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執務十六:執事と少年-3

 赤い表紙に金文字でメリークリスマスとだけある、質素なものだった。坊ちゃんはそれを開き、メッセージを読み上げた。

「『メリークリスマス。そして十七歳おめでとう』……『愛するアデルへ、ママより』……」

 ミラー夫人――母親からのクリスマス・カードだった。

「どうしてこんなものを……」

「プレゼントと一緒に、うちの方に届いてね。最初は何かの間違えかと思ったけど、どうやら彼女は、それをどうするか、ぼくに判断して欲しかったみたいだね。何せ君と一番付き合いがあるのはぼくだから。だけど、ぼくには考えるまでもなかった」

 坊ちゃんはカードと熊とを交互に見てから、目を伏せ、

「……ありがとう」

 小さな声で礼を言う。複雑な心境なのかも知れない。

「いや、礼を言うにはまだ早い。他にもあるんだから……」

 そう言いつつ、胸ポケットから四つ折りにされた書類を引きずり出した。手渡されたワイアット卿は、今度は何だと首を傾げたが、同じようにして文面を読み上げる。

「『母クリスティン・ミラーはここに、子アデル・ワイアットの結婚を承諾致します』……これは……」

 母親の結婚許諾書だった。

「カードと一緒に送られて来たのさ」

「お母様が……」

 坊ちゃんは母の手書き文字にじっと目を落としている。

「彼女は親としての義務や権利を放棄したのだから、本来は必要の無いものかも知れない。しかしそれは、彼女の気持ちだよ。受け取ってくれるかな、アデル?」

「勿論だ!」

 ワイアット卿は笑った。

「こんなに嬉しいプレゼントを貰ったのは、生まれて初めてだ」

「そうか。良かった。それじゃ、もう一つ……」

 キーツ卿の言うのに合わせて、レイチェル嬢がすっくと立ち上がった。

「ブレナン、リボンを解いてくれないかしら?」

 言われるまま、彼女に歩み寄り、リボンの端を引く。すると軽々と面白い様に鮮やかなリボン達は解けていった。全てが彼女の身体から滑り落ちると、現れたのは、気品に溢れた純白のドレスだった。ワイアット卿は思わず腰を浮かせる。

「レイチェル、それは……」

「ウェディングドレスだよ。少し気が早いけどね」

 答えたのはキーツ卿だった。

「ブライアンが亡くなり、君が跡目を継いで二年。この二年の間に、君は随分と成長したよ。まだまだ足りない部分は多いけど、ぼくの可愛い妹を差し出すには十分だ。是非貰ってやって欲しい」

 テーブルに両肘を突いて、キーツ卿は微笑む。

「僕達は許婚だぞ? こんな形で貰わなくても、いずれ結婚する約束だ」

「結婚するのは決定していた。けどいつになるかは未定だった。君はいつまでも煮え切らないし、ぼくはなかなか妹を手放す気にならなかったからね。しかし君はやっとワイアット家の未来を担える男になったし、ぼくも漸く決心がついた。今日は良い機会じゃないか」

「何が何でも急すぎる!」

「そんな事は無いさ。レイチェルがこの屋敷に越せる様、事前にセバスチャンと申し合わせておいたんだから」

「な、何ィ?!」

 ワイアット卿はチェンバレン氏を見る。彼は、笑っていた。

「本当か、セバスチャン?」

「本当で御座います。全て旦那様には内緒で御用意させて頂きました」

 私も聞いていない。

「……どれだけサプライズが好きなんだ、お前達は……ッ」

 ワイアット卿は呆れた。

「さあ、どうするの? 受け取ってくれるのかい? 君が決断してくれないと、ぼくの気が変わってしまうかも知れない」

 キーツ卿が急かす。ワイアット卿はすっかり立ち上がって、キーツ卿に向き直った。

「……有り難く、頂戴致します」

 一礼する。

「それじゃあ……!」

 緊張が解けたのか、レイチェル嬢が声を上げたが、ワイアット卿は直ぐ様顔を上げて、彼女の言葉を遮った。

「待った! 差し出されたからって貰うのは嫌だ。僕は、僕の意志で君を貰い受けたい」

 背筋を伸ばし、レイチェル嬢に向き直る。そして、

「プロポーズする。レイチェル、僕と結婚してくれ」

 こんなに男らしい坊ちゃんは初めて見た。しっかりと胸を張り毅然と立つ姿は、その体格の小ささを感じさせない、凛々しいものだった。格好良い。

 レイチェル嬢は今にも泣き出しそうだった。彼女はその言葉をどれほど待ち望んでいたのだろう。

「はい……!!」

 しっかり頷くと、途端にその大きな目から涙が溢れ出た。そして堪え切れなくなってか、ワイアット卿に飛び付いた。

「ありがとー! うれしー! かわいー!!」

 あらゆる正の感情が津波の様に押し寄せている様で、支離滅裂に叫びながらワイアット卿の首にしがみつきながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「く、苦しい……重い……」

 ワイアット卿は夫になっても、やっぱり背が低い。一瞬にしていつもの坊ちゃんに戻っていた。

 レイチェル嬢が頬にキスをして、坊ちゃんの顔が紅色に染まる。

「ば、馬鹿ーッ! そういうのは式までとっておけ!!」

 慌てふためいて暴れるが、レイチェル嬢の腕からは逃れられない。

「我慢出来ないーッ!!」

 微笑ましい光景だった。けれど、チェンバレン氏の目にはどう映っているだろう。

 彼を見ると、僅かに微笑んでいたが、少し寂しそうな目をしていた。

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