episode30 第三期宇宙飛行士
連日投稿4回目
――一年と半年近く前。
私、マリア・フォン・フィーメルは運命的な出会いをした。
別に、白馬に乗った王子様が目の前に現れたとかじゃない。
それは、王子様と比べるとあまりに無骨で、でも流れるような流線型のその姿は、私にとっては白馬の王子に匹敵する程美しいものだった。
王都の空を駆ける、巨大な鉄の鳥。
後に、飛行機という名の魔道具だと知ったそれは、私の脳裏から離れることはなかった。
「な、何? 今の? 新種の魔物?」
「聞いたこともない鳴き声? だったけど……」
「いや……人工物だよ。あれ」
王国会談が開かれる前日。
それを見たのは、ルナとレンと出かけていた時だった。
「なんでそんなことわかんのよ?」
「えっ?! あのぉ……そう! 後ろの方になんか国旗みたいなのが見えたからさ! それに金属色だったし」
「へぇ……なるほどね」
レンはよく見ているなぁ、なんてぼんやりと思っていた。
それよりも、私はこの時、恐怖よりも先に感じた感情が胸に溢れていた。
――綺麗。
空を駆けるその姿が、通り過ぎて時間の経った後も頭に残る程に、私はそれに釘付けになった。
後日、その魔道具を運用していたのが、ノアセダル王国だと知った。
――驚愕だった。
あのエシクン山脈の向こう側にある、田舎と言われている国が「空を飛ぶ」という偉業を成し遂げた。
馬車で2時間半の距離にある「空港」と呼ばれる場所から、出発するという巨大魔道具を見るため、私は親に頼んで馬車を出してもらった。
私が到着してしばらくしたら、ノアセダル王国両陛下と姫殿下が搭乗され、その鉄の鳥は空に舞い上がった。
聞いたこともない音を轟かせ、ゆっくりと舞い上がるその姿は私を再度魅了した。
私はもう、この地点で決意していたと思う。
ノアセダル王国に行って、空を飛ぶということを。
――
――
――
「ノアセダル王国に行くとはどういう了見だ!!」
お父様にノアセダルに行きたいことを伝えたら第一声がこれだった。
「空を飛びたいと思ったから行くだけよ。あそこなら飛行魔法を学べると思ってる」
「あんな田舎で何を学べると思ってるの!?」
お母様も話に参加してきた。
そして、私はその言葉に激情した。
「あんな田舎!? そうやって見下していたから空を飛ぶって言う偉業を先取りされたのよ!! お母様もお父様も見たでしょ!! あの巨大な鉄の鳥を!!」
机を強く叩いて、声を大にして言った。
「でも、あなた高等魔法学園はどうするの? 折角第三席になれたのに……」
「やめるわ。当たり前でしょう」
「やめるだと!? バカも休み休み言え!!」
お母様の質問に答えると、今度はお父様の怒りが爆発し、口論となった。
「もういいわ!! 私は勝手に出て行くから!!」
「ああ、どこへなりと行けばいい!!」
しばらくの口喧嘩の後、私は荒々しく立ち上がり、大広間から出た。
使用人達が心配そうにこっちを見ていたから、心配しないように笑顔を浮かべる。
「――あなた、何もそこまで言わなくても……」
「……」
広間から漏れ聞こえる二人の会話にも耳を傾けず、部屋に戻って旅の準備を始めた。
――
――
――
大喧嘩から、一週間後。
学園へ退学届を提出して、諸々の準備を終えて出発の朝を迎えた。
ノアセダル王国行きの隊商に同行する許可を貰い、1年近い旅がこれから始まる。
「――マリア!!」
積荷を詰め終えた時、遠くから聴き慣れた声が聞こえた。
「ルナ!? それに……」
そこにいたのは、Sクラスの面々だった。
「今日出発って言ってたからさ。見送りにきた」
レンがそういうと、皆は頷いた。
「そう……なんだ……」
嬉しくて、涙が出そうになった。
でも、私は一つ決意したことがあった。
「夢を叶えるまで、泣かない」という決意を。
「頑張れよ!!」
「連絡が気軽に取れないのが残念だけど……応援してるからね!」
「フィーメル、君の旅路に幸多からんことを」
アラン王子からお言葉を頂戴するという名誉。
そして、それぞれから激励の言葉を貰っていたら、出発の時間になってしまった。
「隊商! 出発するぞ!!」
隊長の掛け声が聞こえた。
私は慌てて馬車に乗り込む。
「マリア!! 絶対……絶対に、夢を叶えてね!!」
ゆっくりと進み出した所で、ルナが泣きながらそう言って見送ってくれた。
「うん!! 絶対に……絶対に夢を叶えて帰ってくるから!!」
――
――
――
――1年近くが経過し、私はノアセダル王国に入国していた。
3ヶ月前くらいにはもう、エシクン山脈を超えて入国していたんだけど、さすが連合一の国土を持つ国。
目的地のアルファード領まではさらに時間がかかっていた。
「もうすぐ見えてくるよ」
「えっ? 何がですか?」
隊商を警備してくれている魔物ハンターの女性が声をかけてきた。
「ふふ〜ん、それはお楽しみだよ」
「なんですかそれ……」
一年近くも一緒に旅をしていたら、私が貴族であっても気も許して、気軽に話をするようにもなる。
山道を進み、しばらくすると森を抜けた先にあった景色は、想像もしていなかった光景だった。
「嘘……」
「凄いでしょ?」
アケルリースにある建物の数十倍はある高さの建築物。
一際高く聳え立つ摩天楼が、日の光を浴びて輝いている。
……って!?
