかる。



「一体どうしたらそういう考えになるんですか!?」


「はぇ?」



 どうやらリリー姫の思っている事と違ったようだ。



「はぁ、二人の歩む道の困難さを今知りました。そういう行動を取らざるを得なかったのも頷けます」



 リリー姫はため息をついて、アイリスとクラリスの行動の意味を理解したようだった。



「これはレオン様自身で理由を見つけなければいけないと思いますので、この件に関して私からは何も言いません」


「えっ!? 教えてくれないんですか!?」


「教えません! ご自身で見つけてください!」



 リリー姫からそう言われたが、先程あげた理由くらいしか思い浮かばん。



 それからも、アイリスとクラリスからのスキンシップは増えて、食事に誘われることも多くなった。



 何故こんな行動を起こすのかわからない俺を見ていたクリスとユリアはそれはそれは楽しそうに笑っていた。

読了お疲れ様でした。

今年の投稿はこれで終わりです。

今年の2月から投稿を初めて、累計PV25000に迫るほどまで皆さんの目に留まるなど夢にも思っていませんでした。

こんな駄文ではありますが、お付き合いいただければ嬉しく思います。

それでは皆さん良いお年を


次回更新予定:1/10

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