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執務十四:アルバムに続きを-5

「そうそう。ワイアット伯爵と、その父君故ワイアット様のアルバムが、わたしの部屋にあるのですが、御覧になりますか? 御一緒に」

「……ええ、是非……」

 ああ、解った。あのアルバムは彼女の餌で、私はその手伝いをしたのだ。とんだお調子者だ、私は。

 チェンバレン氏はケード女史を引き連れ、去り際、

「……ああ、ミス・ブレナン。貴女は平素通りの御仕事に戻って結構ですよ」

 と言い放った。

 チェンバレン氏も男で、時には「そういう事」も必要だ。彼女は氏の言う通り、確かに魅力的だし、性格もお似合いだ。別に構わない。ワイアット卿は男子、いや男児だし、氏の恋人ではない。だからチェンバレン氏が何をしたって浮気じゃないし、女性に甘い言葉を囁いたって何の問題もない。だから、別に構わない。

 私は一体誰に言い訳をしているんだろう。何故しているんだろう。


 チェンバレン氏に半ば追い払われる様にされても、私は気になって仕方なかった。今後の男女の展開がではなく、私が見付けたあの記事の事だ。

 私は二人を尾行した。何だかこんな事ばかりしている。誰より後ろめたい事をしているのは私で、私に彼を責める権利はない。もともと責めるつもりもないが、やはり、気になるのだ。

 二人はチェンバレン氏の部屋に入った。氏がケード女史の腰を抱く様にして、中に引き込む。私の中で表現しがたい感情が渦を巻いた。

 ドアにそっと耳を押し当てるが、何も聞こえない。無言というのは、嫌な想像をさせるものだ。ドア一枚も通さない微かな声で誘い、抱き寄せて、唇を重ねる姿が目に浮かぶ。きっと、服を脱ぐ衣擦れの音も、ベルトを外す音も聞こえない。私は下唇を噛んだ。部屋の中では一体どうなっている。何が起きている。一体何を――。

「何をやってるんだ?」

 突然横合いから話し掛けられ、私は飛び上がった。

 怪訝な顔をしたワイアット卿が居た。

「だ、だだ、旦那様……ッ」

「おい、ブレナン。セバスチャンの部屋の前で何をしている?」

 不審者を見る目付きを私に向ける。

「い、いえ……ご覧の通り、お掃除で御座います……」

「モップも雑巾も持たずにか?」

 気が動転していた所為で下手な言い訳しか浮かばなかった。これでは逆効果だ。ええい、こうなれば破れかぶれ。

「そ、それよりも、旦那様はどうしてこちらに?」

 逆に質問を投げ掛けてみる。

「セバスチャンに言われた時間になって応接間に行ってみたら誰も居ない。それでこっちに来たら、これだ。セバスチャンは何をしている?」

 私はぎょっとした。このタイミングはマズイ。ワイアット卿は執事の部屋を開けるのにノックはしないだろう。今彼がチェンバレン氏の部屋に飛び込んだら、きっと彼にとって最悪の光景を目の当たりにしてしまう。それは、チェンバレン氏のみならず、彼とワイアット卿、二人の危機だ。何としても阻止しなくては。

「いい、今はお忙しいみたいですよ?」

「忙しいだって? 客があると聞いたのに、客は居ないし僕はほったらかしじゃないか。何を忙しい事がある!」

 正論だ。

「いえ、その……あ、そう! そう言えばお客様が体調を崩されたとかで、介抱をなさってるのかと……」

「わざわざ、セバスチャンの部屋に運んでか? 客用の寝室くらいいくらでもある」

「い、いえいえ、あの、その……お屋敷を見て回っている途中、丁度この部屋の前で足をつられたそうで……」

 そろそろ私の苦しい弁解も無理が生じてきた。

 もう、限界だ。そう思った、その時だった。

「……ああん!」

 ドアの向こうから、ケード女史の声がした。それもはっきりと、大きな声だ。

「すごい! そこ、そこすごいわ!!」

 脳天を突き上げる様なけたたましい声だ。合間に起きる、ああん、などという声は、もう叫び声に近い。彼女の声の中から、チェンバレン氏の声も聞こえる。

「ここですか?」

「そう! そこよ! こんなの初めてだわぁ……!! も、もうだめ……チェンバレン様ぁん……」

 心なしか、ベッドの軋む音が聞こえる気がする。私の顔面から血の気がさっと引いた。

 対照的に、ワイアット卿は耳まで真っ赤にして、俯きながら肩を怒らせ、小刻みに震え出す。

「セ、セ、セ……!」

 語気が徐々に荒くなっていく。

「き、きっと、足のマッサージをしていらっしゃるんですよ! そうですわ! そうに違いありません!!」

 私はなんて間抜けなんだろう。いや、私もこの事態に動揺しているのだ。

「セバスチャァアーン!!」

 ワイアット卿は叫んだ。憤怒は爆発の如くして起こり、そしてその爆風に背中を押される様にして、私を押し退けてドアを開け、部屋に飛び込んでいった。私は咄嗟に部屋に踏み込む。

 ベッドの上に、チェンバレン氏とケード女史が居た。チェンバレン氏はベッドに腰掛けている。ケード女史はベッドに上がっているが、宮を背もたれにして身体を起こしている。ケード女史は腰から下にシーツを掛けているが、二人とも服を着ている。

「おや、旦那様。御呼び出し下さればこちらから伺いましたのに」

「お、お前! 何をしていた!!」

「何って、ご覧の通り、足のマッサージですが?」

 見れば、ケード女史は素足を出して、チェンバレン氏に向けている。まさか本当にマッサージをしていたとは。信じられない。いや、信じていない。

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