episode28 シャトル・ミール計画
連日投稿2回目
私、マリア・フォン・フィーメルは寮の掲示板に貼られているポスターを見て、固まっていた。
それに、こうも思っていた――
私は本当に運が良い!!
「やったじゃん! マリア!! 宇宙飛行士募集だって!!」
リディアが興奮気味に話しかけてきた。
私の目標を知っている数少ない友人だから、私がどれだけ、この募集を望んでいたのか、知っている。
だからこそ、喜んでくれているんだろう。
「うん! 応募資格も……大丈夫!」
応募資格は魔法士であること、魔道具の扱いに慣れていること……など幾つもあるが、欠けているものはない。
受けることは出来る!
「受けることすらできないっていう事態は免れたよ」
「よかったね!」
次世代型宇宙ステーションでの長期滞在を見据えた宇宙飛行士採用……絶対にこのチャンスを掴んで見せる!!
◆
ある日、王国連合加盟国の魔法技術省に、一通の手紙が届いた。
その内容とは……宇宙に建造予定の宇宙ステーションのモジュールの使用権と各国技術者の受け入れの案内だった。
アケルリース王国魔法技術省の大臣であるヘルガ・ゴーランは、この手紙に驚愕した。
「宇宙施設の使用権!? レイディアントガーデンの開発現場も見せてくれるだって!?」
「要するに……技術やノウハウを渡すってことですよね。そんな大盤振る舞いをして何になるのでしょうか? 何かあるんじゃ……」
ヘルガの部下が疑問を呈した。
確かに、通常、技術などといったものは秘匿するのが普通であり、現場を見せるなどありえない行動だ。
故に、何か裏があるのでは?と勘繰ってしまってもおかしくない。
しかし、それをヘルガは否定した。
「いや、あの子はそんなことをする子じゃないよ。ただ純粋に、世界の技術力向上の為に良かれと思って行動しているだけさ」
「……」
ヘルガの言葉に部下が絶句しているのを見て、ヘルガは不機嫌そうに頬杖をついた。
「……なんだい、その顔は」
「驚きました。導師様が他人を褒めるなんて……御子息である、レン様にすら厳しい態度をとっておられるので」
「ふっ、あんたらよりしっかりしてると思っているだけさ」
飛空艇の査察の際に、不足している点を幾つも挙げてくれた
それらは、全て理に適っており、レンにも、答えを渡さず、ヒントだけを与えて、仲間達と一緒に考えていくよう誘導していた。
そして、不足点を言ったのがアケルリース王国出身地のマリアだったことにも感心していた。
あの時のマリアの眼は、自分の仕事に誇りを持って従事している者の眼だった。
初めて作ったのだから……などとは甘やかさず、忌憚のない意見を述べてくれた。
マリアを学生としてではなく、一人の社会人として、大人として育ててくれたレオンをヘルガは高く評価していた。
「とにかくだ。これには絶対に参画するよ。次代を担うために、若い衆を連れて行こうじゃないか」
「御子息をお連れするので?」
「いいや、あいつはダメだ。あの子の付与魔法は特殊過ぎるから、今回は次席ので、魔道具製作に長けた子を連れていきたい」
「かしこまりました。では、魔法学術院と高等魔法学園から選出いたしましょう」
「頼んだよ」
◆
次世代型宇宙ステーションの建造計画発表から3ヶ月。
参画することを真っ先に表明したアケルリース王国を筆頭に、商業国家でもあるエグザニティ共和国やエシクン山脈の西側に隣接する小国群も参画を表明した。
意外にもロムルツィア神聖国も参画を表明したことだ。
なんでも、民の為に新しい薬の開発の為に使いたいとのことだった。
ロムルツィアはこの世界での医学先進国だったからな。
過去形なのは……例の如く、俺達がそのお株を取ってしまったからだけれども。
「ミールも特に異常がなかったのでよかったです。まだまだ頑張って欲しいですからね」
「そうだな。少なくとも、この宇宙ステーションが完成するまでは頑張ってもらわないと」
アイリスの言葉に頷き、ミールの現在状況の書かれたレポートに目を通す。
魔力酔い対策が確立して、ミールの長期滞在を再開し、先日、ソユーズが打ち上げられ、今朝方、ミールとドッキングしたばかりだ。
今回の長期滞在クルーに選ばれたのは、クラリスとクララ、そしてソフィアの3人だ。
ガルーダ隊のサブリーダーであるクラリスが長期滞在クルーに任命されている理由はただ一つ。
ガルーダ、アークプリースト両隊を解隊したからだ。
これから先、宇宙ミッションが増えてきて、宇宙滞在任務が増えることが予想される。
これからはその為に訓練をすることが多くなり、魔物討伐任務の為の訓練もするなど、オーバーワークになってしまう。
そのため、解隊という判断に至ったのだ。
……その時のクリスの「ッしゃぁぁぁぁぁ!!」という叫び声は記憶に新しい。
そんなに長期滞在したいのか。
「今度、アトランティスがミールとドッキングするし、初めてミールに三人以上が乗船することになるな」
「いろいろと片付けないといけないって嘆いてましたけどね。クラリスは」
どうも第二期長期滞在クルーのパウル、エリック、デニスの三人は整理整頓をサボっていたようだ。
色々と機器を詰め込み過ぎていて、内部は少し手狭だから、スペースシャトルからミッションに参加しているソフィアはちょっと窮屈に思うかな?
