episode13 大気圏再突入
連続投稿二回目です
T+2日5時間
STS-1ミッションの目的である「シャトルシステム全体の点検・確認」と「軌道上を安全に周回する」という任務は達成された。
後は最終項目である「大気圏再突入」を残すのみ。
「アルファード領の天気は晴れ。レイディアントガーデンシャトル滑走路の状態は良好。着陸を許可します」
『了解、再突入モードへ移行します』
CAPCOMであるクラリスが着陸許可を伝えた。
シャトル用に新規建造された滑走路は5.2kmあり、平坦性も100mで1.6mmの精度で建造されている。
ここに寸分違わず、シャトルを下ろさなければならない。
「テレメトリーデータを注視して。一つの見落としもするんじゃありませんわよ」
「「「「「はい!!」」」」」
ユリアの命令に応えるミッションコントロールチーム。
すごい統率と集中力だ。
ちょっと気押されてしまった。
「ユリアってリーダー気質だったんだな」
「ですね……長年付き合っていましたがびっくりです」
アイリスも驚いたように目を開いている。
魔法に対しての知識と情熱、実験機器にも精通していることからフライトディレクターをやってもらったが、どハマりしたようだ。
今ではチーフにまでなっているのだから驚きである。
そうこうしているうちに、シャトルは減速を終了し、大気圏再突入の態勢に入った。
高度は減速前で既に122kmまで下げており、減速後は速度マッハ25、グライドスロープ45度の降下率で下がっていく。
旅客機は大体2.5度くらいなので、とんでもない降下率だ。
「テレメトリーデータ、受信正常」
「異常なし!!」
各セクションから異常なしがコールされる。
向かい角32度になるよう、自動で機首を上げ始める。
こうすることで機体下面全体で空気を均一に受けることによって落下速度と摩擦熱の増加を防ぐ。
現在高度は80km
空気の断熱圧縮による空気加熱が始まる。
ここからが本番だ。
「いよいよですね」
「ああ。大丈夫な筈だ……」
耐熱タイルが破損していた場合、そこから高温のガスが入ってくる。
本当なら、耐熱タイルに魔力を通し、万全の状態にしたいが、宇宙空間では魔力が結合せずに、宇宙に霧散してしまう。
だが、80km以下では魔法も使えるようになるため、タイルに魔力を通しながら、熱に耐えていく形になる。
高度50km
熱がピークに達する70km地点を通り過ぎ、エレロンやラダー操作ができるところまで来た。
『こちらコロンビア。アルファードどうぞ』
通信機から声が届く。
――クリスの声だ。
「こちらアルファード。……お帰りなさい」
CAPCOM席から俺達の座る席に視線を送ってくるクラリス。
――よかったわね。
その眼はそう言ってくれていた。
だが、これで終わりではない。
これからオービターを着陸させなければいけないからだ。
オービターは自動で旋回を始める。
S字を描くように降りることでマッハ2.5から速度を落としていく。
高度は15kmまで下がってきた。
この辺りで速度が音速を下回り始める。
その際に――
ドンッ……ドンッ
音速を下回った際に生じる衝撃波が音となって響く。
高度600m
着陸態勢に移行し、ギアダウンを始めた。
時速346km
旅客機よりも100km近く速い速度で滑走路に入る。
そして――
「メインギアタッチダウン!!」
機体後方のランディングギアが接地した。
その直後にドラグシュートが開かれ、さらに減速する。
その後機首側にあるノーズギアも接地し、コロンビア号は無事、エクセルへ帰還した。
コントロールセンターから拍手が送られてくる。
それに応えるため、俺が手を挙げるとより一層、盛大になった。
「おめでとうございます。レオンさん」
「ああ。次はお前の番だぞ、アイリス」
「はい! ミッションスペシャリスト試験、頑張ってきます!!」
いつものとおり、アイリスはフンスッと気合を入れて答えた。
◆
着陸から1時間後。
機体が十分に冷めるまで待った後、診察室付タラップを横付けし、クルーが診察を受ける。
その後、機体からタラップ車を離して、クリスとユルゲンが降りて来た。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「お帰り」
「お帰りなさい、クリス、ユルゲン君」
滑走路上でアイリスと一緒に二人を出迎えた後、一緒に機体を見に行った。
「うひゃー。すげえな、焦げ一つないぜ」
「本当に……ソユーズのカプセルとは大違いです。これなら再使用されても問題無さそうですね」
多少、黒色顔料が褪せているが、肉眼では傷が見当たらない。
しっかりと魔力修復が機能しているようだ。
「これなら簡単なチェックとSSMEのメンテナンスだけで大丈夫そうだな」
「そうですね……うん、頑張ろう」
クラリスが小さく何かを呟いた。
オービターを間近で見て、気合を新たに入れているのだろうか。
以前見た、やる気モードに入っている。
……空回りして落ちたりしないよな?
