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episode32 宇宙食を作ろう!

 


「う、宇宙食……ですか?」


「はい」



 ユイさんはまさかそんな依頼をされるとは思っていなかったのか、状況を飲み込めずにいるようだった。



「宇宙食って、宇宙で食べるあの?」


「はい」


「缶詰やパウチに入ってるあの?」


「水やお湯を入れるタイプもありますよ」



 流石、名前からして元日本人。


 そして、調理技術からして近代人。


 話が早くて助かる。



「お母さん、よく知ってるね」


「ええ、元の世界でも宇宙飛行ってやっててね。宇宙食のこともよく紹介されていたから」


「へぇ」


「ただ、食べたことはないのよ。宇宙食風のお菓子は売られていたのだけど」



 確かに、俺の前世でも宇宙食と同じ製法で作られたってだけで、宇宙食そのものではないものが多かった。


 しかし、中にはパッケージだけが違うだけで、中身は市販品と一緒という宇宙食もあった。



「その宇宙食を、私が?」


「はい。現在までにいくつかの宇宙食を開発しましたが、飛行士達から「飽きた」や「味が薄い」などの意見が最近相次いでいて……」


「というのも、今まではなんともなかったのですが、最近宇宙飛行士のタスクが増えてしまって……その影響で食事にうるさくなっているのだと思います」



 俺が今回の宇宙食製作の依頼の理由を話すと、ユリアが補足してくれた。


 その件については、ほんとごめん。



「宇宙での食事はそれだけ重要なものなのですか?」


「「重要です!」」



 マークさんの質問にユリアと声を揃えて答える。



「私達宇宙飛行士は常に魔道具の駆動音と空調の音に晒されています。加えて、一つ間違えば命を落としてしまう環境なので、食事は「日常」を感じられる安息のひとときなのです」


「そ、そんなに重要なんですね……」



 宇宙飛行士であるユリアの言葉は非常に現実味を帯びていて、説得力があった。


 ……現役宇宙飛行士を連れてきていてよかった。



「まぁ、それは建前でして……私は純粋に、宇宙で美味しいものを皆に食べて欲しいんです。新しいメンバーも増えましたから」


「そのメンバーにマリアさんもいるんだよ!」



 シンシアの言葉にユイさんとマークさんの表情が驚きに満ちた。



「えっ!? マリアちゃん、宇宙飛行士になったの!?」


「突然、学園をやめて国を出たと聞いたときは心配したが……そうか、ノアセダルに行ったのか。すごいバイタリティだな」



 驚きと共に、安堵の表情を浮かべている二人。


 まるで自分の子供のことのようにマリアを思っているその姿に俺は好感を持った。



 やはりこの人達に頼むしかない。



「そのマリアや、マリアの同期、そして既存メンバーの更なるモチベーション向上の為に……ご協力頂けませんか?」


 俺は立ち上がって手を差し出す。


 するとユイさんは、誇らしげに俺の手を取った。



「宇宙飛行士の皆様と仕事ができる栄誉を、どうして断ることができますか。喜んでお受けいたします」



 こうして、ブラウン亭との共同開発が決定した。











 ◆










 ――レイディアントガーデン アストロノーツビルディング トレーニングルーム



 宇宙飛行士専用に建てられた建物内の基礎体力向上及び重力環境慣れの為のトレーニングルームではSTS-12、13のメンバーがリハビリに励んでいた。



 といっても、今回のリハビリはすぐに終わるだろうと参加メンバーは思っていた。


 その理由は――



「今回のリハビリは楽だな」


「ですね。ミール内にトレーニング器具があったことが大きいのでしょう」


「ディスカバリーにもあったんだっけ? トレーニング器具」


「うん、トレッドミルがあったよ」



 クリスの言に答えたライナーと、ラウラの質問に答えるティナ。


 そう、今回はそれぞれ宇宙でもトレーニングをしていた為、あまり重力の影響を受けていないのだ。


 今のトレーニングは平衡感覚を取り戻すことを目的に行っている。



「そのトレッドミルは最新式なんですよね?」


「ああ、ISSに搭載することを想定して動作チェックのために今回ディスカバリーに搭載したんだと」



 アイリーンとダスティンが会話している横で、一人黙々と走り続ける影があった。



 ……アイリスである。



 しかもその顔は非常に不機嫌そうで、トレーニングの補助の為と今後の勉強の為に参加している新人宇宙飛行士達は少し居心地が悪そうだった。


 しかし、他のメンバーはその不機嫌の理由を知っている……というより察している為、特に居心地の悪さは感じていなかった。



「……なぁ、そろそろ機嫌直せよ。アイリス」


「別に……悪くなんてないもん」



 何も感じてはいなかったが、そろそろ機嫌を直して欲しいとは思っていたメンバーだが、思い当たる理由が理由である為、おいそれと言えなかったが、そこに幼馴染のクリスが一石を投じた。