まぁ、それはソユーズに乗った時点で思っているか。
◆
ミールにドッキングして数時間。
私達の最初の任務は……まさかの掃除だった。
「やっと片付いたわね……」
「パウル達はこんなんでよく生活できてたね。信じらんない」
「で、でも、ずっと浮いているわけですから、物が散乱していても真ん中さえ空いていればなんとかなりますし……」
私とクララの愚痴を聞いて、ソフィアがパウル達を擁護する。
「ソフィアは優しいねぇ」
クララはソフィアに近づき、頭を撫で始めた。
小動物感のある彼女に、女子連中はよくやっていることだから、いつもの光景といえば、いつもの光景だ。
「今日はこれくらいにして食事にしましょうか」
「明日はクリスタルモジュールのX線観測装置の起動だったっけ?」
「そうそう」
「リーベルス宇宙望遠鏡との共同観測ですよ。どんな姿を見せてくれるんでしょうね」
缶詰を温めるフードウォーマーに缶をセットする。
火災と火傷を防ぐ為に、40℃から50℃までしか温度が上がらないから、温まるのに時間がかかる。
その間、飲み物を飲みながら会話なんかをして時間を潰した。
「そういえば、アトランティスがドッキングするのっていつ?」
「来週ですね。新しく作ったドッキングモジュールを載せて来るみたいですよ」
クララの疑問にソフィアが答えてくれた。
シャトル・ミール計画。
ソユーズや、無人補給機であるプログレスとのドッキングしか想定していないこのミールステーションとスペースシャトルオービターをドッキングさせる計画。
目的はオービターを操縦してステーションとドッキングさせる技術を獲得する為。
もう一つは、次世代型宇宙ステーションの運用を見越しての、いわばリハーサルだ。
「クリスが念願の宇宙ステーション訪問ってことでテンション上がってたわね」
「あぁ、上がってたね」
「あいつ、これから先、長期滞在クルーに任命される可能性が高くなって嬉しいのよ」
だが、クララが一つの疑問を投げかける。
「でもさ、解隊なんてしてよかったのかな? 戦力ダウンは否めないんじゃない?」
最強部隊が解隊されるという事態は、「傭兵事業」だったなら問題になるだろうけど……。
「うちのレイディアントナイツは飽くまで「魔物素材調達隊」なの。対人戦とかは考えていないし、災害級が仮に出たとしても私達がいなくてもなんとかなるほどの戦力はあるしね」
「マスターが最初に言ってましたね。私達を戦争の道具には絶対にしないって」
ソフィアがレイディアントナイツ設立時に言っていた言葉を思い出したみたい。
「そ、そうだったっけ?」
「クララさん……」
「ちょ!? そんな憐れんだ目で見ないでよぉ、ソフィアぁ」
クララの情けない声がミールに木霊する。
その名を冠するように、船内は平和だった。
◆
アケルリース王国高等魔法学園 1年生Sクラス。
今年入学したばかりの成人したての少年少女達。
入学試験にて、優秀な成績を収めた者のみが所属するSクラスは、正に次代を担う人材達である。
そのクラス内で、ある案内用紙を見て震えている少年がいた。
「宇宙実験棟の……開発!?」
彼の名はクライン・フォン・ボールドウィン。
2年Sクラスに所属するルナの弟である。
彼も空に憧れて、魔法を学んでいた少年だが、マリアと違って747を見たからではなく、初等部時代に読んだある書物を読んだからだ。
タイトルは「空に焦がれて」
著者はケネス・アームストロング。
歴史書に分類されるが、内容は魔法理論に基づいた考察がされている為、学術書としても読める。
しかし、その著者はその理論では飛べなかったことを記載していた。
『いつか未来の魔法使いが大空を翔る魔法を編み出してくれることを切に願う』
最後に締め括られたこの言葉が、彼の夢を空に掻き立てた。
……残念ながら、世界初の航空機開発はレオンに取られ、アケルリース王国初の航空機も新英雄であるレン・グランウィードに取られてしまったが……。
だが、それでもやはり空への憧れは止められなかった。
