episode22 舞い降りる希望
――サラマンダー
前世では、四大精霊の火を司る、手に乗るくらいの大きさのトカゲを指していた。
しかし、今世でのサラマンダーは、同じくトカゲではあるがその大きさは前世とは異なり、ヒトと同じくらいの大きさを持つ。
そして、最大の特徴は火を吐くことだ。
その炎はヒトを一瞬にして消し炭にしてしまうらしい。
「とんでもないのが来ましたね」
「サラマンダーの総数はわかるか?」
観測センターに繋がっているマイクに向かって総数を聞いた。
『それが……残留魔力が多く、特定にまで至っていません。それに今回の魔力溜まりは観測史上最大規模です。それに当てられて、サラマンダーがデータにない能力……或いは能力強化がされていてもおかしくありません』
「然り……だな。ともかく、その場でわかることはとことん調べてくれ」
『わかりました! 全力で持って、対応します』
「無理をさせてすまない」
『いえ! では、失礼します!』
通信が切れたのを確認し、マイクをオフにした。
「どちらにせよ、この情報を受け取ったアケルリースとエグザニティ、ロムルツィアの各国が踏ん張ってくれることを祈るしかないな」
「アケルリースは英雄殿がいらっしゃるので、一騎当千が可能でしょうが……他国にそれほどの実力者がいるとは聞いておりませんね」
「……気合入れて頑張ってもらう他ない」
自国でも、スタンピードは発生したがその時は500体程度だったこともあり、レイディアントナイツ一個中隊で対応し切れた。
しかも、大量の魔物素材もゲットした。
要はそれだけ、余裕だったということである。
自分の素材調達隊と他国の軍事力の差に、少し苛立ってしまった。
◆
一方、アケルリースでも、サラマンダー出現の報が届き、マーリンとレンはそれを冷静に聞いていた。
これほどの魔力溜まりが発生すれば、魔獣の一匹や二匹は発生するだろうと考えていたからだ。
しかし、それよりも厄介だったのが――
「群れが二分割されちゃったね」
「ああ、ちいとやり過ぎたな」
群れが二手の別れたため、レンとマーリンもそれぞれの群れに対処するため、別れることとなった。
「ヘマすんじゃねぇぞ!」
「そっちこそ!」
中央、右翼、左翼と展開していた軍の右翼側にレンは行くこととなった。
「レンくん……気をつけてくださいね?」
対応に向かう恋人を憂いて、ルナが声をかけた。
ルナや殿下達、学生組は守備の厚い中央に残ることになっていた。
「大丈夫だよルナ。第一波の時に見たでしょ?またサクッと片付けてくるよ」
「でも!……それでも心配なんです……」
目尻に涙を浮かべてそういうルナを、レンはそっと抱きしめた。
「言っただろ?ルナも皆も……俺が守ってみせるから」
「……必ず帰ってきてくださいね」
「ああ、必ず」
互いに抱きしめ合っていたその体を、名残惜しそうにそっと離し、レンは右翼へと駆けていった。
――
――
――
「ハァッ!!」
魔法を放ち、数十体を一度に屠る。
第二波到達から30分。
第一波と比べて、かなりの数が雪崩れ込んできていた。
この数が左翼にも流れていると考えたら、中央に一気に来なくてよかったとも、レンは思っていた。
「新英雄様! 第二波の魔物討伐完了いたしました!!」
「あっ、はい。わかりました、ありがとうございます」
第一波の活躍を見られたことで、もうすでに新たな英雄として認知されたレンは呼び方を訂正しようにも既に手遅れだった為、諦めているが、恥ずかしさで身を震わせていた。
「いえ! 貴方と賢者様が居なければ我々はすり潰されていたでしょう。感謝するのは我々です!」
妙にキラキラした瞳で、褒め讃えられ、こそばゆい思いをしていたその時だった
「――!?」
探知魔法に何かが引っかかった
迷いの森の中に、強烈な魔力を持つ存在がいる
反応から、これがサラマンダーだと認識したレンだが、居場所を特定すると、息が止まった
それがいる場所は――
中央に布陣している軍の……正面だった
「くそッ!!」
見とめた瞬間に、レンは浮遊魔法と風魔法で空を駆けた。
ヘルガには、無闇に使用するなと言われていたが、そんなことを考えている余裕はレンにはなかった。