「あれってガラスですか!?」
「そうだよ。凄いよね、全面ガラスの建物なんて、ここくらいでしか見たことないよ」
窓ガラスは、一般家庭の家屋でも使われているくらいには浸透しているけど、貴族の屋敷であれ、平民の家屋であれ、窓を四方に区切り、小さなガラス板をはめているのが普通だ。
でも、ここから見えるだけでもわかる程に一枚一枚のガラス板が非常に大きい。
「凄い……まるで異世界にきたみたい」
「マリアちゃんはあそこで学問を学ぶんだよね。さすがエリート校出身だよ」
街並みだけで圧倒される。
アケルリースだと、あの大きいガラスを一枚作るだけで精一杯だろう。
それを天まで届く程の建築物の全面にはめられるくらいの量を生産できる環境があるってことだから、技術力の高さが窺える。
そもそも、天まで届くような高い建物を建てられる時点で、技術力は桁違いだ。
入領してからも驚くことばかりだった。
――馬に引かれていない車。
――それが走っている道の滑らかさ。
――そして、空を飛ぶ鉄の鳥。
王都で見たものより小さいけれど、量産機かな?
……そもそも、空を飛べる魔道具を量産している時点で次元が違う。
「マリアとはここでお別れだね」
「はい、お世話になりました!」
隊商の人達に頭を下げてお礼を言った。
「頑張れよ!」
「応援してるからね!!」
激励の言葉を皆から貰い、私は一先ず、一番高い建物を目指した。
歩くこと数分で、その塔に辿り着いたけど、改めて見るとホントに大きい。
「ここであってるのかな?」
なんとなく不安になる。
しかも、ガラスの扉には持ち手が見受けられない。
どうやって入るのかと考えながら扉に近づくと、その扉が一人でに開いた!!
「ふぇ!?」
勝手に開くなんて予想外だった。
ドキドキしながらも中に入ると――
「ふぁ……涼しい……」
夏が近づいている季節で、日中はかなり暑いのに、建物の中は全く暑さを感じず、快適な空間だった。
「はぁぁ……って!? 私は涼みに来たんじゃないの!!」
我に返って目的を思い出し、私はエントランスの受付に足を運ぶ。
「あの……」
「いらっしゃいませ」
受付の女の子が笑顔で応対してくれる。
「あの、私は――」
これが、私の夢の第一歩だった。
◆
柔らかな日差しが部屋に差し、明るく照らす。
私は、目を開けて壁にかけてある時計を確認する。
時間は6時。
いつもより遅く寝たのに、起きる時間はいつも通りなのは普段の生活習慣の賜物だろうか。
ベッドの上で上体を起こし、ぼんやりした頭で今さっきまで見ていた夢の内容を思い出していた。
「懐かしい夢だったな……」
もっとも、懐かしいと言えるほど時間は経っていないのだけど……。
――
――
――
「えぇ……それって考え方によっては不吉じゃない? 落ちる前兆というか……」
リディアに今朝見た夢の内容を伝えたら、そんな返事が返ってきた。
「ちょ!? やめてよ!! ただでさえ緊張してるのに!」
落ちる……というのは、宇宙飛行士選抜のことだ。
今日の9時に本社ビルエントランスの巨大モニターで発表されることになっていて、私達はそこに向かっていた。
「発表の後に、そのままエントランスで宇宙飛行士紀章の授与だっけ?」
「そう。なんか、前回は会議室でサクッと終わらせたら、自分達も祝福したいって言ってきた人が沢山いたんだって」
「だからエントランスで発表なんだ」
会話をしていたらあっという間に本社ビルに着いた。
自動ドアをくぐり、エントランスに入るともう既に人がごった返していた。
「おぉ……凄い人」
「ちょっと通して!! 宇宙飛行士候補生が来たよ!!」
リディアが周りにそういうと、声を聞いた人達が道を開けてくれる。
「頑張れー!」
「いや、もう頑張るとこないから!」
誰とも知れない人から声をかけられる。
いろんな人に揉みくちゃにされながらモニター前まで辿り着いた。
「後、5分か……」
発表まで後5分。
……なんだか、急に緊張してきた。
「うぅ……アケルリース王立高等魔法学園の合格発表ばりに緊張してきた……」
「あんたそんなに緊張する程まで入りたかった学校蹴ってここに来たの?」
リディアうるさい。
あの時はそこが最高峰だと思っていたの!!
