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episode35 ダブルブッキング

 


 ――アケルリース国際空港


 第二回の査察により、営業運用を許可された飛空艇は今日、ここに移動する日を迎えていた。


 空力を利用して機首を左右に動かす垂直尾翼と、浮遊魔法が機能しなくなってしまった状態を想定して、滑空を可能にする以前よりも大型化した主翼。


 姿形がガラリと変わって、機内に置いても姿勢指示器と大気高度計と対気速度計も設置された。


 既にパイロットも決まり、そのパイロットの操縦で記念周遊飛行を終えて、共に空港に降り立ったのは、改修の責任者となったアラン王子と開発を担当したレン・グランウィードとその恋人のルナ・フォン・ボールドウィン。


 その他、アケルリース高等魔法学園のSクラスの面々と国の重鎮達が同乗していた。


 ちなみに、キャサリンとジェイの二人は新設されたロケット発射場で新型ロケットの開発をしている為、この場にいない。



「いやぁ、やっと肩の荷が下りるよ。大変だった〜」


「お疲れ様でした。レン君」



 飛空艇のエアステア……収納式のタラップから機体を降りて伸びをするレンに労いの言葉をかけるルナ。


 そこに近づく二人の影があった。


 アラン王子とその父親で国王であるヴォルフガングだった。



「開発、ご苦労様だったね、レン君」


「ああ、ヴォルフおじさん。もう大変だったよ……」



 幼少時、森の中でマーリンと共に暮らしていた際に、何回も自宅を訪れていた為、レンは「父親の友人」だと思い「おじさん」と呼称している。


 それは国王であると知った後でも同じであった。


 というのも、ヴォルフガング自身が今のままでいいと言ったからなのだが。



「まぁ、母ちゃんの方が大変そうだったから、そういう点ではラッキーだったかな」


「ああ、報告書を読んだよ。要求仕様がかなり高くて、他の参加国は軒並み生命維持魔道具はレイディアントガーデンから購入したみたいだね」



 ヴォルフガングの言う通り、宇宙実験室の開発参加国はレイディアントガーデンの言う生命維持システムの要求仕様が高すぎてどうやって作ればいいのかわからなかった。


 しかし、それを開発しようとしたらかなりの時間がかかってしまう。


 早々に宇宙に上げてもらって、研究をして欲しいと思っていた参加各国は、諦めて購入の道に走ったのだ。



「幸い我が国の組立順は最後だからね。開発する時間は多少あったのが救いだよ」


「この間、母ちゃんからマジホがあってね。「なんか知恵はないか」って聞いてこられたよ」


「ほぉ……で? 答えたのか?」



 レンの言葉を聞き、アランが会話に参加する。



「この飛空艇の計器を作ってた時にキャサリンから教えてもらったことを答えたら、なんとか出来そうって言ってたぞ」


「おお! そうか!! あの導師様ですら悩んでいたからどうなるかと思っていたのだが……光明が見えたようで何よりだ」



 アランはホッと胸を撫で下ろす。


 アケルリース初の宇宙実験室。


 開発できれば、他国の開発しているモジュールの中で最大の広さを誇るものになる。


 それが成し遂げられれば、アケルリース王国未だ健在をアピール出来る。


 アランはそれにホッとしたのだ。



「レン君達が参加してくれているお陰で、最近増えた魔物の討伐も危なげなく実施できている。加えてこの飛空艇の開発を完成に導いた……新英雄に相応しい活躍だよ」


「いやいや! 飛空艇の基礎設計は母ちゃんだし! 魔物討伐は父ちゃんだって参加してるし!」



 ヴォルフガングが新英雄のことに触れるとレンは恥ずかしそうに手を振った。


 ――新英雄。


 先の大規模スタンピードの際の活躍は世間に広く知れ渡った

 身を挺してサラマンダーからの火炎放射(ブレス)から軍と参加していた学生を守ったことも含めてである。


 その活躍と勇気を讃え、賢者マーリンの息子である彼に世間がつけた二つ名が「新英雄」である。



「謙遜だね。しかし、世間には君の名前で報道する様に言ったのは導師様なんだよ?」


「母ちゃん……」



 余計なことをと恨み節を胸の中で叫ぶレン。


 そんなことはお構いなく、アラン王子が話題になってを変えた。



「そういえば、フィーメルに送ったのか? 例のあれは」


「例の?」



 アランの言う例のものというのが思い当たらず、レンは聞き返した。



