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執務三:許婚の趣味-1

 今日のワイアット卿は、お出掛けだ。聞くところによると、イングランド南西部ブリストル、エイボン川沿いに屋敷を構えるキーツ伯爵家を訪問するらしい。昨日の今日で忙しい事だ。

「で?」

 不機嫌そうに伯爵が言う。

「なんで僕と使用人が同じ車なんだ!」

 私はその隣で身体を縮めるより無い。そうした所で伯爵よりも小さくなる事も出来ず、肩身が狭い。

「仕方が無いでは御座いませんか」

 助手席の背もたれ越しに、チェンバレン氏が振り返る。

「燃料代だって馬鹿にならないのですから」

「二台で行けば良い」

「一台ならその半分で御座います。何せ、五十万ポンドの空出費が御座いましたから」

 ニッコリと笑う。お金の事となるとシビアな性格らしい。

「五月蠅いなッ。その件なら反省してるさ。けど会社の金と家の金は別だろ」

「財源は同じで御座いますから。会社が潤えば御屋敷も豊かになりますが、その逆も然り」

 ワイアット卿は唸った。

「……解ったよ。もう良い。僕は寝る。着いたら起こしてくれ」

 そう言い放って、そっぽを向いた。拗ねたらしい。

「かしこまりました」

 未だに、何故私が連れられているのか解らない。早朝の掃除をしていたら突然チェンバレン氏に呼び立てられ、訳も解らないうちに車に乗せられていた。

 道程は長い。私も車に揺られている内に眠くなってしまったが、主人の横で眠りこける訳にもいかなかった。

「旦那様、到着で御座います。旦那様……」

「……もう少し」

「駄目です。さ、目やにを取って御降り下さいませ」

 ワイアット家も大きいが、こちらもかなり大きい。あちらは広大な草原に乗馬場があるが、キーツ邸は庭が広い。中央に噴水があり、綺麗に刈り込まれた植木、そして色とりどりの花、花、花。華やかさで言えばキーツ伯爵家が勝っている様だ。

 正面に使用人がずらりと並んで待ち構えていた。それも全員が女性。ワイアットの御屋敷とは真逆である。そしてその真ん中に、麗人が立っていた。年若く、髪も艶やか、気品溢れる白のドレス、化粧に嫌みがない。貴族の御嬢様の理想像を、具現化した様な人だ。

「出迎えご苦労。ご機嫌麗しゅう」

 ワイアット卿が挨拶する。が、女性は言葉を返さず、いきなり走り出すと、ワイアット卿に飛びついた。

「キャー! 久しぶりに会ったけどやっぱりかわいー!!」

 甲高い声で叫びながら、首にしがみついてピョンピョン跳ねる。身長差が激しい。

「く、苦しいッ……やめろ!」

 ハハハ、とチェンバレン氏が笑う。

「相変わらずで御座いますね、レイチェル様」

 レイチェル嬢はチェンバレン氏を見てまた、キャー、と黄色い声を上げた。

「セバスチャンも久しぶりー! 一層素敵になったのね。でも可愛いアデルの方が好きー!!」

「ハハハ」

「レ、レイチェル、いい加減にしてくれ! ……兄上はまた釣りか?」

「そーなの。お兄様ったら、釣りなんか毎日の様にしてるんだから今日くらい屋敷に居れば良いのに。でもいーの。だってアデルを独り占め出来るんですもの!」

 そう言いながら頬擦りする。ワイアット卿は抵抗するが、暖簾に腕押しといった感じだ。

「あれれ?」

 私を見付けるや否や、私に駆け寄り、四方八方から私を観察し始めた。

「女の人だ!」

「最近召し抱えた新入りで御座います」

「ふーん。ワイアットのお屋敷は男ばっかりだったのに、どうして?」

 私も聞きたかった。たぶんワイアット卿も聞きたかっただろう。

「ええ、それは勿論、レイチェル様をお迎えする為に御座います」

「え?!」

 私とレイチェル嬢とで同時に声を上げた。

「新人の為、まだ至らぬ点が多く御座いますが、レイチェル様をお迎えする頃までに一流の使用人として育て上げ、お待ちする所存で御座います」

「お、おい! 僕はそんな事、一言も聞いてないぞ!!」

 私だって聞いてない。レイチェル嬢は、キャー、と飛び跳ねた。

「嬉しい! ありがとうセバスチャン!! それじゃあ……」

 レイチェル嬢はワイアット卿の元に戻るなり、二の腕をむんずと鷲掴み、引きずる様に、連れさらう様に、屋敷に向かった。

「さあ、今日は何をして遊ぼうかしら。おままごとが良いかしら?」

「ぼ、僕は紳士だぞ! そ、そんな子供じみた遊びはしないッ」

「いーじゃない! 小さい頃は良くやったでしょ? 今だって小さくてかわいーんだから……!!」

 そんなやりとりでキャーキャー言いながら、早足に屋敷の中へ消えていった。使用人達はみんなしのび笑っていた。

 私は、ぽかん、である。

「アッハッハ。いつ見ても微笑ましい事ですねえ」

 チェンバレン氏は腹を抱えて笑っている。

「……あ、あのお方は?」

「キーツ伯爵の妹君、レイチェル・キーツ様。旦那様と御結婚を約束された方ですよ」

 驚いた。伯爵に許婚が居るなんて、寝耳に水の事だ。

「良家の当主たる御方に、許婚は居て当たり前です」

「すごく年の差がある様に見えるんですけど……」

 言動は兎も角、見た目は立派に淑女だった。私なんかより余程女らしい。

「レイチェル様はまだ十八歳ですよ。発育が宜しいのでしょうねえ。兄君に御魚ばかり食べさせられているからでしょうか」

 私も魚を食べれば良かった。

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