未だにサラマンダーの魔力は増えている。
魔力を溜め込んでいるようだが、それが意味するものはただ一つ。
――火炎放射だ。
ただ、第三波の中にいるはずのサラマンダーが何故今のタイミングで魔力を溜めているのかと疑問が浮かんだ。
(本来なら、接敵して、敵を認めたところで魔力を溜めるはず……なのに何故、何千mも離れたところで魔力を溜め――)
そこまで考えて、レンは一つ、この災害で過ちを犯したことを自覚した。
それは……自身と父マーリンとで作り上げた――
一直線に伸びる、抉れた地面だ。
「あのトカゲ!! あの道を使う気か!!」
第一波を退ける為に放った魔法の道筋は、一直線に伸びる道を作り上げた。
サラマンダーは、一切の障害物がないその道を使って火炎放射放つつもりだと、レンは確信した。
中央の軍勢を認めたその瞬間――
サラマンダーの火炎放射が、放たれた。
「間に合えぇぇぇぇぇ!!」
迫り来る火炎の渦。
レンは中央の軍勢の前に降り立ち、魔力障壁を展開する。
――しかし
「ぐッ……!!」
浮遊魔法から魔力障壁の魔法に切り替える必要があった為、十分なイメージが出来ず、全てを防ぐことが出来ずにいた。
それでも、火炎を後方の軍勢には届かせてはいない。
「ウォォォォォ!!」
不十分な魔力障壁は、レンの身を焦がしていく。
そして、火炎放射が終わると同時に、レンの意識は途絶え、後ろに倒れ込んだ。
「レン……くん……?」
「まさか……嘘だろう……」
駆けつけた人物が何者かを見とめたルナとアラン王子が声を漏らす。
「いや……いやぁぁぁぁぁ!!」
倒れ込んだ人物がレンだとわかると、ルナは一心不乱に駆け寄った。
「レンくん……レンくん!! お願い……目を開けて!!」
その体には全身に渡って火傷があり、皮膚はグズグズとなっていた。
しかし、あれだけの火炎を、不十分な魔力障壁でこの程度に抑えたことは驚愕に値する。
「お願い……いや……いやだよぉ……」
ルナが人生で初めて好きになった人。
その愛しい恋人の命が……目の前で尽きようとしている。
泣き噦るルナに、必死の声が聞こえてきた。
「ボールドウィン!! 魔力障壁を張れぇぇぇぇぇ!!」
その声がアラン王子からの声だと認識すると状況を改めて見直した。
遠くに、無数の光の点が見える。
それは今、恋人を傷つけた火炎を放った魔獣、サラマンダーの火炎放射の準備の光だろう。
そう、まだスタンピードは終わっていない。
第二波が来ると思い、ルナは抱きしめるようにレンに覆い被さった。
魔力障壁を張る時間はないと判断したのだ。
(レンくん……ごめんね……)
そう、思った瞬間――
遠い空の彼方から、無数の光の弾丸がサラマンダーに降り注いだ。
「……えっ?」
ルナは何が起こったのかわからなかった。
恐らく、水魔法であるということはかろうじてわかったが、問題はその弾速だった。
見たこともないほどに速かったのだ。
今まで……それこそレンの魔法でさえ、見たことがないほどの魔法だった。
そして、驚愕すべきはその弾丸が全て――
「……えっ!?」
サラマンダーの眉間をピンポイントで貫いていたのだ。
「馬鹿な……そんなに正確な魔法制御はレンくらいにしか出来ないはずだ」
近くにまでやってきたアラン王子が声を漏らす。
アラン王子やルナ達が所属するアケルリース王立高等魔法学園の最上位クラスであるSクラスの皆は、レンの指導によって、常人を超えた魔法の実力を持っていた。
しかし、そんな中でも、遠くの敵に対してピンポイントで攻撃を当てられるのはレンだけだった。
だが、そのレンは今昏睡状態になっている。
「一体どこから――」
アラン王子が原因を探そうと周りを見渡し始めた瞬間、ルナ達の前に何かが降り立った。
降り立った瞬間に、乾いた土が舞い上がる。
その土埃が晴れてくると……ルナとアラン王子は驚愕した。
「お……お前は……」
「嘘……嘘ぉ……」
アラン王子は信じられないと声を漏らし、ルナはその人物を見とめると、さらに涙を流した。
降り立った人物は、1年ほど前にアケルリースを旅立ち、そして、レン、ルナ、アラン王子のクラスメイトでもあった――
「マリアぁぁぁぁ!!」
ルナの親友……マリア・フォン・フィーメルだった。