「ほら、4ヶ月後にあるあれだよ」


「ああ! あれね! 送ったよ。なぁ、ルナ?」


「はい。ノアセダルへの手紙って1年近くかかっていたのが、今では1週間以内には届くんですからすごいですよね」



 例のものの合点がいったレンはルナに同意を得る。


 今や空港は三大大国であるアケルリース王国、エグザニティ共和国、ロムルツィア神聖国に建設されている。


 未だ航空輸送手段を持っていて、航空機運用を実施しているのはレイディアントガーデンのみだが、それのおかげで、手紙や荷物の輸送が楽になった。


 だが、商隊輸送と比べると高額に設定している。


 既存の輸送を実施している商会の仕事を取らない為だ。


 しかし、急ぎの案件などがあった場合の移動手段としてこれほど有益なものはないと、利用者は決して少なくはない。


 時間を金で買えるのなら安いと考える人もいるのだ。



「でも……マリア、ここまでこれるのかな? 航空機って高いじゃないですか」


「ああ、親に出してもらうってわけにもいかないだろうしなぁ。そこは従業員特例ってことで乗せてくれないかな?」



 冗談めかしてレンがそういうと、アランはあり得ると頷いた。



「今回の件、レオン殿にも声をかけている。もしかしたら、一緒に来るかもしれんな」


「そうですね! そうだったらいいですね!!」


「えっ? なにそれ聞いてない」



 そんなこと初耳だったレンは唖然とした顔で二人を見ていた。










 ◆










 STS-19 リーベルス宇宙望遠鏡の修理(サービス)ミッションのブリーフィングが始まった。



「さて、今回は初の宇宙望遠鏡の修理ってことで、訓練内容も非常に特殊なものになっているが、まあ基本的なところは変わらないから気負わずにな」


「「「「「はい!」」」」」


「は、はい!」



 マスターから激励の言葉を受けたけど、先輩方に遅れて返事をしてしまった。


 だからなのか、マスターは私を困った表情で見ていた。



「マリアは初飛行でリーベルスを掴めって言われて不安がないわけないよな。でも、君なら出来ると思って任命(アサイン)したんだから、自信を持っていい。地上からも支援するから」


「わ、わかりました」



 そうだ。


 こうして任命されたってことは十分実力はあるって認められている証拠だ。


 あとはこの4ヶ月でさらに磨きをかければいい。



 ポジティブにいこう!



「主なミッションは新型分光計への換装と魔力光パネルの交換。オービターはエンデバーを使用する」


「「「「「おお!」」」」」



 オービターの名前を聞いた瞬間。


 先輩方が嬉々とした声を上げた。



 な、なんかあるのかな?



「よかったね!マリアちゃん!」


「えっ?」



 ティナさんが声をかけてくれたけど、なにが良いのかよくわからない。



「まだ船の名前の意味を知らないからわからないよ」


「あっ、そっか」


「えっ? えっ? なんですか?」



 ユルゲンさんの言葉から察するに、名前に何かが隠されている?



「おいおいわかるよ。さて、今回は修理ミッション以外にもう一つ任務がある。エルフリーデ」


「はい」


「君には今回予定されているEVAの内6回目に、MMUのテストを行ってもらう」


「MMU?」



 エルフリーデさんが首を傾げると、マスターは背面にあるモニターにMMUの概要を映した。


 MMU――有人操縦ユニット。


 命綱(セーフティテザー)なしで宇宙遊泳を行うことができる推進システム。


 今後、巨大になっていくISSの保守点検などを見越して、即座に移動できるようにするためのもの……とのことだった。


命綱(セーフティテザー)なし……ですか!?」


「ああ」


「もし燃料が切れてしまったら……どうするんですか?」



 エルフリーデさんは不安そうに質問する。


 そりゃそうだ。


 命綱なしで飛んでいる時に燃料切れを起こしたらと考えると恐ろしくて仕方がない。



「それは心配しなくてもいい。燃料切れを起こさないから」


「えっ?」


「これは魔力で推進力を生み出すからな」


「「「「「ええ!?」」」」」



 私達は驚いた。


 魔力は宇宙空間では魔法に変換されない。


 だからこそ、スペースシャトルやソユーズロケットなどの宇宙機には地上で生成した燃料が積まれている。


 なのにMMUは魔力で動く!?