「お前な……レオンはお前のことを想って置いてったんだぞ? 愛されてる証拠だって」


「……私のことを想うなら、連れて行って欲しかった」



 アイリスの不機嫌な理由は、何を隠そう、例のブラウン亭訪問の同行者に選ばれなかったことだった。


 宇宙でブラウン亭に訪問することを聞いてから、きっと地上に降りたら自分を連れて行ってくれると思っていたから尚更だった。



 クリスが慰めるが、アイリスはそれを言うなら連れて行って欲しいと発して、周りの者は内心の意見を一致させた。


 ――面倒くさい。



「せっかく、地上に降りてもすぐに動けるようにってトレッドミルのトレーニングを頑張ったのに……」


「前回の飛行(フライト)の時、重力に慣れるのに時間がかかっただろ? それでレオンは気を使ったんだよ」


「それは……わかっているけど……」



 実際、今回アイリスは重力の影響を受けていない。


 前回に比べて体力がついたこともプラスではあるが、やはりミッション中のトレッドミルのトレーニングが功を奏していた。



「あいつが帰ってきたら、いつも通りに振る舞ってびっくりさせてやれ」


「……うん」



 ようやく不機嫌を直してくれて、メンバーはホッと胸を撫で下ろした。











 ◆










 ――レイディアントガーデン アストロノーツビルディング



「皆さん、お疲れ様ですわ! 最高の旅行でしたわ!!」


「旅行じゃねぇよ。仕事だよ」



 ユリアはなんか、宇宙に上がってからポンコツ感が出てきた。


 いや、優秀ではあるんだけど……。



 ――まあ、そんなことよりも。



「……楽しい出張だったようですね」



 アイリスがすごい冷たい眼をしているんですが!?


 一体何があったっていうんだ!?


 周りの皆が震えているぞ!?



「あ、アイリス? 重力には慣れたのかな?」


「ええ。出張の出発前にも言ったように、今回のフライトでは【一切】重力に負けていませんでしたから」



 ニコニコ笑っているけど、笑顔が冷たい。


 な、なんか怒らせるようなことをしたのか?


 ……まさか、今回の出張に同行できなかったから怒ってるとか、子供みたいなこと言わないよな?


 ……16歳ってまだ子供か?



「ユリアも、随分と楽しんできたみたいね?」



 今度はユリアに標的を定めた。


 大丈夫だ! ユリアは空気の読める奴だ!!


 でないと宇宙飛行士になんてとても――



「ええ! 最高の旅行でしたわ!!」



 ユリアぁぁぁぁぁ?!


 お前は本当にポンコツになってしまわれたのか?!


 あと、旅行じゃねぇって言ってんだろ!!



「うふふ……そう、よかったわね」


「ええ!!」



 ユリア……そろそろ気付け!!


 アイリスは本気で笑っていない!!



「そうだ、アイリス。レオンさんってば、ブラウン亭のシェフにコーンポタージュを宇宙食用に作れないか? って、それは熱心に聞いていましたのよ」


「……えっ?」



 コーンポタージュはアイリスの好物だ。


 だからユイさんに作ってもらおうと思っているんだが……。


 それを言ってどうなるんだ?。



「わ、私の為に?」


「それ以外にあるとお思い?」



 ユリアがそういうと、パァっと花が咲いたように笑顔になったアイリス。


 ……なんで?



「レオンさんが……私の為に? わざわざ?」



 両頬を押さえて、上の空で独り言を呟いている……。


 とにかく、機嫌は直ったようだ。



 ホッと胸を撫で下ろし、ユリアを見ると、ユリアはこちらにウィンクしてみせた。


 ゆ、ユリアぁぁぁぁぁ!!


 お前って奴は……お前って奴はぁぁぁぁぁ!!



