執務十六:執事と少年-2
翌日、クリスマスパーティ唯一の招待客であるキーツ兄妹が到着したのは、十二時を回った頃だった。キーツ卿はタキシード姿。そしてレイチェル嬢は、白を基調に赤や緑のクリスマスカラーのリボン、それと金色の大きなベルをあしらった独特なドレス姿で登場した。
出迎えたのは、ワイアット卿とチェンバレン氏、それとさも当然の様に私。
「お出迎えに感謝するよ。君から正式な招待を頂いたのは初めてだね」
「そうだったか?」
坊ちゃんは首を傾げる。同時に山高帽がずり落ちそうになるのを、手で受け止めた。
レイチェル嬢は、そんな坊ちゃんの仕草を見ても、声も上げずに大人しかった。普段なら今頃は飛び付いているのだが。
「それでは、アデル。妹を会場までエスコートして頂こうかな」
「喜んで」
二人が腕を組むのは困難と思われたが、意外と出来るものである。ただ坊ちゃんの左肩がどうしても高くなるし、レイチェル嬢も腕を組むと言うより腕を掴むといった感じだ。慣れないのも手伝って、何ともぎこちない。しかし、その不器用さが二人らしかった。
「さて……執事君」
二人が離れていくのを見守ってから、キーツ卿はチェンバレン氏を見返った。
「彼には話をしたのかい?」
チェンバレン氏は頭を振った。結局、彼は未だに言い出せないでいた。それが良いのかもね、とキーツ卿は柄にもなく言う。私も同感だ。
「あの小さな身体にはとても重すぎる。ただでさえワイアットの家柄は重荷だ。その上君の過去まで背負わせてしまったら、彼は潰れてしまうかも知れない」
そんな姿は見たくない。その思いはチェンバレン氏も同じだろう。
「僕はね、セバスチャン。何も彼を苦しめたかったんじゃない。この屋敷中を引っかき回すつもりはないんだ」
十分混乱させている。とは言え、それは私とチェンバレン氏に限った事なのかも知れない。
「だから君が彼に話すべきでないと判断したなら、それで良い。何もかもを明らかにしてしまうのが、全てに於いて善いとは限らないからね」
そう、キーツ卿は知りたかっただけだ。妹の結婚相手であるワイアット卿、その腹心の真意を。チェンバレン氏の過去を明らかにしたのは、口の堅い彼から話を聞き出す為の過程に過ぎなかった。それを知らしめるか否かは、キーツ卿の意図とは無関係だ。
あとはチェンバレン氏次第である。義務感を感じて明かすのも良い。今まで通り黙っていたって良い。キーツ卿もそう委ねている。
それでも、チェンバレン氏は暗い顔をしていた。
「メリークリスマス!」
クリスマスディナーの席で三つのグラスが掲げられた。それぞれにワインが注がれている。ワイアット卿は恐る恐るグラスに口を付けた。
「ワインは初めてかな、ワイアット伯爵?」
キーツ卿が茶化した。
「五月蠅いな! 悪いかッ」
「とんでもない。飲酒は大人への通過儀礼みたいなものさ。で、味はどうかな?」
「……苦い。思っていたより甘くない」
「そうか。と言う事は、君にはまだ早い様だね」
フフフ、と笑ってから自身も一口飲む。
「ああ、本当だ。苦いや」
レイチェル嬢がクスクスと声を殺して笑った。そういえば今日の彼女はあまり喋らない。今日の様な祝い事の席で、こうも静かなのは珍しく思えた。
七面鳥の後にミンスミートパイが出た。食後は普通クリスマス・プティングだろうが、そこはワイアット家式といったところだ。
「相変わらず上手だねえ、セバスチャン」
「恐縮で御座います」
褒められたチェンバレン氏は一礼する。キーツ卿の表情はニコニコとしていて、氏に対する敵意や悪意は全く無かった。そんな感情は必要ないという表れか。
食事が済んだら、プレゼントの交換が控えていた。まずワイアット卿がチェンバレン氏に言い付けて、二つの小箱を持ち出した。青い包みをキーツ卿に、赤い包みをレイチェル嬢に、それぞれ手渡す。
「ぼくらからのプレゼントは後回しにして、先に開けてしまってもいいかな?」
ワイアット卿が頷くと、二人は紐を解いて小箱を開けた。
「おお。これは良いリールだね。おまけに名前の刻印まであるじゃないか。嬉しいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
続いてレイチェル嬢へのプレゼントだが、これは――。
「何だい、それは?」
黒くて、ふさふさとしていて、一見すると毛虫の様な、何か。
「口にあてがってみろよ」
レイチェル嬢は言われた通り、訝しげながら鼻の下辺りに持って行く。途端に、ワイアット卿が吹き出した。
「ハハッ! 似合うじゃないか、レイチェル。それは付けヒゲだ。男装をするならそれくらいしなくちゃ。ちなみに、それは馬の毛で作らせた特注品だ」
「ええ?」
レイチェル嬢は驚いた様な呆れた様な表情、それでいて笑顔で声を上げた。
「こんなクリスマス・プレゼント?」
「勿論。……と、言いたいところだけど、それはジョークだ。本命は後で……」
三人は揃って笑う。キーツ卿は、いやはや、と居住まいを正しながら頭を振った。
「君がユーモアだなんてね。意外だよ」
一頻り笑った後で、さて、と切り替える。
「今度はこっちの番だな。パーシヴァル」
執事を呼ぶと、そののっぽがぬっと現れた。居ないと思っていたが、外で控えていたらしい。パーシヴァル氏の両手には、大きなテディベアが抱えられていた。
「お、おいおい。僕はもうそんな歳じゃないんだぞ?」
ワイアット卿は肩を竦める。
「実を言うとこれはぼくらで選んだものじゃないんだ」
キーツ卿は言い、懐から一枚のクリスマス・カードを取り出した。
「これを読んでみると良いよ」