ちょっと心配になった。
◆
『シャトル練習プログラムF-1終了。お疲れ様でした』
シャトル用のシミュレーターから出て、ホッと息を吐く。
……今日はこれで何時間やってたことになるのだろう。
「いやぁ、張り切るね。クラリス」
私と同じ、STS-2のクルーのクララ・フォン・ポラックが声をかけてくれた。
私が船長を務めて、クララはパイロットを務めるから必然的にシミュレーター訓練も共にすることになる。
「ごめんね、ありがとうクララ。私の我儘に付き合ってくれて」
「なに、私だって任務失敗はいやだからさ。いくらでも付き合うよ」
クララは私と一緒にソユーズで宇宙に上がったことがあり、お互いの得手不得手も熟知している。
非常に頼もしい仲間だ。
「頑張ってるな、二人とも」
シミュレータールームに一人の男の子が入ってきた。
スペースシャトルの設計者である、レオンだ
「そりゃ、新型宇宙船だもの。万全で挑みたいからね」
「頼もしいな。クララもお疲れ様」
「は、はひ!! ありがとうごじゃります!!」
「……じゃあ、無理せず、体調には気をつけてな」
「えぇ」
「は、はい!!」
レオンは苦笑いを浮かべながら、シミュレータールームを出て行った。
「クララ……あんたそろそろ慣れなさいよ」
「む、無理だよ! クラリスは幼馴染だから平気だろうけど、レイディアントガーデンに来てる人のほとんどがあの人に憧れてるんだよ? 私だってレオン様みたいになりたくて頑張ってるんだし……」
そうなのだ。
このレイディアントガーデンに来ている人の殆どがレオンの知識を欲して来ている。
新たな風を自分に吹き込み、新しい魔法を生み出してレオンを越えようと考えて皆ここにくるのだが、レオンの引き出しは彼らが思うよりも多く、追い越すどころか、レオンが道の遙先にいることを、学べば学ぶほど思い知らせる。
おかげで、クララの様にレオンに尊敬の念を持つ者がレイディアントガーデンには非常に多い。
しかし――
「クララは緊張しすぎだと思う」
「そ、そうかなぁ……まぁ、元々うちは準男爵家だから偉い人達に会うことがなかったから尚更なんだけどね」
「その割には私にはすぐに慣れたわよね」
「クラリスはほら……話しやすいから」
……まぁ、肩肘張られているよりはいいけど。
「それよりお腹空いたわ。何か食べに行きましょ」
「賛成!」
◆
STS-1から2ヶ月後。
今、PAD-39Aから再び、コロンビア号が打ち上げられた。
STS-2――オービター及びSRB再利用の実証を目的としたミッションだ。
あのオービターの中にはクラリスとクララが乗っている。
「いやぁ、見事だな。アイリス」
私の後ろから声がかかる。
スペースシャトルの設計者であるレオンさんがそこにいた。
「官制センターに居なくていいんですか?」
「フライトディレクターは別にいるから大丈夫。おかげでこうやって生で打上げを見ることが出来る」
そうか。
今までは指揮を取っていたから打上げを自分の目で見たことがなかったのか。
「あと、宇宙飛行士選抜とミッションスペシャリスト試験合格おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「まぁ、お前含めて13人も宇宙飛行士になってるんだ。任命されるにはここからが本番だぞ?」
「はい! 一生懸命頑張ります!!」
先日、宇宙飛行士選抜とMS認定試験が全て終了し、合格者が発表されたばかりだ。
これでようやく、スタートラインに立てる。
……ううん、スタートラインに立つ資格を手に入れたんだ。
「……なぁ、無理してないか? もうMSにはなったんだ。これから少しはゆっくりしてもいいんだぞ?」
おろおろとした表情で心配してくれているレオンさん。
その眼を見ると、本気で私を心配してくれていることがわかる。
ありがたいと思うと同時に私のことを大事に思ってくれているんだと思うと嬉しくなる。
でも――
「大丈夫です。むしろ、今やる気が満ちているのでこの勢いを殺したくないんです」
「……そっか。まぁ俺もそんな時あるから何とも言えないな。ただし! 疲れたと感じたら休むこと! これは絶対だからな」
ビシッと私に指を指してそう言うが、その件に関しては言いたいことがある。
「じゃあ、レオンさんもちゃんと休んで下さいね?」
「うぐっ!?」