「そ、そうだ。来週、既存の宇宙食を持っていって、試食してもらおうと思っているんだが、アイリスに同行してもらおうかな?」


「えっ!? はいっ!! よろこんで!!」



 俺の考えも的を射たのか、アイリスの機嫌は絶好調となった。


 機嫌が直ってよかった……。


 でも意外だ。


 アイリスが、こんなに食いしん坊だったなんて。











 ◆










「レオンさん、全くわかっていませんわよ」


「だな。あれを落とそうとすると苦労するぞ、アイリスとクラリス」



 幼馴染組のユリアとクリスは影でため息を吐いた









 ◆










「初めまして、アイリス・フォン・ゼーゲブレヒトです」


「初めまして、ユイ・タカセ・ブラウンと申します」


「マーク・ブラウンと申します。魔法医学創設者とお会いできて光栄です」



 一週間後、アイリスを連れてブラウン亭に訪れた。


 定休日に訪れているが、先方からの要望で、この日に訪問する運びとなった。


 曰く、営業日の片手間じゃ出来ないからとのことらしい。



「さて、早速で申し訳ありませんが、宇宙食を試食させてもらってもいいですか?」


「ええ、どうぞ。こちらです」



 バッグから宇宙食を取り出して、テーブルに広げる。


 今回持ってきたのは、加水食品、温度安定化食品の二種類。


 加水食品は水やお湯を入れて食べるフリーズドライの食品で、温度安定化食品はレトルトや缶詰だ。



 ユイさんはいくつかのパッケージを皿に開けて、盛り付ける。



「では、いただきます」


「神の恵みに感謝を」



 ユイさんとマークさんがそれぞれ宇宙食を口にした。


 ……なんか、試験を受けてるみたいで緊張するな。



「う〜ん……」


「これは……」



 あ、もう表情を見てわかる。


 あかんやつや!!



「食べて真っ先に思ったのは「素材の味」ですね」


「とり胸肉はパサパサですし、その他もそうですが味が薄いですね……これじゃ、ただ加熱して袋に入れただけです」


「なので……料理としては、もっとなんとかしないといけないですね」



 ……やっぱりそうか。


 普通の料理ですらも、あまり発展していないノアセダルで、宇宙食を作るって時点で壁が高くて厚かった。


 というのも――



「パウチや缶詰は温度安定化というプロセスを経るんです」


「パッケージを高温に晒して、細菌を可能な限り死滅させる必要があるので……食べ物にとっては過酷なんですよ」



 アイリスが補足説明してくれた。



「食材の良さを潰さなければいけないほど加熱する必要があるんですか?」


「そうですね……まずは宇宙食に必要な条件をご説明します」



 マークさんの質問に答える為に、宇宙食認定の為の条件を説明する。



 一つは食べ物が飛び散らないこと。


 これは飛び散ったカケラが目に入ったり魔道具に入ったりすると危険である為。



 二つ目はスープやソース類などはとろみがついたものでないといけない。


 これは前述の理由と同じだ。



 三つ目は、塩を多く使わないことなんだけど……。



「塩を使えない!? 何故ですか?!」


「ヒトは塩分を取りすぎると血中の塩分濃度を下げようとして水分を溜め込もうとします。その後、尿として排出するのですが……宇宙ではこの働きが問題なんです」



 マークさんが驚愕の声を上げる。


 ここは魔法医学の第一人者のアイリスに説明を任せよう。



「どうしてです?」


「まず、宇宙では無重力……というよりは自然落下状態になるので、常に頭に血が上っている状態になります。すると身体は「水分が多い」と判断して尿として排出しようとします。なので宇宙では常に水分不足になるんです」