いつか自分の手で、空を飛べるものを作ろうと考えていた矢先で、この案内。
運命だとクラインは感じた。
「何見てんのクライン。……おっ、ノアセダル王国の留学案内じゃん! 行くの?」
クラインに話しかけて来たのは同じクラスのシンシア・ブラウン。
王都で人気の飲食店「ブラウン亭」の看板娘だ。
魔法の才があって魔法学園を受験したが、大した受験対策もせずに受けてSクラス次席の成績を取ったという天才肌でもある。
クラインと彼女は中等部からの知り合いだ。
「行きたいとは思うよ。航空技術の最先端だからね」
「そうだよねぇ。飛行機を実用化して、宇宙まで行ってさ……今度は他国と協力して宇宙に研究室を作ろうっていうんだもん。スケール大きすぎだよね」
腕を組み、うんうんと頷きながら語るシンシア。
だが、クラインはこの留学に同行できるか微妙だと思っていた。
「ああ、だからこそ行きたいけど……2年生がね……」
「あぁ……新英雄様達のSクラスかぁ」
新英雄レンの指導によって、2年Sクラスは別格の実力を持った猛者達のクラスとなっていた。
そのため、今回の留学生枠は彼らに取られるだろうとクラインは考えており、自分がその枠に入ることができるか、自信がなかった。
「でもさ、やってみないとわかんないじゃない? やらずに後悔するよりやって後悔しようよ。当たって砕けろ!」
「……お前、応援する気あんの?」
シンシアの応援なのかよくわからない声援を受けたが、クラインはその言葉を聞いて、尤もだとも思っていた。
確かに、やってみなければわからない。
「でも、シンシアの言うとおりだ。受けてみよう」
「おっ、やる気だねぇ。じゃあ、私も受けようかな? 面白そうだし」
「……」
天才肌のシンシアが参戦を表明して、殊更難しくなったと感じたクラインであった。
◆
――高度:342km
アトランティス号はミールとドッキングするためのドッキングモジュールを携えて、ミールとランデブーを迎えていた。
「こちらアトランティス。ミールを目視にて確認、接近中」
『了解。ミール天底側800mより、操作をオートからマニュアルに切り替えてください』
コマンダーであるクリスが接近をコールし、CAPCOM(通信担当)であるエルフリーデが次の指示を出す。
「アトランティス了解……すげぇ緊張する」
「シミュレータ訓練で失敗がなかったんですから大丈夫ですよ」
クリスの呟きに、パイロットであるアイリーンが励ましの言葉をかける。
初めてのオービターによるドッキング。
ソユーズは完全自動ドッキングの為、手動ドッキングの機会は機器故障の時くらいしかない。
クリスはミール組立ミッションに一度従事しているが、その時も自動ドッキングだった。
オービターの操縦には自信があるとはいえ、緊張はするのである。
「いやぁ、大きくなりましたね! ミール!」
「確かに、俺が見た時は、まだモジュールが二つくらいしか繋がっていませんでしたし」
ミッションスペシャリストのラウラとマルクスは、組立ミッションに参加したことがある。
だが、完成したミールをその目で見るのは、今回が初めてだった。
「俺はミール計画時はまだ宇宙飛行士じゃなかったからな……だが、あんな大きなものを宇宙で組み立てられるとは」
ライナーは第二期宇宙飛行士の為、ミール計画には参加しておらず、今回が全くの初訪問である。
その巨大な建造物が高度350km近くを浮かび続けていることにライナーは驚いていた。
「今度の次世代型宇宙ステーション、あれよりもっとでかくなるって言うんだからな……レオンの発想は次元が違うよ」
いつしか、マスターと呼ばなくなったクリスが、次に開発するステーションのことを口にした。
「747と同じくらいの長さになるって言ってましたね。今度は居住性を向上させて欲しいものです」
アイリーンは次にできる宇宙ステーションの居住性が上がることを切に願うと、マルクスが疑問を投げかけた。
「住みにくいんすか?ミールって」
「住みにくいわけではないのですが……なんというか、船自体が狭くて……比較的広いコアモジュールに、休日は結構入り浸っていました」
