執務三:許婚の趣味-2
何だかとんでもない事になっている。
「やーん、かわいーん!!」
「……どこが?」
そう、ワイアット卿が。
白のブラウス、ピンクのワンピースはフリルの付いたスカート。リースのカチューシャに、金の付け毛。ワイアットお嬢様の出来上がりである。
「あたしは英国紳士」
レイチェル嬢は背丈があるだけにジャケットが良く似合う。少し、胸の辺りがきつそうだが。
「どう?」
「お似合いですわ、お嬢様!」
使用人達から喝采が起きる。釣られて私も手を叩く。
「ぶ、侮辱だ! 恥辱だ! こ、ここ、こんな格好を僕にさせるなんて!!」
「えー! 小さい頃はすっごく楽しそうにしてたじゃない、着せ替えごっこ。似合ってるよね、みんな?」
「御麗しゅう御座います!」
賛美の声が上がる。釣られて私も声を上げる。
「お似合いで御座います、旦那様!」
「お前が言うな! って言うか嬉しくない!!」
そんなに怒るくらいなら着なければいいのに。
「そうだ! このまま屋敷の中を散歩しましょう?」
「ちょ、ちょっと待て、それは恥ずかし過ぎ……」
ワイアット卿に有無を言わさず、レイチェル嬢はさらい出して行き、私はそれを追い掛けた。
「おや?」
廊下でチェンバレン氏と出くわした。ワイアット卿は顔を赤らめて、自分のつま先に目を落とした。靴も真っ赤だ。
「これはこれは、ご立派な紳士と……実に可愛らしいお嬢さんで御座いますね」
ニヤリと笑う。ウォッホンと咳払いをしたのはレイチェル嬢だ。
「君、ワイアット家の者かね? お控えなさい! この御方はキーツ家ご息女、あの有名にして高名なレイチェル様の妹君、アデラ様に御座いますぞ」
胸を張ってもっともらしく言う。その様は実に滑稽だが、面白い。
「は。これはご無礼を致しました」
チェンバレン氏も面白がって、このごっこ遊びに興じてみる。跪いて頭を垂れた。
「それにしても……実に可憐! 実に華やか! 実に慎ましやか!! ……な、お嬢様に御座います。驚くと共に、ビビッと来た次第で御座います。わたしはワイアット家執事、ギルバート・チェンバレンと申す者……もし貴女が『セバスチャン』とお呼び下さるならば、今日からわたしは、貴女だけのセバスチャンに御座います」
そう言いつつ、チェンバレン氏はワイアット卿――アデラ嬢の手を取って、その甲に軽く口付けをする。アデラ嬢はびくりと身体を震わせた。
「……馬鹿やり過ぎよ、セバスチャン」
叱ったのはレイチェル嬢の方だった。チェンバレン氏は、失敬、と笑う。
「さ、行きましょうかお嬢様」
レイチェル嬢は言い、またもアデラ嬢の腕を引く。アデラ嬢、もとい、ワイアット卿は、耳まで赤くしたまま、走り去る。
忠実なはずの執事は、腹を抱えて笑い転げていた。
「おや?」
二度目に遭遇したのは、青年紳士だった。ワイアット卿はぎょっとして目を見張る。
「レ、レイモンド……!」
「あ、お兄……じゃなくて、旦那様。お帰りで御座いましたか」
言って、胸を張る。レイチェル嬢の兄にしてキーツ家現当主・レイモンド伯爵は、特に驚くでも笑うでもなく、さも当たり前の様に答えた。
「ああ、今さっきね。結構釣れたよ」
「それは良う御座いましたな」
「昼食が楽しみだよ。そう言えば今日は昼食会を予定してるんだけど、ゲストが見当たらないんだ。妹の婚約者なんだけどね。君は知ってる?」
「ぼ、僕を無視する気か!」
「やあ、君が妹と結婚する子だったのか。随分小さくて、そして女の子なんだね。これは前途多難だ。じゃあ晩餐会に来てよ。ええと……」
「アデラお嬢様で御座います」
「ああ、ミス・アデラね。来るなら正装と『女装』のどちらでも構わないから。それじゃ、そういう事で……」
手をひらひらと振って、立ち去ってしまった。随分と飄々とした人物だ。しかし流石は兄妹、息が合っている。それに独自のオーラを身に纏っている。二人揃うと第三者が口を挟めない。恐ろしい人達だ。
「……きょ、兄妹め!」
ワイアット卿は我慢ならず、金切り声を上げた。あ、とレイチェル嬢が言う。
「そういう時はハンカチを噛むのよ?」
「……あ」
アデルは堪らず声を立てる。
「く、苦しいよ、セバスチャン……ッ」
息が乱れる。
「少々の辛抱で御座いますよ、御坊ちゃん」
ギルバートの声は優しい。
「だって……! セバスチャン!! キツイ、キツイよッ」
「多少締まりがある方が良いのです」
「でも……僕もう行きたいんだ!!」
「駄目です。もう少しですから……」
執事は指を動かし、主は、うう、と唸った。
「……御坊ちゃん、そんなに身をよじっては……」
「セバスチャン、もう良いだろ? 行かせてよッ」
「いけません御坊ちゃん! 飛んでしまいますか……らッ」
ギルバートは力を込めた。
「ああうッ……!!」
「御坊ちゃん!」
「僕はもう行くよ! 行くからな!!」
「そんなに暴れては……飛んでしまいます! ああ……ッ!!」
ジャケットのボタンが弾け飛び、床に転げた。
「……だから、申し上げましたのに」
「お前が無理に着せようとするからいけないんだろ。セバスチャン、僕は腹が減って仕方ないんだ」
早く昼食を、と少年は訴え、ううむ、と執事は唸る。
「どうやら、タンスの肥やしにしていた間にサイズが合わなくなってしまった様で。成長期で御座いますね、御坊ちゃん」
「五月蠅い」
「しかし弱りました。まさか外着という訳にもいきませんし。こうなれば、やむを得ません。……女装で」
執事は、事態が切迫している時に限っては、冗談を言わない。
「……マジか」