「なるほど……水分不足の状態で更に水分を出そうとする働きをさせるのは確かに問題ですね」


「加えて、塩分排出時にはカルシウムも尿と一緒に出してしまうんです。これも問題なので、塩分は控えたいのです」


「それは何故ですか?」


「宇宙では重さを感じないので、骨が痩せ細るんです。痩せる際に骨の成分であるカルシウムは血中に溶け出すので……」


「なるほど、水分と同じでダブルパンチってことですか」



 ユイさんの質問に淀みなく答えるアイリス。


 ユイさんも人の体の構造を知っているからか、すぐに理解してくれた。


 前世の教育であれば、これくらいは理解できるだろうから、別に驚きはない。



 が、マークさんは別のようだ。



「ユイ……お前流石だな。俺は途中からついていけなくなったぞ」


「とにかく、栄養価が高くて、塩を使わず、ソースなんかはとろみをつけなきゃならないって覚えていればいいのよ」


「簡単にいうな……塩を使わずに美味い料理なんて作れるのか?」


「あら? やりようはいくらでもあるわよ?」



 マジか。


 流石は近代料理人、もうビジョンが見えたのか。



「アイリス様は、宇宙に上がった経験がお有りですか?」


「はい。つい最近、帰ってきたばかりです」



 ……どっかで聞いたな、その台詞。


 ユイさんとアイリスが色々と料理の話をしていく。


 先程ユイさん達が料理を振る舞ってくれたのだが、その中で何が好きだったか、どんな味付けが好みかなどを話していた。



「う〜ん……もっと宇宙飛行士の方々とお話ししたいですね。味の好みなんかを知りたいです」



 ひとしきり話し終えるとユイさんはもっと情報を欲しがっていた。


 ここが俺達の違いなのだろう。



 俺達は飛行士にカロリーを摂って欲しい一心で宇宙食を作った為、味は度外視していた。


 だが、ユイさんは味を第一に考え、そこにカロリーや栄養を加えていく考え方だ。



 実に料理人らしい考え方だと思う。



「では、アンケートを取ってきますので、それを参考に――」


「いえ、文面ではわからないことが多々あります。それを語る人の表情や声音、それらを感じて私は料理を作りたいんです」



 俺の提案を却下し、そう語るユイさんの顔から、この企画に全身全霊をかけて臨んでいることが伺えた。



「失礼しました。では、ご都合の合う時にこちらへ連れて来ましょうか?」



 今回のように再度訪問することを提案したら、ユイさんはとんでもないことを口にした。



「いえ、お邪魔でなければ、私達をノアセダルへ……レイディアントガーデンへ連れていってください!」


「「「えぇっ!?」」」



 俺達だけじゃなく、マークさんまで驚いていた。










 ◆










「わぁ! ここがレイディアントガーデンですか!! まるで日本の東京みたいだわ!!」


「へぇ、お前の故郷はこんな街並みだったのか」


「ええ!」



 二週間後。


 諸々の準備を整えて、ブラウン夫妻はノアセダル王国アルファード領レイディアントガーデンの土を踏んだ。



 ……行動力の化身だわ。



 年末に入ろうとしている時期に店を一時的に閉めるなんてことを即断するなんて。



「ユイさん、マークさん。本社ビルまでお連れいたしますので、お車にお乗りください」


「おぉ、自動車まであるんですね! 失礼します!」


「失礼します……これも、故郷にあったのか?」


「ええ、そうよ。一般の人でもね――」



 二人は会話しながら乗り込んで、先に本社ビルに向かっていった。



「……あの人すごいな」


「そうですね……まさかここで開発したいなんて……」



 アイリスも俺と同じ感想を抱いたようだった。


 年末は忙しいだろうからというのと依頼したのはこっちだから、こちらから訪問する形をとっていたんだけど、ユイさん曰く――



『ここで手に入る食材で作れないと意味がないですから!!』



 ということだった。


 確かにその通りだ。


 ユイさんの考案した宇宙食のレシピが、こっちでは作れず食材を輸入しなければならない事態となったなら、コストが高くなってしまう。


 そうなればその料理は却下されるから、そうなるとユイさんに申し訳がない。



 その後、俺達も車に乗り込み、本社に向かった。











 ◆










 飛行機に乗って4時間。


 前の世界でもあまり乗らなかった飛行機に乗って、私とマークはレイディアントガーデンの厨房に立っていた。


 まさか異世界で飛行機に乗ることになるなんて思わなかった。


 それどころか、宇宙食を作ることになるなんて想像もしていなかった。



「さて、作ろっか」



 厨房は私達の店とほぼ同じ設備を持っているから、使い勝手もわかりそう。



「で? 何を作る気なんだ?」



 マークもワクワクしているのか、テンション高めに質問してきた。


 実はいくつか作りたいと思っているものがあるんだよね。



「まずはカレーでしょ? 後は鯖の味噌煮。この二つは確実に作りたい」


「カレーと味噌煮? なんでその二つなんだ?」


「元の世界ではカレーと鯖の味噌煮は宇宙食として人気だったのよ。だから、ここでもウケるんじゃないかって思ってね」


「へぇ……しかし、話に聞いていたお前の世界の技術や文化はすごいと思っていたが、その水準に一番近いんじゃないか? ここは」



 確かにそう思う。


 ここに来るまでに見た街並みは本当に日本の都会と同じだった。


 この街を10年も経たずに作り上げたのだから、すごいとしか言えない。



「案外、アルファードさんも異世界から来たのかもよ?」


「ははっ! そう言われても納得するな」



 さぁ、まずはビーフカレーから作りますか!!

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