2話 まだらな温度
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むにむに。桜子は音桐の顔をべたべたと触りながら、しげしげとこちらを覗き込んでいる。もっとも、彼女の目は光を失って久しいから、それは音桐の目からはそう見えるというだけだ。
音桐は相手から見えていないことをいいことに、無遠慮に桜子の顔を至近距離で見つめた。長い睫、おおきく少し下がった優しげなまなじり、光を吸って俗に言う天使の輪を浮かばせる長い黒髪。
どうして同じ人間なのにこんなに自らと造形に差があるのだろうか。神は残酷だ。
『音桐くん、顔触らせてくれない』
桜子が急にそう言いだしたときは何事かと思った。聞いてみれば、全盲の人は人一倍鋭敏な触覚で、身近な人の顔を意外なほど正確に認識しているという話を聞いたのだそうだ。
「なんか皆の顔をずっと見てないとさ。皆どういう顔してたんだっけ、って思うときがあってね。それが時折すごくさびしく思えるんだ。だからこうしたら皆の顔思い出せるかなって」
「で、思い出せそう?」
音桐はくすぐったさを堪えながら尋ねる。
「どうかなあ。わかるようなわからないような。まあイメージは湧いてきたけど、音桐くんの顔がこんな顔だったかどうかは自信がないなあ。楓子の顔でやったときはもう少し正確に思えだせたような気がするんだけど。やっぱり元々目の見えない人とは感覚の鋭さが違うんだろうなあ」
「そうかもしれないね」
桜子の手は指先は冷たがったが、手のひらには確かに温かさがあった。生き物の温かさだ。頬から伝うまだらな温度がどこか心地よかった。
桜子と会話しながらも心の奥底はずっと先の発言に囚われていた。
『私と合作で1本投稿しない?』
彼女は一体どういうつもりでこんなことを言ったのだろうか。
小説を書くという行為はときにひどく孤独な戦いにも準えられるが、実際には多くの小説家が合作小説を書いてきた。
推理小説愛好家の音桐にとってもっとも馴染み深いのはアメリカの推理小説家エラリー・クイーンである。
エラリー・クイーンというのはプロット、トリックを考えるフレデリック・ダネイと実際に執筆をするマンフレッド・リーの2人による筆名であり、つまりは完全分業制であった。国内にも岡嶋二人という同じ手法と取った2人の作家がいる。
ピエール・ボワローとトーマ・ナルスジャックというフランスの2人の推理作家もボワロー=ナルスジャックというペンネームを持っていた。彼らは元々単独名義でも小説を書いて出版していた。
彼らのスタイルについては、彼ら自身がボワローが骨で、ナルスジャックが肉なのだと語っている。つまりはボワローがプロットを主導し、ナルスジャックが執筆を主導する。彼らもクイーンに近いということだ。
スウェーデンを代表する警察小説の書き手であるマイ・シューヴァールとペール・ヴァールーという夫婦作家の合作スタイルは少し違って、2人は各章を交互に書いていたという。大まかなプロットはあるのだろうが、今でいうリレー小説に近いなと音桐は思った。
『星合桜子』は高校に入学してからまだ一度も作品を世に発表していない。あのとき病室で書き上げたものも編集者には渡していないそうだった。彼女はまだ長いスランプを抜け出せていないのだ。
そんな彼女がたかが文化祭で販売する部誌とはいえ、音桐との合作とはいえ、第三者の目に映る場所に作品を発表する気になったというのはひょっとして大きな前進なのではないだろうか。
だとすれば桜子のために、友人、あるいは創作仲間として取るべき選択肢はたった1つしかないのかもしれない。
「星合さん、合作の話だけど、僕もやってみたい」
気付いたら音桐はそう口に出していた。
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