◆
「間に合った……間に合ったよ……」
サラマンダー群に魔法を放った後、地面に降り立ち、息を整える。
1時間15分の超音速飛行はそこそこの疲労が溜まったが、マリア自身は、エシクン山脈を登った時よりはマシと思っていた。
「マリアぁぁぁぁ!!」
誰かが自分を呼んでいることに気が付き、辺りを見渡すと、後ろに見覚えのある人物がへたり込んでいた。
「ルナ!? それにアラン王子!? 参戦していたのですか!?」
学徒動員を聞いていないマリアは、親友がここにいるなどとは思っていなかった。
そして、ルナが抱えている人物と、その状況を見てさらに驚愕した。
「レン!?何よ、この火傷は!?」
焼け爛れた皮膚を見て、大体の想像は付くが、言わずにはいられなかった。
「わた……私達を……守ろうとして……レンくんが……レンくんがぁ……」
泣き噦って話すルナを見て、想像していたことが真実だとわかると、マリアはルナの両頬を叩くように挟んだ。
「!?」
「みっともなく泣き噦るんじゃないわよ!!」
泣き噦る親友を見て、傷ついた友人を見て、マリアは悲しいという感情より先に……怒りが込み上げてきた。
「あんた治癒魔法が得意でしょ!! 今ここで使わないでいつ使うのよ!!」
「えっ……ふぇ?」
ルナは困惑していた。
自分の親友はこれほど肝が据わっていただろうかと。
アケルリースを出るまでに、魔物討伐の授業を一緒に受けた際、一体の魔獣に遭遇したことがある。
その時もレンが対処したのだが、その時、心配していたルナの手を取って一緒に心配してくれていた。
何かあったらサポートしよう……等というタイプの人間ではなかった。
「魔法は使ってこそ価値があるの!! 使わなかったら、レンはただ死に向かって逝くだけよ!!」
「!?」
「ルナはそれを止められる力があるでしょ? しっかりしないと、レンが逝っちゃうわよ?」
ルナはそう言葉を掛けられて眼を覚ました。
そうだ、自分の魔法を使えば、助けられると。
「連れ戻しなさい。絶対に!!」
「はい!!」
「これ、ポーション。傷口にかけても治るから使って」
「あ、ありがとう」
思わず、教官に向かってするような返事を友人に向かってしてしまったルナは少し、恥ずかしさを覚えていた。
受け取ったポーションをレンにかけて、ルナが治癒魔法を施し始めたのを確認すると、マリアはアラン王子に向き合った。
「お久しぶりです。殿下」
「ああ……フィーメル、お前……その格好は……」
MDFSのことを聞かれたが、マリアは首を振った。
「申し訳ございません……機密の為、言えません」
「そうか……しかし、フィーメルのお陰で助かった。礼をいう」
アラン王子は礼をいうと頭を下げた。
マリアは慌てて、顔を上げるよう促した。
「あ、頭を上げて下さい! ここに駆けつけたのはマスターの……レオン・アルファード様の命令ですから」
「そうか……例の……」
レオンの名はアケルリースでも、多少浸透している。
――空を初めて飛んだ人物で、今回の功労者でもあることをアラン王子は知っていた。
スタンピードを知らせてくれただけでなく、救援にも来てくれて、アラン王子は心から感謝した。
そうしていると、また、空から降り立つ影があった。
「――もう! マリア!! 先行し過ぎ!!」
共に偵察任務を受けていた、リディア・リンクだった。
「ご、ごめん……居ても立っても居られずで……」
「戦闘禁止って言われてたでしょ!! それに飛行する場合は二機連携が基本単位!! 連携崩すとかやっちゃいけないでしょ!!」
「ご……ごめんなさい」
「……まぁ、しっかり怒られればいいわ」
「……ん?」
リディアから説教を受けた後、通信が入った。
――航空母艦一番艦:アルファードからだった。
「は、はい!! スピカ1です!!」
『スピカ1、状況を説明せよ』
通信してきた主の声はレオン・アルファードその人だった。
「え、ええと……サラマンダーからの攻撃を防ぐ為――」
『それはいい。偵察任務の方だ』
攻撃したことを言おうとしたら遮られた。
マリアは少し、ほっとすると、空からの偵察内容を伝えた。
「第二波は殲滅完了しており、第三波は第四波と合流して、その数を……万まで増やしております」
