表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/64

執務十六:執事と少年-2

 翌日、クリスマスパーティ唯一の招待客であるキーツ兄妹が到着したのは、十二時を回った頃だった。キーツ卿はタキシード姿。そしてレイチェル嬢は、白を基調に赤や緑のクリスマスカラーのリボン、それと金色の大きなベルをあしらった独特なドレス姿で登場した。

 出迎えたのは、ワイアット卿とチェンバレン氏、それとさも当然の様に私。

「お出迎えに感謝するよ。君から正式な招待を頂いたのは初めてだね」

「そうだったか?」

 坊ちゃんは首を傾げる。同時に山高帽がずり落ちそうになるのを、手で受け止めた。

 レイチェル嬢は、そんな坊ちゃんの仕草を見ても、声も上げずに大人しかった。普段なら今頃は飛び付いているのだが。

「それでは、アデル。妹を会場までエスコートして頂こうかな」

「喜んで」

 二人が腕を組むのは困難と思われたが、意外と出来るものである。ただ坊ちゃんの左肩がどうしても高くなるし、レイチェル嬢も腕を組むと言うより腕を掴むといった感じだ。慣れないのも手伝って、何ともぎこちない。しかし、その不器用さが二人らしかった。

「さて……執事君」

 二人が離れていくのを見守ってから、キーツ卿はチェンバレン氏を見返った。

「彼には話をしたのかい?」

 チェンバレン氏は頭を振った。結局、彼は未だに言い出せないでいた。それが良いのかもね、とキーツ卿は柄にもなく言う。私も同感だ。

「あの小さな身体にはとても重すぎる。ただでさえワイアットの家柄は重荷だ。その上君の過去まで背負わせてしまったら、彼は潰れてしまうかも知れない」

 そんな姿は見たくない。その思いはチェンバレン氏も同じだろう。

「僕はね、セバスチャン。何も彼を苦しめたかったんじゃない。この屋敷中を引っかき回すつもりはないんだ」

 十分混乱させている。とは言え、それは私とチェンバレン氏に限った事なのかも知れない。

「だから君が彼に話すべきでないと判断したなら、それで良い。何もかもを明らかにしてしまうのが、全てに於いて善いとは限らないからね」

 そう、キーツ卿は知りたかっただけだ。妹の結婚相手であるワイアット卿、その腹心の真意を。チェンバレン氏の過去を明らかにしたのは、口の堅い彼から話を聞き出す為の過程に過ぎなかった。それを知らしめるか否かは、キーツ卿の意図とは無関係だ。

 あとはチェンバレン氏次第である。義務感を感じて明かすのも良い。今まで通り黙っていたって良い。キーツ卿もそう委ねている。

 それでも、チェンバレン氏は暗い顔をしていた。


「メリークリスマス!」

 クリスマスディナーの席で三つのグラスが掲げられた。それぞれにワインが注がれている。ワイアット卿は恐る恐るグラスに口を付けた。

「ワインは初めてかな、ワイアット伯爵?」

 キーツ卿が茶化した。

「五月蠅いな! 悪いかッ」

「とんでもない。飲酒は大人への通過儀礼みたいなものさ。で、味はどうかな?」

「……苦い。思っていたより甘くない」

「そうか。と言う事は、君にはまだ早い様だね」

 フフフ、と笑ってから自身も一口飲む。

「ああ、本当だ。苦いや」

 レイチェル嬢がクスクスと声を殺して笑った。そういえば今日の彼女はあまり喋らない。今日の様な祝い事の席で、こうも静かなのは珍しく思えた。

 七面鳥の後にミンスミートパイが出た。食後は普通クリスマス・プティングだろうが、そこはワイアット家式といったところだ。

「相変わらず上手だねえ、セバスチャン」

「恐縮で御座います」

 褒められたチェンバレン氏は一礼する。キーツ卿の表情はニコニコとしていて、氏に対する敵意や悪意は全く無かった。そんな感情は必要ないという表れか。

 食事が済んだら、プレゼントの交換が控えていた。まずワイアット卿がチェンバレン氏に言い付けて、二つの小箱を持ち出した。青い包みをキーツ卿に、赤い包みをレイチェル嬢に、それぞれ手渡す。

「ぼくらからのプレゼントは後回しにして、先に開けてしまってもいいかな?」

 ワイアット卿が頷くと、二人は紐を解いて小箱を開けた。

「おお。これは良いリールだね。おまけに名前の刻印まであるじゃないか。嬉しいよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 続いてレイチェル嬢へのプレゼントだが、これは――。

「何だい、それは?」

 黒くて、ふさふさとしていて、一見すると毛虫の様な、何か。

「口にあてがってみろよ」

 レイチェル嬢は言われた通り、訝しげながら鼻の下辺りに持って行く。途端に、ワイアット卿が吹き出した。

「ハハッ! 似合うじゃないか、レイチェル。それは付けヒゲだ。男装をするならそれくらいしなくちゃ。ちなみに、それは馬の毛で作らせた特注品だ」

「ええ?」

 レイチェル嬢は驚いた様な呆れた様な表情、それでいて笑顔で声を上げた。

「こんなクリスマス・プレゼント?」

「勿論。……と、言いたいところだけど、それはジョークだ。本命は後で……」

 三人は揃って笑う。キーツ卿は、いやはや、と居住まいを正しながら頭を振った。

「君がユーモアだなんてね。意外だよ」

 一頻り笑った後で、さて、と切り替える。

「今度はこっちの番だな。パーシヴァル」

 執事を呼ぶと、そののっぽがぬっと現れた。居ないと思っていたが、外で控えていたらしい。パーシヴァル氏の両手には、大きなテディベアが抱えられていた。

「お、おいおい。僕はもうそんな歳じゃないんだぞ?」

 ワイアット卿は肩を竦める。

「実を言うとこれはぼくらで選んだものじゃないんだ」

 キーツ卿は言い、懐から一枚のクリスマス・カードを取り出した。

「これを読んでみると良いよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