3.子猫、侮るべからず
「ただいま~」
とりあえずゲージを引っぱりだし、洗って組み立てをしていた時、待っていた人、お母さんが帰宅した!
いや、人ではなく物資を待ち望んでいたのだ。
「おかえり~」
いそいそと階段をかけ降り、玄関に置かれた濡れたビニール袋をリビングに運びテーブルに出す。
「ちょっと分からないからあるのを買ってきたわよ」
「ありがと。後で払う。お風呂は沸いてる、ご飯先?」
「先食べちゃう」
「了解」
せっせと冷蔵庫からおかずを取り出しレンジで温める。今日の私は特にサービスだ。
「あ、なら先いれちゃおうかな」
部屋にいる猫さんをとにかくお風呂にいれたい。
まだ足を拭いただけである。
「ちょっと見せてよ」
電話した時、怒られるかと思いきや、以外にもあっさり買ってくるわよと言った母。疲れているだろうに興味はあるらしい。よしよし。まずは、お母さんを味方につければこっちのものである。
「どぞどぞ」
私は、買ってきてもらったご飯を入れ物がないので家のお皿に入れ、猫砂の大きな袋をかかえ、お母さんと二人二階に上がった。
「ニャー」
ドアを開けたとたん、小走りにかけてくる猫さん。何故か人見知りをしないので、お母さんの足元にスーリスリと体をこすりつけている。
「随分大きいじゃない」
撫でながらお母さんが話す。
「うん。でも5ヶ月くらいかなぁ」
犬は小学生の時から我が家にいるので、なんとなく月齢は見当がつくけど猫は初めてだから確信はもてない。
「人懐っこいね」
スリスリとお母さんの膝に頭をこすりつけている猫を見て私は、君凄いよ! ガッチリこの花咲家のボスの心を自力で射止めたね! そう心の中で叫んでいた。
「見つからないようにーなんでもないよー」
とりあえずご飯を食べ終わった猫さんをタオルでくるみ、リビングの隣にあるお風呂場へと連れていくが、難関が。
下には二匹の犬達が此方を見上げている。
そうだよね。匂いとかわかるよなぁ。でも、ここで見せたらお互いパニックになりそう。
「ミー、チェルちゃんー!玩具が届いたわよ~」
食事が終わったお母さんは、通販で頼んでいた犬用品の段ボールを開封し始め、呼ばれた二匹は走り去っていった。
「母よ、ナイス! さ、今のうちだ!」
急いでバスルームの中に入り子猫を動物専用シャンプーで自分より先に綺麗に洗う私であった。
* * *
「いやー疲れた。じゃあちょっと待っててね」
「ニャーン」
タイミングよく返事をしてくれたのでなんか笑ってしまう。さて部屋にはベッド以外寛ぐものがない。春先とはいえまだ夜は寒い。座布団みたいなのないかなと私は下に探しに行った。
「なんか、痒くない?」
下に行けば、季節関係なくアイスが大好きなお母さんが録画したドラマを観ながら背中を掻いている。
そういえば私も。
「確かに、腕とかさっきから痒い」
二人でボリボリ。
もしや。
「ノミとかダニ?」
「かなぁ」
そういえば、洗った後なんか黒い粒々があったような。
「なんか、すごい痒いわね~。まぁ明日私休みだから病院連れていくか」
「お願いします!」
私はペーパーなので、犬達が通っている病院はバスを乗り継ぎ徒歩になってしまう。夜も8時までやっているので会社が終わってすぐ帰宅すればギリ間に合うだろう。
そしてしばらくして犬の吠え声の後に鍵の音。引き戸を開けて、この世帯主、母の兄、いまだ独身の伯父、孝弘がのそっり帰宅。
いや、180センチの横にも縦にもあるからのったりにみえるんだよ。
「たかさんや」
「ん?」
「ちょいとサプライズが」
私は、急いで階段をかけあがり、いや、その前に犬チームを脇に抱えて母の部屋に閉じ込めたよ。そして不思議そうな顔をしている白と茶のモフモフを抱えて脇をもち、ようは足はブラーンの状態で伯父の目の前につき出した。
伯父は、普段無口でたまに饒舌。そして動物は好きでも嫌いでもない…はず。
「拾いましたー!」
私の報告に。
「…とうとう貝だけじゃなくて生き物まで」
ひきつり気味な様子だけど、猫に手を伸ばしたその時。
「シャーッ!!」
まさかの豹変!
脇をつかんでいたので手が自由だった猫は、たかさんの手を容赦なく引っ掻いた。
至近距離で固まる大人三人。
端から見たらコントのような状態だ。
「嘘でしょ!?」
呪縛が解けたのは私だ。距離をとりつつ伯父の手を見れば見事な四本線。
「ご、ごめん!」
おかしい!
こんなはずではなかった!
想定では。
『ニャーン、ゴロゴロ』
甘え上手な猫にちょっと喜びなでる中年サラリーマン。
がっちり掴みなおした子猫を見下ろせば、まだフーフーいっている。
まさか。
「スーツが怖い?」
伯父の服は黒っぽい上下のスーツ。色が嫌なのかな。それとも背が高く威圧感があるから?
「とりあえず、部屋に入れてくる。まだ病院つれていってないし、それ消毒しないと!」
唾を飛ばすほど豹変した子猫を見て、なんか子猫でもすごいなと猫初心者の花咲家の大人達は感心したのだった。