「なっ!?」
マリアがそういうと、アラン王子は声を漏らした。
万単位の魔物にどう立ち向かえばいいのかと……
「魔獣はサラマンダー以外、確認しておりません。ですが……数が多すぎます」
リディアも追加で情報を渡す。
――そこで、マリアは自身の考えを述べた。
「従って、トマホークミサイルによる面制圧を提案します」
『……』
しばらく沈黙が続き――
『了解した。こちらで検討する』
提案を検討する旨が伝えられた。
他国に打ち込むのだから、慎重になるのは無理はないとマリアは思った。
「お願いします」
『ああ。結論が出るまではその地域を偵察しろ。後――』
「はい?」
『――二度目はないぞ』
……ドスの効いた声で、通信は締められると、マリアは震えた。
「リ、リディアぁ〜」
「自業自得」
◆
マリアとの通信を切り、今後の作戦方針を決める為、頭を切り替える。
「さて、第三波と第四波が合流したのは気付いていたが、総数が万単位か……現在位置は?」
「南東3007km地点です。4分後には射程に入ります」
普通、最大射程の距離を撃つとなると、誤差がかなり開くのだが、ここは魔法世界。
なんと、普通にピンポイントで落とすことができる。
加えて、前世のトマホークミサイルは時速880kmの速度で進むが、この世界で製作したものはマッハ5で飛んで行く。
魔力障壁による空気抵抗減少と、それに伴って機体の負荷を考えなくて済んだ為、推進力を最大限にまで伸ばした結果だ。
ここから撃てば、約30分で目標に到達する。
第三波・第四波が来るのは今から40分後。
……猶予は、ない。
「……陛下に繋げ。進言する」
――
――
――
『万単位の魔物が押し寄せることは聞いていたが……サラマンダーも千体以上いるとはな……』
「もはや、ヒトがどうこうできるレベルではありません。賢者殿が千人いれば話は別ですが……」
『そんな人物はいない……か……。レオン君、そのトマホークを使えば、殲滅出来るんだね?』
「いえ、飽くまでこれは包囲攻撃です。殲滅は叶わないでしょうが……残る個体は恐らく瀕死状態でしょう」
『ならば対応は可能か……わかった。三国へ進言しよう』
「お願いします」
陛下との通信を終えて、息を吐く。
……正直、受け入れてくれるかわからない。
迷いの森は、今は牙を剥いているが、普段は資源の宝庫だ。
森林資源、魔物素材、魔力を帯びた薬草……入り口から約40kmほどの範囲内であれば、危険はあれど、狩をすることができる。
それはつまり、魔物ハンター達の職場でもある。
そんな場所に、ミサイルを打ち込むことを許諾するか?
こればかりは、各国の判断に任せるしかない。
「早期解決の為、被害軽減の為に、できれば許諾して欲しい……頼みますよ、陛下」
◆
『迷いの森を燃やす……』
『国の資金源でもある森を燃やせと? それはきついぞ、マティアス君』
『しかし……事ここに至っては致し方ないのではないか?アルフレート』
マティアスが曳火攻撃による面制圧を進言するとロムルツィア神聖国教皇のロズウィータ・フォン・シュテガーとエグザニティ共和国大統領のアルフレート・クニューベル、そしてアケルリース王国国王のヴォルフガング・フォン・ノアセダルは顔を顰めた。
魔物素材を定期的に狩り取ることができる場所を簡単には手放せないだろうことは国家元首であるマティアスも理解していた。
しかし――
「御言葉ですが、万の大群にまでなった魔物が森を侵攻している以上、既に樹木は薙ぎ倒されているものと考えます」
『『『……』』』
「であれば、今更森の一部が焼かれようが関係ないのではありませんか?」
『……言ってくれるじゃないか、マティアス君。しかし……その通りだ』
『国益と民の命……天秤にかけるまでもありませんわ』
『……私も異論はない。猶予もないのだ、これ以上の最善策はすぐに出てこんだろう』
三国首脳が、覚悟を決めた声を聞き、マティアスは再度確認した。
「では?!」
『アケルリース王国は広範囲攻撃を受諾する』
『同じく、エグザニティ共和国もだ』
『ロムルツィア神聖国、あなた方に運命を託します』
三国ともに、面制圧許可が下りた。