レオンさんは研究や開発がノッて来ると2、3日は徹夜してしまうことがある。
その後はまるで魔力が切れた魔道具の様に眠ってしまうのだが、これが本当に心臓に悪い。
「毎回毎回、倒れるように寝るのやめてください。心臓に持病があるのなら尚更です」
「は、はい……」
さっきまでの威勢はどこへやら。
しおしおと身を縮こませていくレオンさんが、可愛く見えた。
◆
「リヒター・ソマーアームを起動します」
『了解。手順書26-1を開始して下さい』
「手順書26-1了解」
MCCからの指示を受けてSRMSを動かす。
SRMSはシャトル・リモート・マニピュレータ・システムのことで、開発を担当したカール・リヒターとアニカ・ソマーの二人の名前から通称:リヒター・ソマーアームと呼称している。
このアームはグラップルフィクスチャと呼ばれるピンをアーム先端にあるエンドエフェクタという部分で掴むことができるというものだ。
これがあれば衛星を掴んでペイロードに収めて持ち帰ることも可能になる。
今、同乗者のクララがアームを操作し、性能試験を行なっている。
「よし、掴んだ」
ペイロードベイに収められていた荷物を掴むところまで来たらしい。
曝露実験用のペイロードだから、ペイロードベイから出して、アームで掴んだまま実験を開始し、実験終了後またペイロードベイに戻す。
そうすることで、【掴んで持ち上げて更にペイロードベイに収めることができる】と言う動作確認ができる。
「上手いもんね。こんなに簡単に出来るものなの?」
「ふっふーん。いっぱい訓練したからね!」
胸を張ってドヤ顔をしているクララ。
正直、このアームの操作はクララが一番上手いと思っている。
『捕獲確認。今日はもう遅いのでここで切り上げましょう。お疲れ様でした』
CAPCOMのアイリーンから業務終了のコールがされた。
私達は了解を伝えるとミッドデッキに降りて食事の準備を始めた。
――
――
――
「いやぁ、あんなロボットアームまで開発しちゃうなんて……さすがマスター♪」
「いや、あれの開発者ってカールとアニカだから。マスターじゃないから」
「あれ? そうだっけ?」
惚けたようにクララはそう言うと、ミックスベジタブルを口にした。
宇宙船の基礎設計は確かにレオンが書き起こしているが、それに載せるアビオニクスなどは案外、別の人が設計・開発していることが多い。
レオン曰く「俺が全部やったら、皆が成長しないだろ。やらせてみないと」とのことだった。
……ということはアビオニクスやロボットアームの基礎設計もレオンの頭の中では出来ていたのかな?
出来ていても不思議に思えないのがレオンのすごいところだ。
「やっぱり新型はいいね! 船内は広いし、水は使いたい放題だし、何よりトイレ! あれは革命だね!!」
そうクララの言う通り、ソユーズと大きく変わったのは船内の広さだけではない。
落ち着いてすることが出来なかったトイレが大幅に変わった。
簡単に言うと個室になった。
「確かに。便座も付いて普通のトイレのようにすることが出来るし、防音の魔道具のおかげで音も気にしなくて済むし……快適以外の表現が見つからないわね」
「いやぁ、宇宙に来ること自体は名誉なことだから嬉しいんだけど……ソユーズのトイレは抵抗あったなぁ」
クララは遠い目をして語ってる。
そういえば、クララはソユーズの慣熟訓練が遅れたから今回が2回目の宇宙飛行だった。
「クララはソユーズには1回しか乗ってないもんね。そう考えるとラッキーじゃない? 2回目の宇宙飛行がシャトルで」
「もう最高!! それに私って飛行機型の方が操縦しやすいみたい。今回はすぐに乗れたしね」
スペースシャトルは本当に快適な宇宙船だなぁと思う。
けれど――
「でも、ペイロードベイに24tも載せて飛べるけど……オーバースペックだと思わない?」
「? なんで?」
「だって普通の衛星でも大きくて10tクラスなんだよ?24t運べても宝の持ち腐れじゃない」
「まぁ……確かに」
デザートのドライフルーツを食べながら話を聞いているクララ。
……そんなのも積んでたんだ。
後で私も食べよ。
「きっとあれだよ。それくらい大きなものを作ろうとしてるんだよ。この宇宙に」
「例えば?」
「う〜ん……ミールより大きな宇宙ステーションとか? ロボットアームがあれば、ハードドッキングしなくてもモジュールを取り付けることも出来るだろうし、出入り口を広くすることもできそうじゃん?」