「魔力自体を宇宙空間に放出して姿勢制御するんだ。宇宙船に付けるには推進力が足りないが、人なら十分だ」


「では、燃料切れを起こさないっていうのは……」


「太陽光から魔力を受け取るからだよ。まぁ、ユニットにマテリアル・クリスタルも入れてるから緊急時でも心配ないよ」



 これには全員で感嘆のため息が出た。


 宇宙では魔法が使えないからと、魔力を使わないように私達や技術者は考えていたけれど、マスターは「魔法を使えない場所で魔力を使う方法」をずっと探していたんだ。


 そして今回、それを形にした。


 やっぱりすごい人だなぁ。



「とにかく、安全性は保証する。あとは実用的かを実際に動かして意見して欲しい……頼めるか?」


「わかりました! エルフリーデ・フォン・ゲールティエス、謹んでお受けいたします!!」



 その後、訓練スケジュールをもらって、いくつか意見交換をして、ブリーフィングは終了した。



 ――


 ――


 ――



「ただいま〜」


「おかえり、期待の新人。どうだった? 初めてのSTSミッションブリーフィングは」



 寮の自室に帰ると、寛いでいたリディアが質問してきた。



「訓練スケジュールや内容を聞かされただけだから大丈夫だよ。まぁ、少し緊張はしたけど」


「だよねぇ、私がマリアの立場だったらそうなるもん。あっ、手紙届いてたよ」


「ありがとう」



 リディアが私の机の上を指さすと、いくつかの手紙が置かれていた。


 机に向かってそれを確認しつつ、ふと思い出したことをリディアに問いかけた。



「そういえば、リディアって最近広報課に移ったよね? なんで?」


「いやぁ、ルームメイトの活躍を伝えたいなって思ってさ」


「えっ、それだけ?」


「そうだよ」



 それだけの理由で入れる部署なのだろうか?


 なんて考えていたけど、それよりも私は嬉しく思った。


 私のために異動したというのだから。



「ありがとね」


「礼を言われるようなことじゃないよ」



 リディア照れ臭そうに頭をかいていた。



「それでも、ありがとうだよ。……ん?」



 手紙の中に差出人に見覚えのある名前があった。


 親友のルナからだった。



「ルナからだ。なんだろう?」


「ルナって……あの治癒魔法の得意な子?」


「うん」



 スタンピードの時に会ってるから、リディアも覚えていたみたいだった。


 返事をしつつ、内容を確認する。


 その内容は――



「結婚!?」


「えぇ!? 誰と!? ……って彼しかいないわよね」



 リディアの言う通り、相手は一人しかいない。



 レン・グランウィードだ。



 あのスタンピードで賢者マーリン様と大立ち回りを繰り広げ、討伐に貢献して、且つ、サラマンダーの火炎放射(ブレス)から参加していた兵や学生をその身を持って守り抜いた。


 その姿から新英雄という二つ名をもらったことは知っている。



「ねぇ、彼らって学生よね? 学生結婚ってこと?」


「いや、婚約だけみたい。結婚式とかは卒業後だって」


「……収入とかって大丈夫なの?」



 リディアはレンの戦闘能力しか見ていないから、将来は魔物ハンターになると思っているんだろう。


 魔物ハンターは一攫千金を狙える職だけど、それは一握りの人達だけだ。


 実際は、その日暮らしをやっているのが実情なので、心配しているんだろうけど……。



「レンって魔法以外でも魔道具を自分で作れるから、そっちの方で結構稼いでるのよ」


「へぇ……優良物件じゃん」


「そうだね……まぁ、あの二人ならいつかはこうなるだろうなって思ってたよ」



 手紙を読み進めると、婚約披露パーティーを開くから、参加してほしいと書かれていた。


 もちろん、親友の婚約披露パーティーなんだ。


 参加するに決まってる。



「参加は決定だよね」


「……ねぇ」


「ん? どうしたの? リディア?」



 返信用の手紙に参加の丸を入れたところで、リディアが覗き込んできた。



「その開催日さ……マリア、参加出来ないんじゃない?」


「えっ? なんで?」



 日付を見ると、移動のことを考えてくれたのか、4ヶ月後に開催されることになっていた。


 4ヶ月も先のことなのだから、休みの申請も通しやすいだろう


 なのに参加できない?



「いや……マリア、あんたその日さ……」


「うん」


「……宇宙に居るじゃん」



 ……えっ?



 私は慌ててミッション期間の日付を確認する。



 ミッション期間:打ち上げ予定日7/5 帰還予定日7/16。



 披露パーティーの開催日は……7/14。


 飛行9日目だった。



「行けないじゃん!?」


「だから言ってんでしょ!?」



 まさかミッションと被っていたなんて考えていなかった!