「へぇ、そうなんすね。まぁ、わからなくもないっすけど……3ヶ月もいたことがないんで、行ってみないとわからないっすね」
「まぁ、パトリシアは個室の狭さが落ち着くと言って、ストレスはなかったそうですが」
「「「「あぁ……」」」」
パトリシアってなんか小動物っぽいしな……とクルー全員、納得して頷いた。
――
――
――
距離が近づき、クリスとアイリーンはフライトデッキ後方のコントロールパネルに移動する。
「距離800m 手動操縦に切り替え」
「了解」
距離が800mまで近づき、予定通り手動によるドッキング操作に入った。
左側にあるスティックを動かし、RCS(姿勢制御システム)を操作する。
――距離10m
ミールとの最終アプローチに入った。
「こちらアトランティス。最終アプローチに入る」
『こちらミール。いつでもどうぞ』
最終アプローチに入ることをミールにコールすると、ミールのコマンダーであるクラリスが許可を出した。
「よし、行くぞ……」
RCSを慎重に動かし、毎秒3cmの速度で接近する。
微妙にズレる船体を操作し、接近速度を上げ過ぎず、尚且つ下げ過ぎず接近させる。
それなりに速度が乗っていないと、ドッキング機構が上手くはまらず、失敗するからだ。
「5m」
パイロットであるアイリーンが距離をコールし、ミッドデッキに降りるスロープからはミッションスペシャリストの三人が顔を出して見守っている。
スティックの近くにあるモニターを見て、ドッキングポートとドッキングアダプターがズレていないか確認して、目視でも、ズレがないか確認する。
「1m」
「あと少し……」
近づいていくシャトルとミール。
「キャプチャー!」
ガコンという音と多少の揺れと共に、ドッキング完了がコールされた。
「ッしゃぁ!!」
クリスはドッキング成功の喜びを全身で表してガッツポーズする。
すると、アイリーンがスッと手を上げる。
クリスはその意図を感じ取ると、軽くハイタッチを交わした。
地上と同じようにハイタッチすると互いに離れていってしまう為、軽くである。
「よし! リークチェック開始するぞ。あとちょっとで宿に入れるからな」
「「「「はい!」」」」
◆
『いやぁもう緊張したのなんのって……衛星にランデブーするのは何回かしたけど今回はピンポイントに接近しなきゃならないからホントムズかった』
「それは……すまん」
無事ドッキングを果たしたSTS-12クルーを交えて、ミールと通信をしているが、8人がコアモジュールでひしめき合っている。
何人かは逆さまになって、映像に映っているから、彼らからすれば狭さは感じないのだろう。
ドッキングに関しては……あの船で自動ドッキングは難しすぎる。
「明日はディスカバリーが宇宙に上がって新型の大型魔力パドルの開閉実験を行うし、順調に建設計画は始まっているよ」
『あぁ、パトリシアがコマンダーの……大丈夫なのか?』
クリスが心配そうに口にするが、親友であるアイリーンは彼女のことを知っているからか、特に心配そうにはしていなかった。
『知らないんですか? 彼女、案外面倒見いいんですよ』
『えっ? そうなのか?』
『ええ。長期滞在時はそれで結構助けられました』
実はパトリシアの家は大家族で、沢山の弟と妹の面倒を見ていたせいか、周りを見る力が元々備わっていたようだった。
「クルーウォークアウトでパトリシアの見送りが多いの、気づいていなかったのか?」
『いやぁ……俺、あいつとミッション一緒になったことないんだよな』
……そういえばそうだった。
「これからSTSミッションも多くなって、ソユーズミッションも増えていくから一緒になることもあるだろうからそん時にわかるだろう」
『あ〜忙しくなるなぁ〜』
『ちょっと! 早く代わってよ!』
『私達もお話したいです!』
『わかった! わかったから!!』
クラリスとソフィアの催促でたじろぐクリスの姿が通信映像で見える。
前世の宇宙開発では考えられないほど、ほのぼのとした姿だった。