「あぁ、確かに」
ミールは自動でドッキング出来る反面、そこそこの相対速度でぶつかってドッキングするハードドッキング方式だからドッキングポートを頑丈にしなければいけないから出入り口が小さい。
人が通る分には問題ないが、実験機材なんかの荷物を運ぶ時は結構きつい。
そのドッキングをリヒター・ソマーアームで行うのなら、ドッキングポートの口も大きく取ることが出来るかもしれない。
「案外、もう構想が出来てるかもね。レオンなら」
「マスターだからねぇ」
そう言ってクララはドライフルーツの最後の一切れを口に放り込んだ。
「……ねぇ、それってどこにあるの?」
「えっ? もうないけど……」
「……」
「ご、ごめん……」
◆
T+2日5時間。
STS-1と同じだけ飛行し、全てのテストを終えた。
後はエクセルへ帰還するだけ。
「アルファード、こちらコロンビア」
『コロンビア、こちらアルファード。どうしました?』
通信でアイリーンを呼んだのには訳がある。
それは――
「機体安定性のテストもしたほうがいいと思うのよ。だから――これから手動で再突入したい」
『!? す、少し待ってください』
慌てた様子で通信が切られた。
さぁ、どうなるかな?
「ちょ、ちょっと!? 聞いてないよ!?」
「当たり前じゃない。言ってないもの」
「ねぇ、この前のドライフルーツのこと怒ってる?! あの時は本当にごめん!!」
「怒ってないわよ……」
そんな会話をしていたらMCCから通信が入った。
『コロンビア、こちらアルファード。提案を受諾いたします。10分後、再突入シーケンスに入ってください』
「よし!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
ガッツポーズをする私の横で悲鳴をあげるクララ。
まぁ、確かに手動で降りるというのは心臓に悪い。
「あんたバカじゃないの!? バカじゃないの!? 速度マッハ25だよ?!」
「百も承知よ。大丈夫、オービターの操縦には自信あるから」
「自信とかじゃないのよ!……もう! こうなりゃヤケよ!!」
OMSの起動準備を始めたクララを見て、私もランディング手順を確認しておく。
「OMS起動準備完了。いつでも行けるよ」
「了解。姿勢を変更するわ」
進行方向を向いていた機首を反対方向に向ける。
この状態でOMSを吹けば、減速してエクセルに降りられる。
「姿勢変更完了」
「了解。OMS起動。3、2、1、マーク」
逆噴射を開始して減速していく。
時速にして約27000km
そこから着陸事の時速350km程にまで落とさなければならない。
「OMS停止まで10、9、8――」
さっきまで怯えていた様子だったクララがカウントダウンをしていく。
もうすでに、パイロットの眼をしていた。
「2、1、0。OMS燃焼終了」
「よし、ここからは私の出番ね!」
「お願いだから無茶しないでよ!!」
クララの懇願を聞きながら、フライトスティックを握る。
さぁ、腕の見せ所よ!!
「迎え角32度……機体安定」
再び、機首を進行方向に向けた後、機首を上げた状態をキープして大気圏に突入していく。
だんだんと、外にオレンジ色の光が現れ始めた。
高度80km以下に突入し、大気がプラズマ化し始めている状態だ。
「順調に降下中。現在65km」
「了解。最終減速開始するわよ。最大80度までバンクとるからね」
「えぇい! いったれ!!」
半ばヤケクソになってる……
S字を描く様に機体を制御して速度を落としていく。
その後、滑走路に進入する為のトラフィックパターンに入った。
「ランウェイインサイト」
「よし、行くよ!! ギアダウン」
「了解! ギアダウン!」
ランディングギアを降ろして、滑走路に進入する。
次第に地面へと近づけて――
「タッチダウン! エアブレーキ展開!」
コロンビアは無事に滑走路に降り立った。
徐々に速度が落ちていき、最後は停止した。
機体は大気圏再突入事の熱がまだ残っているから冷めるまでは出ることが出来ない。
まぁ、一先ず。
「おつかれ」
「疲れた……本当に疲れた……クラリス」
「ん? 何?」
「後でドライフルーツ、奢るから」
「……」
いや……だから怒ってないって。