……何気に失礼なことを言ったかな?
「マリアさん!」
聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、そこにはシンシアとクラインがいた。
「おはよ」
「おはようございます。……いよいよですね」
クラインが何故か緊張した面持ちで、そう言ってきた。
「なんであんたが緊張してるのよ」
「いや! なんか歴史的瞬間を見てると思ったら緊張しちゃって!」
私が吹き出しながらいうと、クラインが理由を話してくれた。
「……そっか。でもあとは――」
再度、エントランスの大型モニターに正対する。
「神のみぞ知るってやつよ」
午前9:00
モニターに火が入った。
宇宙飛行士選抜 合格者。
――ラインハルト・フォン・ラツバイト
――アントン・フリッチ
――トビアス・トラウン
――マリーナ・フォグト
――エレア・フォン・トラントフ
――マリア・フォン・フィーメル
私の名前が……そこにあった。
名前が出た瞬間、エントランスは興奮の坩堝と化した。
――雄叫びを上げて、喜びを表す人。
――信じられないと膝をついて泣いている人。
――悔しさで、唇を噛み締めている人。
――そして、私は……。
「受かった……?」
現実を受け入れられずにいた。
まだ、自分のベッドの中にいて、これは都合のいい夢なんじゃないかって思った。
「そうだよ!! 受かったんだよ! マリア!!」
リディアが肩を掴んで揺さぶってきた。
頭の揺れで、これが夢じゃないということを認識する。
――夢じゃない?
――ホントに?私はなれたの?
――魔法士の頂点の宇宙飛行士に?
「凄い!! 凄いですよマリアさん!!」
「アケルリース初の宇宙飛行士の誕生ですよ!!」
シンシアとクラインの声で我に帰る。
すると、すうっと一筋、何かが頬を伝った。
――私は、気付かぬうちに泣いていた。
「やった……やった!!」
「もう……あんたは立派な航空魔法士だよ! だから……もう泣いていいんだよ!!」
夢を叶えるまで泣かないと決めた。
それを知っているリディアにそう声をかけられて、もう、限界だった。
「リディアぁ……受かった……受かったよぉ」
「うん……うん!! よく頑張ったよ……マリアはこの日を迎えるために……エシクン山脈を超えてきたんだ……」
私とリディアは抱き合って泣いた。
そして、周りにいた人達からは、祝福の拍手を贈られ、私達を暖かく包んでくれた。
――
――
――
……正直時間が欲しい。
さっきまで号泣していたものだから、目元とか絶対真っ赤になってる。
なのにこのまま宇宙飛行士紀章授与式に移るとか勘弁してほしい。
いや、最初はなんとも思っていなかったんだけど、まさか自分がこんなに泣くとは思っていなかった。
魔法学園に受かった時ですら泣かなかったのに……。
「お化粧を直させて欲しいわ」
「……同感」
隣に立つエレアの呟きに賛同した。
貴族出身だからこその発想だからか、同じ合格者で、同じく目を泣き腫らしているマリーナは何故? といった感じで首を傾げている。
「では、始めようか」
アルファード領領主にしてレイディアントガーデン代表のレオン・アルファード様の声で身を引き締めた。
「じゃあ、ラインハルトからいこうか」
「は、はい!!」
レオン様の傍に立つエルフリーデ様の盆の上に、航空魔法士が着けるウィングマークに似た紀章が6つある。
あれが……宇宙飛行士紀章……。
その一つを手に取って、ラインハルトの胸元にマスター自ら着けてくれている。
「おめでとう」
「あ……ありがとうございます!!」
上擦った声で答えると、ラインハルトは回れ右して次のアントンへ引き継いだ。
アントンからトビアス、マリーナ、エレアと渡されて、最後に私の番になった。
最後の一つを手に取り、私の胸元に着けてくれた。
「おめでとう。まさか一年と経たずにここまでくるとはね。あの日、君を引き入れて正解だった」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、またここからが勝負になる。任務任命が直ぐにされるとは限らないからね」
「はい!」
「これから君達は宇宙飛行士として訓練に励んでもらう。訓練の結果如何で早めに宇宙に上がれるから、頑張って!!」
「「「「「はい!!」」」」」
マスターの人柄を表すように、可愛らしい激励で授与式は幕を閉じた。
◆
マリアちゃんが入社して半年くらいで宇宙飛行士になっちゃった。
……なんなん? 他国の人も教えたら教えた分だけ吸収していくスポンジみたいな人達ばっかりなの?