 どうしよう……。



「親友の披露パーティーに仕事で参加できないとか、薄情すぎる……」


「じゃあ……任命辞退する?」


「それはしたくない……」



 任命辞退をしたら今度は何年後になるのかわからない。


 ……打ち上げサイクルから考えると何年もかからないと思うけど、チャンスは逃したくない。



 ……仕方ないか。



「……断ろう」



 私は断腸の思いで、参加のところに縦線を入れて、不参加に丸を付け直した。










 ◆










 シャトルミッション トレーニングビル


 STS-19ミッションが決定して、数週間が経過し、STS-15クルーが宇宙に居る頃。


 俺はSTS-19クルーの訓練を見学していた。



 だが――



『マリアちゃん、チェックリストを飛ばしてる』


『えっ?あっ!?すみません!!』



 マリアの調子がすこぶる悪い。


 いつもなら簡単にこなしている作業で凡ミスを繰り返している。



「最近こうです。初ミッションの緊張なのかなって思ったんですが……聞いてみたら、そうじゃなくて……」


「――そうか……」



 STS-19の船長(コマンダー)のユルゲンから報告を受ける。


 このままだと任務に支障をきたすかも知れないな。



 そう思った俺は訓練終了後、マリアに近づいた。



「はぁ……」


「どうした?深いため息なんか吐いて」


「えっ? マスター!? お、お疲れ様です!!」



 椅子に腰掛けていたマリアは俺を見るなり、勢いよく立ち上がった。



「楽にしていいよ。……それにしても、上の空だったね」


「うぅ……面目次第もございません……」



 マリアは改めて座り直し、俺もその隣に座った。


 猛省はしているようだが、やはり心ここに在らずなのだろう。


 それは最近の訓練状況から明らかだ。



「ユルゲンから聞いたよ。グランウィード君とボールドウィンさんの婚約披露パーティーに参加できないのが心残りなんだってね」


「……はい」


「……ごめんね。俺も招待状が届いたのが先日だったものだから……君への配慮が欠けていた」


「い、いえ! マスターは悪くないですよ。その……巡り合わせが悪かっただけです」



 マリアはそのまま、言葉を続けた。



「ルナは幼少期からの幼馴染で……ずっと一緒に行動してたんです。なのに、親友の祝福を直接できないなんて……」


「……そっか」



 涙を浮かべながらそう語るマリアの心境はわからなくもない。


 俺だってクリスやアイリス、クラリスにユリアの婚約パーティーが開かれたら是が非でも参加する。


 だが、マリアは宇宙に行くという、いわば選ばれた人間なのだ。


 それを蹴るということができずに、パーティー不参加を決めるも、心に棘が刺さったまま。


 それではパフォーマンスにも影響が出る。



「STSミッションは直近まで極秘扱いなので、ルナには仕事で行けないとしか言えなくて……」


「うん」


「でも、第三期生初の任命……それを蹴ることもできなくて……」


「うん……」


「……すみません、仕事に私情を挟んでしまって。明日から、身を引き締めます」



 そういう彼女だが、俺には無理をしているように見えた。


 いや、実際に無理をしているんだろう。


 そこで俺は、マリアにある提案をする。



「実はその披露パーティー、俺も呼ばれてるんだ。アイリスも一緒にね」


「えっ!? そうなんですか!?……って、さっき招待状が届いたと仰ってましたね」



 上の空で聞いていたからか、俺が参加することをスルーしていたようだった。


 アイリスも同行する理由は、グランウィード君の命を救ってくれた人に是非とも参加して欲しいとのことだったが、それは今は関係ない。



「うん。それでね、ちょっと考えてることがあるんだ」


「考えてること?」


「うん。それはね――」



 俺の考えをマリアに伝えると、眼を見開いた。



「そ、そんなことをしてもいいんですか!?」


「俺が許可するよ。それに、パーティーは夕方頃に開催されるから、君達の仕事は終わっている頃だろう?」


「そうですけど……」


「不満かい? これは君にしかできない()()()()()だと思うけど?」



 俺がそういうと、マリアはしばし瞬き、クスクスと笑いながらの答えてくれた。



「ふふっ、そうですね。これは私じゃないとできないですね」


「どうだい? やってみる?」



 もうすでに意を決しているだろうが、マリアに提案を受け入れるか聞いた



「はい! マリア・フォン・フィーメル、追加ミッションを完遂してみせます!!」



 こうして、飛行9日目に実施するミッションがもう一つ追加された。

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