執務十六:執事と少年-4
パーティの後で、結婚式「ごっこ」があった。正式な結婚は、レイチェル嬢が暫くこの屋敷に住んでからでないといけないらしい。
キーツ卿が牧師の役で、チェンバレン氏とパーシヴァル氏が証人、ワイアット家の使用人達が参列者役だった。
ワイアット卿はレイチェル嬢から何度もキスを受けていた。その度に顔を赤くし、無駄な抵抗をする坊ちゃんは可愛らしかった。
二人が夫婦の寝室に向かった後で、私は一人、溜息を吐いた。
「どうかしたのかよ?」
目ざとくて耳ざといジョンが、気付いて私に尋ねた。
「おめでたい事なんだから、溜息なんて吐くなよ」
「二人にとっては、ね。でも……」
私にとっては、素直に喜べる事ではなかった。
キーツ卿とパーシヴァル氏は、レイチェル嬢を任せて、早々に屋敷を去った。
深夜、セバスチャンの部屋に訪れる者があった。
「……セバスチャン、起きてるか?」
ドアを数回ノックすると、セバスチャンは直ぐ様現れた。
「どうぞ」
アデルが彼の部屋を訪れるのは既に日常化している。だから彼もいつも通り、多くを口に出さぬまま、アデルを招き入れた。
セバスチャンの部屋は、ナイトテーブルのランプから発せられる、淡く小さな灯りによってのみ照らし出されていた。
「寝てたのか?」
「いいえ、起きて居ました。今夜は必ず御坊ちゃんがいらっしゃると思いましたので。眠れないのでしょう?」
アデルは頷く。セバスチャンは、アデルと二人きりの時ばかりは、普段の控え目な執事でなくなる。ニヤリと笑って尋ねた。
「如何でしたか、初夜の御感想は?」
「そんな事を聞くな、馬鹿ッ」
アデルの顔は赤くなるが、しかし落ち着いている。
「レイチェルとはまだちゃんとした夫婦じゃない。せめて式を挙げるまで、せめてウェディングロードを歩くまでは……」
「成る程。せめてレイチェル様にはその時まで無垢なままで居て欲しいと」
ベッドまで歩いて行って、縁に腰掛ける。アデルは立ち尽くしたまま、執事を睨む。
「……皮肉めいた言い方はよせよ」
「とんでも御座いません。御坊ちゃんに皮肉など、恐れ多い事で御座いますよ」
肩を揺らして笑う。
「しかし忘れてしまっては困ります。初めに誘ったのは貴男の方からですよ」
「違う。お前が悪いんだ、セバスチャン。僕にそんな意図は無かった。それをお前が勝手に妙な解釈をして……」
そこまで言い掛けて、アデルは口を噤んだ。そしてただじっと、セバスチャンの目を見返している。
「どうか、致しましたか?」
聞き返されてから漸く、ゆっくりと口を開いた。
「……どうしてこんな話をしているんだろうな」
あたかも、自分自身に疑問を投げ掛ける様な口調である。
「僕は何をしているんだ? レイチェルを妻に迎えて、初めて迎える夜に、お前の部屋にやって来て、一体何の話をしているんだろうな」
額に手を当てて、鼻で笑う。
「僕は……お前に何を求めてるんだろう」
自嘲的な笑みが浮かぶ。セバスチャンは、一度下ろした腰を再び持ち上げた。
「わたしは承知して御座いますよ、御坊ちゃん」
アデルの手首を掴み、ぐいと引っ張ると、彼の身体が軽々とベッドの上に跳び上がった。
「セバスチャン……ッ」
「貴男が悲しい時、寂しい時、泣き出してしまいたい時……わたしがこうして御慰めするからで御座います。しかし、今は……」
覆い被さり、小さな唇を吸った。アデルは彼を突き飛ばそうと胸を押し上げるが、セバスチャンはビクリともしなかった。
やっと唇が離れた時、セバスチャンの黒い瞳が、アデルの眼前にあった。
「……今は、喜ぶべきです」
低い声で言い、今度は強引にアデルの服を脱がしていった。シャツのボタンが弾け飛び、脇や袖が白い肌に擦れ、引っ掛かり、アデルが痛みを訴えても、セバスチャンはやめなかった。
ついには裸にされ、両腕を掴まえられたアデルは、セバスチャンの下で泣いた。
「もう……もうやめてくれ……」
「お断りです」
言うや、セバスチャンはアデルの首筋に歯を立てる。
「くァ……!」
身体が大きくのけぞり、痙攣した。それを抑え付ける様にして、セバスチャンが大樹を掛けた。同時に、太腿でアデルの下半身を圧迫する。
「た、頼むから……もっと優しく……ッ」
「出来ませんね」
囁きながら、意に反して膨らみ続けるアデルの快楽に、冷たい指先で触れた。いきなり強く握り締めると、アデルは叫び出しそうになり、自らの下唇を噛んだ。
「……今夜限りに致しましょう。わたしがそうしたいのです。貴男が情けなくぶちまけたら、御終いです。そうしたら、わたしの事を御話し致しましょう」
耳元で囁く。
「……お、お前の……? 何……ッ」
「ええ、わたしが、どれ程貴男を……」
セバスチャンの言葉は、アデルの声に掻き消えた。
私はそこまでで、覗き見るのをやめた。もうこれ以上見ている意味は無い。そしてこれから先、二度とこうする事は無いだろう。
――薔薇は、枯れないまま首を落とす。
翌日の朝、ギルバート・チェンバレンは屋敷から姿を消していた。