マリアちゃんの努力の賜物ではあるけれど、「努力ができる」っていうのも才能だ。
……なんか俺がいなくなっても、宇宙開発は順調に進んでいくような気さえする。
日本の宇宙開発も糸川博士主導で行われていたが、日本初の衛星打ち上げ前に博士は研究所を辞めたけど、宇宙開発は進んでいたしね。
「もう……俺がいなくてもいいんじゃないかな?」
『何言ってんの?』
『お前がいなきゃ話になんないだろうが』
ミールとの定期通信で呟くと、滞在クルーのクラリスとSTS-12メンバーのクリスからツッコミがきた。
やばいやばい、これじゃツ○ッターとかにいるかまってちゃんみたいになってしまう。
「いや、マリアが宇宙飛行士になったし、他にも沢山技術者や魔道具士が育ってきたし、積極的に俺が参加しなくてもいいかなってさ」
『じゃあ、会社や領地経営に専念するってこと?』
『そっち方面も、安定しているから同じなのでは?』
クラリスの言うように経営に専念ってのもいいかも知れないが、アイリーンの言う通り、今は特に手を出さなくてもいい状態だから特に俺がでしゃばるところでもない。
「皆、初期の頃と比べると本当に成長したよな。精神的にも、知識的にも」
『誰のせいだ』
『マスターの見せてくれた世界のお陰で、私達はこうして、夢のような体験ができています。私たちはマスターのお陰でここまで来れたんですよ』
クリスからは軽口を叩かれたが、ソフィアからは感謝の言葉を送られた。
嬉しいね。
娘から感謝されたりしたらこんな気分になるのだろうか?
「ありがとう。まぁ、次世代宇宙ステーションの名前も決まって、基本モジュールも完成したから、数週間後には打ち上げになるよ」
『へぇ……なんて名前になったの?』
「結構単純だよ。国際宇宙ステーションだ」
奇しくも、前世での呼び名と同じになった。
俺は国際宇宙ステーションの前身だった計画から取って「フリーダム」と名付けようかと思っていたんだけど、国際協力で作るんだからと、この名前が最適だった。
『国際宇宙ステーション……略称はISSですね』
『ISSか……宇宙が国際協力の場になる日が来るとはな』
マルクスとライナーはいずれ完成する宇宙ステーションを想像していた。
この中世風の世界で、宇宙開発するだけでも時代を先取りし過ぎていたのに、今度は国際協力で実験棟を作ろうとしてるんだ。
とんでもないことをしていると、自分でも思っている。
でも、見て欲しかったんだ。
この世界の美しさを……。
だからこそ、時代にそぐわないと思っていながらも、ここまできたんだ。
それに、前世と違って、今世のスペースシャトルの安全性はかなり高い。
燃料も魔法で作れるから前世と比べるとかなり低コスト。
宇宙に上がりやすい環境だ。
もっと魔法を研究して、それこそ、某宇宙戦艦のエンジンのような物も作れるかも知れない。
その前に月に行けたらいいなぁ……なんて言ったら、皆はどんな反応をするだろうか?
まぁ今はまだ、月まで行く為のロケットや宇宙船を作るつもりはないけどね。




